2008/5/18  9:21

ハチワンダイバー  ドラマ

土曜の深夜11時10分から、フジテレビ系で放送のドラマがこの「ハチワンダイバー」。

深夜ドラマは昔からいろいろあって観ているが、独特のテンポと脚本で展開する、深夜ならではの宇宙観がある。

古くは、仲間由紀恵と阿部寛の「トリック」、釈由美子の「スカイハイ」、最近では高橋克典の「特命係長 只野仁」を始めいろいろある。

最近で面白いとおもったのは、「SP 警視庁警備部警護課第四係」、「ロス・タイム・ライフ」そしてこの「ハチワンダイバー」だ。

これらのドラマは何故かこの深夜時間帯だから成立するという不思議さがある。これは観ている側の問題なのだろうかもしれないが、どの番組も深夜に観るにはちょうど面白い内容のものばかり。


深夜ドラマに強いのは、何故かテレビ朝日系列とフジテレビ系列である。興味のあるかたはチェックを。


2008/5/17  16:57

余計なお節介 〜携帯を子どもに持たせるな〜  ニュース

 子どもの携帯論議をしているヒマがあれば、国会での議員の携帯利用もやめれば?と思うのは自分だけだろうか?

 携帯を持たせるかどうかなどは家族が決めれば良く、勝手な理屈をこねくりまわして、もっともらしい規制を勝手に作るなといいたい。
 
 通学途中の児童が、不審者に殴られたり、蹴られたりした事件があったとしても、学校は“集団登下校”を実施せずにいるほうが親にとっては問題にしたい。こっちを法制化しろよ、そのほうがよほど被害児童は減らせる。


 この議論。タバコやアルコールと同じように、「携帯電話は18歳になってから」という法律でも作るつもりだろうか?


 どうせならそういう法律にすればと思う。今やろうとしているのはそれと大差ないことなのだから。



2008/5/16  8:01

CMに見る改革〜アコム〜  テレビ

 消費者金融と呼ばれる会社がある。テレビなどで「親近感」を前面に押し出してどんどんお金を貸して、というか借りさせてきたが、最近は飛ぶ鳥を落とす勢いは止り、社会問題の1つとしてやり玉に挙げられている。

 いわゆるグレーゾーン金利を早々と改善してきた消費者金融の中で、アコムがまた業界のなかで最初の第一歩を踏み出した。

 アコムといえば「むじんくん」という契約機を考えたり、「クーちゃん」ブームを巻き起こしたCMで有名だが、その独自性は今でも健在だった。

 それがこのCMである。


  

 なんとこのCMの中で、CMのスポンサーにとっては否定的なフレーズが使われている。

 「本当に今、お金が必要ですか?」

 なかなか使えないこの一言。業界が変るきっかけになることを期待する。


 

2008/5/14  22:53

何のために文法やるの?  家族

 中間テスト真っ最中の娘との会話。

 英語のテストを明日に控え、もう勉強の中、「もう、なんで文法やらなあかんの〜?」とのたもうた。

 そうなのだ、英語の先生から、英文法をやらなければならない理由をきちんと聞いたことがなかった。

 その「なんで」が分らないままで、どんどん教科書は進んで行くし、分らないことのうえに分らないことが重なってくるからさらに分らない。英語にしろ数学にしろ中学生の時期にしっかりと基礎からやっておかないと本当に大変なことになる。

 もちろん、その分らない状態を取り返すことは可能。

 え?どうやってかって?

 それは簡単。自分で1からしっかり勉強するのです。


どこかの英語の先生が万一何かの巡り合わせでこのブログエントリーを読まれたら是非生徒に説明してあげてください。なぜ英語を勉強するのか、なぜ文法を勉強するのかを。



2008/5/2  6:16

仲間っていうのはなぁ・・・  日記

昨日は、ある仲間の一人の為の送別会でした。




 ある夢をもって集まった、世代や背景のことなる人達が、いつの間にか自然に“仲間”になっていた。



 ことある毎に、だれかが声をかけて、だれかの為に集まったり、「ちょっと集まろうよ」なんていうことで集まったりする奇妙な仲間。




 昨日の夜は、そのなかでもとりわけちょっと特別な集まりとなった。仲間の一人が故郷へ帰るという。




 その為に集まった仲間をみて、テレビドラマ、“ごくせん”の「仲間ってぇのはなぁ・・・」という台詞を思い出した。




 そしてその台詞を思い出しながら、改めて、一人のために集まってくる「仲間って」いいなぁと感じた。




 これまでは、自分だけで、1つの目標に向かって進んでいたのだけども、こうやって周囲の人達が、一人のために集まったり、いっしょによろこんでくれたり、苦労話を語り合ったり、現実の厳しさに励まし合ったりというのを見ていると、自分が目標に辿り着くことができるようになると、みんなにもパワーを注ぐことになるかもしれないし、まったく見知らぬ人達にも、いくつになっても、夢を実現することは不可能じゃないんだと元気になってもらえるかもしれないと思った。



そういう事が分った、大切な夜でした。



 ついこの間、情熱大陸というテレビ番組で「あきらめない限り、目標は逃げない」という言葉に出逢ったこと、そして今日という日に出逢ったこと、そして仲間と巡り会ったことは宝物です。




 躊躇せず、積極的に仲間作りをすることは大切。




 特に、勤め先以外で、上下関係の無い中での仲間作りは、いくつになっても大切だと思う。




 

2008/5/1  7:29

ホカベン  ドラマ

 日テレ系列でのドラマ、ホカベン。昨日はじめて見たが、すごく引きこまれた。犯罪加害者と被害者、そして弁護士の間に生まれる、駆け引き、損得、欲望、悲哀、ことばで表現できない緊迫感や絶望。

 生きることに対する、なまなましい現実をドロドロになりすぎずにドラマの中で展開されていて圧倒される。

 主役の新人弁護士に上戸彩を使っていることで、軽いノリの新人弁護士奮闘記と思っていたが、いやいや、内容は本当に濃い。まさに、事件の加害者と被害者間の怨念の応酬の間を、司法の限界の中で、理想に燃える上戸彩が、必死になっているというストーリーである。


 裁判員制度が平成21年からスタートするが、それに向けてのドラマだと思うが、大変考えさせられるドラマだと思う。途中からでも楽しめると思うので、見逃した方は、チェックすることをお勧めする。

公式サイトはこちら→http://www.ntv.co.jp/hokaben/


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2008/4/29  0:11

いじめがつづく学校 〜なによりも自分を優先するべし〜  

 以前、兵庫県の有名な高校で、イジメを苦にした自殺があったが、くだんの高校ではまだイジメが続いているのだそうだ。

 イジメ対処ができない学校は自浄作用がない。何の自浄かといえば、先生達の自浄だ。

 先生達のことなかれ主義。見てみない主義に若い命が摘まれて行く。先生ごとき存在に子ども達のやる気や命、才能が摘まれていってしまっている。なんと勿体ないことだ。

 

 イジメでその学校をやめたりした人の中には、サッカーの才能に恵まれた人もいたという。勿体ない話だ。




 イジメをするような卑怯なヤツらに負けるというのも腹立たしい。学校はやめても構わないが、才能を伸ばすことはやめてはならないと思う。




 
 また、何かのきっかけでぐれてしまって学校へ行かなくなった人も同じく、まだ芽が出ていない才能があるかもしれない自分の可能性を自ら摘むことはない。なんだかんだと食べてゆける時代に生まれたのだから、自らの可能性に鍵をかけてしまうことなく可能性を見つけて、「明日」に向かって一歩を踏み出して欲しい。




 学校はすべてではない。いつからでも学校は行き直すことができる。順序がすこしぐらい違っても構わない。だから、自分の才能や可能性を伸ばすことを最優先で考えるべきだ。



 「イジメに負けるな」はイジメている奴らに向けて言う言葉。「イジメをすることしか、自分を保てない」なんてイジメに負けている証拠。イジメをやるやつこそが、イジメに負けているのだ。

 イジメに負けないというのは、イジメに対抗することでも、イジメに向かっていくことでもなくて。イジメごときで、自分の夢をあきらめるなということだ。



 学校は自浄作用がないところだと覚悟するべし。先生はあてにならない物だと考えるべし。自力でなんとかするべし。


 また親も学校や先生なんてそういうものだと思って子どもからのサインを見落とさないように最大限の応援をすべきだ。「イジメなんか無視しろ」なんていうのは無責任な発言だ。子どもには、「どんなことがあっても、学校をやめても、お前の味方だ、応援するから夢を叶えろ。」と言うべきだ。



 キレイごとはいらない。駄目な学校へは行くな。ダメな教師はあてにするな。自分の人生を最優先にしろ。4月早々のこの時期だからこそ書く。



 親も子も、自分の人生を大切にする為の会話の1つでもしたほうがいい。せっかくのゴールデンウィークなのだから、出かけるばかりじゃなくて、父と子、母と子の間でゆっくり会話するいいチャンスだと思って、しっかりと会話しよう。

 
 

 あなたの才能を摘むようなところは、もはや「学校」ではない。あなたのことを応援してくれるのでなければ、それは先生でもなんでもない。尊敬する必要はない。




 だから「親」は子どもの味方にならなければならない。それが親としてやるべきことだ。





2008/4/24  6:54

Gacktやったね!  ニュース

 以前に、Gacktの事をこの日記で書いたが、あの迫力と美貌でハリウッド進出!というのはすごい。

 最近は、アニメの実写版が話題になっているので、そのうち実写版の「地球(テラ)へ・・・」でもやってくれないだろうか?

 もちろん、Gacktにはキース・アニアンをやってもらう。

 



2008/4/23  1:10

自己欺瞞 〜光市事件の弁護団〜  ニュース

 光市の事件の判決が広島高等裁判所であったが、弁護団が即時上告したそうだ。


 被告には裁判を受ける権利はある。でも弁護団は自分たちの仕事のために仕事をしてはいけない。


 なぜ弁護をしなければならないのか?

 それは権利だからか?

 そういうことが仕事だからか?

 弁護の主人公はだれだ?

 弁護士か?

 いやそうではないだろう。

 弁護団が自らのことを「意見が割れても、一つの方向に行った。こういう弁護団であることを誇りに思う」と言ったそうだが、何言ってるんだこいつ?


 20人以上の弁護士がつくってどういうことだろうか?弁護士っていったい何者だ?



 刑事裁判でいつも思うのは、「弁護士」達の発言だ。北九州の飲酒事故にせよ今回の事件にせよ、犯罪を犯した容疑者あるいは犯人と被害者あるいは被害者家族が本当は事件の第一者であり第二者である。

 
 それを「法律」に基づいて処罰するかどうかの為に「検事」と「弁護士」と「裁判所」が存在する。つまり、「事件という事実」があって、その事実が真実なのかどうかという点の評価と、その事実の背景となった環境やいきさつがどうだったのかという点の評価には言及することはあったとしても、それを夢物語のようにしてまで作りあげて弁護することは弁護士の仕事ではない。また検事が事実を裏付ける証拠をそろえる必要があるのと同じように、弁護士も証拠が必要なのは、そういう「作りあげ」を避けるためでもある。



 この「作りあげ」のことを「ねつ造」というが、それは検事も弁護士もやってはならない。


 

 ところで、判決に関係なく、この被告はどのように罪を償うつもりでいるのだろうか?自らの犯した罪は、自分がどんな精神状態だったかに関係なく、事実として残る。それをどう捉えているのだろうか? たくさんの言い訳をして、それを認めてもらえたとして、それはいったい何のためなのだろうか?弁護団はそれでどうしたいのだろうか?いったい弁護団は何を勝ち取ろうとしているのだろうか?弁護団は誰のために控訴したんだろうか?弁護団の自己満足の為にやっているのだとしたら、この弁護団こそ恐ろしい存在だ。

 

 最近の弁護士や弁護団をみていると、自己欺瞞という言葉が頭をかすめる。

 
 



2008/4/23  0:34

狭い視野  心と体

 人は年齢を重ねて行けば、どうしても、自分のやり方に固執する傾向がある。

 これは当たり前だし、必ずしも悪いとは言えない。しかし、時にはそのせいで視野が狭くなることもあり、大切な助言やアドバイスを聞き逃すこともある。


 人のアドバイスを「あ〜分ってる、分ってる」と言ってしまうことがある人は要注意である。

 その結果迷惑がかかるのは、本人よりも「周囲」であることが多い。



 
 経験を重ねても、当事者であるとどうしても見える部分が狭くなる。常に全体が見える人というのは限られている。経験を重ねたひとよりも、経験はあまり無くても、第三者であればよく見える事が多い。


 つまり、それだけ周囲のほうが「ハラハラ」させられているのである。


 そしてうまく行かないと「ほらね、やっぱり」となる。


 確信犯的に「ハラハラ」させていれば別だが、そういうケースはまれだし、そんなことなかなか分ってもらえるモノではない。



 結局、周囲も一緒になって「うまくいかなかった」事への対応に追われ、このように周囲がフォローすることになる。







 でも、よくよく考えてみれば、これは若い人が失敗して、上司や先輩、周囲がフォローするのとなんら違わない。


 つまり、仕事の失敗のフォローには、先輩・後輩は関係ないし、上司も部下も関係無い。失敗するときはするし、うまく行くときはうまく行くものだ。


 だから、上司は部下の、先輩は後輩の、「あ〜見えてないなぁ、このままだとだめだろうなぁ。」と思ったときには、自分にも当てはまることがないか、再確認したほうがいい。



 狭い視野とは、「自分は大丈夫」だけど「部下や後輩は心配」といった形で物事を見ることでもある。


 広い視野とは、「自分の事も心配」で「部下や後輩にも気づいたら言ってくれ」というものの見方であるとも言える。



 広い視野を持てば、他の人からのアドバイスも素直に聞けるし、耳を傾ける価値があるというふうに自然に認識できるようになる。




 このように狭い視野というのは実にもったいない。時には広く意見を聞いてみるのはどうだろうか?



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