2008/4/29 22:07
毎年毎年ついついわすれてしまうこと 政治
毎年4月28日を「独立記念日」にしようと各方面へ呼びかけようとして、気がつくと4月28日が終わってしまっているのだ。
この件というのは、これは私と違って毎年しっかりアピール成されておられる、小堀桂一郎・東京大学名誉教授の言葉をお借りすれば「昭和27年4月28日、日本対連合国間の平和条約が効力を発生し、我が国は敗戦から生じていた旧交戦国相手の物的心的負債を全て清算し、完全な独立国家主権を回復した」(平成20年4月28日 産経新聞)日本国並びに日本国民において誠に記念すべき日である、という主張である。
ちなみに小堀桂一郎氏は「主権回復記念日」という名称を主張なされておられる。
大日本帝国がポツダム宣言を受諾し、GHQによる占領統治下において検閲はアタリマエ、言論の自由もヘッタクレもなく、一般新聞が検閲により発禁を喰らっていた時代だ。因みにその新聞は朝日新聞だが。そして、まさにその真っ最中に天皇は自ら神格を否定し=日本2000年の歴史・伝統との訣別宣言、東京裁判=「戦争に勝ったものが負けたものを裁くリンチ」が開始され、GHQ草案に基づいた日本国憲法が公布された。
韓国のイ・スンマンは勝手にイ・ラインとやらを引き、日本国内の言論は大きく共産主義礼賛に傾き、せっかくの主権回復の数日後に「血のメーデー」ときて、日本弱体化がまさに極限に達しようかという中においての、どうにかこうにかしてようやくにして発効された主権回復のそのまさに記念すべき日が、昨日だったのだ(反省)。
憲法という話になると、「改憲」か「護憲」かという話になり、現在の憲法に問題点があるのかないのかがずっと置き去りのままである。
「改憲」と言えば「戦争したい鬼畜」扱いだし、「護憲」と言えば「平和ボケ」。
だいたいにおいて、主権がない状態でつくった憲法など、主権を回復したらすぐに棄てるもんだ。国と国民にとっては「自らつくったものでないものを押し付けられてた」屈辱の証拠でしかないからだ。
日本人のこういうところが「自由と平等は天から降ってくるもんだ」という根本的な勘違いの土台になっていると、個人的には思う。
まあ憲法というのは、ひとつの話題に過ぎなくて、このポツダム宣言受諾から主権回復までの間の日本には何が起こっていて、世界はどうなっていたのか、が実は我が国においてはあまりに語られてこなかったと個人的には思っている。
ぶっちゃけ、戦争中の話ばかりでしょ。それもひもじい思いをした、特高が誰それを連れて行った、お兄ちゃんが学徒出陣し散っていった、そして空襲や原爆の悲惨さ。
だから戦争は良くない、戦争はすべきでない、戦争のない平和な国にしようと叫ぶ。
いや、叫ぶのは大いに結構なんですよ。何の問題もありません。
ただ、並行して、日本の戦争に至る道、戦争戦略、個別の戦術、兵站、つまりあの戦争を「戦争」として検証すべき点が、全然検証されぬままになっていませんか?と言いたいのだ。
食糧は現地調達、つまり現地を攻め取り、現地人から奪い取れ、と言われたという。それはどこの誰が通達し、どのように伝えられたのか、そこにいたるまでに、他のやり方を検討しようという話は全くでなかったのか、出なかったなら「なぜ」出なかったのか、それとも現地調達は当時の戦時常識だったのか否か。
食料調達ひとつとっても疑問だらけ、それを今の日本人は全て「当時の軍が悪い」という。じゃ、軍の何が具体的に悪かったのか。日清・日露と比べてどうだったか、おかしいなら何故非難しなかったのか。北清事変の頃は世界的にも優秀だといわれた日本軍が、なぜおかしくなったのか。どのようにおかしくなったのか。
2・26や5・15のようなテロが吹き荒れ、そんな発言はできなかったというが、大正デモクラシーの頃は、軍服を着てたら街でメシも食わせてくれなかったと軍人が嘆く平和な時代が確かにあった。じゃその時に日本人は何をしていたのか?
分からないことだらけである。そしてそれを調べようとしても、資料は悉く蒐集者の意見が色濃く反映されている。手の出しようがない。
僕が某SNSにおいていつも言っている言葉がある。
平和を希求するなら戦争を学べ(リデル・ハート)
「クサいものにフタをしさえすれば大丈夫」なワケがない。いつか、誰かがフタを開けなければならない。そんなもん、見て見ぬフリするくらいなら、とっとと始末しちまったほうがいいに決まっている。50年も60年もフタし続けた「クサいもの」の臭さたるや想像を絶することは間違いないだろうが、誰かがしないといけないだろう。
もとより、僕一人で始末をつけられるような小さな問題ではない。だが、微力ながら行動したいと思う。とりあえず、フタしっぱなしの「クサいもの」のフタを片っ端から開けて廻ってやろうかと考えている。
ところで、日本が独立記念日なんて今さらつくったら日米関係にヒビが入るか?
今の英国と米国を見ていれば、問題ないんじゃないかな。
というわけで、またもチャンスを逸した「独立記念日制定しよう運動」、来年こそは・・・カレンダーを買って覚えていたら真っ先に記入しておこうと思う。
この件というのは、これは私と違って毎年しっかりアピール成されておられる、小堀桂一郎・東京大学名誉教授の言葉をお借りすれば「昭和27年4月28日、日本対連合国間の平和条約が効力を発生し、我が国は敗戦から生じていた旧交戦国相手の物的心的負債を全て清算し、完全な独立国家主権を回復した」(平成20年4月28日 産経新聞)日本国並びに日本国民において誠に記念すべき日である、という主張である。
ちなみに小堀桂一郎氏は「主権回復記念日」という名称を主張なされておられる。
大日本帝国がポツダム宣言を受諾し、GHQによる占領統治下において検閲はアタリマエ、言論の自由もヘッタクレもなく、一般新聞が検閲により発禁を喰らっていた時代だ。因みにその新聞は朝日新聞だが。そして、まさにその真っ最中に天皇は自ら神格を否定し=日本2000年の歴史・伝統との訣別宣言、東京裁判=「戦争に勝ったものが負けたものを裁くリンチ」が開始され、GHQ草案に基づいた日本国憲法が公布された。
韓国のイ・スンマンは勝手にイ・ラインとやらを引き、日本国内の言論は大きく共産主義礼賛に傾き、せっかくの主権回復の数日後に「血のメーデー」ときて、日本弱体化がまさに極限に達しようかという中においての、どうにかこうにかしてようやくにして発効された主権回復のそのまさに記念すべき日が、昨日だったのだ(反省)。
憲法という話になると、「改憲」か「護憲」かという話になり、現在の憲法に問題点があるのかないのかがずっと置き去りのままである。
「改憲」と言えば「戦争したい鬼畜」扱いだし、「護憲」と言えば「平和ボケ」。
だいたいにおいて、主権がない状態でつくった憲法など、主権を回復したらすぐに棄てるもんだ。国と国民にとっては「自らつくったものでないものを押し付けられてた」屈辱の証拠でしかないからだ。
日本人のこういうところが「自由と平等は天から降ってくるもんだ」という根本的な勘違いの土台になっていると、個人的には思う。
まあ憲法というのは、ひとつの話題に過ぎなくて、このポツダム宣言受諾から主権回復までの間の日本には何が起こっていて、世界はどうなっていたのか、が実は我が国においてはあまりに語られてこなかったと個人的には思っている。
ぶっちゃけ、戦争中の話ばかりでしょ。それもひもじい思いをした、特高が誰それを連れて行った、お兄ちゃんが学徒出陣し散っていった、そして空襲や原爆の悲惨さ。
だから戦争は良くない、戦争はすべきでない、戦争のない平和な国にしようと叫ぶ。
いや、叫ぶのは大いに結構なんですよ。何の問題もありません。
ただ、並行して、日本の戦争に至る道、戦争戦略、個別の戦術、兵站、つまりあの戦争を「戦争」として検証すべき点が、全然検証されぬままになっていませんか?と言いたいのだ。
食糧は現地調達、つまり現地を攻め取り、現地人から奪い取れ、と言われたという。それはどこの誰が通達し、どのように伝えられたのか、そこにいたるまでに、他のやり方を検討しようという話は全くでなかったのか、出なかったなら「なぜ」出なかったのか、それとも現地調達は当時の戦時常識だったのか否か。
食料調達ひとつとっても疑問だらけ、それを今の日本人は全て「当時の軍が悪い」という。じゃ、軍の何が具体的に悪かったのか。日清・日露と比べてどうだったか、おかしいなら何故非難しなかったのか。北清事変の頃は世界的にも優秀だといわれた日本軍が、なぜおかしくなったのか。どのようにおかしくなったのか。
2・26や5・15のようなテロが吹き荒れ、そんな発言はできなかったというが、大正デモクラシーの頃は、軍服を着てたら街でメシも食わせてくれなかったと軍人が嘆く平和な時代が確かにあった。じゃその時に日本人は何をしていたのか?
分からないことだらけである。そしてそれを調べようとしても、資料は悉く蒐集者の意見が色濃く反映されている。手の出しようがない。
僕が某SNSにおいていつも言っている言葉がある。
平和を希求するなら戦争を学べ(リデル・ハート)
「クサいものにフタをしさえすれば大丈夫」なワケがない。いつか、誰かがフタを開けなければならない。そんなもん、見て見ぬフリするくらいなら、とっとと始末しちまったほうがいいに決まっている。50年も60年もフタし続けた「クサいもの」の臭さたるや想像を絶することは間違いないだろうが、誰かがしないといけないだろう。
もとより、僕一人で始末をつけられるような小さな問題ではない。だが、微力ながら行動したいと思う。とりあえず、フタしっぱなしの「クサいもの」のフタを片っ端から開けて廻ってやろうかと考えている。
ところで、日本が独立記念日なんて今さらつくったら日米関係にヒビが入るか?
今の英国と米国を見ていれば、問題ないんじゃないかな。
というわけで、またもチャンスを逸した「独立記念日制定しよう運動」、来年こそは・・・カレンダーを買って覚えていたら真っ先に記入しておこうと思う。
