2006/5/19  3:10

ペース崩し  分類なし



前回あんなに立派なことを書いたのに、ここ2日ばかり、ペースが崩れ、なんだか心がざわついています。

すっきりしない・・・。

こんなこともあるさ、と思い、昨夜突発的に思い切り暴飲暴食をしました。といっても、何ヶ月前かの食事の量とビールの量。

案の定、体のラインが崩れた。
少々自虐的になっているらしい。

もういやなことをしてしまったので、今日は断ち切ることにしました。
今日は昨日に引き続き、ベルリッツで2コマ勉強。
そのあとジムに行き、体から毒素を抜く。
部屋の掃除。
企画書作成。公開講座の告知文。
NLP(神経言語プログラミング)のノートを整理する。
本の原稿を仕上げる。
後期授業用の本の構成を考え、執筆の準備をする。
帳簿つけ。


そして、目標シートの作り直し。また10個達成したので、10個追加したものを作成する。


今は5月19日金曜日  03時01分。
これから瞑想をしましょう(30分)。
中村天風の本かオグ・マンディノーの本を読みましょう(60分)。
そして30分寝て、ベルリッツの宿題(1時間)。
そしてシャワーを浴び、1日の活動を始めましょう。

今日の夕食は、中華おこわとサラダとかぶと鶏肉の煮物。中華おこわのチャーシューは夕べ、もつ煮込み(20日夕食予定)の下準備と同時進行で作成。

サラダを沢山簡単に食べたいので、外国製のサラダ水切りボールを買った。これが優れもの。
なんて書いているうちに、結構きちんと生活していることに気づく。

だから書くというのは大切なんだ。
過去のことも、今この瞬間も、未来も冷静に客観的に観ることができるんだ。
時間を書く、そうか・・・こういう効果もあるんですね。

自己完結して、一人で癒されました。

さあ今日も、生きていきましょう。(大げさな!)

この写真はモロカイ島のコッテージから撮りました。癒されます。
クリックすると元のサイズで表示します

2006/5/15  7:50

疲れない体、疲れないペースづくり  分類なし

時間の使い方を変えてみました。

最近、夕食を食べ終わった後、次の日の夕食を作ります。
今まで疲れた体を動かすために、ビールやワインの力を借りて、なんとか夜の活動をしていたのですが、これがとても効率的でないことに気づきました。少々遅い気づきですね。

3月に2週間ハワイのモロカイ島で、ラボラトリートレーニングを受けてのですが、その時の食事はオーガニックで、ノンアルコール。ゆっくりした動作と食事とリラックスで、自然に痩せました。これはいい!ということで、日本に帰ってもあまりアルコールは飲まなくなったのです。

そのおかげで、目覚めはすっきり、頭は疲れていてもクリアー。いいことだらけ。
食事もゆっくり噛み、私の中にある、「せわしないペースメーカー」のブレーカーが落ち、「快適ペースメーカー」のスイッチが稼動中です。

時間をどのように使うか・・・特に女性は悩ましいものがあります。

今まで、パートナーの母に甘えていましたが、彼女も疲れている。
気づきながらも、「せわしないペースメーカー」で走っていた。

日々の時間の構造を変えて、年老いた母二人の老後を見ていく必要が出てきたようです。

ビジネスも大きくしようと今年は決意しました。

どうやって時間を使うのか。

そうもうアルコールで麻痺させて、時間を使う場合でなくなってきました。

疲れない体、疲れないぺースづくり。

人生の後半を、より充実したものにするために、腹をくくって、会社を大きくすることを決めました。だから・・時間の使い方をもうひとひねりしましょう! がむしゃらに生きればいいというものではないという年齢にもなった。

そうペースを崩さずに、生きていきましょう。

2006/4/21  5:03

あらためて驚いたこと  分類なし



仕事机の前に、2006年度の20の目標を書いた紙を貼っています。1月の半ば頃、書いたものです。
 そのうち8個はすでに着手、もしくは完了していました。驚きました。なぜなら、予定していた時期よりもかなり早くコトが進んでいるからです。

おそらく昨年までは漠然としながらも、目標に向かっていたのでしょう。目標は目に見えるものにする・・・他人様にも言っておきながら、なんだか忙しいことを理由に「口で伝えていく」ことのみをしていました。言葉を口にすることも、とても目標達成には有効ですが、活字にすることは、達成したことを目で見ることができ、私は達成できたという喜びや自信につながります。

 目標達成したといって、いつまでもそれに酔いしれることは避けたいけれど、行動に移したこと、達成したコトを目にすることは、大きなリソース(豊かの人生を送るために、助けとなるコトすべて。あるいは望むことを手に入れるために役に立つことすべて)になります。

 自分の過ごした時間の有り様を見ることができると、今とこれからの時間の有り様の質を高めてくれる。そんなこともふと思いました。

2006/4/20  17:43

ようやく克服したこと  分類なし


 31歳の時に再び働くことに決めました。家を建てることを決めたからです。当時、息子が5歳、娘が2歳。今から20年前のことです。
 働くことを決めても、そんなに自分が働ける条件に合った仕事はない現実。幼稚園と保育園代で、当時の私が稼げるお金は消え去る。これでは働くことの当初の目的が満たされない。

 能力の洗い出しをしてみたら、いやになるほど、使える能力・技術がない。ふ〜。
子供ともできるだけ一緒にいたい思いもあったので、まずは某進学の添削講師になった。採用試験があったので、少々後ずさりしましたが、無事採用となりました。
  
その後、封筒貼りの内職を経験し、そして昔勤めていた航空会社のマナー講師となりました。講師になって半年後、当時スカンジナビア航空が導入して成功したサービスプログラムのトレーナーになるために、デンマークでプレゼンテーション訓練を受けるチャンスが目の前に来ました。そしてそれを掴みました。
 そして1年半くらいの間、そのサービスプログラムのトレーナーになる訓練を受けてきましたが、力及ばずして、その会社を去ることになったのです。かなり精神的に苦しい時期で、ネガティブな思いを拭うのに少々時間がかかりました。
 そして、1991年に今の会社を立ち上げました。

さて、それがなぜ今回のテーマ「ようやく克服したこと」なのか。

 この3月に2週間ほどハワイに滞在し、「The Percept Language」というトレーニングを受けてきました。 外国人21名と日本人3名での10日間合宿トレーニングです。今回、私はある目的を持って日本を出発しました。自分が18年前にデンマークで遣り残したことをやってみること。 過去を克服し、次のステップにしっかり踏み出したいと思いました。自分が18年前に出来なかった行動、それは自分の行動や意思決定に自己責任をもつ自分でいられるようになることです。意思決定したことを柔軟性もありながらも信念をもってやり遂げる行動を10日間積み重ねて、自分に強い自己信頼と誇りを持てるようになることを目標としたのです。

18年前のデンマークでそしてその後の日本で、自分の能力なさに情けない、悔しい思いをしていました。なにか積み残しをしていた感じが体のどこかに黒い塊となってあり続けました。
それが今なくなりました。いや、まだ黒いスイカの種くらいのが残っているかもしれませんが、それでも、なにか強くなった自分、誇りを持てる自分を感じることが可能になったようです。

 そう、なんだかようやく自分が自分でいられる感覚になれました。

時間を生きることは、瞬間という点の連続であること。あのことがあるから今がある。でも過去に囚われると、今という瞬間が"その過去と同じものになってしまう。それは避けたい。連続しているけれど、点は点。時間に対しても色々な見方をして、やわらかく自分時間を生きていいきたいものだな〜と思う今日この頃です。

2006/4/14  12:16

自分を生きていくこと  過去の日記より

2005年8月22日にこんなことを考えていました。
気を抜くと、動けない自分になります。上手に気を抜くことをしたいものです。自分の時間を生きることをもっと意識しなければ、と読み直して思いました。やりたいことがたくさんあると、気持ちばかりが空回りする。さあ、今はパワーいっぱいだけれど、いつこうなるかはわからない。いずれにしてもわくわく生きたいものです。


《2005年8月22日朝の日記より》
動きながら考える、考えながら動く
 毎朝起きると、何から手をつけようかと迷う。まったく最近はずっとこの調子である。
考えずに思い浮かんだことをどんどん行動に移せばいいのに、あれやこれやと考える。そうこうしているうちに時間ばかり過ぎていく。
効率を考えることが効率的ではないパラドックスに陥るのだ。困る・・・。
 そんな身もだえする日々を送っているときに出会った言葉が「動きながら考える、考えながら動く」である。
 “瞬間”を大切にするというのはこういうことなのだろうか。生きていくことは、連続した時間の瞬間という点をつないでいくことなのだ。
 心理学の本だったと思うのだが、線の一部にスポットを当てて、拡大してみていくと線だと思っていたものは実は点の集まりだというのを読んでなるほどと思ったことがある。
 生きるということも、一生という連続した線であり、それはよく見てみると、1年であり、1年という線をよく見ていくと1ヶ月、1日、24時間、1時間、1分、1秒(後はどのような単位になるかはわかないが)という点の連続した集まりなのだ。
 当たり前なことなのに、なんと大くくりで時間を生きているのだろう。朝起きたら24時間というざっくりした時間をどう過ごそうかと考えている。もう今日という24時間はその時点でどんどん24時間でなくなるというのに。
 日々を生きていく上で必要なことは思いついた瞬間に行動にして、行動に移しながらその時間を吟味する瞬間。と同時に次の動きに考えながら移していく。
 難しいことではない。自分が考えたこと、思いついたことを、連続して行動にするだけなのだ。
 深く考えることももちろん大切だが、あまり考えすぎては、過ぎ去る時間を肌で感じて自分のダメさ加減を実感するのだ。
だから自分を信じて動く。そんなことが今の私には大切なのだろう。


2006/2/13  4:40

ニュー・ウーマン  分類なし

乳癌でなくなったジャーナリストの千葉敦子さんの本で「ニュー・ウーマン」というのがあります。1982年に出版された本です。私自身が大きな影響を受けてた本のひとつです。
 女性男性の枠をはずして自分が自分を生きるという視点を持った時に、いろいろな時間の使い方ができるのだという衝撃を受けました。従来の考え方ではないことを知ったことを嬉しく思うと同時に、枠に囚われないというのは、意志の強さと自己責任が必要ということも知りました。

 彼女と私は当然生き方が違いますが、私なりに自分の人生には責任を持ちたいと常日ごろ思っております。 
 
 あえてこの場で“女性”ということにこだわって女性の生き方を考えてみるのもいいかなと思います。

 私は専業主婦の時代がありました。その時、私自身は「〜しなければいけない」という呪縛に囚われていたように思います。母親として、妻として、嫁として「〜しなければならない」と、何かを決断する時にはその「〜しなければならない」ことを基準にしていることが多かったと思います。自分の本当の気持ちを意識の奥に沈め、それぞれの役割から自分の行動を決めていたのです。
 しかも誰にも強要されていたのではないのに・・・。もちろんコミュニティや周りから強要されていることがあったとしても、自分で課題解決をし、自分なりに結論をとればよかったのですが、当時の私は、人の目を意識して自分の人生を生きていたので、いつも自分の中に不協和音を聞いていたように思います。

こんな思いをしている女性は多いと推測しています。

このブログで女性時間を生きることを色々な視点で考えていきたいと思います。

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