2007/6/9 5:07
むらさ ペット
昨日ムラサよりメールが届いた。
本当に懐かしいメールである。

彼女と最後に逢ったのは、2年前カルフォルニア州ロングビーチにて南カルフォルニアクラスターの会場であったのが最後であった。その後彼女は、住居を数回変わりショー会場でも顔が見えなくなって消息を探していたところであった。
手紙によると現在カルフォルニア州のコルトン市に家族と友人とセントバーナード2匹と暮らしているそうだ。
ムラサを知っている日本の愛好家は、もうかなり少なくなっていると思うが
1996年日本からチャンピオン完成のために猪俣君所有の「哲」を彼女に依頼し完成後その年のナショナルに出陳して見事優秀犬4頭に選ばれた実績をもたらしてくれたハンドラーである。

この「哲」は、北海道芽室町の島部君の繁殖犬であるが国産犬でアメリカであそこまで活躍できる犬は、当時も今もこの犬だけであろう。犬のタイプが変わってきているので10年前の犬が現在も通用するかどうかは疑問だが当時としては、国内では右に出る犬はいなかった。

当犬舎の犬には、哲の血液が必ず入っている。
今回私は、ムラサを再び日本のショーに招待しようと考えているので消息を追っていた
本当に懐かしいメールである。
彼女と最後に逢ったのは、2年前カルフォルニア州ロングビーチにて南カルフォルニアクラスターの会場であったのが最後であった。その後彼女は、住居を数回変わりショー会場でも顔が見えなくなって消息を探していたところであった。
手紙によると現在カルフォルニア州のコルトン市に家族と友人とセントバーナード2匹と暮らしているそうだ。
ムラサを知っている日本の愛好家は、もうかなり少なくなっていると思うが
1996年日本からチャンピオン完成のために猪俣君所有の「哲」を彼女に依頼し完成後その年のナショナルに出陳して見事優秀犬4頭に選ばれた実績をもたらしてくれたハンドラーである。
この「哲」は、北海道芽室町の島部君の繁殖犬であるが国産犬でアメリカであそこまで活躍できる犬は、当時も今もこの犬だけであろう。犬のタイプが変わってきているので10年前の犬が現在も通用するかどうかは疑問だが当時としては、国内では右に出る犬はいなかった。
当犬舎の犬には、哲の血液が必ず入っている。
今回私は、ムラサを再び日本のショーに招待しようと考えているので消息を追っていた
