2008/5/11 21:32
願掛け 分類なし
ごっ、よん、さん、にっ、いち。
ふぅ。
目の前の階段を上り切った後、息を整えながら、10歩程前へ進む。
左手の壁に刻まれたゲティスバーグ演説の最後のフレーズ
“GOVERNMENT OF THE PEOPLE, BY THE PEOPLE, FOR THE PEOPLE SHALL NOT PERISH FROM THE EARTH..”を一読。
いつも通り、右手を左胸にあて、リンカーン像に向かい目を閉じる。
そして、自分への誓いを心で唱えた後、友へのエールを送る。
今日でちょうど一週間が経つ。
先週末から毎日、自宅とリンカーン像との間を走って往復している。
あと一週間そうするつもりだ。
大切な友の勝負の日が目前に迫っている。
自分と向かい合い、もがいてきたプロセスを知るが故に、そんな友のために何もできない自分がもどかしい。
もっとも万全の準備をしているだろうから、問題はないだろうが。
ある願掛けをすることにした。
生来、僕はきちんとした願掛けということをしたことがない。
もちろん、初詣などでお願い事をすることはあるが、願い事が成就するために縁起を担いだことは記憶にない。
「あいつは必ずやり遂げるだろうから、俺の願掛けなど全く意味はない」とは思いつつも、何となくじっとしてはいられない。
大したことではないのだが、先週末から友の勝負が終わるまで、毎日、自宅とリンカーン像との間を走って往復することにした。
かつ、(自分でも何故だかよく分からないが、)絶対に他のランナーに抜かれない、という条件を付けている。
往復7キロなので、毎日走り慣れている人にとっては大したことないだろう。
ただ、毎日仕事や付き合いがある中で、早朝か晩に「必ず」走ることは、僕にとっては、何ともないこと、とは言えない。
当然雨が降る日も走ることとなる。
そしてそれよりも、条件を付けたが故に、1.5キロほどある直線で気合の入ったランナーと出会うとかなりしんどい。
多分、傍から見ると、僕は必死の形相で走っているだろう。
いずれにしても、学生時代に友とよく聞いていた歌をi-tune storeで何曲か購入し、i-podを手にしつつ、「絶対に大丈夫だ」と心の中で繰り返しながら走る。
とある曲のフレーズ。
「自分の限界がどこまでかを知るために僕は生きてるわけじゃない」
自分で壁を作らない限り、限界はないんだ。
そんなことを地球の反対側にいる友に語りかけつつ、走る。
リンカーン像を背にすると、そこにはワシントンモニュメントが、天に向かってそびえ立っている。



