2008/5/3  23:50

そうです、私が「論語読みの論語知らず」です。(4)   学問


會子曰、吾日三省吾身。

為人謀而不忠乎。

與朋友交而不信乎。

傳不習乎。



會子曰く、吾日に三つ吾身を省みる。人のために謀りて忠ならざるか。
朋友と交わりて信ならざるか。伝えられて習わざるか。

※「吾日に吾身を三省す」(私は一日に吾身を幾度も省みる)とする説もある。


反省することだらけの日々である。
しかし、それは「反省」になっているだろうか?と自分に問いかけてみる。
「ああ、こんな細かいミスしちまって全く。忙しい時に声かけてくんなよ●○」
「分かったよ分かりましたよ。もう、そんな同じことクドクド言うんじゃねえよ課長」
前半は反省っぽいが、後半でその責任を他人に転嫁してしまっていることが多い。そしてこのこと自体をアタマの隅に追いやる。でないと次々と仕事が入ってきて、作業が滞り溜まっていく一方だから。

・・・という毎日である。で、残業して職場を後にする頃には心身とも疲れだけが残って、はたして今日は何したっけ?という抜け殻のような状態である。
これが毎日続いたら、いや現にそういう毎日であり、「吾身を省みる」というようなことが難しい。実に難しい。目まぐるしすぎる日々。

大きなミスをしてしまい「しまった!」これは反省ではない。そしてこんな時には反省をしている余裕は全くなくなる。連絡すべき先を列挙して、事態の収拾を図る、いやその前に上司へ伝えなければ、どこまで情報を上げればよいか、収拾可能かどうか。
脳みそはまさにフル回転状態である。こんな時に吾身を省みてたらクビがいくつあっても足らない。

ただ、やはり「省みる」というのは大事だと思う。緊急事態の時には、まず事態の収拾に全力を傾注し、一段落したあとで、「なぜこんなミスが発生したのか」を省みる。
「省」には「省く」という意味もある。省みることによって、余分なもの、余計なものがあれば省く。そうして、同じミスをしないようにしていくことが大事だと思う。

勤務時間中の嵐のような状態の中で吾身を省みるのは難しいし、今後もそれをやっていく時間的精神的余裕は、今のところ作れそうもない。しかし、例えば夕方の10分、こういった「省みる」時間をつくってみることができないものだろうか。
省みることが大事なのは間違いないのだ。それも「戦略的に省みることが大事」だ。
それによってチームの力を高めることができれば。

考えてみようと思う。





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