2008/4/20 17:07
サラリーマンとサラリーマンじゃない人 「1」 仕事
サラリーマンとサラリーマンじゃない人 「1」
本を読んでいると、いつも気になることがある。
いつか、時間があったらまとめてやろうと思っていたが、
今日がその時間だ。
それは、「サラリーマン」の表現方法だ。
サラリーマンのことを表現するパターンというのは、いろいろあって良いはずなのに、
なぜ、いつもいつも同じように書かれるのだろうか?
文章のプロであろう小説家でも、優秀なコピーライターでも、大抵そうだ。
みなさんも、こんな下りをよく目にするでしょう!
サラリーマンには個性がないとか、判子で押されたような仕事をしているとか、
毎日ギュウギュウ詰めの電車に揺られて何が楽しいのか、とか・・・。
で、挙句の果てには、
ギュウギュウ電車に生涯乗っている時間は○○○○○時間、などと喩える輩もいたり・・・。
それを書いてる人のほうが、よっぽど暇があると見える。
真夏でもスーツにネクタイしめて・・・
郊外に小さな一戸建・・・
休日は家族サービス・・・
呑み屋で上司の愚痴・・・
挙げたら、きりがない。
私が思うに、こういう陳腐な表現方法をしてしまう人は、
サラリーマン経験をせず今の職業についた人、ではなく、
サラリーマンをドロップアウトした人、要するにサラリーマン脱落者であると思っている。
ちょっとやった経験があるんだよ、きっとさ。
サラリーマンの本当を知らず、知るところまで在籍できず退社した人、その人である。
また、決まってこのタイプは、自分たちを自由人のように言ってしまう。
私の知っているサラリーマンには、本当、自由人が多い。
サラリーマンの優位な部分をとことん自由に操って、謳歌している人たち。
サラリーマンの達人なのだ。

時間がなくなってしまった。次回にまた書きます。
本を読んでいると、いつも気になることがある。
いつか、時間があったらまとめてやろうと思っていたが、
今日がその時間だ。
それは、「サラリーマン」の表現方法だ。
サラリーマンのことを表現するパターンというのは、いろいろあって良いはずなのに、
なぜ、いつもいつも同じように書かれるのだろうか?
文章のプロであろう小説家でも、優秀なコピーライターでも、大抵そうだ。
みなさんも、こんな下りをよく目にするでしょう!
サラリーマンには個性がないとか、判子で押されたような仕事をしているとか、
毎日ギュウギュウ詰めの電車に揺られて何が楽しいのか、とか・・・。
で、挙句の果てには、
ギュウギュウ電車に生涯乗っている時間は○○○○○時間、などと喩える輩もいたり・・・。
それを書いてる人のほうが、よっぽど暇があると見える。
真夏でもスーツにネクタイしめて・・・
郊外に小さな一戸建・・・
休日は家族サービス・・・
呑み屋で上司の愚痴・・・
挙げたら、きりがない。
私が思うに、こういう陳腐な表現方法をしてしまう人は、
サラリーマン経験をせず今の職業についた人、ではなく、
サラリーマンをドロップアウトした人、要するにサラリーマン脱落者であると思っている。
ちょっとやった経験があるんだよ、きっとさ。
サラリーマンの本当を知らず、知るところまで在籍できず退社した人、その人である。
また、決まってこのタイプは、自分たちを自由人のように言ってしまう。
私の知っているサラリーマンには、本当、自由人が多い。
サラリーマンの優位な部分をとことん自由に操って、謳歌している人たち。
サラリーマンの達人なのだ。
時間がなくなってしまった。次回にまた書きます。
