2008/7/21 23:36
海 その他
先週は、来客やら送別会やらとにかく多くの催事が重なり、血中のアルコール濃度が急上昇した一週間だった。
いつもブログの更新に多くの時間は割かないけれど、さすがに体中の毛穴からアルコールが染み出す時は、パソコンに向かう気すら起きず、ただひたすら寝る。
ということでブログの更新が少し滞っていた。
さて、母国は3連休最終日。
そう。
「海の日」。
実は、海の日がいつ制定されたのかよく覚えていない。
気付いたらいつの間にか休日が増えていた。
そういうわけで、この日に特別の感慨はない。
ただ、僕は「海」が大好きだ。
だから、今日は少しだけ海について書いてみることとしたい。
実は、子供の頃は、海がそれほど好きではなかった。
海に行くのは潮干狩りか海水浴に行く時だけ。
夏の海は、開放感はあるけれど、混雑しているし、汚いし、しょっぱくてベタベタするし、何より得体の知れない恐怖を感じさせる存在だった。
恐怖が顕在化したのは小学生の時。
当時から泳ぎには自信があったが、ある時、波に流された。
足はつかず、波が高く、気付いたら溺れていた。
遠くの砂浜に叔父の姿がかすかに見えるが、こちらに気付いていない。
声を出そうにも海水が口の中になだれ込んで来てズブズブ沈み始めた。
齢僅か10歳足らずにして、初めて「死」を意識した。
「死にたくない」という生存本能に駆り立てられて焦る気持ちと
「死ぬんだなあ」という第三者的な視点からの妙な諦観とがない交ぜになって意識が遠のいていったのを覚えている。
気付いた時は、叔父の腕の中に抱えられて砂浜に上がろうとしていたところだった。
その時以来、心のどこかで海に対する「恐れ」を抱くようになった。
しかし、僕の日常生活から海を取り除くことは物理的に不可能だった。
中学・高校の6年間は、千葉県浦安市の実家から都内の学校に毎日電車で通学した。
京葉線(中学の時は東西線)は海沿いを走る。
舞浜〜葛西臨海公園〜新木場。
晴れの日も曇りの日も雨の日も、海は表情を変えはするが、いつも同じ場所で悠然と待っている。
朝練のある時はガラガラの電車の中で海の見える側に座り、朝練のない時は満員電車に揺られながらも、サラリーマンの疲れた顔越しにいつも海を眺めていた。
多感な思春期に、生きていることが何か馬鹿らしく思えて仕方がなかった時も、周りのクラスメートが皆同じ大学を目指している姿勢に言い様のない違和感を抱き、一人それに逆らおうとした時も、当時人気(ひとけ)の少なかった葛西臨海公園駅で途中下車して、砂浜で海と空をただ眺めていた。
海に対して抱いていた「恐れ」は次第に薄れ、いつしか、自分の悩みを打ち明ける相手となり、その絶対的な存在の故に僕の悩みを矮小化してくれる「畏れ」多い存在へとなっていった。
そして、海は僕を呑み込むものから包み込むものへと変わっていった。
だから今、僕は「海が好きだ」と言える。
海に面した国や街を訪れると、とりあえず海岸を目指すことが多い。
特に当てがなくても。
不思議なもので、ホテルや店が並ぶ海辺よりも、砂と岩以外何も存在しない海辺に立っている時の方が、感性が研ぎ澄まされる。
海と一対一で対峙している。そんな気になれる。
これまで国内外の数多くの海を目にしてきた。
ナポリの群青色の海は美しかったし、故郷ともいえる香川の瀬戸内海も優しく穏やかで大好きだ。
ただ、これまで「接してきた」海の中で、ただ見ているだけで感極まった海が二つある。
一つは、夕日に照らされる錦江湾(鹿児島湾)。
一つは、桂浜から見る太平洋。
言うまでもなく、共に、維新の志士縁の地である。
特に、桂浜にはこれまで何度となく足を運んだ。
砂浜の所々に散らばる岩の上に座り、何をするでもなく、2時間も3時間もただ海を見つめる。
竜馬がここで何を感じたのか、そのことに想いを馳せないことはない。
ただ、それもさることながら、この海には、その竜馬を人物ならしめた何かがあると思えてならない。
目を閉じてみる。
波の音を聴き、
潮の香を匂い、
そして風を感じる。
この海がいつも僕の心に与えてくれるもの。
それは、志を貫く力。
そう僕は思っている。
いつもブログの更新に多くの時間は割かないけれど、さすがに体中の毛穴からアルコールが染み出す時は、パソコンに向かう気すら起きず、ただひたすら寝る。
ということでブログの更新が少し滞っていた。
さて、母国は3連休最終日。
そう。
「海の日」。
実は、海の日がいつ制定されたのかよく覚えていない。
気付いたらいつの間にか休日が増えていた。
そういうわけで、この日に特別の感慨はない。
ただ、僕は「海」が大好きだ。
だから、今日は少しだけ海について書いてみることとしたい。
実は、子供の頃は、海がそれほど好きではなかった。
海に行くのは潮干狩りか海水浴に行く時だけ。
夏の海は、開放感はあるけれど、混雑しているし、汚いし、しょっぱくてベタベタするし、何より得体の知れない恐怖を感じさせる存在だった。
恐怖が顕在化したのは小学生の時。
当時から泳ぎには自信があったが、ある時、波に流された。
足はつかず、波が高く、気付いたら溺れていた。
遠くの砂浜に叔父の姿がかすかに見えるが、こちらに気付いていない。
声を出そうにも海水が口の中になだれ込んで来てズブズブ沈み始めた。
齢僅か10歳足らずにして、初めて「死」を意識した。
「死にたくない」という生存本能に駆り立てられて焦る気持ちと
「死ぬんだなあ」という第三者的な視点からの妙な諦観とがない交ぜになって意識が遠のいていったのを覚えている。
気付いた時は、叔父の腕の中に抱えられて砂浜に上がろうとしていたところだった。
その時以来、心のどこかで海に対する「恐れ」を抱くようになった。
しかし、僕の日常生活から海を取り除くことは物理的に不可能だった。
中学・高校の6年間は、千葉県浦安市の実家から都内の学校に毎日電車で通学した。
京葉線(中学の時は東西線)は海沿いを走る。
舞浜〜葛西臨海公園〜新木場。
晴れの日も曇りの日も雨の日も、海は表情を変えはするが、いつも同じ場所で悠然と待っている。
朝練のある時はガラガラの電車の中で海の見える側に座り、朝練のない時は満員電車に揺られながらも、サラリーマンの疲れた顔越しにいつも海を眺めていた。
多感な思春期に、生きていることが何か馬鹿らしく思えて仕方がなかった時も、周りのクラスメートが皆同じ大学を目指している姿勢に言い様のない違和感を抱き、一人それに逆らおうとした時も、当時人気(ひとけ)の少なかった葛西臨海公園駅で途中下車して、砂浜で海と空をただ眺めていた。
海に対して抱いていた「恐れ」は次第に薄れ、いつしか、自分の悩みを打ち明ける相手となり、その絶対的な存在の故に僕の悩みを矮小化してくれる「畏れ」多い存在へとなっていった。
そして、海は僕を呑み込むものから包み込むものへと変わっていった。
だから今、僕は「海が好きだ」と言える。
海に面した国や街を訪れると、とりあえず海岸を目指すことが多い。
特に当てがなくても。
不思議なもので、ホテルや店が並ぶ海辺よりも、砂と岩以外何も存在しない海辺に立っている時の方が、感性が研ぎ澄まされる。
海と一対一で対峙している。そんな気になれる。
これまで国内外の数多くの海を目にしてきた。
ナポリの群青色の海は美しかったし、故郷ともいえる香川の瀬戸内海も優しく穏やかで大好きだ。
ただ、これまで「接してきた」海の中で、ただ見ているだけで感極まった海が二つある。
一つは、夕日に照らされる錦江湾(鹿児島湾)。
一つは、桂浜から見る太平洋。
言うまでもなく、共に、維新の志士縁の地である。
特に、桂浜にはこれまで何度となく足を運んだ。
砂浜の所々に散らばる岩の上に座り、何をするでもなく、2時間も3時間もただ海を見つめる。
竜馬がここで何を感じたのか、そのことに想いを馳せないことはない。
ただ、それもさることながら、この海には、その竜馬を人物ならしめた何かがあると思えてならない。
目を閉じてみる。
波の音を聴き、
潮の香を匂い、
そして風を感じる。
この海がいつも僕の心に与えてくれるもの。
それは、志を貫く力。
そう僕は思っている。



