2008/9/1  18:42

9月1日  自然・暦・天候

 本日は9月1日。気象学上は11月末日まで秋となる。
 但し、天文学上の秋は秋分から冬至まで、二十四節気では立秋から立冬の前日までと定めている。同じ秋にも様々あるようだ。

 さて秋の期間は多少違えども、微酔の酒は本日以降当然ながら秋の酒がいい。曰く新酒、利酒(聞酒)、濁り酒(どぶろく)等々だ。
 特にどぶろくについては蛇行齋が小学生の時、親友(ケンカ仲間)だった朝鮮人の同級生と共に放課後、彼の自宅の床下に貯蔵していたどぶろくを茶碗で飲みながら“歓談”し、それを彼の母親に見つかって全速力で逃げ、その後道ばたで気持ちよく寝込んでいたところを自転車で警らちゅうのお巡りさんに起こされたりと、強烈かつ懐かしい思い出がよみがえる。その彼は5年生の時“北”に帰ったが今どうしているか気に掛かる。

 先月の金曜日には今月3回目となる義母の見舞いのため函館に行ったが、初日の夕食には家内がカジカ汁を作ってくれた。この魚は秋の季語だが、去年の冬に義母が作ってくれた味噌仕立ても絶品だった。その義母は今、老人介護病棟でリハビリの治療が始まった。

 春には「春の七種(七草)」粥を喰うが、秋には「秋の七草」がある。しかし秋の七草は食するものではなく、月見(観月)の際に飾る野草だ。8月15日の十五夜は終わった、次は今月13日の十三夜だ。

 数日前から拙宅の周囲で深夜、虫の鳴き声が聞こえるようになった。松虫の「チンチロリン」でもなく馬追虫の「スイッチョ」でもない。「リンリン」或いは時に「リーン」のような鳴き声からして鈴虫かもしれない。鈴虫は夜行性だそうだから。

 秋の始まりには先ず「十三夜」の微酔として燗酒がいい。

2008/8/28  13:55

雨の日にショッピング  自然・暦・天候

 昨日は雨が終日断続的に降り続く中、昼過ぎに車で小一時間ほどの場所にある郊外の量販店に出かけた。
 目的は、今月で3度目となる義母を見舞う際、義父及び道南に住む義妹夫婦とその息子達のために長崎チャンポンとマフィンを買うためで、家内から頼まれていたものだ。ついでに微酔のため、各種のカクテル・ベースやシュナップスのトニック・ウォーターなどを買い込んでおいた。

 イングリッシュ・マフィンとして知られる丸型のパンもばら売りされていたが、家内の指定はカップ・ケーキ状アメリカン・タイプのケーキ・マフィンだった。これにはブルーベリーやナッツ、チョコレートなどが入っており多少甘い。そのあたりがパンではなくケーキたる所以であろうが、残念というべきか蛇行齋の好みではない。

蛇行飛行:ところで去る19日、義母の見舞いを終えて札幌への帰路長万部で“浜チャンポン”を喰った。これは例の“長崎チャンポン”とは違う。
 長崎チャンポンは中華料理のバリエーションで、ラードで炒めた肉・魚介・野菜と茹でた中華麺を、豚骨と鶏ガラスープで煮込んだ麺料理だ。
 一方長万部の浜チャンポンは、いうなれば“海鮮の具が沢山入った塩味ラーメン”で、いわゆる何でもかんでもという意味のチャンポンを具体化した麺料理はこうなるのかという恰好の見本である。
 スープの表面に浮いた多量のワカメもその特徴であるが、大型のドンブリを太平洋(噴火湾)に見立て、ドンブリからはみ出んばかりの海鮮類を太平洋(噴火湾)の海の幸としてイメージしているかのようだった。

 明日は今月三度目の函館行き、往路又は復路次には何を喰うか、今から楽しみだ。本日は約11Kmを2時間かけて歩いた。昨日はショッピングで帰宅が遅れ、雨もあり歩きをサボったからでもある。

2008/8/26  18:25

これからが正念場  趣味・運動・健康

 歩行距離を8Kmから10Kmに延伸してから本日で4日目、シャワー後の定期計測では“77Kgー26%”だった。
 本格的にウォーキングを再開した3月末現在の数字が“82−28”だったから、確実に成果が出ているようだ。本日は10Km終了後突然思いついて、エレベーターを使わずに13楷まで階段を上った。195段だった。

 いかに毎日1時間半から2時間弱の距離を歩いていても、これが登り坂下り坂ともなれば、使う筋肉も違うし息も上がる。特に下りでは膝に大きな負荷がかかる。軽登山の復路、予想以上の膝への過負荷に気付いて毎回後悔するのはこのためだ。

 来月20日には家内から十勝岳のトレッキング(及び温泉)を誘われている。その時の“足手まとい”にならないよう、毎日10Kmを歩き195段を上り下りすれば多少はその予防になりそうだ。

2008/8/26  1:35

米国製M1ガーランドと日本製64式小銃の撃ちくらべ  自衛隊・飛行隊

 北京五輪の女子アーチェリー団体決勝戦を観たときの、騒がしい観客や傍若無人な応援団の態度に憤慨してそのことを書いていた最中、例によって蛇行してしまった。が、乗りかかった船だこのまま続けよう。
 
 蛇行齋が昭和40年に入隊し別府の教育隊において新隊員課程前期3ヶ月、第1空挺団普通科群で3ヶ月の新隊員課程後期を終了し第1中隊に配属された後、改めて空挺隊員選抜試験の最終試験並びに精査を受検後、空挺教育隊に入隊し基本降下課程を履修した。
 しかしながら第4回目の降下で落下傘(主傘)が開かず予備落下傘で降下して負傷したため、ナンバー中隊(戦闘中隊)勤務を外され普通科群本部中隊に所属し、群本部S−1(人事・総務)の庶務係を命ぜられた。その時の個人装備火器はUS口径30M1ガーランド半自動小銃だった。
 その後間もなく、国産の豊和工業製64式7.62mm小銃(半自動・全自動)が個人装備火器となった。

 従ってM1の射撃は1年足らず、64式が3年余り、管制気象部隊に転属後はM1カービン銃を3年ほど撃った。じ後はパイロットとして個人装備火器は拳銃となり、当初は口径45M1911コルト・ガバメント自動拳銃、後半は退官するまでスイス製9mm自動拳銃9mmパラベラム弾9発入り弾倉(ミネベアによるSIG SAUER P220のライセンス生産)だった。

 各種自動小銃及び機関銃の射撃経験は、ブローニングBAR全自動、M1919重(中)機関銃なども含み約8年程度だが、各小銃・機関銃の射撃感覚特に発射音、右肩に食い込む衝撃、火薬の臭い、取り回し・操作性の違いなどは昨日のことのように身体がしっかりと覚えている。というか、忘れようがない。

2008/8/25  14:14

自動小銃あれこれ  自衛隊・飛行隊

いきなり蛇行飛行:小銃に限らず大小の火器で使用する弾薬のサイズは通常弾丸の直径と薬莢の長さとで表示される。

 但し口径が同じでも火器の種類によって使用する装薬の量(薬莢の長さ)が異なるため、例えばM1ガーランドで使用する弾薬は“0.30ー63スプリングフィールド”すなわち弾丸の直径(銃身の内径)7.62mm、薬莢の長さ63mmの意だ。
 64小銃の弾薬は“7.62mm×51mmNATO弾で米軍のM60機関銃の弾薬と同じだがM60も老朽化のため、ベルギー製のミニミ軽機関銃を装備する。自衛隊でも、住友がライセンス生産し装備している。
ついで:住友のミニミ以外にも、9mm拳銃はミネベアが、自動小銃や迫撃砲は豊和工業(創業は豊田式織機でトヨタの親戚)がライセンス生産或いは独自に製造している。但しCMには絶対出ない。

ついでのついで:弾薬(Cartridge)とは、弾丸(Bullt)薬莢(Case)発射薬(Propellant)及び雷管(Primer)の総称である。Cartridgeは通称実包ともいい、空包はBlank Cartridgeという。

 主に西側諸国の個人装備火器はとっくに5.56mmが常識。日本でもようやく89式5.56mm小銃が89年に制式化されたが、弾薬は5.56mm×45NATO弾で、有事の際米軍のM16の弾薬と共有する事が出来る。海上保安庁や警察特殊強襲部隊も装備している。

おまけ:有史以来世界最高とされる軍用ライフル銃は、1947年に制式化されたソ連(当時)製のAK47カラシニコフ突撃銃。戦後も久しく7.62mm×39を使用したが、米軍M16等の5.56mm×45mmNATO弾に対抗して最近5.45mm×39に変更している。
 世界中で1億丁近く製造されたと言われ、蛇行齋はスカパーのドキュメント番組で極北地方のハンターがこれを使用しているのを観た。狩猟用としても重宝されているようだ。

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