2008/5/12 22:37
ルネッサンス倶楽部足利吟行句会 文化・芸術
足利吟行会参加の皆さんの力作です。俳句を始めて日が浅いにもかかわらず秀逸句が多くあって選者が苦労しています。以下13句は無添加(無添削)の純正品です。ご感想をお寄せください。
芍薬も 競いて色を ふりしぼり
風吹きて藤一斉に踊り出す
歓声に 香りふりまく 藤の花
緑陰に 伽藍見守る 巨銀杏
打ち上げの 肴は師匠 藤吟行
藤垂れて 蜂に揺すられ 戯れぬ
芥子咲けば淡き想いの走りけり
花房の 冷たき藤は 揺れやまず
風抜けて 皆を迎えぬ 夏座布団
紫の 帯に短し ふじの棚
春深し天をつらぬく大銀杏
人波をぬって漂う藤の香や
風光る白藤の香に笑みこぼれ






芍薬も 競いて色を ふりしぼり
風吹きて藤一斉に踊り出す
歓声に 香りふりまく 藤の花
緑陰に 伽藍見守る 巨銀杏
打ち上げの 肴は師匠 藤吟行
藤垂れて 蜂に揺すられ 戯れぬ
芥子咲けば淡き想いの走りけり
花房の 冷たき藤は 揺れやまず
風抜けて 皆を迎えぬ 夏座布団
紫の 帯に短し ふじの棚
春深し天をつらぬく大銀杏
人波をぬって漂う藤の香や
風光る白藤の香に笑みこぼれ
2008/5/10 0:09
紫・白・黄金はルネッサンス色 文化・芸術
2008/5/8 21:30
主役が次々と変わる花舞台 文化・芸術
2008/5/6 19:42
白・紫・黄色 3色の藤匂う足利フラワーパーク 文化・芸術
連休最後の6日、アカデミールネッサンスのメンバーオールスターで足利フラワーパークへ行ってきました。人・ひと・人の中を泳ぎながら100回シャターを押しました。
帰途、古都の雰囲気漂う足利学校周辺の石畳の道を散策、一日がアッという間に過ぎました。写真から藤の香りをご堪能ください。次回のルネッサンスは「研究会は5月13日:テーマは足利と鎌倉懐古」そして「花の旅は古都鎌倉へ6月4日」です。<img








帰途、古都の雰囲気漂う足利学校周辺の石畳の道を散策、一日がアッという間に過ぎました。写真から藤の香りをご堪能ください。次回のルネッサンスは「研究会は5月13日:テーマは足利と鎌倉懐古」そして「花の旅は古都鎌倉へ6月4日」です。<img
2008/5/5 16:59
春たけなわの秩父でお勉強 文化・芸術
アカデミー ルネッサンス第3回野外学習会
秩父吟行の初心者俳句です。2月の熱海梅園のときより数段上手になりました。
どこまでも新緑のなか秩父路
艶やかな香りに酔いて芝桜
昼酒は秩父地酒にところてん
若き父肩車して芝ざくら
蕗の香は故郷の匂い亡き父よ
ふりかえる武甲の肩に陽が沈む
鯉のぼり武甲抱いて泳ぎけり
花の寺 両手合わせて 春夕陽
鯉のぼり風を呑みこみ雲を吐く
芝桜まといて立ちし武甲山
目の中を埋め尽くし燃ゆ芝桜
春眠や花の み寺の風のなか



秩父吟行の初心者俳句です。2月の熱海梅園のときより数段上手になりました。
どこまでも新緑のなか秩父路
艶やかな香りに酔いて芝桜
昼酒は秩父地酒にところてん
若き父肩車して芝ざくら
蕗の香は故郷の匂い亡き父よ
ふりかえる武甲の肩に陽が沈む
鯉のぼり武甲抱いて泳ぎけり
花の寺 両手合わせて 春夕陽
鯉のぼり風を呑みこみ雲を吐く
芝桜まといて立ちし武甲山
目の中を埋め尽くし燃ゆ芝桜
春眠や花の み寺の風のなか
2008/5/3 21:30
旬花薫香{3}花の寺:秩父札所十二番野坂寺 文化・芸術
2008/5/3 0:01
GW特集 旬花薫香{2 } 秩父の芝桜 文化・芸術
2008/5/2 17:40
GW特集 旬花薫香{T} 文化・芸術
2008/4/27 0:08
話すより聴くことがスキルアップのコツ 文化・芸術
話は話すたびに次の機会のリハーサルになっている。意識する・しないは別にして、聴き手を相手に訓練を繰り返しているのだ。聴き手はそのトレーニングに付き合ってくれているのだと考えると、話し手は強い思いで全力で話すべきである。このことは、立場を逆にして自分が聴き手になってみるとよく理解できる。だから「よい聴き手はよい話し手になる近道」だといわれるのである。聴き手を無視した「多弁」は決して話し上手ではなく単なる話し好きに過ぎない。これはスピーチ・対話いずれも同じである。


2008/4/25 23:15
多弁と雄弁のちがいは 文化・芸術
多弁は自分勝手なお喋り、雄弁は話の中身が魅力的で聴き手に合わせた話をする。聴き手によって中身を変えるには、話の材料=話材をたくさん引出しに持っている必要がある。その証拠に、いつも口下手を自他ともに認めている人も、自分の得意な分野の話になると滑らかに話をすることがよくある。つまり、話し下手だという人はお喋りが下手なのではなく日頃の話材の収集がなく換言すれば持ちネタが少ないということである。話し上手は日ごろから話材の収集をこころがけてそれを引き出しに蓄えているので、その場に合わせた話材を取り出すことができるのである。話しの上手・下手は単なる表現技術ではなくその人の人間性や能力の差であるといえる。





