2008/4/6  16:57

ばらは渇いて死にました  

『比喩』


それは砂漠の中の一輪のばらでした

少女(おとめ)よ それは私の恋でした

ばらは渇いて死にました


それは海の上の一羽の蝶でした

少女よ それは私の恋でした

蝶は溺れて死にました



堀口大學 詩集『砂の枕』より


******

石井桃子さんが亡くなられて、母親は少なからずショックを受けているようだ。「一度お会いしたい」と常日頃から口にしていたから…。101歳なら大往生なんだろうけど、それでもまだ早いと惜しまれる人の存在って素晴らしい。自分がそんな存在になりたいともなれるとも思わないけれど、不在に何かが付随してくることには興味がある。つまり付随して起こってくる何事かが、「在ること」とはどういうことなのかを明瞭にする、と思うわけです。

とにかく、大学と子ども図書館が近いので、何か関わりが持てるといいな、と考えている今日この頃。

これから先ネット環境も私の周りの環境もどうなるのか皆目見当がつきません。とりあえず、人参マフィンとほうれん草ブレッドを腰に携えて(嘘)東京へ向かいます。部屋の掃除が進まん…。

では、Bis dann, ciaos!



2008/4/11  15:36

投稿者:エリンギ

「不在という名の存在」

げなぁーっうっ、って感じでしょ?

いやぁ、東京に経つ前に野菜持って訪れようと思ってたんだけどね、ばたばたしちゃって無理やった。。。夏には一度帰阪するから、そのときにでも!

2008/4/8  12:34

投稿者:えーみん

あ、不在が存在を明瞭にするっていうのは、ゲナ〜ゥな考察だねっ!!

ゲナ〜ゥ。ゲナ〜ウゥ。

2008/4/8  12:26

投稿者:Amin

エリンギさん、
エリンギさん、

お腰に付けた人参マフィンとほうれん草ブレッド、

ひっとつぅ わったしにくっださいなぁ!



わんっ。

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