2008/1/2  21:32

出会いと別れを繰り返しながら  その日暮らし

何から書いたらいいのか皆目見当つかないんですけど、とりあえず僕は元気です。

アナルが痒いとかいう気がふれたとしか思えない日記を最後に4ヶ月も更新しなかったわけですが、それには僕なりの理由があったんです。

あいかわらずアナルは痒いんですけどそれは全く関係ありません。念の為に言っておきますが痔じゃないですよ。大体アナルが痒いくらいで日記を書けなくなるわけないじゃないですか。むしろそれをネタに日記を1本書き上げるのがプロってもんです。ま、僕はプロでも何でもなくてただ慢性的にアナルが痒い30過ぎのおっさんに過ぎないんですけど、こういうネタを基本にした変態日記を書いてる人間からするとアナが痒いなんてのは絶好のネタでしてね。

あんまりアナルアナルと書いてると下品極まりない!とお叱りを受けそうなのでお上品に菊の門とでも表記しますが、その僕の汚れを知らぬ菊の門が唸りをあげて襲い掛かってくるなんて通常なら迷惑千万。百害あって一利なしといったところでしょうが

「これでネタができた!」

と小躍りして喜びたいくらいでしたからね。むしろ、こんなもんじゃないだろうと更なる高みを望む内なるもう1人の僕の存在を疎ましく思うどころか、肩を組んで

「うんこ漏らせ!」

の大合唱。確かに電車内という閉鎖空間でいい年こいたおっさんが突如うんこを漏らしたとなればただではすみません。瞬間的にではあるけれど、神の領域にたどり着くことすら可能です。それを考えればうんこを漏らすなんて些事にすぎません。今にして思えばあの時、僕は多少のリスクを犯してでもうんこを漏らすべきだったのかもしれません。そう、僕はいつだってそうだ。僕の人生は常に後悔の連続だ。後になって初めて失ったモノの重大さに気付くんだ。何で3万も払ってあんな店に入ってしまったんだ。もしタイムマシンがあるのなら、あの時の僕に言ってやりたい。週末の夜にフリーで行ったってお目当ての女の子に会えるわけがない、と。予約しとけ、と。


いや、風俗の話はどうでもよくて、なんかこのままいくと4ヶ月も前の日記の事後報告だけで終わってしまいそうなのでそろそろ本題の方に移りたいと思いますが、いやね、僕とて更新しようとしたんですよ。なにしろ日記を書くことは僕のライフワークみたいなもんですから。

しかし僕の日記を更新したいという気持ちとは裏腹に、更新しようにもできない止むを得ない事情があったのです。

端的に言いますとパソコンがものの見事に壊れましてね。それはもう完膚なきまでに。

単純に寿命だったのか、はたまたどこぞのサイトかスパムメールからウイルスでも侵入してきたのか。特に後者の場合、原因に心当たりがありすぎて特定するのが困難なので真相究明は断念せざるをえません。

まぁ形あるものはいつかは壊れる運命ですからそれ自体はいいんですよ。ただそのせいで、長年かけて集めた珠玉のエロ動画も数々のエロゲーのコンプデータもウンコマンコだらけの書きかけの日記も全てが電子の海へと消え去ってしまったのです。

日記に関しては割とどうでもいいのですが優に500本を超えていたエロ動画の全てが消えたのは正直痛かった。もうラクロス部の女の子にも会うことができないなんて。これから一体何を希望にして生きていけばいいんだ。

これにはさすがの僕も落胆の色を隠す事ができませんでした。今までこれだけのエロ動画を集めるのに一体どれだけの時間と労力を費やしたと思ってるんだ。世の中には金では買えないものってのがあるんだ。冗談じゃない、日記なんて書いてられるか。

しかも実害はそれだけに及びません。

僕はエロDVDもパソコンで鑑賞してましたから、パソコンが壊れたってことはエロDVDも見れないってことです。

先に述べたエロ動画の消失と併せて考えると、パソコンが壊れたってことはオナニー総生産(2006年度実績)の実に90%を占める動画媒体の使用が不可になったことを意味します。

確かにオナニーってのは動画だけでするものではありません。若年層にとってはエロDVDよりも容易に入手可能なエロ本を始めとした紙媒体の方が馴染みがあるでしょうし事実、僕も中高生時代のオナニー総生産では95%をエロ本を代表とする紙媒体が占めていました。現在でも10%弱はエロ本使ってますしね。

それ以前にオナニーを極めれば道具などいらないのですが、あいにくと僕はそこまでのマイスターではない、一介のオナニストに過ぎないわけで、初めてエロビデオを見て以来、その重力に魂を引かれたオールドタイプとしては一度上げた生活レベルを下げるってことは容易なことではありません。一度覚えた動画の味を捨て、紙媒体の世界へ舞い戻るなんてことができるのでしょうか。

いえ、何も僕はエロDVDの方がエロ本よりも優れているなどというつもりはありません。エロDVDにはエロDVDのよさがあるしエロ本にはエロ本の良さがあります。それを同列に並べて優劣をつけるなど愚の骨頂。そんなものは毎晩帰りの遅い夫・浩(35歳)が結婚5年目の主婦・良子(32歳)にのたまった台詞、

「私と仕事どっちが大事なの!」

と同じくらいくだらないことなのです。

ただ僕が言いたいのは、パソコンが壊れたというただそれだけのことで天海麗のフェラチオをもう堪能できないなんてことがあっていいはずがないということです。

そんなわけで僕は新たなパソコンを買う事を決意したのです。



といったところでいつものごとく文字制限がきたので今日はここまで。

次回は何故4ヶ月もの間更新できなかったのか、その真相と4ヶ月間の出来事なんかを乙女チックにお伝えしようと思います。

あと、言うの忘れてましたが新年明けましておめでとうございます。今年も更新は不定期になるでしょうが気長にお待ち下さい。

2007/8/28  22:51

稲村ジェーン  その日暮らし

アナルが痒いんですよ。


原因はさっぱりわかりませんが、とにかくアナルが痒いんです。痛いというほどではないけど痒いというカテゴリーで収めるには惜しいほどに痒いんです。

夏場ですから蚊に刺されたのではないか、と考えるのは早計というもの。蚊に刺されたらムヒというのがこの国の古来よりの常識ですが、以前アナルと同じ粘膜系たるチンコにキンカン塗ったりタイガーバウム塗ったキチガイもいましたがどういう精神構造してるんでしょうね。僕には理解できない。

確かに30年前ならムヒなのかもしれませんが時は21世紀。あと100年もしたらドラえもんが世に出る時代ですよ。ここは文明の利器たるウォシュレットしかないでしょう。何しろ、ウォシュレットと言えばアナルの為だけに開発された人類の叡智の結晶ですからね。これを最大限に活用してこそ文明人というものです。しかしアナルが痒いというだけでウォシュレットのスイッチをON/OFFしていたら目覚めてしまいそうで怖いのです。

ていうか、ウォシュレットの普及率とアナルセックスの普及率が見事に一致するという研究結果も昨年のアナル学会において発表されましたからね。そう考えるとウォシュレットを使ってます、という女性はアナルでガンガンにやってまっせ、と言っているようなものです。例えば合コンなどで

「アナルって超マストだよね」

みたいな台詞を吐こうものならその後2時間程、その存在はエンタにおける白石美帆と同レベルと化すこと請け合いですが、

「ウォシュレット使ってる?」

くらいなら比較的気楽に聞けると思うんですよ。特に怪しまれることもなく。もしそこで

「毎日使ってるよー」

「アレなしじゃ生きていけないよねー」

などと言われたらしめたもの。ほう、あんな清純そうな顔して…みたいな妄想が広がって生活が豊かになりますので皆さんにもオススメします。

なんかいつものごとく話が逸れましたので戻しますけど、諸事情により僕はウォシュレットを使わない派なんですよ。ていうかどれだけみんなアナルが好きなんだと。チンコなんてマンコに挿れれば充分ですよ。かつての馬場さんの言葉を借りれば

「みんながアナルに走るので、私、マンコを独占させていただきます」

と宣言したいくらいですよ。独占できそうもありませんけど。

そんなわけで除去し切れなかったウンコの断片が痒みの原因なのかもしれません。いや当たり前ですけどちゃんと拭いてますよ。紙が変色しなくなるまで。たまに強く拭きすぎて生理が始まったみたいな色をする時もありますけどね。

ま、痒みといっても千差万別。通常レベルの痒みなら手を煩わせる事もない、微妙に重心をずらしてみたりしてパンツとアナルとの摩擦で充分に対応できます。そこいら辺のコツみたいなものは既に把握済みですから。

ところが極稀に、そんな小手先の技術なんて通用しないモンスター級のビッグウェーブがやってくることがあるのです。

そんな時、あなたならどうしますか?


この間、電車に乗ってたんですよ。夏休みだからでしょう、小麦色に日焼けした女子高生だか女子中学生だかが溢れかえってまして、僕は夏場だというのにこの世の春を訪れを感じたのです。

人の流れに乗ったまま進んでいくと、量産型倖田來未みたいなのとドズル専用宮里藍みたいな女子高生がいましてね。まぁ興味はなかったんですが近くでしたので話してる内容とか聞こえてくるんですよ。

で、その話の中身が衝撃的でしてね。ドズル中将にみっくんという彼氏がいるらしくてそれだけで驚きなんですけど、そのみっくんがチーズハンバーグが大好きという本当にどうでもいい事実を東スポの一面並みのスクープのごとく大げさにのたまうんですよ。

いやぁ昨今の女子高生はスゴイ、と日本の将来を本気で心配し始めたんですけどそんな時、何の前触れもなくやってきたんですよ。あの、伝説の大波が。

最初はごく普通の波だったんですよ。でもこの程度でわざわざ手を煩わせることもない、と思って無視してたんです。

ところが波がひと段落してから10分程経ったころでしょうか。突如としてアナルが唸りをあげて襲い掛かってきたのですよ。そう、数多のサーファーを飲み込んできた伝説の大波「ジェーン」の如く。

(こいつは、とんでもないことになったぜ…)

心の中で恐怖と共に、かすかな高揚感を感じずにはいられませんでした。

例えばこれが猛烈な尿意や便意であったなら事は一刻を争います。もし、阻止限界点を突破されたら地球は核の冬を迎えます。

それと比べるとアナルの痒みってやつは緊急性は低いです。最悪の事態でも犠牲者は一人だけですしね。

もしひとりでくつろいでいる状態なら何を躊躇うことなどありません。パンツの上からだなんて悠長なことを言ってられない。直に指をアナルにあてがって、いやなんならアナルに指を突っ込んで前立腺をマッサージする勢いですよ。獰猛なるケツ毛の神よ去れ!みたいな感じで。

でもここは電車の中という公の場でありかつ閉鎖空間です。トイレという逃げ場もありません。

別に公衆の面前で自分のアナルを掻こうが逮捕されたりすることはないでしょうが、いくら僕でもさすがに憚られる。いや、ドズル中将とどうこうとかじゃないけど、男として女子高生の前で平気でアナルを掻くようなダンディズムの欠片も感じられない男にはなりたくない。

でも心の中の悪魔は囁くんですよね。

そりゃ本音は思う存分掻きまくりたいですよ。例え右手にジャンクマンみたいなトゲがついてても構わない、と。

まさに人生における最大の分岐点、誇りをとるかそれとも実利をとるか―



長々と書いてきましたが今回の出来事で僕が得た教訓は、若干の羞恥心は絶妙のスパイスになりうるということです。ま、何がどうなろうとあの日あの時あの場所にいた女子高生達とアナルセックスなんて機会はないでしょうからね。いやぁ、やっぱアナル最高!



次回はチンコが痒かった時の話でも書きます。

2007/8/20  0:10

愛・おぼえていますか  その日暮らし

愛に地球は救えるのか。


少なくとも気持ち悪いエセヒューマニズム満載のオナニー番組を24時間垂れ流したところで何も救えないとは思います。それよりも


「チャリティーやるからオマエラ金出せや」


と言われた方がまだしっくりきます。昔、泉谷しげるはそう言ったそうですけどそれくらい言ってのけるなら募金しようかなという気にもなりますけど。

そもそも愛って何なんでしょうか。

某宇宙刑事だったらためらわないことさ、とか言うんでしょうけど愛は地球を救うと言いながらやってることは大々的な集金なわけですから、少なくとも彼等の頭の中では


愛=金


という公式が成立しているハズです。でなければおかしい。

いや別に金が悪いなんて言うつもりはありません。金がなければご飯だって食べられないし、おっぱいだって揉めないのだから、生きる為に金は必要です。

でもおかしなもので、誰もが金を欲しがるくせに実際に金が欲しいと口にしたりその為の行動を起こすと途端に精神病患者のように扱われてしまいます。

特にこの国ではとかく金を汚いもののように見る風潮があって、あからさまな金持ちに対して上辺では媚び諂うくせに裏では悪口とか言い放題です。ま、現在億単位で金を所有している方々も真っ当な手段で手に入れたわけではないだろうからあながち間違いでもないのですけど。


それにしても。

チャリティーという行為は悪くない。

募金という行為それ自体も悪くない。

全国ネットのテレビを通じて募金を呼びかけるという行為も特に問題がない。

それなのに、それらを全てひっくるめた時にただよう薄気味悪さは何なんでしょうか。

それはおそらく目的と手段が逆転しているからなのではないかと思うのです。

当初は恵まれない人達に愛の手を差し伸べる為にスタートしたはずです。

しかし今はどうでしょうか。

それを前面に押し出さないというか何か募金とかどうでもいい、番組を作って流すことがメインになってやしないでしょうか。

公表はされてませんが40億とも50億とも言われている番組制作費は全て協賛スポンサーから出ています。スポンサー各社は高視聴率番組で自社の名前・製品が放送されることを期待して金を出し、それを基に番組を制作してその結果、毎年10億前後の寄付金が集まるわけです。

これは費用対効果を考えた時でも決して悪くはない数字だと思いますが、問題はスポンサーからの制作費を確保する為に視聴率重視の番組制作に走り、有名芸能人の起用や感動の垂れ流し等と揶揄される企画やドラマが満載のオナニーテレビに成り果てるわけです。勿論、視聴率が取れなければそれだけ制作費も減るわけですから、必然的にチャリティー云々よりも視聴率優先になってしまうのは仕方のないことなのかもしれませんが。

特にここ数年は募金よりも芸能人がマラソンすることの方がメインになってやしないでしょうか。

僕の中では募金とマラソンがどうやっても結びつかないんですよ。今年は欽ちゃんが走ったそうだけれど、欽ちゃんが100km完走したところで、スゴイとは思うけどそれがどうしたら募金に繋がるんでしょうか。どういう論理の展開をしたらなけなしの金を拠出しようという気になるんでしょうか。

日々慎ましく暮らす多くの人にとって多大な労力と時間を費やして得た金こそは何物のにも代えがたい代物であり、そのなかから提供される僅かばかりの寄付は正しく善意の塊であります。

それをリスクなしで享受しようというんだから、ワケのわからない企画や特に見たくもない身障者ドラマでお茶を濁すようなマネはやめてほしいところです。普通は金を出す時はそれ相応の対価があった時だけなのですから。善意で武装してれば何をやっても許されるわけではありません。

大体、この善意って奴は凶器ですからね。

思い出せば、小学校時代にも何度か募金というのをさせられたことがあります。

我が家ってのは貧乏でして、むしろ募金される側なんじゃないか、等と子供ながらに思っていたくらいなのですが、ある時赤い羽根だか何だか忘れましたが全校で募金しなくちゃ、みたいなことになったのです。

そのことを母に言ったのですが今回は余裕がない、ということで募金できなかったんですよ。まぁ仕方がないので、翌朝学校でその旨を伝えるわけですよ。うち金ないって。

どういうわけだかめっちゃ怒られたんですよ。しかも忘れ物をしたとか宿題を忘れたとかそういう次元じゃない、オヤシロ様の祟りにでもあったんじゃないかって位の怒りっぷりなんですよ。持ってくるのを忘れたんじゃなくて持ってこれなかっただけなのに。

本来、募金てのはあくまで善意であり任意であるはずなのに、金を出さない(出せない)というだけでまるで人間じゃないような扱いを受けたわけです。いや、100歩譲って募金できなかった事が悪だとしても、家が貧乏なのは僕のせいじゃないだろうに。

しかもそれをクラス中で公表される辛さといったらないですよ。ほら、子供ってそこいら辺残酷じゃないですか。うんこなんて漏らそうものなら全校放送でバラす勢いじゃないですか。一生のうちであれほど貧乏という単語を聞かされたことはありませんでしたよ。そりゃ、金持ちは悪どいことして金稼いでる、なんて歪んだ性格にもなりますよ。金が出せない人間には愛のカケラもないみたいな扱いされたらね。悪意のない善意ほど恐ろしいものはありませんよ。


愛に地球は救えるのか、という冒頭の問いですけど、ドモン=カッシュが言うように人類も地球の一部であるのなら、地球の一部である僕ですら救えない金=愛に地球なんて大層なものは救えるはずがないのです。救えるとしたら精々出演者の銀行口座くらいなものです。

まぁ大塚愛だったらエイベックスくらいは救えるかもしれませんけどね。個人的には去年引退したものの今月復活した黒沢愛に救ってほしいです。あのおっぱいもある意味凶器ですけど何なら殺されたって構いません。

2007/8/14  23:48

おっぱいは人を幸せにするものだ  おっぱい

ちょっと気になるニュースを見つけたので簡単な更新を。



豊胸手術の女性、自殺率3倍=心理的問題、解消されず?−米調査



以前の日記で僕も豊胸手術に走る女性に対して少しばかり苦言を呈したので今回も少しだけ触れてみようと思います。


記事の中で気になる部分があったんですけど

調査報告を執筆した大学教授は米紙に「手術を受けた女性の多くが心理的な問題を抱えており、手術後もその状況が改善しなかったのではないか」との見方を示した。


ここでいう心理的な問題ってのは想像するに、メスを入れたってことに対する後ろめたさみたいなものじゃないんでしょうか。

今回のニュースは日本よりも巨乳率の高いアメリカの話ですから、かの国で生きる貧乳の肩身の狭さやコンプレックスの深さたるや日本人でしかも男である僕の想像の及ぶところではありません。それを解消するために豊胸に走る―まぁわからない話でもありません。

別にいいじゃない、誰に迷惑をかけているわけじゃなし。援交に走る女子高生が同じような台詞を言おうものなら問答無用で折檻ですが、この貧乳をトレイシー・ローズのようなおバストにしたい、という欲求を誰が止められるというのでしょうか。ていうかトレイシー・ローズって皆さん知ってるんでしょうか。幾らなんでも古すぎやしないか。

胸が小さいというコンプレックスを解消するために豊胸したものの、人工的に、言葉を変えれば裏技的にバストアップをしたという後味の悪さが後々まで尾を引いてしまったんじゃないか、と思うのです。例え見せ掛けの巨乳を手に入れたとしても自分の中には胸が小さかった自分という過去や記憶が歴然と存在しているわけで、周囲からの巨乳としての自分を見る目と過去の貧乳であった自分の意識とのズレが時間と共に生じてきたんじゃないかと。それが肥大化して周囲を騙している、という考えと共に自分が偽乳であることが周囲にバレることに対するプレッシャーが臨海に達した時に耐えられなくなってしまうのではないでしょうか。

また、日常的に自分の体内に異物が入っている、ということだけでも心理的に負担になってるんじゃないでしょうかね。僕はタトゥーもピアスもしないし真珠も入れてないのですが、なんていうか今までの自分じゃなくなってしまうような気がするんですよ。

10年以上たってさすがに慣れましたが、初めてコンタクトを入れたときもめっちゃ怖かったですし。でもシリコンと違ってコンタクトは自分の意思で着脱可能ですから、豊胸より遥かに精神的な負担は軽いと思います。


以上はあくまで推測にすぎませんが、もし豊胸が自殺の要因の一つであるのならそれはとても哀しい事だと思います。おっぱいの存在が肝心のおっぱい所有者に不幸をもたらすのだとしたら、最早おっぱいに拘ることはしてはならない、少なくともおっぱいは人を幸せにする、という人生訓を改めなければなりません。

あくまでもYahooのニュースですし信憑性の点で問題があるのもまた事実ですが、もう一度言わせてください。


貧乳は決して悪ではない。


憎むべきはおっぱいを数値やアルファベットでしか見ることのできない愚かしい巨乳信奉者であり、殊更それが正義であるかのように宣伝するメディアであるべきです。おっぱいの真の魅力は90(E)なんて記号じゃなくて、形、やわらかさ、弾力、ぬくもりetc…言うなら存在そのもの、おっぱいがそこにあるという事象。

大体、おっぱいが大きいからといって何がどうなるというのでしょうか。え、男が寄って来る?貴女はおっぱい目当てに近寄ってきた男と本当に付き合いたいですか?

大体、おっぱいが小さいからといって何を恥じることがあるというのでしょうか。え、男の食いつきが悪い?おっぱいでしか女性を量れないような男が100人集まってきたとして貴女にとってそれは本当に価値あることですか?


確かに人生はガラリと変わるのかもしれません。今まで出会う事のなかった人(男)と知り合うことができるかもしれません。

でも、おそらく自分は豊胸したとカミングアウトできない限り貴女が抱えているコンプレックスが解消されることはないでしょう。さもなくば、貴女はその秘密を抱えながら生きていくプレッシャーに耐えることが必要になります。

結局の所、シリコンを入れて胸を大きくしたところでその場しのぎにしかならない、ということを女性の方もはっきりと自覚してください。



いいじゃないですか、小さいままで。


女性の魅力はおっぱいだけではないのですから。
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2007/8/8  0:57

超えられぬ壁  その日暮らし

男は視覚で恋をする、という言葉があるように男の恋愛においては視覚情報が重要な役割を果たしております。

そんな中、好きな子のことを考えてのオナニーってのはオナニー界の中でもかなり特殊なケースです。

通常のオナニーではエロ本やエロビなどの触媒を使用します。しかし好きな子のことを考えてのオナニー、便宜上SKOとでも略しますがSKOでは視覚情報は使えません。まぁ顔写真くらいはあるかもしれませんが犯罪行為に手を染めていない限りおっぱい写真を所持していることなどまずないでしょう。

そしてこの時、男はある一つの壁に遭遇するのです。


―自分が好きな子を汚してもいいのだろうか―


もしおっぱい写真などを持っているならこんなことを考えはしないでしょう。迷うことなく部屋の扉をシャットアウツ。その時、右手は音速を、超える。

しかし写真など持っていない、脳内彼女を作り出さなければならないという状況では一つの矛盾が浮かび上がってくるのです。それは二律背反。

脳内彼女ってのは現実の彼女とは似て非なるのもの。仮に全裸になったとしてもそれはあくまでも想像上の全裸にすぎず現実の全裸ではありません。犯罪行為に手を染めていない限り彼女の全裸など見たことはないはずですから、おそらくそのおっぱいは麻美ゆまか片瀬まこに酷似していることでしょう。僕だったら天海麗ですかね。

勿論、外見だけじゃなくて内面も全く異なります。いや、仮に恋愛関係にあったとしても恋人の内面を完全に把握できるはずなどありませんからね。

つまりこの時点での脳内彼女というのは、外見的にも内面的にも自らの理想というフィルターを通して作り出された架空の存在にすぎません。

そして理想の度合いが強ければ強いほど脳内彼女の聖女レベルは上昇します。

男というものは好きな子を聖なるものとして崇める傾向があります。あたかも原理主義者が崇める聖母や経典と同じように。

実際に彼女が聖女かどうかは別の話。自分が好きな子は聖女であって欲しい、というそれは儚い願望に過ぎません。こんな路地裏のゴミ溜めみたいに薄汚れた世の中でもあの子だけは―みたいな。それこそまさしくペガサス幻想。

つまり、好きな子の子宮口に精液をぶち撒けたいという衝動と、聖なる者を汚してはならないという願望。それらは共に誰かから与えられたものではなく本能から生じたものであるが故に思い悩むのです。この複雑な男心、おわかりですか。男心は繊細なんです。

まぁその時彼女はどこぞの馬の骨とファックをかましているのでしょうけどね。現実なんてそんなもんです。

この間もこんなことがあったのです。

いつものようにビデオ屋に赴き迷うことなくアダルトオンリーを示す暖簾を潜り、吟味を始めた僕の視線がとある一点で止まりました。

とあるエロビなんですけどその娘が昔、好きだった子にそっくりなんですよ。具体的に誰、というのは個人情報の観点からも明らかにしませんがこれがまぁできることなら紹介したいくらいにそっくりなんですよ。

いやちょっと待て。ひょっとしたら単なるパケ写詐欺かもしれない。ていうかこの世でエロビのパッケージと羽賀研二ほど信用できないものはない、というのは常識です。期待と不安に流行る心を抑えつつ、おそるおそる手に取り裏面を確認します。

そこに写っていたのはまぎれもなく恋に恋焦がれ恋に泣いた在りし日の彼女。

いや別人であるのは間違いありません。よく見れば目の大きさが微妙に違うし輪郭も少し角ばってる気がするし全体の雰囲気も違います。何より本人だとすれば熟女モノにカテゴリーされるはずの年齢なのだからこんなロリ系の棚に並んでるはずがありません。

しかし見れば見るほどに瓜二つ。同時に当時の想いがフラッシュバック。


―自分が好きな子を汚してもいいのだろうか―


そう考えて一体、何度涙で枕を濡らしたことだろうか。

確かにね、何度も思いましたよ。彼女のマンコにブチ込みたいと。そしてその度に思うのです。ダメだ、彼女を汚してはダメなんだと。

もっとも当時マンコという単語及びその存在は知っていましたが実際にその形状を実地研修はおろか資料ですら見たことがありませんでしたから、具体的なプランは一切提示できませんでした。

しかし今はどうでしょう。

マンコの詳細な戦力分析及びマンコ周辺部の地形データもダウンロード済みです。クリトリス丘陵に前線を置きそこから小陰唇塹壕沿いに進軍、包囲を固めた後全戦力を持って膣渓谷に突撃、と戦術プランも提示できます。今の僕ならあの時の僕を超えられる。


気付いた時には部屋の扉をシャットアウツ。見慣れたアリスJAPANのオープニングが流れる画面の後に現れたのはまぎれもなく記憶の中に残る彼女そのもの。

「おお、これは…」

見る間に硬度を増す悪魔将軍。これは久々のヒット作だ。即時臨戦態勢。


しかし、そう思ったのも束の間、あのフレーズが蘇ってきたのです。


―昔好きだった子を汚してもいいのだろうか―


今なら越えられる、そう勢い込んでみたものの一度考えてしまったものを頭から消すって事は容易ではありません。頭ではわかっているのです。昔、好きだったあの子と今目の前で極太バイブをブチ込んでいるこの子は別人である、と。しかし―

そうこうしている間に悪魔将軍も硬度0ボディですよ。これではキン肉ドライバーも通じません。

あれからどれだけの月日が流れたというのでしょう。既に断片でしかなかった記憶だというのに、未だに記憶の影に縛られているなんて思いもしませんでした。まぁ仕方がないので一緒に借りてきた西野翔でマッスルスパークしておきました。このロリ具合が何とも言えん。


確かに男は視覚で恋をする。そして視覚情報に縛られるが故に想い、悩み、苦しむのです。いや、それくらいに男は繊細だって話ですよ。


実際の彼女ですか?とっくの昔に結婚してヤられまくってますけど。現実なんてそんなもんです。

2007/8/5  0:46

夏という季節  その日暮らし

何なんですかね、夏ってやつは。



夏の陽射しには脳みそを溶解させる働きがることはよく知られております。厚生労働省国民健康白書によりますとこの傾向は若年層で顕著に見られ、10代男性の50%、10代女性の実に70%の脳みそが夏の陽射しで融解及び蒸発しているとのこと。

いや、渋谷近辺には夏と聞いただけで大脳新皮質が崩壊し始めるヤングなギャルが多数生息していることが環境庁衛生局の調べで明らかになっておりますように、『夏』という言葉そのものが魔力を持っていると言ってもいいのかもしれません。

この『夏』に『花火』とか『祭り』とか『湘南』とかがコラボレーションするともう最悪。ちんこまんこ関係のリミットがブレイクして至る所でセックスの嵐。結局あれでしょ。花火大会とかいってもぶっちゃけ花火とかどうでもいいんでしょ。

「花火キレイだったね」

「え、あ、ゴメン。俺見てなかったわ」

「え〜、何してんの、最悪!」

「いや、ずっとお前のこと見てたから…」

「え、健二それって…」

「舞……俺、ずっとお前のこと…」

みたいな感じでどっかの暗がりで俺の大筒花火で彼女のあそこがスターマインとかそんな感じでしょ。どうにかして花火にカップルだけを皆殺しにする細菌兵器を仕込むとかできないもんですかね。


8月に入って益々夏らしさが増していく中、巷には

「夏本番!」

「この夏イチ押し」

等など夏を喚起させるフレーズが舞い踊っております。誰しもがチンコINマンコOUTを切望するこの季節。まさに夏・体験物語。

しかしこれが単なるデマゴーグだったとしたらどうでしょうか。

よくよく思い返してみれば春は出会いの季節、秋は人恋しい季節、冬になったらクリスマスだのバレンタインだのイベントが目白押し。結局、夏だから特別恋の季節だなんてことは全然なくて、発情期がない人間を一年中発情し続けさせる為のプロパガンダに過ぎないのです。

セックスってのが人間の本能に根ざした欲求であり人はすべからくその欲求から逃れがたい、というカルマと消費行動を結びつけ、セックスするためにはそれ相応の対価を支払わなければならない、しかも支払ったところでセックスできるとは限らない、という悪夢のような世界を構築したのが広告会社及びマスメディア連合。つまるところ現世に溢れるものの大半は

「モテたきゃ(セックスしたきゃ)金を使え」

ってことに集約されます。でなければエコだのリサイクルだの言っておきながら消費を喚起させる番組やCMを大々的に放送するはずがありません。

なぜなら、本当に地球の事を考えてるなら服なんていらないわけです。例えば1枚のパンツを作るのにどれだけの資源とどれだけのエネルギーを必要とするのか皆さんご存知なのでしょうか。僕は知りませんが陰部を隠す、という地球規模で考えた場合些事でしかない事の為に地球は日々傷ついているのです。

大体、このくそ暑い日本で敢えて服を着る必要性がどこにあるというのでしょうか。こればっかりは経験がないとわからないのかもしれませんので全裸上級者の僕がそっと貴女だけに教えて差し上げますが、全裸ってめっちゃ涼しいんですよ。ここだけの話。

僕はトランクス派なんですけどそれでも夏場はどうしても股間が蒸れるんですね。特に僕の場合、当社比30%増の陰毛率を誇っておりますので、トランクス内部はベトナムの密林を彷彿とさせるような状況なんですよ。思い切ってエージェント・オレンジを散布したい位の。

それがトランクスを脱ぎ捨てるというただそれだけのことでアラ不思議。半ばベトコンと化していたチンコがワイキキのサーファーへと早や変わり。フリーダム!スカイハイ!

ただこの国には刑法という高く険しい壁があるが故に、公の場で全裸になることは許されておりません。かく言う僕もチンコが長谷川町子風だったら間違いなく全裸で真夜中のハイウェイを盗んだバイクで走り出してるところです。あいにく実際には原哲夫が精魂込めて書き上げたようなチンコですので最低限の衣装を纏っているにすぎません。青筋とかたってますしね。それがジェントルメンとしての一流の嗜み。

ですのでこの際パンツに関しては許容しましょう。自由を感じたいが為に鉄格子のついた病院の中で永遠の不自由を感じるハメになるのも困り者ですから。

でもブラだけは譲れない。この阻止限界点だけは死守しなければならない。

確かに下半身というのは性器でありますから、それを露わにするということは法律上からも道徳的な観点からも問題がある、という意見には納得できるものがあります。エロ界の実情を鑑みてもこの点に関して異論を挟むつもりはありません。

しかし上半身は違います。

敢えて言いましょう。上半身は性器ですか?この問いにYesと答えられる方はそっと当サイトから去って欲しいのですが、想像するに大半の方の上半身は性器ではないと思われます。昔見た同人誌に乳首にチンコを挿入するという頭のネジがミキサー大帝並にぶっ飛んでるやつがありましたけどそういうのは例外にして、上半身、この際おっぱいと言い切りますが性器ですらない、脂肪の塊をブラなどという布切れで覆い隠すことに何の意味があるというのでしょうか。

事実、染色体配列が少し違うだけの男はなんの躊躇いもなく上半身を曝け出しているじゃないですか。国営放送でも隔月で真昼間からストリップを流してるじゃないですか。XとYが違うってことはそんなに大きな違いではないはずです。それなのに上半身をごく限られた一部の男にしか見せないってのはどうなんですか。僕は例え大胸筋が衰えていようが乳首が陥没していようが微笑みを返す準備はできているというのに。



何だかとりとめのない話になってしまいましたが夏本番、誰しもがチンコマンコに明け暮れる季節。それ自体をとやかく言うつもりはありません。皆さんにとって記憶に残る楽しい夏になることを願うばかりであります。


僕は記憶より記録に残る夏にしますが。

2007/7/30  0:47

一つの終焉  プロレス

いや、とんでもないことになりました。



プロレスの神様、カール・ゴッチさん死去=米メディアが報じる



今年の1月にはビガロ、先月末にはクリス・ベノワ(旧ペガサス・キッド)、先週キラー・トーア・カマタが逝ったばかりだというのに、ここにきてカール・ゴッチまでもが。

プロレスラーってのは心身を擦り減らす職業です。よく格闘家は寿命が短いと言われますがプロレスラーも例外ではなく、世間的に見て大往生と言われる年齢まで長生きできるレスラーはほとんどいません。

近年でもテリー・ゴディやゲーリー・オブライト、エディ・ゲレロ、ジャンボ鶴田らがまだまだ現役を続けられるような年齢でありながら天国へと旅立っていきました。あのジャイアント馬場でさえ享年61ですからとても大往生とは言えません。

そんな中、ゴッチが82歳まで生きたというのは奇跡に近いものあがあると思います。

これは単なる推測に過ぎませんが、その主な原因は近年のレスラーに見られる薬を徹底的に嫌ったことにあるのではないかと思います。なにしろナチュラルであることにこだわったゴッチは薬どころかダンベルやバーベルすら否定し自然石を持ち上げろと言ったぐらいですからね。80過ぎて普通にスパーリングやってたらしいですし。

レスラーとしては一流半。しかし日本のプロレス〜総合格闘技に与えた影響は並大抵のものではありません。何しろゴッチがいなければ新日はなかったわけですし、そうなればその後のUWFもないしプライドもないわけですから。まさに巨星墜つ。

僕自身はゴッチの試合を生で見たことはないのですが、僕にとってのゴッチの思い出といったらやっぱり伝説のプロレス漫画、プロレススーパースター列伝・猪木編の新日旗揚げ時の猪木とゴッチとのエピソード。日プロを飛び出して新日を旗揚げした猪木は海外レスラーのブックをゴッチに頼んだのですが、旗揚げ戦を前にしてアメリカのゴッチに電話をかけたのです。


猪「ハロー、ゴッチさん! で、どんな顔ぶれの大物レスラーをよこしてくれますか?」

ゴ「それが……。」

ゴ「いいかイノキ、冷静に聞けよ。誰一人、君の新日本プロレスに参加するのをオーケー  しない。」

猪「!?」

ゴ「テレビ中継もない新団体では不安だ。それに新日本プロレスにあがったら最後、もう  二度と日本プロレスによんでもらえんと言う。」

猪「ウ〜〜〜ヌ。日本プロレスのワル幹部共がアメリカのレスラー達に手を回し、圧力を  かけたな!」

ゴ「どうやら、そのようだが感情的になったら負けだぞ、イノキ。新日本プロレスの旗揚  げ興行は立派にやれるッ!一人の超大物レスラーが日本へ行き、君と戦うからな!」

猪「エッ……。そ、その、超大物とは!?」

ゴ「私だよ。それとも、カール・ゴッチは超大物ではないかな?」

猪「ゴ……ゴッチさん!」



もう、最高。カール・ゴッチ最高。プロレスの神様は伊達じゃない。自分を超大物とか一度でいいから言ってみたい。

その後新団体の旗揚げ戦で団体のエースである猪木にピンフォール勝ちとか、普通じゃありえないというか、そりゃアメリカで干されるわけですが、そういう所が日プロとの差別化を図りたかった新日=猪木の意向にうまくマッチしたんでしょう。

その後の新日〜UWFに与えた影響を考えればゴッチこそが日本の総合格闘技界の草分けであることは間違いがありません。UWFがなければプライド―正確に言えば高田‐ヒクソン戦もなかったわけですから。もっともゴッチ自身は総合格闘技に対し否定的で、ロックアップを基本とするゴッチスタイルでは現在のテイクダウンを取り合う総合格闘技には対応できないというのは皮肉以外の何物でもないのですが。ま、ゴッチスタイルの根本にあるのはヨーロピアンスタイルのキャッチでありグレコローマンスタイルなのですから、何でもありを標榜する総合とはまた別物ですしね。


なんかとりとめのない日記になってしまいましたがあまりに突然の事で何をどう言っていいのかわかりません。いつ逝ってもおかしくない年齢だったのは確かですが、メディアで度々流される映像を見る限りそんな急には、と思っていただけに残念でなりません。これでまた、僕が憧れた昭和のプロレスが遠ざかっていくことになってしまいました。

昨今の過度にエンタメに走ったプロレスではなく、血なまぐさい総合でもなく、皆さんも機会があれば「世界一美しいジャーマン・スープレックス」を是非一度見てください。研鑽に研鑽を重ねた珠玉の技術。アメリカでは受け入れられなかったそのスタイルが技術や精神を重んじる日本で持て囃された理由が見て取れると思います。




昭和のプロレスに想いを馳せながら


合掌。



は、選挙?そんなのどうでもいいです。

2007/7/24  0:02

煙が目に染みる  その日暮らし

タバコを吸いづらい時代になってきましたね。

禁煙ブームとでも申しましょうか、ここ数年ありとあらゆる場所、施設でもって禁煙マークを目にする機会が増えてきました。いつの間にかタバコのパッケージに脅迫まがいのメッセージが当たり前のよう載るようになってますし。

しかもこれが日本だけじゃなくて世界的な傾向らしく、イギリスやオーストラリアのパブなんかは全面的に禁煙らしいです。かの地で散々飲み食いした身としては悔しいというか寂しいというか。オーストラリアなんて最終的に喫煙率0%を目指すなんて言い出し始末ですよ。ま、現実を見てきた人間からすると無理としかいいようがありませんけど。

それにしてもおかしいと、と思ったことはないでしょうか。

本当に人体に悪影響を及ぼして百害あって一利なし、というような代物だっていうならさっさと法律でもって全面的に禁止してしまえばいいんですよ、ドラッグみたいに。都市伝説とかじゃなくて科学的に人体に悪影響を及ぼすというデータがある以上、法規制も可能なはず、と普通は考えますよね。

にも関わらず法的に云々という話は全くないじゃないですか。これっておかしくはないですか?何故これほど世界的に規制が叫ばれているモノが野放しになっているのでしょうか。

こういう議論の場で必ず叫ばれるのが、タバコは日本の経済を支えているというもの。早い話が結構な額の税金を納めてるからというのがあります。

酒やらタバコやらギャンブルやらをこよなく愛するクズ人間が逃げ口上として使うのが上記の台詞だったりします。でも実際どれだけの税金を納めているのか、と聞かれても実は知らなかったりしますので調べてみました。

競馬の場合、JRAは第一国庫納付金として2894億、第二国庫納付金として160億ですから3000億ちょいの税金を納めていることになります。膨大な額ですが全盛期は4000億超えてましたからその凋落ぶりは酷いものがありますね。

で、タバコの場合ですがなんとJRAの3倍、9260億にもなるらしく、これは歳入全体の1.1%に相当します。ただしこれは「国タバコ税」に限定しての話であって、地方タバコ税やタバコ特別税などもあわせると全体としては大体2兆円強となって、JRAなんて別に税金納めなくてもいいんじゃね?って思わなくもないです。で、その分控除率を下げて配当に回す金を上げて欲しいものです。

ちょっと話が逸れましたが今回はタバコの話ですよ。タバコに占める税金の割合はこれがなんと約60%。宝くじなんて目じゃないくらいのボッタクリ商品なわけです。そんなものを僕は10年以上にわたって定期的に購入しているわけですから国としてもこういう優良顧客を保護する目的で風俗無料招待券(指名はフリー)を配布とかしてもいいと思います。

ところがこれには続きがありまして。というのもタバコが2兆の税金を納めているのはいいとして、タバコによる被害というのもあるからです。具体的に言うと健康被害や医療費、所得損失、寝たばこなどによる火災被害等。

「環境経済学概論」という本にデータが載っているのですがこれによるとタバコ産業による経済メリットは合計で2兆8000億円。これに対してタバコ産業により経済的デメリットは次のように試算されています。

・医療費……3兆2000億円
・国民所得の損失……2兆円
・休業損失……2000億円
・消防、清掃費用……2000億円

合計5兆6000億円


タバコ産業による経済的
 メリット……2.8兆円
 デメリット……5.6兆円
 差引2.8兆円の負担増


というわけでタバコはどうやら人体だけでなく経済的にも悪影響を及ぼしているという恐ろしい事実を突きつけられてしまいました。ホント、ロクでもないですね、タバコって。

しかし法的に禁止されていない以上、僕達にはタバコを吸う権利というものが認められているわけです。体に悪かろうが日本経済を不況に追い込もうが知ったこっちゃないわけです。この世にオナニー後の一服に勝るものなどありはしないのですから。

しかしね、世間の風潮に流されたのか、僕の同胞にも禁煙始めました、と言い出す輩が多数出てきました。彼等との思い出の風景の中に当たり前のように存在していたモノを全否定ですよ。これを哀しいと言わずして何と言うのでしょうか。あまつさえ、僕をタバコの道に引きずり込んだ友人までが禁煙したなんて言い出す始末。

これが子供の為とか言うなら百歩譲ります。僕の父も母の妊娠をキッカケに禁煙したそうですし。しかしね、彼の言い分ときたら

「タバコを吸う男とキスしたくない」

と当時(2年前)の彼女に言われたのがキッカケらしいのです。なんたる堕落。

アレだ。お前は女に言われたくらいでタバコをやめるのかと。お前のタバコに対する想いはその程度のものだったのかと。

「キスが駄目ならフェラチオがあるじゃない」

くらい彼には言って欲しかった。タバコがない生活なんて考えられない、と言ったあの言葉は嘘だったのか―






と長い前フリでしたが禁煙初めて2週間経ちました。

よく禁煙すると空気がおいしく感じられるようになった、なんて話を聞くのですがこれがまったくそんなことなくて、何にも変わりません。しいて言えば今まで日記書くときは決まってタバコ吸いながらだったのでイマイチ集中できないというか、書きづらいというか。

それに、確かにタバコ代は浮いたのですが、よくよく考えれば僕は一日4〜5本くらいしか吸わないので一日当たり60〜70円。あんまりお得感がありません。

今までの最長禁煙期間が3日ということを考えれば自己記録更新中ではあるんですけど次回の更新まで続いている保障は全くありません。とりあえず次回は禁煙に関するよもやま話でも書いてみます。




あ、禁煙の理由ですか。ご想像にお任せします。(ヒント:ファッションヘルス)

2007/7/7  0:18

星に願いを  その日暮らし

今日は七夕。織姫と彦星が一年ぶりのセックスを堪能する日としてお馴染みでございます。

古くからこの国には笹に願い事を書いた短冊を吊るすなどという習慣があるじゃないですか。正直、セックスで忙しくて他人の願いなんて聞いてる暇ないとは思うんですけど、ひょっとしたらピロートークの合間にでも僕の書いた短冊に目を通す可能性がないとは限らない。よし、ここはひとつ何かお願いしてみようじゃないか、そう思い立ったはいいものの真っ先に思い浮かんだのが


「エロいおねーちゃんにフェラチオしてもらいたい」


だったとしても、それは仕方のないことなのではないでしょうか。

これがね、まぁどういうわけだかこの夏、フェラチオがブームの兆しを見せ始めているわけなんですよ。こういう流行りものの例に漏れず、出所とかキッカケとかはイマイチ不明なんですがとにかく無性にフェラチオをしてもらいたくてたまらんのです。特に尿道口とかマジでヤバイ。

皆さんがどれほどフェラチオの経験があるかわかりませんけど、いいですよ、フェラチオ。いやぁ、これほどエロイとは。この年でまさかの再発見ですよ。

そうなると、当然の摂理としてフェラチオして欲しくなるじゃないですか。ただ、生憎僕には三度の飯より肉棒が好きという類の彼女さんなどおりません。

また、性の氾濫が叫ばれる現代社会においても、近所のローソンでフェラチオの新作が入荷されたという話も聞いたことがありません。一体、社会のどの辺りで氾濫してるっていうんだ。少なくとも僕の周りでないことだけは確かです。いっそ目と目が合ったらフェラチオ、みたいな社会にならないもんですかね。ananとかCanCanとかそういう特集組んでくれたら可能じゃないですかね。


「ここが熱い!オススメフェラチオスポット」

「あなたのフェラチオは大丈夫?このテクで差をつけろ!」

「カリスマモデルが語る究極のフェラチオダイエットでこの夏の視線を独り占め!」


みたいな感じで。そうすれば僕の周囲でも性の床下浸水くらいはあるかもしれない。


しかしここで大きな問題が。

例えば僕が小池徹平並のフェイスを標準装備していたとしたら

「もしもしそこのおねーさん」

「あら可愛いボーヤねジュボジュボジュボ」

とその間わずか3秒で望みのものが手に入る寸法ってわけです。場合によってはフェラチオだけに留まらない可能性が高いです。そう、世の中ってのは常にこうだ。富める者は更なる富を、貧しき者は搾取されるのみ。

18世紀の経済学者アダム・スミスは著書「国富論」において、個人の欲望を「見えざる手」と評し、個人による利益の追求が結果的に社会を潤す事となりその富が最下層にまで等しく分配される、と説きましたがこんなの嘘ですからね。今頃見えざる手はおっぱい揉みしだいてますよ。乳首とかコリコリしてるかもしれません。

前述の小池徹平みたいな顔面富裕層ですと、素人だろうがアイドルだろうがフェラチオ三昧ですよ。しかしね、彼等富裕層が欲望のままに利益を追求したからと言って、その利益が僕達貧困層にまで回ってくるかといったらそんなことはありえない。少なくとも32年、その恩恵に預かったためしなどありません。僕の方が彼等の何倍もフェラチオを欲しているというのにそれを手に入れようとなったら45分で10000円位の大金が必要となってくるわけです。

しかるに悪化の一途を辿る財政状況を鑑みるに諭吉先生の手を煩わすわけにもいきませんので、緊急時の折衷案といたしましてハードディスク内の「douga」フォルダに先日「CPZオンライン」でダウンロードした吉沢明歩の動画をクリック。ふむ、やはりギリギリモザイクはスゴイ。ゴムをつけてるかどうかまでわかるとは。日進月歩の技術革新に想いを馳せながら徐にパンツをズリ降ろし、僕はそそり立つバベルの塔に足を踏み入れたのだった。

しかし、僕は気付いた。気付いてしまった。何かが違うことに。いや、何かっていうかそもそもが違う。僕が望んでいることはエロイおねーちゃんにフェラしてもらうことであって、おねーちゃんがフェラチオしている様を第三者視点で鑑賞することではないのだから。今、僕のチンコを包んでいるものは10年以上苦楽を共にしてきた愛おしむべき我が右手ではあるのだけれど、今僕が望んでいるのはバベルの全貌を知り尽くした戦友ではなく、未だ見ぬおねーちゃんの咥内粘膜なのだから。


―やはり搾取される運命なのか―


失意のあまりアルコールに手が伸びそうになった僕のもとに友人から一通のメールが。そこには時節の挨拶も件名もなく


「騎乗位で中出ししてる動画持ってないですかね。もちろん巨乳で」


フェラチオがどうとかそんなレベルじゃない。己の欲望をここまで忠実に表現したメールを未だ嘗て僕は見たことがない。一瞬、暑さの余り脳内にボウフラでも沸いたのかと本気で疑ってしまいましたが、思うに彼の中では騎乗位中出しがこの夏のマストなのでしょう。

簡単に解説しますがエロ動画のフィニッシュは正上位が圧倒的に多いです。理由はわかりませんが。それを騎乗位で中出し、しかも巨乳限定とは注文が多いにもほどがある。端的に言えばレア動画ですよ。中出しだけに。実際、件の「douga」フォルダ内を丹念に探すも見つけることは出来ませんでした。スカルファックとかはあったんですけどね。

この事実に突き当たった瞬間思い知らされました。僕など甘い、彼の方が遥かに不幸じゃないかと。僕の場合、吉沢明歩でも南波杏でも望みのフェラを見ることができますし、何なら諭吉先生にお願いすることもできます。しかし現在独り身の彼の場合、いかなる代替措置を取ることもできないわけですよ。これを不幸中の不幸と言わずして何と言うのでしょうか。


彼の落胆する様など見たくはありませんので、ネットで見つけた新横綱・白鵬の揺れる巨乳動画を添付しておきました。これで彼の望みの何%かでも叶うといいな。


今日は七夕。あなたの願いが届きますように…

2007/6/29  23:20

もう一度あの頃のように  心の友

「セックスは格闘技だ!」

場末の飲み屋でそんな力説されても困るんですけど、とにかくその時の彼の眼差しはかつて田村が高田に真剣勝負を挑んだ時のそれと同じ種類の炎を宿していた。




彼の名は宮田。かつて名うての風俗ファイターとして鳴らした彼が結婚したのは3年前のことになる。東のはんずぃ(仮)、西の宮田といえばごく一部の間では有名で、皇帝、マエストロ、人類のクズetc…様々な異名を欲しいままにした、まさしく生きる伝説とも言える存在だ。

どちらかといえば理論派の僕と違って実戦主義を貫く彼のスタイルは突撃あるのみ。一切の情報誌を見ずに直感で選んでその場で入店。予約なんてもってのほか。そして風俗で鍛え上げたテクニックを合コンで知り合ったおねーちゃん相手に披露する、という男にとって理想とも言えるスタイルを築き上げたのだった。

似て非なる者同士、何となく馬が合った僕達は幾度となく戦場を共にしたことがあるのだけれど、一番驚いたのは、彼はスパーリング相手に店で一番のブサイクを指名することだ。

僕なんかは一回のスパーを可能な限り内容の濃いものにしたいという想いがあるから、そのための情報収集は欠かさないし、相手にだってそれ相応のレベルを求めてしまう。これは僕に限らず風俗ファイターなら誰もがそうじゃないかと思う。

しかし彼は違った。彼にとって風俗はあくまでトレーニングにすぎないのだ。

「ブサイクの方が訓練に集中できるから」

僕の素朴な疑問に対する彼の言葉がそれを如実に表している。聞くところによると彼は全盛期、週7回のスパーリングと週2回の実戦を繰り返していたという。

そのせいで彼の財政状況は常に北朝鮮人民並に破綻していたのだけれど、そんな彼も3年前の結婚を機にこの世界から足を洗い、陽の当たる世界へと歩み始めたのだった。

そんな宮田とこうして酒を酌み交わすのは果たして何年ぶりのことになるだろうか。少々恰幅のよくなった胴回りと薄くなり始めた頭髪が、2人の間の時間の流れを否応なく感じさせた。




本当はこの後感動の再会場面から涙なしでは語れないような母への想い、16小説のラブストーリーなど盛りだくさんの内容なのですけどさして面白みのある話でもないので割愛。


で冒頭の台詞に戻るのだけれど、

「セックスは格闘技だ」

これは彼の昔からの持論でして。スピード、パワー、テクニックの高次元での融合、打撃・関節・投げ等あらゆる技術の応酬など共通する部分が多いとのこと。

彼と僕とのもう一つの共通点、それが格闘技好きであるということなんですよ。僕はどちらかといえばプロレス寄りなんですが彼は根っからの格闘技好き。

「俺はとことんまで責め抜きたい、責めて責めて、そして勝つ!その上で自分も相手も納得できる試合ができれば最高じゃないか!」

格闘技好きの彼らしい表現だ。

「でもな…なんか最近違うんよ。俺と嫁さんは…敢えて言うなら桜庭とシウバみたいな関係だと思ってたんだよ。リングに上がれば全力で戦うけどリングを降りたら一緒にトレーニングするみたいな」

それって夫婦でってことは巷で言うところのカップル喫茶とかスワッピングとかなのか?数多の風俗を経験してきた僕でもこればかりは未経験。さすがに相手がいないと無理ですし。まさか既に経験済みなのか?高まる期待。盛り上がる股間。

「だけどそのなんていうか…嫁さんがな、それこそ最近の桜庭みたいになってきた」

その後も管を巻くばかりで全く要領を得ないので要点だけまとめると、どうやら最近彼の嫁さんの試合内容が非常に悪いらしいのです。具体的には


@動きが遅い
Aクリンチが多い
Bテイクダウンを取れない(取らない?)
C勝つ気が感じられない

というようなことらしいです。

ちなみにその過程で


「まぁまずはこう、抱き寄せるわけよ」

「ほうほう」

「それからこうおっぱいを…」


などと、あいにくとここでは書くことができないような話を聞く事になりまして、しかも彼の嫁さんてのが結構な容姿の持ち主でしていろんなことを想像して割と興奮したのはここだけの秘密です。


「でも、それはほら、桜庭だってもう膝がボロボロなわけだしそろそろ引退も視野に入ってるだろう」

「嫁さんまだ28だぞ。桜庭は確かそうだけど嫁さんの場合、精神的なもんだと思うわけよ。端的に言うならモチベーションの低下ってやつ。てことはそれなりの原因が考えられるわけだ」」

そこで彼が挙げた原因として考えられるものが宮田自身の技術不足。

「俺と試合をするうちに、嫁さんの技術レベルも上昇してしまったんだと思う。ひょっとしたら俺よりも上なのかもしれない。なら、俺はどうすればいい?」

こういう時の相談てのは本人の中では結論が出ている事が多いんですよね。ただ、きっかけが欲しくて、背中を押してくれるのを望んでいるだけの場合がほとんどです。それを踏まえれば、何故今夜、昔の友人と会おうとしたのか。そして何故、その相手が僕だったのか。彼がそれを望んでいたことは一目瞭然だった。


もう一度、あの頃のように。


居酒屋を出た僕達の足は、自然と歓楽街へと向かっていた。ロクに会話もなく、明確な意思表示はなかったけれど、古い友人として彼の望みを叶えてあげる事が必要である、そう感じ取ったからだ。

ほどなくして、僕達は最近駅前に出来たばかりのシュートボクセに出稽古することにした。彼にとっては3年ぶりの、僕にとっては…野暮なことはおいておこう。互いに状況が変わったとしても、こうして分かり合える。これ以上に素晴らしいことなどありはしないのだから。

3年ぶりのスパーに緊張した面持ちの宮田であったが指名したのはマイティー・モーみたいなスーパーヘビー級であった。敢えて詳細は聞かなかったが、彼の表情から察するに満足のいくスパーができたのであろう。彼等夫婦の少しは役に立てたのかな、そんな暖かな感情が、僕の心を満たしていた。



その後、彼からの連絡は途絶えた。

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