2008/1/13 6:29
À nous la liberté (自由を我等に) 分類なし
<フランス>カフェもレストランも禁煙に 違反者には罰金
12月31日21時0分配信 毎日新聞
フランスで1月1日からカフェ、バー、レストラン、ホテル、カジノなどが原則禁煙となり、今後は「密閉された喫煙室」を設ける店と屋外テラスのみ喫煙が認められる。
違反者には68ユーロ(約1万1000円)の罰金が科せられる。世論調査によると、66%が禁煙実施を支持。職場、学校、病院など公共の場所は07年2月から禁煙となったが、飲食店は「猶予期間」が設けられていた。
パリのカフェ経営者、コロンベさんは「店の客はすべて喫煙者。禁煙になれば客が店にいる時間が減り、店の雰囲気も変わってしまう」と反発するが、ルーブル美術館近くのカフェの客、ザーネさんは「仏文化は紫煙と結びついてきたが、時代の流れは反喫煙。受け入れるほかはない」と話す。 【パリ 福井聡】
*このニュースは,ヨーロッパが新たな「協調型社会」の段階に入ったことを強く示唆するものである.個人主義を基調とする「非協調型社会」であったヨーロッパが,今度こそ生まれ変わることに大きく期待したい.
私もこの機会に,様々なヨーロッパ人を思い出してみたのだが,一人の例外を除いて「協調的なヨーロッパ人」を思い出すことはできなかった.彼らは独善的であり個性が強くわがままで体臭が強烈であり,3m以内で一緒に暮らすのは殆ど困難な人種である.
彼らは自分の自由のために,植民地を作ったり,戦争をしたりしたことはあるけれども,社会全体の利益のためという「協調的な目標」のためには,ついぞ戦争をしたことのない人種である.
唯一の例外がアドルフ・ヒトラーであろう.ヒトラーは個人主義を基調とする「非協調型社会」であるヨーロッパにおいて,全体主義的な社会の幸福という理想をかかげた唯一の人物である.「ムッソリニーもいるじゃないか,忘れちゃ困るよ」という意見もあるかも知れないが,ナチスに比べれば,そんなものは肉屋の組合に過ぎない.だいたい,あのイタリア人たちが国粋主義を標榜するというのは,誰が考えても冗談に過ぎないし,多くの人が「親戚に頼まれて,ちょっとナショナリズムにかぶれたんだけどね」と今でも言っているではないか.
ヒトラーが個人主義を基調とする「非協調型社会」であるヨーロッパに「全体主義的協調」を持ち込んだことが,いかに無謀な試みであったかということは,ナチスの厳しい規律,ユダヤ人という仮想の敵の必要性,そこに貫かれた非人間的な戦略とその破錠において示されている通りである.
真の全体主義や国粋主義は,常に他人に細かく気をつかい,小心者であり,自由など考えたこともない日本人くらいにしかできない芸当であり,独善的であり個性が強くわがままなヨーロッパ人が,一朝一夕にできるものではないのである.
ヨーロッパ人は,その徹底した個人主義と思念主義において,素晴らしい芸術を創造して来た.そして,ニ命名法,進化論,資本主義,共産主義,功利主義,キリスト「教」,イスラム「教」,「もっと光を」「神は死んだ」「超人」などのろくでもない思想の数々を,個人の人生のクリーン・ヒットとして生み出しては,社会の中に果てしない迷宮と複雑さを産み落とし,世界中の人々に迷惑をかけ続けて来たのだ.
もちろんこうしたろくでもない「宗教」「思想」は,誰かがやらなくてもヨーロッパ人の誰かがやったであろう.バッハやベートーベンの曲のように,それらは地球の進化を奏でる曲の一つである.すなわち,ヨーロッパ人はその凄まじい個人主義・自由主義によって,今日まで地球の進化をリードしてきたわけである.
いずれは起こるであろう人間個人・個人の対立を準備して広げてきたのがヨーロッパ人である.
彼らは,自分の自由のためにのみ戦ってきた.それこそが彼らの存在意義ではないか.
アンチ喫煙という「協調型社会」は,彼らにナチスのような無理を強いるに違いない.
(ポールへ)
君の最後の煙草を 僕にくれ
僕はパリに帰るだろう
Tristan Tzara
アメリカというのは「個人主義・自由主義」にバカがつく存在なので,ここでは論じない.
美しい音楽とは,どこから聞こえて来るのだろうか?

法による拘束でしか人間が生きていられないのなら,人間が存在する意味がどこにあるのか.という意味で,これはナバホの旗に近いものだろう.
12月31日21時0分配信 毎日新聞
フランスで1月1日からカフェ、バー、レストラン、ホテル、カジノなどが原則禁煙となり、今後は「密閉された喫煙室」を設ける店と屋外テラスのみ喫煙が認められる。
違反者には68ユーロ(約1万1000円)の罰金が科せられる。世論調査によると、66%が禁煙実施を支持。職場、学校、病院など公共の場所は07年2月から禁煙となったが、飲食店は「猶予期間」が設けられていた。
パリのカフェ経営者、コロンベさんは「店の客はすべて喫煙者。禁煙になれば客が店にいる時間が減り、店の雰囲気も変わってしまう」と反発するが、ルーブル美術館近くのカフェの客、ザーネさんは「仏文化は紫煙と結びついてきたが、時代の流れは反喫煙。受け入れるほかはない」と話す。 【パリ 福井聡】
*このニュースは,ヨーロッパが新たな「協調型社会」の段階に入ったことを強く示唆するものである.個人主義を基調とする「非協調型社会」であったヨーロッパが,今度こそ生まれ変わることに大きく期待したい.
私もこの機会に,様々なヨーロッパ人を思い出してみたのだが,一人の例外を除いて「協調的なヨーロッパ人」を思い出すことはできなかった.彼らは独善的であり個性が強くわがままで体臭が強烈であり,3m以内で一緒に暮らすのは殆ど困難な人種である.
彼らは自分の自由のために,植民地を作ったり,戦争をしたりしたことはあるけれども,社会全体の利益のためという「協調的な目標」のためには,ついぞ戦争をしたことのない人種である.
唯一の例外がアドルフ・ヒトラーであろう.ヒトラーは個人主義を基調とする「非協調型社会」であるヨーロッパにおいて,全体主義的な社会の幸福という理想をかかげた唯一の人物である.「ムッソリニーもいるじゃないか,忘れちゃ困るよ」という意見もあるかも知れないが,ナチスに比べれば,そんなものは肉屋の組合に過ぎない.だいたい,あのイタリア人たちが国粋主義を標榜するというのは,誰が考えても冗談に過ぎないし,多くの人が「親戚に頼まれて,ちょっとナショナリズムにかぶれたんだけどね」と今でも言っているではないか.
ヒトラーが個人主義を基調とする「非協調型社会」であるヨーロッパに「全体主義的協調」を持ち込んだことが,いかに無謀な試みであったかということは,ナチスの厳しい規律,ユダヤ人という仮想の敵の必要性,そこに貫かれた非人間的な戦略とその破錠において示されている通りである.
真の全体主義や国粋主義は,常に他人に細かく気をつかい,小心者であり,自由など考えたこともない日本人くらいにしかできない芸当であり,独善的であり個性が強くわがままなヨーロッパ人が,一朝一夕にできるものではないのである.
ヨーロッパ人は,その徹底した個人主義と思念主義において,素晴らしい芸術を創造して来た.そして,ニ命名法,進化論,資本主義,共産主義,功利主義,キリスト「教」,イスラム「教」,「もっと光を」「神は死んだ」「超人」などのろくでもない思想の数々を,個人の人生のクリーン・ヒットとして生み出しては,社会の中に果てしない迷宮と複雑さを産み落とし,世界中の人々に迷惑をかけ続けて来たのだ.
もちろんこうしたろくでもない「宗教」「思想」は,誰かがやらなくてもヨーロッパ人の誰かがやったであろう.バッハやベートーベンの曲のように,それらは地球の進化を奏でる曲の一つである.すなわち,ヨーロッパ人はその凄まじい個人主義・自由主義によって,今日まで地球の進化をリードしてきたわけである.
いずれは起こるであろう人間個人・個人の対立を準備して広げてきたのがヨーロッパ人である.
彼らは,自分の自由のためにのみ戦ってきた.それこそが彼らの存在意義ではないか.
アンチ喫煙という「協調型社会」は,彼らにナチスのような無理を強いるに違いない.
(ポールへ)
君の最後の煙草を 僕にくれ
僕はパリに帰るだろう
Tristan Tzara
アメリカというのは「個人主義・自由主義」にバカがつく存在なので,ここでは論じない.
美しい音楽とは,どこから聞こえて来るのだろうか?
法による拘束でしか人間が生きていられないのなら,人間が存在する意味がどこにあるのか.という意味で,これはナバホの旗に近いものだろう.
2008/1/13 6:06
見張り塔からズンドコ 分類なし
夜中の2時に起きて,貝の分析の仕事を始めて,お昼の2時になる.12時間くらい働いているので,もういいかげん酒を飲んでもいい時間だろうと,歩いて2分のところにある冷蔵庫に酒を取りに行く.
冷蔵庫があまりにも近くにあるのが良くないとは思うが,今そこにある冷えたビール,辛いチュウハイ,妙に赤いワイン,澄み切った日本酒の魅力に,誰が逆らえるものであろうか.
近所の目なんか「もともとカンケーねえ」とは言え,平日の昼間に二度も三度も酒屋という冷蔵庫を訪れることについて,自責の念がないわけではない.だから寝起きの姿をちょっぴりクリスタルな感じにして,酒屋へ出かける.それでも,ある日,シャツの襟に洗濯バサミが付いたままで酒を買っていたのは笑えた.
もうたくさん働いたけど,ちょっぴりお酒でも飲みながら,山のような仕事を片付けちゃえ,お部屋の掃除もしちゃえ,明日のために生産的に生きまくってやる,てなことにはやっぱりならないわけで,,,.
お酒には「きxがい水」という,素晴らしい別名もあります.酒を飲んでソフトな「きxがい」になって,人は発明や格言や歌や詩を作っては有頂天になり,世界征服の野望に燃え,人間関係を築いては破壊し,夜這いに行っては電気をつけられ,妊娠したりさせたり,とんとんとんからりと飲食したものを大自然に戻したりしてきたわけです.
このような素晴らしい酒を「きxがい水」と呼ぶのはどうなんでしょうか.せめて「きxがい・ウォーター」と呼んで,ヤングたちにももっと親しんでもらえれば,僕はうれしいな.
ある日,酒君が「こんちわー! 僕,酒君」と肝臓を訪れます.肝臓は「またか」という顔して,面倒臭そうに変な字で書いた変な形の手紙を脳味噌に届けます.脳には「玉葱の神様」がいて,酔っ払うかどうか,踊るか歌うか貧乏揺すりをするかどうかという重大な決断を行い,体中の運動神経に伝達します.
「玉葱の神様」は全能でありますので,いくらでも飲んでしまいます.筋肉には言いたい放題を言い,脳の他の神々には大事なことを伝え忘れ,そのうち「ろれつは元気デス」とかイイダシマス.思考の大半がカタカナになる頃には,胃袋,十二指腸,腎臓,小腸,大腸などの田舎の村々でも,核融合が進んでおり,「二丁目の便器を爆破セヨ」とか大変なことになっています.
しかし,我らが「玉葱の神様」は,「この世界は玉葱のように完全で,剥いても剥いても透明である.神の世界におもしろいことは何もない.素晴らしいのは現実だけダゾ」と女子高生のように威厳のある声で,世界の中心で演説を繰り返しています.そして我々は現実の美しさ・愛しさに大慌てで気がついて,あらゆる手段と体位を駆使して,現実をくどき押し倒します.
屋根の上で射精をし,地下室の壁を食べ,池で鯉と泳ぎ,発明や格言や歌や詩を作っては有名になり没落し,金を稼いでは宵のうちに失い,ステージに乱入し,人間関係を築いては取り返しのつかないことをし,夜這いに行っては電気を消され,妊娠したりさせたり,せっかく飲んだものを吐いたりするのです.
そして,最後には戦争をして,その百万倍もの愛で時間を作り上げ,平和が来て,酔っ払いは地球に帰って来ました.
羊飼いが休む草原の泉には水が湧いていて,飲むと水の味がするのでした.
泉の底には「玉葱の神様」がいて,自分の皮を剥きすぎて透明になって,大の字になって眠っています.
ただ,それだけのお話です.だんだん.
冷蔵庫があまりにも近くにあるのが良くないとは思うが,今そこにある冷えたビール,辛いチュウハイ,妙に赤いワイン,澄み切った日本酒の魅力に,誰が逆らえるものであろうか.
近所の目なんか「もともとカンケーねえ」とは言え,平日の昼間に二度も三度も酒屋という冷蔵庫を訪れることについて,自責の念がないわけではない.だから寝起きの姿をちょっぴりクリスタルな感じにして,酒屋へ出かける.それでも,ある日,シャツの襟に洗濯バサミが付いたままで酒を買っていたのは笑えた.
もうたくさん働いたけど,ちょっぴりお酒でも飲みながら,山のような仕事を片付けちゃえ,お部屋の掃除もしちゃえ,明日のために生産的に生きまくってやる,てなことにはやっぱりならないわけで,,,.
お酒には「きxがい水」という,素晴らしい別名もあります.酒を飲んでソフトな「きxがい」になって,人は発明や格言や歌や詩を作っては有頂天になり,世界征服の野望に燃え,人間関係を築いては破壊し,夜這いに行っては電気をつけられ,妊娠したりさせたり,とんとんとんからりと飲食したものを大自然に戻したりしてきたわけです.
このような素晴らしい酒を「きxがい水」と呼ぶのはどうなんでしょうか.せめて「きxがい・ウォーター」と呼んで,ヤングたちにももっと親しんでもらえれば,僕はうれしいな.
ある日,酒君が「こんちわー! 僕,酒君」と肝臓を訪れます.肝臓は「またか」という顔して,面倒臭そうに変な字で書いた変な形の手紙を脳味噌に届けます.脳には「玉葱の神様」がいて,酔っ払うかどうか,踊るか歌うか貧乏揺すりをするかどうかという重大な決断を行い,体中の運動神経に伝達します.
「玉葱の神様」は全能でありますので,いくらでも飲んでしまいます.筋肉には言いたい放題を言い,脳の他の神々には大事なことを伝え忘れ,そのうち「ろれつは元気デス」とかイイダシマス.思考の大半がカタカナになる頃には,胃袋,十二指腸,腎臓,小腸,大腸などの田舎の村々でも,核融合が進んでおり,「二丁目の便器を爆破セヨ」とか大変なことになっています.
しかし,我らが「玉葱の神様」は,「この世界は玉葱のように完全で,剥いても剥いても透明である.神の世界におもしろいことは何もない.素晴らしいのは現実だけダゾ」と女子高生のように威厳のある声で,世界の中心で演説を繰り返しています.そして我々は現実の美しさ・愛しさに大慌てで気がついて,あらゆる手段と体位を駆使して,現実をくどき押し倒します.
屋根の上で射精をし,地下室の壁を食べ,池で鯉と泳ぎ,発明や格言や歌や詩を作っては有名になり没落し,金を稼いでは宵のうちに失い,ステージに乱入し,人間関係を築いては取り返しのつかないことをし,夜這いに行っては電気を消され,妊娠したりさせたり,せっかく飲んだものを吐いたりするのです.
そして,最後には戦争をして,その百万倍もの愛で時間を作り上げ,平和が来て,酔っ払いは地球に帰って来ました.
羊飼いが休む草原の泉には水が湧いていて,飲むと水の味がするのでした.
泉の底には「玉葱の神様」がいて,自分の皮を剥きすぎて透明になって,大の字になって眠っています.
ただ,それだけのお話です.だんだん.
