2008/4/20  22:58

サイクルとリニア  米国日常生活

早いもので、今のワシントンは緑で溢れている。
街中の木々が陽光を照り返し、眩しく映る。
気温も日中30度近くまで上がり、時は春という季節を足早に駆け抜けていったのだろうか。
自問自答する。

テレビの電源をONにすると、今、この国は、2日後にペンシルバニア州予備選を控え、昨日からNBAのプレイオフがスタートし、今日はNYのヤンキースタジアムでローマ教皇によるメサが行われるなど、色々な意味で盛り上がる雰囲気がひしひしと伝わってくる。

しかし、今日のワシントンは、そんな熱気を一気に冷やすかのような天気、
久々の雨。
しかも雨足が強い。

日中降り続いた雨が夕方遅くに漸く止む。
外に出ると懐かしい匂いがする。
土と草の匂い。
僕はこの匂いが昔から好きだ。
大きく深呼吸。
厚い雲間からわずかに射し込む光に照らされた緑は、いつもよりもみずみずしい。
緑も大きく深呼吸しているようだ。

空を見上げると、昼間の黒い雲が白い雲に変わっている。
夜の7時半なのに昼間より明るい。
特段綺麗な空ではないのだけれど、雨上がりの空は人を安心させるものがある。
思わず建物の屋上へ昇り写真を撮ってみる。


クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します


夕涼みしながらマサチュセッツ通りを往来する車を眺める。
近くのトーマスサークルに車が入っては出て行く(マサチュセッツ通り沿いにはいくつも「サークル」と名の付く場所がある)。
サークルを見ているせいかもしれないが、車の往来も、雨のち晴れの天気も、そして朝昼夜という一日の流れも、すべて「回転」というか「サイクル」といった言葉で形容できる気がしてくる。
そして、それらの言葉は、このワシントンという街の特色を一言で表しているような気がしてくる。

アメリカ人の友人も、日本人の友人も、その他の国の友人も、年中問わず、誰かがワシントンという街を後にし、そして新たな人が入ってくる。
出会いがあれば別れがあり、別れがあれば出会いがある。

今、僕自身もそのような流れを構成する一要素ではあるのだけれど、ワシントンという街が「サイクル」という言葉で表現し得ても、僕の人生は「リニア(直線)」であることを日々強く意識せざるを得ない。
しかもそのリニアは、遡及や無限といった命題を許さない。
不可逆的であり、かつ有限である。

昨日という日は二度と訪れない。
そして明日という日が必ず訪れるとは限らない。
そう考えると、やはり「瞬間(いま)」が大切なんだ。
当たり前のことだけれど。

特急列車のように先を急ぐばかりに、今通過している車窓の景色を漫然と見るのではなく、鈍行列車に乗った気分で、ゆとりを持ちつつ、しっかりと景色を眺め、同じ列車にたまたま乗り合わせた人たちとの交流を大切に温めていきたい。



コメントを書く


名前
メールアドレス
URL
コメント本文(1000文字まで)


RSS1.0