2007/12/31 20:36
本年も本当にお世話になりました☆ 分類なし
皆さんこんばんは♪
2007年もあと少しで終わりですね。
いやぁ、まぁ、今年もたくさんのことがありましたよ、本当に。
このブログを更新するのも本当に久しぶりですし…。
ブログが途絶えてから数ヶ月、何人かの知人たちから、
「連絡が取れない」「消息不明」「病気で倒れた」等々
様々心配をいただいて個別に連絡をくれた方もいたほどで…。
ご心配をお掛けいたしましたが(ま、してないでしょうけど…)、
こうしてなんとか元気に年末を迎えることが出来ましたので、
あわせてご報告させていただきます。
今年は30歳の大台を向かえ、いろんな意味で節目でもあり…。
個人的には久しぶりなことが結構あったかな、と。
7月には7年ぶりの海外旅行に行ったり、
大学時代の恩師である指揮者と今のオーケストラで再会したり、
久しぶりに、あれやこれやと。
果たして2008年はどんな年になるのやら。
初っ端から大荒れになりそうな感じがしないでもないんですけどね、
ま、それはさておき、とりあえずはあと数時間、
2007年をじっくりと噛みしめながらゆっくりしますか。
今年も多くの人に支えられ、見守られ、
そして、新たな出会いと出来事に恵まれて、
自分にとって充実した時間が過ごすことが出来たのも、
周りにいる人達のおかげだと思っています♪
来る2008年もひきつづきよろしくお願いいたしますm(_ _)m
2007年もあと少しで終わりですね。
いやぁ、まぁ、今年もたくさんのことがありましたよ、本当に。
このブログを更新するのも本当に久しぶりですし…。
ブログが途絶えてから数ヶ月、何人かの知人たちから、
「連絡が取れない」「消息不明」「病気で倒れた」等々
様々心配をいただいて個別に連絡をくれた方もいたほどで…。
ご心配をお掛けいたしましたが(ま、してないでしょうけど…)、
こうしてなんとか元気に年末を迎えることが出来ましたので、
あわせてご報告させていただきます。
今年は30歳の大台を向かえ、いろんな意味で節目でもあり…。
個人的には久しぶりなことが結構あったかな、と。
7月には7年ぶりの海外旅行に行ったり、
大学時代の恩師である指揮者と今のオーケストラで再会したり、
久しぶりに、あれやこれやと。
果たして2008年はどんな年になるのやら。
初っ端から大荒れになりそうな感じがしないでもないんですけどね、
ま、それはさておき、とりあえずはあと数時間、
2007年をじっくりと噛みしめながらゆっくりしますか。
今年も多くの人に支えられ、見守られ、
そして、新たな出会いと出来事に恵まれて、
自分にとって充実した時間が過ごすことが出来たのも、
周りにいる人達のおかげだと思っています♪
来る2008年もひきつづきよろしくお願いいたしますm(_ _)m
2007/9/29 23:21
お隣さん☆ 分類なし
隣に住む後輩の結婚式に行って来た。
浜松に来てちょうど2年になるけれど、
「公私共に」なんて言葉では語れないほどに、
朝から晩まで、仕事でもプライベートでも
本当にずっと一緒に生活してきた仲間だ。
隔週ぐらいで東京へ出かけては
奥さん方の友人達と2次会の打ち合わせをしたり、
例によって披露宴の余興で弾くヴァイオリンの練習をしたり、
この2ヶ月ほどは当の本人よりも忙しいんじゃないかってくらい
バタバタした生活を続けて…。
(ま、本人の忙しさはこんなもんじゃないだろうけれど)
そんな生活も今日でお仕舞い。
でも2次会が終わった瞬間に、似合わず号泣していた後輩を見て、
今までの疲れも苦労も全てどこかへ飛んでいってしまって…。
よかったね、本当におめでとう!
でも残念ながら奥さんの仕事の関係で
まだしばらくは単身生活が続く彼。
もう少しの間、僕等のご近所付き合いは続きそうだ(^^;
浜松に来てちょうど2年になるけれど、
「公私共に」なんて言葉では語れないほどに、
朝から晩まで、仕事でもプライベートでも
本当にずっと一緒に生活してきた仲間だ。
隔週ぐらいで東京へ出かけては
奥さん方の友人達と2次会の打ち合わせをしたり、
例によって披露宴の余興で弾くヴァイオリンの練習をしたり、
この2ヶ月ほどは当の本人よりも忙しいんじゃないかってくらい
バタバタした生活を続けて…。
(ま、本人の忙しさはこんなもんじゃないだろうけれど)
そんな生活も今日でお仕舞い。
でも2次会が終わった瞬間に、似合わず号泣していた後輩を見て、
今までの疲れも苦労も全てどこかへ飛んでいってしまって…。
よかったね、本当におめでとう!
でも残念ながら奥さんの仕事の関係で
まだしばらくは単身生活が続く彼。
もう少しの間、僕等のご近所付き合いは続きそうだ(^^;
2007/9/2 23:23
8月も終わり…。 分類なし
かつて例を見ないほどに忙しい8月が過ぎ、
気づけばもう9月が始まっていて…。
仕事的には僕のいる課はこの8月が1年で最も忙しく、
前々から相当準備をしてきたにもかかわらず、
いろんな事件が勃発したおかげで結局最後の最後まで
ドタバタとする羽目になって…。
週末はといえば、こちらも相当忙しくて、
8月前半の土曜日は2週連続で鹿島と遠州の花火大会を堪能。
目の前の夏の夜空に咲く大きな花火は凄い見ごたえがあったけれど、
でも、どちらも取引先からの桟敷席へのご招待と言うことで
プライベートでゆっくりというよりは、むしろ接待に近く…。
(おかげでオーケストラの練習も行けなかったし)
あげく、有給休暇を使おうとしたけど失敗に終わり、
お盆最後の土日に実家に帰ったものの、
実家にいたのはわずかに半日。
残りの時間で大学時代の友人達と2つ3つ飲み会をこなして、
日曜最終の特急「ながら」号で浜松へトンボ帰り…みたいな。
(唯一休みらしい休みを楽しんだのはこの2日だけだったなぁ)
極めつけは8月最後の日曜。
9月末に結婚する後輩の披露宴で弾く曲を合わせるために
なぜか日帰りで東京目白の椿山荘まで出向いてみたり…。
しかも、あまりに練習不足で、
新婦側の友人のピアニストの方にだいぶ迷惑かけてしまい…。
あまりに忙しすぎて、何だか実感がないままに迎えた気もするけれど、
気づいてみればいつの間にやら30歳になっていたり。
そんなもんなんだろうなぁ、きっと(^^;
いよいよ9月、秋到来。
僕の日常にも涼しい秋風が吹いてくれることを願って。
気づけばもう9月が始まっていて…。
仕事的には僕のいる課はこの8月が1年で最も忙しく、
前々から相当準備をしてきたにもかかわらず、
いろんな事件が勃発したおかげで結局最後の最後まで
ドタバタとする羽目になって…。
週末はといえば、こちらも相当忙しくて、
8月前半の土曜日は2週連続で鹿島と遠州の花火大会を堪能。
目の前の夏の夜空に咲く大きな花火は凄い見ごたえがあったけれど、
でも、どちらも取引先からの桟敷席へのご招待と言うことで
プライベートでゆっくりというよりは、むしろ接待に近く…。
(おかげでオーケストラの練習も行けなかったし)
あげく、有給休暇を使おうとしたけど失敗に終わり、
お盆最後の土日に実家に帰ったものの、
実家にいたのはわずかに半日。
残りの時間で大学時代の友人達と2つ3つ飲み会をこなして、
日曜最終の特急「ながら」号で浜松へトンボ帰り…みたいな。
(唯一休みらしい休みを楽しんだのはこの2日だけだったなぁ)
極めつけは8月最後の日曜。
9月末に結婚する後輩の披露宴で弾く曲を合わせるために
なぜか日帰りで東京目白の椿山荘まで出向いてみたり…。
しかも、あまりに練習不足で、
新婦側の友人のピアニストの方にだいぶ迷惑かけてしまい…。
あまりに忙しすぎて、何だか実感がないままに迎えた気もするけれど、
気づいてみればいつの間にやら30歳になっていたり。
そんなもんなんだろうなぁ、きっと(^^;
いよいよ9月、秋到来。
僕の日常にも涼しい秋風が吹いてくれることを願って。
2007/7/16 18:11
上海物語☆〜I先輩〜 分類なし
そろそろ夕食にでもしようかと話していた頃だ。
先輩の携帯が鳴り始める。
中国語どころか英語すらまともに話せない僕が
(こういうときは駅前留学をサボっていたのが後悔されるけれど)
なぜタクシーに乗ったりご飯を食べれたりするかというと、
全てはこの同行している先輩のおかげだ。
入社3年目で先ほど訪れた上海支店へ1年間研修で派遣され、
社員ではない「研修生」という肩書きをフル活用して
公私共に中国語をみっちりと勉強したのだとか。
今も彼は隣で流暢な中国語と日本語で誰かと会話している。
たまに聴こえる日本語を聞いている限り、
これから誰かと会って夕食を一緒に食べることになるらしい。
激動する中国経済の中心地のひとつ、上海にあって、
先輩のいた8年前は、日本の感覚と違って
時代がひとつ違っているくらい昔なのだそうだ。
来るたびにその姿を変える街、上海。
先輩が電話をしている間暇なので、
行きかう人の顔をぼうっと眺めてみる。
大量の人と大量の車と大量の自転車。
空は晴れてはいるのだけれど、あいかわらずどんよりくすんでる。
先輩と歩いていると、大抵の用事は苦労せずに済んでしまうので
あまり強く意識することは少ないのだけれど、
そうだそうだ、僕は今、中国にいるのだ。
「じゃ、また後で」と日本語で言ってから先輩が電話を切る。
「夕食一緒にたべることになったから」
先輩はそう言って何事もなかったかのように歩き始める。
ちょっと待ってくださいよ…と先輩の背中を追いかけながら、
次は何が起こるのか楽しみにしている自分がいることに気づくのだった。
先輩の携帯が鳴り始める。
中国語どころか英語すらまともに話せない僕が
(こういうときは駅前留学をサボっていたのが後悔されるけれど)
なぜタクシーに乗ったりご飯を食べれたりするかというと、
全てはこの同行している先輩のおかげだ。
入社3年目で先ほど訪れた上海支店へ1年間研修で派遣され、
社員ではない「研修生」という肩書きをフル活用して
公私共に中国語をみっちりと勉強したのだとか。
今も彼は隣で流暢な中国語と日本語で誰かと会話している。
たまに聴こえる日本語を聞いている限り、
これから誰かと会って夕食を一緒に食べることになるらしい。
激動する中国経済の中心地のひとつ、上海にあって、
先輩のいた8年前は、日本の感覚と違って
時代がひとつ違っているくらい昔なのだそうだ。
来るたびにその姿を変える街、上海。
先輩が電話をしている間暇なので、
行きかう人の顔をぼうっと眺めてみる。
大量の人と大量の車と大量の自転車。
空は晴れてはいるのだけれど、あいかわらずどんよりくすんでる。
先輩と歩いていると、大抵の用事は苦労せずに済んでしまうので
あまり強く意識することは少ないのだけれど、
そうだそうだ、僕は今、中国にいるのだ。
「じゃ、また後で」と日本語で言ってから先輩が電話を切る。
「夕食一緒にたべることになったから」
先輩はそう言って何事もなかったかのように歩き始める。
ちょっと待ってくださいよ…と先輩の背中を追いかけながら、
次は何が起こるのか楽しみにしている自分がいることに気づくのだった。
2007/7/16 17:39
上海物語☆〜H再会〜 分類なし
ほんの少しだけ観光気分を味わった僕等は
一度ホテルに戻ってスーツに着替え、再び外に出る。
明日一日、工場見学などで一緒に動いてもらうことになっている
僕等の会社の上海事務所にも挨拶しとかないといけない。
事務所は僕等のホテルからタクシーでわずか10分ほど、
上海の街の中心にある、大きなビルの中にあった。
僕等はビルの入り口でタクシーを降りて中に入ると
エントランスには、有名な日系企業の看板がいくつも掛かっている。
こういうのもいいなぁ…。
普段「お店」で働いている身としては
こうした「オフィス」的雰囲気がちょっと憧れだったりする。

エレベータを降りて事務所のインターホンを押す。
「お待ちください」という声がして1人の男性がドアを開けてくれる。
「明日よろしくお願いします」と下げた頭を上げた瞬間だった。
眼鏡をかけたその男性とふと目が合った。
あれ?もしかして…先輩?
…まちがいない。就職活動をしていた7年前に、
大学の1つ上の先輩としてリクルーター面接を担当、
僕をこの会社へ引きずり込んだ張本人の1人だ。
先輩はずっと東京勤務、僕はずっと関西勤務で
入社以来一度だって会う機会がなかったと言うのに、
まさかこんな海を越えた上海の地で再会することになるなんて…。
残念ながらその先輩は明日は同行しないのだけれど、
明日一緒に行動する事務所の所長さんを交えた4人での雑談は、
そんなおかげで、とても貴重で思い出に残る時間となったのだった。
帰り際、僕は先輩と握手しながら誓う。
先輩のいるうちにもう一度上海に来ます、きっと。
一度ホテルに戻ってスーツに着替え、再び外に出る。
明日一日、工場見学などで一緒に動いてもらうことになっている
僕等の会社の上海事務所にも挨拶しとかないといけない。
事務所は僕等のホテルからタクシーでわずか10分ほど、
上海の街の中心にある、大きなビルの中にあった。
僕等はビルの入り口でタクシーを降りて中に入ると
エントランスには、有名な日系企業の看板がいくつも掛かっている。
こういうのもいいなぁ…。
普段「お店」で働いている身としては
こうした「オフィス」的雰囲気がちょっと憧れだったりする。
エレベータを降りて事務所のインターホンを押す。
「お待ちください」という声がして1人の男性がドアを開けてくれる。
「明日よろしくお願いします」と下げた頭を上げた瞬間だった。
眼鏡をかけたその男性とふと目が合った。
あれ?もしかして…先輩?
…まちがいない。就職活動をしていた7年前に、
大学の1つ上の先輩としてリクルーター面接を担当、
僕をこの会社へ引きずり込んだ張本人の1人だ。
先輩はずっと東京勤務、僕はずっと関西勤務で
入社以来一度だって会う機会がなかったと言うのに、
まさかこんな海を越えた上海の地で再会することになるなんて…。
残念ながらその先輩は明日は同行しないのだけれど、
明日一緒に行動する事務所の所長さんを交えた4人での雑談は、
そんなおかげで、とても貴重で思い出に残る時間となったのだった。
帰り際、僕は先輩と握手しながら誓う。
先輩のいるうちにもう一度上海に来ます、きっと。
2007/7/16 14:56
上海物語☆〜G豫園〜 分類なし
15日の朝に着いて18日の夕方に帰る4日間のプランが、
15日晩着、18日早朝発の実質2日間へ変更された僕等は、
様々な計画をその行程から削ぎ落としていく。
明日1日、工場見学が入っていることを思うと、
実質今日一日しか自由時間はない。
そんな僕等が午後に向かったのは
上海を代表する伝統的な中国式庭園「豫園」だ。
東京と何ら変わりないビルが立ち並ぶ大都会上海にあって、
ここは古き良き中国の伝統と風情が残されている。
豫園は2万uという膨大な庭園を有するのだけれど、
何しろ時間のない僕等は有料の庭園の中には入らずに、
「豫園商場」と呼ばれるマーケットをぐるっとまわる。
昔、上海城の城下町だった頃の街並みを再現した地域で、
土産物屋などが入った伝統建築が立ち並ぶ。

その中に、先輩が昔食べて以来忘れられないという
小龍包のお店があるというので足を運んでみる。
そこは既に20m近い行列ができていて、奥で湯気が立ち込めている。
お店の名は「南翔饅頭店」。
熱々の小龍包を食べさせてくれるので有名らしい。

さすがに世界の有名店だけあって、極めて手際もいい。
長かった行列も15分ほどであっという間に前に進んでいく。
テイクアウト形式で、既に買った人が脇で食べているのだけれど、
器に溢れんばかりに小龍包が盛られている。
でも、あれだけの量でわずか10元(160円程度)だと言うから驚きだ。
そしていよいよ僕等の番だ。
喋れない僕が指で1つ欲しいと告げて10元を差し出すと、
蒸し器の1籠をまるまる皿にひっくり返して「どうぞ」と差し出される。
一口でぎりぎり頬張れるほどの小龍包が全部で16個。
僕等は脇に避け、箸を割り、まだ湯気立ち込める小龍包にかぶりつく。

無理やり口に押し入れて、プチプチむっちりの皮を噛むと、
中からは熱々の肉汁とスープが一気に溢れ出す。
濃いけれどしつこくなく、あっさりだけどボリュームは十分で、
具と皮とスープが口の中で一体となり、そして消えていく。
うまい…。
お腹一杯なんて言ってたのに、結局僕等はペロリと16個を平らげる。
「忘れられない味」。
先輩同様、僕にとってもこの小龍包は同じ存在となったのだった。
15日晩着、18日早朝発の実質2日間へ変更された僕等は、
様々な計画をその行程から削ぎ落としていく。
明日1日、工場見学が入っていることを思うと、
実質今日一日しか自由時間はない。
そんな僕等が午後に向かったのは
上海を代表する伝統的な中国式庭園「豫園」だ。
東京と何ら変わりないビルが立ち並ぶ大都会上海にあって、
ここは古き良き中国の伝統と風情が残されている。
豫園は2万uという膨大な庭園を有するのだけれど、
何しろ時間のない僕等は有料の庭園の中には入らずに、
「豫園商場」と呼ばれるマーケットをぐるっとまわる。
昔、上海城の城下町だった頃の街並みを再現した地域で、
土産物屋などが入った伝統建築が立ち並ぶ。
その中に、先輩が昔食べて以来忘れられないという
小龍包のお店があるというので足を運んでみる。
そこは既に20m近い行列ができていて、奥で湯気が立ち込めている。
お店の名は「南翔饅頭店」。
熱々の小龍包を食べさせてくれるので有名らしい。
さすがに世界の有名店だけあって、極めて手際もいい。
長かった行列も15分ほどであっという間に前に進んでいく。
テイクアウト形式で、既に買った人が脇で食べているのだけれど、
器に溢れんばかりに小龍包が盛られている。
でも、あれだけの量でわずか10元(160円程度)だと言うから驚きだ。
そしていよいよ僕等の番だ。
喋れない僕が指で1つ欲しいと告げて10元を差し出すと、
蒸し器の1籠をまるまる皿にひっくり返して「どうぞ」と差し出される。
一口でぎりぎり頬張れるほどの小龍包が全部で16個。
僕等は脇に避け、箸を割り、まだ湯気立ち込める小龍包にかぶりつく。
無理やり口に押し入れて、プチプチむっちりの皮を噛むと、
中からは熱々の肉汁とスープが一気に溢れ出す。
濃いけれどしつこくなく、あっさりだけどボリュームは十分で、
具と皮とスープが口の中で一体となり、そして消えていく。
うまい…。
お腹一杯なんて言ってたのに、結局僕等はペロリと16個を平らげる。
「忘れられない味」。
先輩同様、僕にとってもこの小龍包は同じ存在となったのだった。
2007/7/16 11:30
上海物語☆〜F物価〜 分類なし
まるで永遠のように長かった昨日のせいで、
起きたときにはすっかりと日は昇った後だった。
午前10時、僕はようやく重たいまぶたを開く。
部屋の中だけを見る限り、上海にいることなんて忘れそうだ。
シャワーをあびて着替えていると内線で先輩から連絡が入る。
買い物に出かける、らしい。
ホテルの前でタクシーを拾い、行き先は「カルフール」。
今日のタクの運転手は見慣れた白い手袋をはめて、Yシャツ姿。
なるほど、昨日が特別で、これが普通なのだ…。
ちなみに、タクの初乗り11元(180円程度)だから乗るのも気楽だ。
日本でもおなじみのカルフールのマークを横目に店内に入る。
今日の目的は、日本との物価の差を確認すること。
店内をぐるっと歩いてまわると、これがまた面白いのだ。

まず、店内がゴチャゴチャだ。
ラコステなどのブランドブースがあったかと思えば
その隣で1枚5元(90円)のトランクス売り場があったり、
ターゲットとかを意識した店内の統一感があまりない。
生鮮の売り方も特徴的で、果物も個数では販売しない。
全てグラム売りで、バナナも勝手に千切って好きな本数を買う。
袋に詰めて持っていくと重さを計って値札を貼られるのだ。
きれいな房から2本だけもぎ取るのは忍びなかったけれど、
明日の朝食用に僕もバナナを購入することにした。
印象的だったのはカップラーメンだ。
日清さんなども中国へ当然のように進出しているけれど、
現地生産のカップラーメンは中国企業とほぼ同価格で
大抵2.5〜4元(40〜70円)程度なのだけれど、
これが日本から輸入された「日本製」となると
一気に20元(330円)ほどにまで値がつり上がる。
日本で買うよりよっぽど高い。
食料品や衣料品が日本の相場感の1/3〜1/4程度なのに対して、
電器製品となると、また事情が変わってくる。
中国製の液晶テレビなどは普通に15000元(25万円)程度するし、
日本での価格帯とそれほど大きなギャップを感じない。
でも、食料品の物価差から逆に言えば、
それは中国の人の感覚では100万近い「超高級品」ということになる。
結局、2時間も店内をうろうろして、
バナナ2本、マンゴー1個、Lサイズのポテトチップ1袋、
それにパン屋で菓子パンを購入して合計20元(330円)。
帰りももちろんタクシー初乗り11元なり。
注:価格は、空港での両替レート10000円=600元に基づいて算出してます。
(両替手数料を考えなければ実際にはもっと物価は安いはずです)
起きたときにはすっかりと日は昇った後だった。
午前10時、僕はようやく重たいまぶたを開く。
部屋の中だけを見る限り、上海にいることなんて忘れそうだ。
シャワーをあびて着替えていると内線で先輩から連絡が入る。
買い物に出かける、らしい。
ホテルの前でタクシーを拾い、行き先は「カルフール」。
今日のタクの運転手は見慣れた白い手袋をはめて、Yシャツ姿。
なるほど、昨日が特別で、これが普通なのだ…。
ちなみに、タクの初乗り11元(180円程度)だから乗るのも気楽だ。
日本でもおなじみのカルフールのマークを横目に店内に入る。
今日の目的は、日本との物価の差を確認すること。
店内をぐるっと歩いてまわると、これがまた面白いのだ。
まず、店内がゴチャゴチャだ。
ラコステなどのブランドブースがあったかと思えば
その隣で1枚5元(90円)のトランクス売り場があったり、
ターゲットとかを意識した店内の統一感があまりない。
生鮮の売り方も特徴的で、果物も個数では販売しない。
全てグラム売りで、バナナも勝手に千切って好きな本数を買う。
袋に詰めて持っていくと重さを計って値札を貼られるのだ。
きれいな房から2本だけもぎ取るのは忍びなかったけれど、
明日の朝食用に僕もバナナを購入することにした。
印象的だったのはカップラーメンだ。
日清さんなども中国へ当然のように進出しているけれど、
現地生産のカップラーメンは中国企業とほぼ同価格で
大抵2.5〜4元(40〜70円)程度なのだけれど、
これが日本から輸入された「日本製」となると
一気に20元(330円)ほどにまで値がつり上がる。
日本で買うよりよっぽど高い。
食料品や衣料品が日本の相場感の1/3〜1/4程度なのに対して、
電器製品となると、また事情が変わってくる。
中国製の液晶テレビなどは普通に15000元(25万円)程度するし、
日本での価格帯とそれほど大きなギャップを感じない。
でも、食料品の物価差から逆に言えば、
それは中国の人の感覚では100万近い「超高級品」ということになる。
結局、2時間も店内をうろうろして、
バナナ2本、マンゴー1個、Lサイズのポテトチップ1袋、
それにパン屋で菓子パンを購入して合計20元(330円)。
帰りももちろんタクシー初乗り11元なり。
注:価格は、空港での両替レート10000円=600元に基づいて算出してます。
(両替手数料を考えなければ実際にはもっと物価は安いはずです)
2007/7/15 23:50
上海物語☆〜Eザリガニ〜 分類なし
宿がないぐらいだから飯もないんだろうと、
宿を押さえてくれた先輩の知人2人が晩飯に連れ出してくれる。
うち1人は日本の大学に通ったこともあり、
日本語、中国語、上海語を普通に使い分ける。
「はじめまして。」挨拶を簡単に済ませて車に乗り込む。
「口に合うか分からないけれど、最近気に入ってるお店に行くね」
と大通りから裏道に入りながら話しかけてくれる。
無論、異国の地に足を踏み入れてまだ2時間ほどしか経ってない僕に
それについて何か答えられるわけもないのだけれど。
「着いたよ」という声に車を降りると、そこは狭い路地だ。
大通りのビル群とは明らかに違う世界がそこにはあった。
道の真ん中を荷物を積んだリヤカーがゆっくりと通り、
上半身裸のオヤジ達が酒を飲みながら机を囲んで麻雀を打っている。
そんな路地裏にある1軒のお店の前で僕等は立ち止まる。

地面に所狭しと並べられた箱には新鮮な魚介が並ぶ。
でも残念ながら魚屋ではなくて、レッキとした料理屋だ。
このお店では食べたい魚を指定すると、あとは勝手に作ってくれる。
中国の料理屋が全てそうなのかはしらないけれど、
値段は量り売り方式で、料理の種類で値段が決まるわけではない。
店の軒先で、路地に面した少し薄汚いテーブルに
アサリの酒蒸し、イカの炒め物、揚げた白身魚の餡かけ、
えびの揚げたものに野菜炒め2種など、
並びきらないほどの料理が運ばれてくる。
極めつけは「ザリガニ」だ。
揚げたものをウスターソースに近いタレに浸けてバリバリと食べる。
でも、これがどれもこれもめちゃくちゃ旨いのだ。
腹いっぱいになるまで料理を堪能し、
瓶ビール8本、ジュース2本を含んだ4人の合計は350元ほど、
日本円にして6000円ちょっと。
浜松を出て永遠20時間、
長過ぎる一日の締めくくりには、スタミナ十分の中国料理が似合う。

宿を押さえてくれた先輩の知人2人が晩飯に連れ出してくれる。
うち1人は日本の大学に通ったこともあり、
日本語、中国語、上海語を普通に使い分ける。
「はじめまして。」挨拶を簡単に済ませて車に乗り込む。
「口に合うか分からないけれど、最近気に入ってるお店に行くね」
と大通りから裏道に入りながら話しかけてくれる。
無論、異国の地に足を踏み入れてまだ2時間ほどしか経ってない僕に
それについて何か答えられるわけもないのだけれど。
「着いたよ」という声に車を降りると、そこは狭い路地だ。
大通りのビル群とは明らかに違う世界がそこにはあった。
道の真ん中を荷物を積んだリヤカーがゆっくりと通り、
上半身裸のオヤジ達が酒を飲みながら机を囲んで麻雀を打っている。
そんな路地裏にある1軒のお店の前で僕等は立ち止まる。
地面に所狭しと並べられた箱には新鮮な魚介が並ぶ。
でも残念ながら魚屋ではなくて、レッキとした料理屋だ。
このお店では食べたい魚を指定すると、あとは勝手に作ってくれる。
中国の料理屋が全てそうなのかはしらないけれど、
値段は量り売り方式で、料理の種類で値段が決まるわけではない。
店の軒先で、路地に面した少し薄汚いテーブルに
アサリの酒蒸し、イカの炒め物、揚げた白身魚の餡かけ、
えびの揚げたものに野菜炒め2種など、
並びきらないほどの料理が運ばれてくる。
極めつけは「ザリガニ」だ。
揚げたものをウスターソースに近いタレに浸けてバリバリと食べる。
でも、これがどれもこれもめちゃくちゃ旨いのだ。
腹いっぱいになるまで料理を堪能し、
瓶ビール8本、ジュース2本を含んだ4人の合計は350元ほど、
日本円にして6000円ちょっと。
浜松を出て永遠20時間、
長過ぎる一日の締めくくりには、スタミナ十分の中国料理が似合う。
2007/7/15 20:54
上海物語☆〜D上陸〜 分類なし
2時間なんてあっという間だ。
飛行機の高度が急激に下がっていくのを感じながら
時計の針を一時間だけ逆回転させる。
短いフライトでも海外に来たのだと実感する瞬間。
上海時刻午後7時10分、僕等はついに上海に降り立つ。

入国手続きを済ませて、まずは先輩の知人へ電話する。
何しろ泊まるホテルすらなくなってしまったのだ。
既に大赤字の僕等は、上海に住む先輩の昔の友人に
安いホテルを押さえてもらう段取りになっていた。
「MOTEL168」。
これが僕等の宿泊先だった。一泊268元、円換算5,000円弱。
5つ星のインターコンチとは比べものにならないけれど、
とりあえず今晩寝る場所が確保できたのだ。
僕等は荷物を引きずりながらタクシーに乗り込む。
上海のタクシーは大半がフォルクスワーゲンの「サンタナ」だ。
たまたま僕等が乗り込んだタクシーの運転手は
ポロシャツにハーフパンツというラフな格好の若いお兄ちゃんで、
クーラーが効かないのか、窓を全開にして夜の高速を走る。
さすが中国のタクシーは凄いなぁ…なんて思ったけれど、
実はこのタクシーのお兄ちゃんが特別だったらしいことに
僕は翌日別のタクシーに乗ってはじめて気づくことになる。

チェックイン時間ぎりぎりの夜9時に僕等は無事にホテルに着く。
手続きを済ませ、30分後に下で、と先輩と別れて部屋に入ると、
中は意外にも広めで、シンプルな空間が居心地が良かった。
窓を開けて、外の車の流れを眺めながら、
変に立派なホテルよりも、これぐらいの方が分相応だな…と
妙にしっくりときている自分がいることに独り笑いする。
何だか俺らしい旅になってきた、そんな気がしたのだった。
飛行機の高度が急激に下がっていくのを感じながら
時計の針を一時間だけ逆回転させる。
短いフライトでも海外に来たのだと実感する瞬間。
上海時刻午後7時10分、僕等はついに上海に降り立つ。
入国手続きを済ませて、まずは先輩の知人へ電話する。
何しろ泊まるホテルすらなくなってしまったのだ。
既に大赤字の僕等は、上海に住む先輩の昔の友人に
安いホテルを押さえてもらう段取りになっていた。
「MOTEL168」。
これが僕等の宿泊先だった。一泊268元、円換算5,000円弱。
5つ星のインターコンチとは比べものにならないけれど、
とりあえず今晩寝る場所が確保できたのだ。
僕等は荷物を引きずりながらタクシーに乗り込む。
上海のタクシーは大半がフォルクスワーゲンの「サンタナ」だ。
たまたま僕等が乗り込んだタクシーの運転手は
ポロシャツにハーフパンツというラフな格好の若いお兄ちゃんで、
クーラーが効かないのか、窓を全開にして夜の高速を走る。
さすが中国のタクシーは凄いなぁ…なんて思ったけれど、
実はこのタクシーのお兄ちゃんが特別だったらしいことに
僕は翌日別のタクシーに乗ってはじめて気づくことになる。
チェックイン時間ぎりぎりの夜9時に僕等は無事にホテルに着く。
手続きを済ませ、30分後に下で、と先輩と別れて部屋に入ると、
中は意外にも広めで、シンプルな空間が居心地が良かった。
窓を開けて、外の車の流れを眺めながら、
変に立派なホテルよりも、これぐらいの方が分相応だな…と
妙にしっくりときている自分がいることに独り笑いする。
何だか俺らしい旅になってきた、そんな気がしたのだった。
2007/7/15 18:33
上海物語☆〜C離陸〜 分類なし
チケットを押さえたのが午前11時ごろ。
それから5時間以上もの間、空港内に閉じ込められている。
僕等は長居をしても大丈夫そうなレストランに席を陣取り、
思い思いに有り余る時間を過ごす。
食事をし、ガイドブックを開き、携帯をいじり。
上海に行けることが決まった安堵感と、
2時間睡眠のまま突っ走ってきた疲れとで、
いつの間にか僕は机に突っ伏して寝ていたのだけれど。
午後4時半、チェックインカウンターで荷物を預け、
いよいよ搭乗口へと僕等は進んでいく。
大きな窓の外には沢山の飛行機が並んでいて、
出発の最終準備が進められていた。
いよいよ本当に僕等も日本を旅立つんだ…。
午後6時前、僕等は中国東方航空の機内の中にいた。
昨日の台風によるツアーキャンセルから始まって、
僕等の中では上海上陸が大きなミッションになりつつあったけれど
いやいや、本当の目的はこれから始まるのだ。

飛行機が滑走路をゆっくりと、そして徐々に加速していく。
離陸した瞬間、僕等の日本での長い永い一日が幕を閉じ、
いつの間にやら僕は夢の中へと引きずり込まれていた…。
それから5時間以上もの間、空港内に閉じ込められている。
僕等は長居をしても大丈夫そうなレストランに席を陣取り、
思い思いに有り余る時間を過ごす。
食事をし、ガイドブックを開き、携帯をいじり。
上海に行けることが決まった安堵感と、
2時間睡眠のまま突っ走ってきた疲れとで、
いつの間にか僕は机に突っ伏して寝ていたのだけれど。
午後4時半、チェックインカウンターで荷物を預け、
いよいよ搭乗口へと僕等は進んでいく。
大きな窓の外には沢山の飛行機が並んでいて、
出発の最終準備が進められていた。
いよいよ本当に僕等も日本を旅立つんだ…。
午後6時前、僕等は中国東方航空の機内の中にいた。
昨日の台風によるツアーキャンセルから始まって、
僕等の中では上海上陸が大きなミッションになりつつあったけれど
いやいや、本当の目的はこれから始まるのだ。
飛行機が滑走路をゆっくりと、そして徐々に加速していく。
離陸した瞬間、僕等の日本での長い永い一日が幕を閉じ、
いつの間にやら僕は夢の中へと引きずり込まれていた…。
