2008/6/28  23:55

ワシントンDCの銃規制に対する連邦最高裁判所の違憲判決  米国社会

一昨日、連邦最高裁は、市民による拳銃所持を広範に規制したワシントンDCの法律が、国民に武装する権利を与えた合衆国憲法修正第2条に違反するとの判決を下した。
修正第2条とは、

A well regulated militia, being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear arms, shall not be infringed.
(規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。)

200年以上前に制定されたこの規定が、個人に銃を保持する権利まで認めたものとして読めるのかどうかが焦点となった。

判決は5対4の僅差。
個人が銃を保持することが憲法上の権利であることを合衆国史上初めて認めるものとなった。
ブッシュ大統領及びマケイン氏も今回の判決に対する強い支持を表明した(オバマ氏の意見は玉虫色。)。勿論、全米ライフル協会(NRA)は絶賛。
イリノイ州をはじめとする銃規制の強い他の州にも早速その余波が及んでいるようだ。

(注)ただし、麻薬常習者や精神異常者による銃の保持や学校等一定の場所での銃の保持に係る規制や、販売に条件を課すこと(ライセンス)までは否定されていない。


ここで、この判決そのものについて、正しいとか間違っているとか自分なりに断言するつもりはない。
連邦最高裁の判事達が真二つに分かれたことが示すとおり、双方の言い分にそれなりに説得力があるし、そもそも、銃犯罪の背景事情はケース・バイ・ケースであり、大抵複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられるため、今回の判決を含め、銃規制の強化又は緩和が実際に犯罪発生率にどの程度影響するのか検証することは困難であるからだ。

ただし、違和感がある。

僕は、幸い銃犯罪の現場に出くわしたことがないので、僕の感じ方にはバイアスが掛かっているかもしれない。
ただ、それでも敢えて言えば、銃規制のあり方は、市民の銃に対するマインドセット、ひいては市民の銃との精神的な距離に影響を与えるように思えてならない。

例えば、拳銃の保持が規制される我が国では(我が国と米国では国の成り立ちが違うという批判はここでは無視する)、一般市民が拳銃を目にする機会は限られているし、それを実際に手にする機会などほぼ皆無だ。

それは、単に規制されているから「銃を手にすることができない」という法的制約、すなわち「外部からの制約」による部分もあるだろうが、規制を通じて「規制されるもの(銃)=悪」という意識が市民の心の中に植えつけられること、すなわち「内面的な制約」により、そもそも「銃を手にしたいとは思わない」ことによる部分も大きいのではないだろうか。

NRAは「人を殺すのは人であって銃ではない」と言う。
それはある意味正しい。
しかし、その人の心の有り様は、銃規制とは全く関係ないと言えるだろうか。

僕はそうは思わない。

「銃の保持が個人の権利として認められる」社会では、「銃=悪」とのマインドセットは生まれないだろう。
むしろ、市民の銃に対する精神的な距離が近くなり、ひいては、銃を使用すること、すなわち引き金を引くことに対する抵抗感が相対的に希薄になるのではないか。

少なくとも僕が住みたい社会はそのようなものではない。



2008/7/13  13:37

投稿者:Hawk

>米国女弁護士さん

服部さんの事件は僕もよく覚えています。
高校生の時だったのですが、自分と同世代の日本人があのような経緯で犠牲になられたことに対して、自分の理解の範囲からあまりにもかけ離れていて戸惑った記憶があります。

先日、ブッシュ減税の仕掛け人といわれる方の講演会に出席しましたが、彼は、アメリカ人の大半は政府という存在を嫌っていると断言していました。銃規制もその一つとして位置付けられ、何故規制されなくてはいけないのか、と強い口調で話していました。
正直、僕にとっては、彼の信念の強さは十分にわかったものの、何故そのように思うのかについては、納得のいく話は伺えませんでした。
Hawk

2008/7/8  3:37

投稿者:米国女弁護士

銃を携帯もしくは保有するのは当然の権利と思っているアメリカ人は7〜8割に及ぶそうです。ですからそうした投稿文は、大多数のアメリカ人の意識を反映していると思います。

私がアメリカに来てまだ間もない頃、服部君という交換留学の高校生が、ハロウィンの衣装で訪問先を間違えてよその家に入ろうとしたとき、その家主にライフル銃で銃殺されるという事件がありました。たしか、ルイジアナ州でしたが、家主の判決は無罪。自宅の敷地内への侵入者を阻止するために、「護身用」に銃を使うことは正当防衛と見做されたのです。服部君は丸腰でした。

2008/7/5  7:59

投稿者:Hawk

>米国女弁護士さん

コメントありがとうございます。
頂いたコメントに個人的には共感するのですが、あの判決以来、新聞の読者投稿欄などには、「そもそも銃規制があった時でも、罪を犯す人間は銃を持っており、規制などそもそも意味がなかった。だから今回規制を緩和しても彼らにとってはあまり意味がない。むしろ、今回の判決は犯罪から身を守る人間にこそ意味がある。銃を護身用に携帯したい人間もいるのだから、そのような権利は保護されてしかるべき。そして、判決は銃を持つことを義務付けたものではないから、別に携帯したくない人間は携帯しなければいいだけの話。」こんなコメントが結構掲載されています。NRA関係者なのかどうかわかりませんが。
全米最強のロビー団体の前で、大統領候補をはじめ、政治家があからさまに異を唱えないのは分かるような気もしますが、やはり個人的には、社会のあり方として疑問符が付いてしまいます。
それにしても、ロースクールでそのような授業があるというのは興味深いですね。
Hawk

2008/7/4  11:45

投稿者:米国女弁護士

この修正第二条は、アメリカに暮らす私には身近な問題である。ちょっと郊外に行けば、ウォルマートのような量販店で様々な銃を買うことができるし、アメリカの3〜4割の家庭が護身用に銃を保有しているからだ。

広大な土地柄だけに、自分や家族の身に危険が迫った場合、警察が来るのを待っていては、自分達がやられてしまう、というのがその正当化である。身近な例では、遠隔地でガソリンスタンドを経営していた老婆が、護身用にライフル銃を持っていたおかげで、強盗に入られた際、命が助かったという実話もある。

ロースクール在学中に修正第二条を取り上げた授業を取った。皆で射撃場に行き、実際に銃に触れ、射撃を経験するという、日本生まれの私にはどれも初体験であった。そこに現れたのは、NRA(全米ライフル協会)のメンバー。私が日本人と知るや、「あなたの国では、銃保有という基本的人権が奪われている。かわいそうに。」と言われた。大きなお世話である。確かに、人を殺すのは人であり銃ではない。しかし、銃以外の武器(ナイフや包丁)で人を一人殺すのに要するエネルギーを考えたら、銃規制のおかげで被害者数を最小限に抑えることができるのではないか。(私はいつもこの点でアメリカ人とディベートしている)この間の秋葉原の事件で、もしトラックやナイフの代わりに銃が使われていたら、被害者の数は数倍にのぼっていたことであろう。

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