2008/8/8  4:21

伝えるべき価値を発見する方法 その2 答えはきっとある  分類なし

私の兄は文系でした。
一方私は理系でした。

「答えの出るものの何がおもろいねん。
そんなもん、他の誰かが出来るやないか」
よく言われました・・・。

文系・理系論争でよく取り上げられるであろう、この話。

私はこの、「答えはみんなの胸の内それぞれにある」
みたいな考えが大っきらいです。

だって、国語のテストも結局○×あるじゃない。
答え、あるじゃん。

昔の参考書に、国語の答えとは、
「その答えが客観的に見て、大多数が納得できるだけの根拠を持つもの」
とか書いてあったのを、今でもすごく覚えています。

さて、コピーも答えがないとよく言われます。
これって、「じゃあ、どんなコピーも正解なのね」と思いがちです。

「答えがない」ということは、全部正解ではないのです。
客観的に見て、大多数が納得できる、まあ「答えとおぼしきもの」は
あるわけです。
商品やサービスから与えられたわずかな手掛かりを頼りに、
正解を探す作業が必要なのです。

100本書くとは、手がかりを増やし、それらを組み合わせ、
思考を少しずつ掘り下げ、最終的にはゆるぎない根拠に
裏打ちされた納得の一言をつくる作業だと思います。

掘って掘って水脈を見つけるイメージ。と私は勝手に思ってます。
ちょっとそれが身についてきたように感じています。
ベテランになると、水脈が大体このへんだなと
わかるようになるらしいのですが・・・。

思考が掘れてる感触をつかむのに・・・二年くらいか。
水脈の当たりをつけるには、さて、何年かかるんだろ。



2008/10/12  16:29

投稿者:ねづみ
http://ameblo.jp/oldschool/

お久しぶりです。ブログあのまま辞めちゃうのかと思いました。
私も国語に答えがあることが嫌いでした。
そして本も読まなくて国語の成績は最悪でしたね。
今更後悔して本を読むようになったり。。。
今は逆に答えのあることの方が楽なんだと感じています。

新しい仕事はどうですか?
無理しないで進んでください♪

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