2008/1/9 1:57
ボストン美術館「浮世絵名品展」U…浮世絵の絵師と色の原料 日記(今日思うこと)
名古屋ボストン美術館で開催されている「浮世絵名品展」では、版画、肉筆全ての作品に於いて、色鮮やかで、その保存状態の良さの驚かされる。浮世絵に使われた色は、明治になって輸入されて来た化学染料等ではなく、自然界から得られた材料を使用していた為、繊細で褪(あ)せ易いはず…。一応、私も髪を染める染料を勉強した者の1人として、その程度の知識は持っていた。
衣装の紫と黒が美しい歌麿の絵…
「柿もぎ」(部分)1802〜1804年頃 ※写真は全て「浮世絵名品展図録」より転写。
特に不安定なとしては色は「紫」で、現在でも(親戚の呉服屋に聞いた話だが)和服等、ウィンドウに展示して置くと色が褪せ易いという。この紫色をよく用いた絵師として、多色刷りの錦絵の先駆者『鈴木春信』そして春信亡き後、その作風を受け継いだ『喜多川歌麿』、『磯田湖龍斉』らがあげられる。当時使われたその「紫」は『江戸紫』と呼ばれ、露草の色と紅花(末摘む花…99%取れる色が黄色で、1%から希少価値の赤が取れる)を混ぜて作られていた。紫は、希少色で、壊れ易く、はかない色だからこそ、女性のか弱さを描くのに、適していたと言えようか。浮世絵名品展では、今でも着てみたい美しい和服の柄が事細かに(肉筆に)描かれたり刷り込まれたりしていた。
夜桜を見る二美人…歌川国芳
(特注品による肉筆の掛け軸・部分)1854〜1859
時代は、80年程遡って16世紀初頭、墨一色で刷られた「墨絵」から、鉱物質の「丹」(酸化鉛)を用いた「丹絵」が『初代鳥居清倍』、『二代目鳥居清倍』…そして浮世絵の創始者と呼ばれている『菱川師宣』らによって、広められていった。当時の浮世絵は、太い墨で輪郭が描かれ、そのダイナミックさで私達の心に訴えかけてくる。更に浮世絵は、単なる風俗画の枠を超え、裕福な好色家の中で「絵暦」(カレンダーのような物)として定着して行く。錦絵の大家『鈴木春信』は、膠(にかわ:コラーゲン)を混ぜた漆のような「黒」をふんだんに使用し、他の色の鮮やかさをより一層引き立てた。
二代目藤村半太夫・大磯の虎…
初代鳥居清倍(丹絵)1715年
やがて、浮世絵は、現代風に言うなら、ブロマイド、ポスターとして、あるいは、ファッション誌の役割を果たしながら、庶民にも定着し、錦絵の黄金時代を迎える。この時代(1781年から1801年)になると、浮世絵の版元も『蔦谷重三郎』という傑物が登場し、新たな絵師の発掘を行ったという。色も「雲母擦り」(きら刷り)と呼ばれる岩石の雲母の粉を使用した、ラメのような光沢のある「黒」が使用されるようになった。この時代の絵師には、健康美溢れる美人画を描いた『鳥居清長』。上半身だけを描く「大首絵」で一世を風靡した『喜多川歌麿』。僅か10ヶ月足らずの間に個性的な役者絵を残し、忽然と姿を消した謎の絵師…『東洲斎写楽』などがいた。
山下白雨…葛飾北斎(初摺)1831年
★麓の雷にも、何にも影響されない超然たる富士の姿を描いた傑作で、富獄三十六景の1つ。
ゴッホが過大な影響を受けた作品と言われている(白雨とは俄雨の事)。
その後『歌川広重』、『葛飾北斎』、『歌川国政』らが登場し、個性豊かな作画活動をする事になるが、そもそも浮世絵とは当世流行りものを描いた絵という意味で、前記したように現代風に言うならば、原版を元に印刷されたポスター、ブロマイド、カレンダー等の代わり…とすれば「浮世絵が海外に流出した」と悲観的になるより『(優れた作品として)海外に輸出された』と考えたいと思った。
※頂いたコメント欄の返事をやっと書かせて頂きました。遅くなってごめんなさい。
1月10日...by hotaru
「柿もぎ」(部分)1802〜1804年頃 ※写真は全て「浮世絵名品展図録」より転写。
特に不安定なとしては色は「紫」で、現在でも(親戚の呉服屋に聞いた話だが)和服等、ウィンドウに展示して置くと色が褪せ易いという。この紫色をよく用いた絵師として、多色刷りの錦絵の先駆者『鈴木春信』そして春信亡き後、その作風を受け継いだ『喜多川歌麿』、『磯田湖龍斉』らがあげられる。当時使われたその「紫」は『江戸紫』と呼ばれ、露草の色と紅花(末摘む花…99%取れる色が黄色で、1%から希少価値の赤が取れる)を混ぜて作られていた。紫は、希少色で、壊れ易く、はかない色だからこそ、女性のか弱さを描くのに、適していたと言えようか。浮世絵名品展では、今でも着てみたい美しい和服の柄が事細かに(肉筆に)描かれたり刷り込まれたりしていた。
夜桜を見る二美人…歌川国芳
(特注品による肉筆の掛け軸・部分)1854〜1859
時代は、80年程遡って16世紀初頭、墨一色で刷られた「墨絵」から、鉱物質の「丹」(酸化鉛)を用いた「丹絵」が『初代鳥居清倍』、『二代目鳥居清倍』…そして浮世絵の創始者と呼ばれている『菱川師宣』らによって、広められていった。当時の浮世絵は、太い墨で輪郭が描かれ、そのダイナミックさで私達の心に訴えかけてくる。更に浮世絵は、単なる風俗画の枠を超え、裕福な好色家の中で「絵暦」(カレンダーのような物)として定着して行く。錦絵の大家『鈴木春信』は、膠(にかわ:コラーゲン)を混ぜた漆のような「黒」をふんだんに使用し、他の色の鮮やかさをより一層引き立てた。
初代鳥居清倍(丹絵)1715年
やがて、浮世絵は、現代風に言うなら、ブロマイド、ポスターとして、あるいは、ファッション誌の役割を果たしながら、庶民にも定着し、錦絵の黄金時代を迎える。この時代(1781年から1801年)になると、浮世絵の版元も『蔦谷重三郎』という傑物が登場し、新たな絵師の発掘を行ったという。色も「雲母擦り」(きら刷り)と呼ばれる岩石の雲母の粉を使用した、ラメのような光沢のある「黒」が使用されるようになった。この時代の絵師には、健康美溢れる美人画を描いた『鳥居清長』。上半身だけを描く「大首絵」で一世を風靡した『喜多川歌麿』。僅か10ヶ月足らずの間に個性的な役者絵を残し、忽然と姿を消した謎の絵師…『東洲斎写楽』などがいた。
★麓の雷にも、何にも影響されない超然たる富士の姿を描いた傑作で、富獄三十六景の1つ。
ゴッホが過大な影響を受けた作品と言われている(白雨とは俄雨の事)。
その後『歌川広重』、『葛飾北斎』、『歌川国政』らが登場し、個性豊かな作画活動をする事になるが、そもそも浮世絵とは当世流行りものを描いた絵という意味で、前記したように現代風に言うならば、原版を元に印刷されたポスター、ブロマイド、カレンダー等の代わり…とすれば「浮世絵が海外に流出した」と悲観的になるより『(優れた作品として)海外に輸出された』と考えたいと思った。
※頂いたコメント欄の返事をやっと書かせて頂きました。遅くなってごめんなさい。
1月10日...by hotaru
2008/1/29 17:19
投稿者:ほたる
☆コロコロさんへ No2
☆コロコロさんへ No2
>本場ボストンのボストン美術館、私も一緒に見て回ったのにね、、、私の頭には、なーんにも残ってないわ。
何故か?私の会員証でコロコロさんも入れましたよね。
時間がなかったから、駆け足?でしたが、もっとゆっくり周りたかったですね〜。
>私はもちろん門外漢なんですが、浮世絵の色合いに加えて、絵のライン、というか、輪郭の優しさが、好きです。
そうですね。曲線を上手く用いて、女性らしさや繊細さを描いていますよね。
ただ流行だったのか、お顔が皆同じに見えて、そこが肖像画とは違うのですよね。
>じゃ、ほたるさん、今年も頑張ってね。ブログの更新と、ボストン再
訪を楽しみにしてます。
ありがとうございます。更新はボツボツ(いやボツッかも?)また読んでやって下さい。
ボストンへは、野球シーズンに、是非また行きたいです(笑)
何故か?私の会員証でコロコロさんも入れましたよね。
時間がなかったから、駆け足?でしたが、もっとゆっくり周りたかったですね〜。
>私はもちろん門外漢なんですが、浮世絵の色合いに加えて、絵のライン、というか、輪郭の優しさが、好きです。
そうですね。曲線を上手く用いて、女性らしさや繊細さを描いていますよね。
ただ流行だったのか、お顔が皆同じに見えて、そこが肖像画とは違うのですよね。
>じゃ、ほたるさん、今年も頑張ってね。ブログの更新と、ボストン再
訪を楽しみにしてます。
ありがとうございます。更新はボツボツ(いやボツッかも?)また読んでやって下さい。
ボストンへは、野球シーズンに、是非また行きたいです(笑)
2008/1/29 17:18
投稿者:ほたる
☆コロコロさんへ No1
☆コロコロさんへ No1
コロコロさん、ご無沙汰です。フィギュアの情報をありがとう。
>ほたるさん、こんにちわ。
極めつけの忙しさ、と聞いていたので、何もわからないなりに、大丈
夫なのかな、と少し心配しておりました。。
ご心配をおかけしました。
年末は色々行事も重なって忙しかったですが、
酷い風邪も引かず、何とかやっています。
>成人式の着付け、様々な準備など無事に終わられたのかな。。
返事が遅くなってごめんなさいね。
>ブログの更新を見て、ほたるさんの無事を確認するような感じでしたが、更新されたほたるブログを見る事ができて、ほーっとしてます。
お恥ずかしいです。。「Be Well」を書いた後、早寝してしまっていて放置状態でした。
>最近の浮世絵関係のほたるさんの記載は、生きた教科書のよう。
いえいえ。まだその次元には至っていないです。
私も浮世絵に興味を持ったのは、
ボストン美術館でビゲローコレクションを観てからですよ〜。
>浮世絵かー、って聞き流しそうな話から、色合いの解説に入ってしまうのが凄いわね。
ご存知の通り、色についてはつい、追求したくなる性質なのですよね。
>昔の時代のポスターかブロマイドのような扱いだった絵
が綺麗に残っていて、そこから伺える色合いに、これほど意味がある
なんてねー。
化学染料の無い時代ですから、如何に美しく多彩にするか。。
絵師も摺師も苦心していたようです。
>美術史とか芸術関係の論文にでもなってしまいそうな解
説には、ただただ恐れ入ります。
あまり、恐れ入らないで下さいまし。。素人の戯言ですよ〜。
>ほたるさん、こんにちわ。
極めつけの忙しさ、と聞いていたので、何もわからないなりに、大丈
夫なのかな、と少し心配しておりました。。
ご心配をおかけしました。
年末は色々行事も重なって忙しかったですが、
酷い風邪も引かず、何とかやっています。
>成人式の着付け、様々な準備など無事に終わられたのかな。。
返事が遅くなってごめんなさいね。
>ブログの更新を見て、ほたるさんの無事を確認するような感じでしたが、更新されたほたるブログを見る事ができて、ほーっとしてます。
お恥ずかしいです。。「Be Well」を書いた後、早寝してしまっていて放置状態でした。
>最近の浮世絵関係のほたるさんの記載は、生きた教科書のよう。
いえいえ。まだその次元には至っていないです。
私も浮世絵に興味を持ったのは、
ボストン美術館でビゲローコレクションを観てからですよ〜。
>浮世絵かー、って聞き流しそうな話から、色合いの解説に入ってしまうのが凄いわね。
ご存知の通り、色についてはつい、追求したくなる性質なのですよね。
>昔の時代のポスターかブロマイドのような扱いだった絵
が綺麗に残っていて、そこから伺える色合いに、これほど意味がある
なんてねー。
化学染料の無い時代ですから、如何に美しく多彩にするか。。
絵師も摺師も苦心していたようです。
>美術史とか芸術関係の論文にでもなってしまいそうな解
説には、ただただ恐れ入ります。
あまり、恐れ入らないで下さいまし。。素人の戯言ですよ〜。
2008/1/16 7:19
投稿者:コロコロ
ほたるさん、こんにちわ。
極めつけの忙しさ、と聞いていたので、何もわからないなりに、大丈
夫なのかな、と少し心配しておりました。。成人式の着付け、様々な
準備など無事に終わられたのかな。。ブログの更新を見て、ほたるさ
んの無事を確認するような感じでしたが、更新されたほたるブログを
見る事ができて、ほーっとしてます。
最近の浮世絵関係のほたるさんの記載は、生きた教科書のよう。浮世
絵かー、って聞き流しそうな話から、色合いの解説に入ってしまうの
が凄いわね。昔の時代のポスターかブロマイドのような扱いだった絵
が綺麗に残っていて、そこから伺える色合いに、これほど意味がある
なんてねー。美術史とか芸術関係の論文にでもなってしまいそうな解
説には、ただただ恐れ入ります。本場ボストンのボストン美術館、私
も一緒に見て回ったのにね、、、私の頭には、なーんにも残ってない
わ。
私はもちろん門外漢なんですが、浮世絵の色合いに加えて、絵のライ
ン、というか、輪郭の優しさが、好きです。
じゃ、ほたるさん、今年も頑張ってね。ブログの更新と、ボストン再
訪を楽しみにしてます。
極めつけの忙しさ、と聞いていたので、何もわからないなりに、大丈
夫なのかな、と少し心配しておりました。。成人式の着付け、様々な
準備など無事に終わられたのかな。。ブログの更新を見て、ほたるさ
んの無事を確認するような感じでしたが、更新されたほたるブログを
見る事ができて、ほーっとしてます。
最近の浮世絵関係のほたるさんの記載は、生きた教科書のよう。浮世
絵かー、って聞き流しそうな話から、色合いの解説に入ってしまうの
が凄いわね。昔の時代のポスターかブロマイドのような扱いだった絵
が綺麗に残っていて、そこから伺える色合いに、これほど意味がある
なんてねー。美術史とか芸術関係の論文にでもなってしまいそうな解
説には、ただただ恐れ入ります。本場ボストンのボストン美術館、私
も一緒に見て回ったのにね、、、私の頭には、なーんにも残ってない
わ。
私はもちろん門外漢なんですが、浮世絵の色合いに加えて、絵のライ
ン、というか、輪郭の優しさが、好きです。
じゃ、ほたるさん、今年も頑張ってね。ブログの更新と、ボストン再
訪を楽しみにしてます。
