2008/7/21 14:22
人間、死ぬまで一生勉強なんだよ、きっと。 レビュー
不勉強が身にしみる
2005 光文社
長山 靖生
書店で本書を見かけた瞬間に泣けてきた。
「不勉強が身にしみる」…わが身を振り返って「まったくだよなあ」と背中が丸くなってしまった。中学でも工業高校でも札付きの劣等生、結局「自分にとって一番良い勉強法はどんなものか?」とか考えたことすらなかったし(そのために今塗炭の苦しみを味わっている)、そもそも向上心自体が決定的に欠けていた。そのクセ、「学校で教わったことなんて、社会じゃ使わねえし」などと斜に構えていた。
とんだ大失敗である。
で、将来の展望も夢も具体的なものは何もなく、人生設計など、そんな四字熟語すら知らない、というから、今なら完全な「負け組」ってやつだろう。フリーターやニートにならずに済んだのは、ひとえに実家が貧しかったからでしかないし、プロレタリアートにならなかったのは、ただ文字数が多くてかったるいと思ったからだ。
さて、本書のターゲットは30代40代のお父さん方のようだ。
つまり、子どもが育ってきて、さあ「勉強がんばれ」と言おうと思ったら「何で勉強しなきゃいけないの?」と子どもの逆襲に遭い、そこで立ち止まってるような親御さんである。著者は「現在の日本人の不勉強ぶりは、子どもにお勉強させれば、それでいいというようなレベルを、とうに超えている。自戒を込めて言えば、すでに大人からしてダメである」と力を込めて断言する。
それを理解したうえで、「じゃ、大人たちは何を勉強すればいいか?どうやって勉強すればいいか?」を「有識者」ではなく「当事者」として、明らかにしていく、というドキュメントである。
ただ、本書を読むだけなら、ぶっちゃけバカでもできる。僕でさえできたくらいだから間違いない。問題は、やはり「どう実践するか」である。
著者はあとがきでも「やっぱり本人ががんばらなければどうにもならない」「努力しなくてすむ社会が来ることはない」と結論づけている。まあ当然と言えば当然だし、本当に努力した人ならそこそこ報われる筈で、それは現在の社会においても普遍であると思う。
「私は頑張っているのに報われない」という方は、
●やはり頑張りが足りないか、
●ベクトルがずれているか、
●自分に合った頑張り方を知らずにいるか、
●今の社会のニーズを掴み損ねているか、
何らかの理由があるのではなかろうか。
今のシビアな時代に「商品を売る」ってことは簡単ではない。「売れ筋の把握」「売り方の研究」「アフターケア」「季節感を外さない」「タイミングの研究」等、掴んでおかなければならない点は山ほどある。売れ筋商品の把握もせずに、20年くらいかわらない婦人服を店頭に置いてある店には、やはり足が向かわないだろう。
「自分を売る」というのも、同様だと思う(いないと思うけど、売春と勘違いするなよ(笑))。面接でことごとく失敗している人は、相手のニーズを決定的に掴み損ねている場合が多いと聞く。聞いた相手がウチの人事課長だから説得力はある。
「自分の能力をだらだらひけらかす奴は、大体集団の中でウマくいかない場合が多い」だそうだ。
自分も、40歳の大台が近づいてきた。有名な論語の「四十而不惑」を読み返すたびに、最近は焦りを感じるようになってきた。
結局、人生ってのは死ぬまで勉強なのだと思う。
生きているうちは「いかによく生きるか」を達成するために勉学に励み、死期が近づいたならば、「いかによく死ぬか」を達成するために、やはり勉学に励むべきなのだ。
本書が掲げた実践のハードルは、はっきり言って非常に高い。ただ、遣り甲斐はある。
スキルを高める、資格を取る、自分の器を大きくする、動機付けは色々あるだろうが、「自分の人生を良く生きる」ということに収斂されるのかな。
怠惰や頽廃、快楽に溺れ、己を見失ったままで一生を終えたくない、と思ったなら、その瞬間こそが逆転のチャンスだ。
「ち、違うんだからね!じ、自分のために勉強するんじゃないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!」というツンデレ(笑)でもいいから、とりあえず一読をお奨めする。
