2007/7/30 0:47
一つの終焉 プロレス
いや、とんでもないことになりました。
プロレスの神様、カール・ゴッチさん死去=米メディアが報じる
今年の1月にはビガロ、先月末にはクリス・ベノワ(旧ペガサス・キッド)、先週キラー・トーア・カマタが逝ったばかりだというのに、ここにきてカール・ゴッチまでもが。
プロレスラーってのは心身を擦り減らす職業です。よく格闘家は寿命が短いと言われますがプロレスラーも例外ではなく、世間的に見て大往生と言われる年齢まで長生きできるレスラーはほとんどいません。
近年でもテリー・ゴディやゲーリー・オブライト、エディ・ゲレロ、ジャンボ鶴田らがまだまだ現役を続けられるような年齢でありながら天国へと旅立っていきました。あのジャイアント馬場でさえ享年61ですからとても大往生とは言えません。
そんな中、ゴッチが82歳まで生きたというのは奇跡に近いものあがあると思います。
これは単なる推測に過ぎませんが、その主な原因は近年のレスラーに見られる薬を徹底的に嫌ったことにあるのではないかと思います。なにしろナチュラルであることにこだわったゴッチは薬どころかダンベルやバーベルすら否定し自然石を持ち上げろと言ったぐらいですからね。80過ぎて普通にスパーリングやってたらしいですし。
レスラーとしては一流半。しかし日本のプロレス〜総合格闘技に与えた影響は並大抵のものではありません。何しろゴッチがいなければ新日はなかったわけですし、そうなればその後のUWFもないしプライドもないわけですから。まさに巨星墜つ。
僕自身はゴッチの試合を生で見たことはないのですが、僕にとってのゴッチの思い出といったらやっぱり伝説のプロレス漫画、プロレススーパースター列伝・猪木編の新日旗揚げ時の猪木とゴッチとのエピソード。日プロを飛び出して新日を旗揚げした猪木は海外レスラーのブックをゴッチに頼んだのですが、旗揚げ戦を前にしてアメリカのゴッチに電話をかけたのです。
猪「ハロー、ゴッチさん! で、どんな顔ぶれの大物レスラーをよこしてくれますか?」
ゴ「それが……。」
ゴ「いいかイノキ、冷静に聞けよ。誰一人、君の新日本プロレスに参加するのをオーケー しない。」
猪「!?」
ゴ「テレビ中継もない新団体では不安だ。それに新日本プロレスにあがったら最後、もう 二度と日本プロレスによんでもらえんと言う。」
猪「ウ〜〜〜ヌ。日本プロレスのワル幹部共がアメリカのレスラー達に手を回し、圧力を かけたな!」
ゴ「どうやら、そのようだが感情的になったら負けだぞ、イノキ。新日本プロレスの旗揚 げ興行は立派にやれるッ!一人の超大物レスラーが日本へ行き、君と戦うからな!」
猪「エッ……。そ、その、超大物とは!?」
ゴ「私だよ。それとも、カール・ゴッチは超大物ではないかな?」
猪「ゴ……ゴッチさん!」
もう、最高。カール・ゴッチ最高。プロレスの神様は伊達じゃない。自分を超大物とか一度でいいから言ってみたい。
その後新団体の旗揚げ戦で団体のエースである猪木にピンフォール勝ちとか、普通じゃありえないというか、そりゃアメリカで干されるわけですが、そういう所が日プロとの差別化を図りたかった新日=猪木の意向にうまくマッチしたんでしょう。
その後の新日〜UWFに与えた影響を考えればゴッチこそが日本の総合格闘技界の草分けであることは間違いがありません。UWFがなければプライド―正確に言えば高田‐ヒクソン戦もなかったわけですから。もっともゴッチ自身は総合格闘技に対し否定的で、ロックアップを基本とするゴッチスタイルでは現在のテイクダウンを取り合う総合格闘技には対応できないというのは皮肉以外の何物でもないのですが。ま、ゴッチスタイルの根本にあるのはヨーロピアンスタイルのキャッチでありグレコローマンスタイルなのですから、何でもありを標榜する総合とはまた別物ですしね。
なんかとりとめのない日記になってしまいましたがあまりに突然の事で何をどう言っていいのかわかりません。いつ逝ってもおかしくない年齢だったのは確かですが、メディアで度々流される映像を見る限りそんな急には、と思っていただけに残念でなりません。これでまた、僕が憧れた昭和のプロレスが遠ざかっていくことになってしまいました。
昨今の過度にエンタメに走ったプロレスではなく、血なまぐさい総合でもなく、皆さんも機会があれば「世界一美しいジャーマン・スープレックス」を是非一度見てください。研鑽に研鑽を重ねた珠玉の技術。アメリカでは受け入れられなかったそのスタイルが技術や精神を重んじる日本で持て囃された理由が見て取れると思います。
昭和のプロレスに想いを馳せながら
合掌。
は、選挙?そんなのどうでもいいです。
プロレスの神様、カール・ゴッチさん死去=米メディアが報じる
今年の1月にはビガロ、先月末にはクリス・ベノワ(旧ペガサス・キッド)、先週キラー・トーア・カマタが逝ったばかりだというのに、ここにきてカール・ゴッチまでもが。
プロレスラーってのは心身を擦り減らす職業です。よく格闘家は寿命が短いと言われますがプロレスラーも例外ではなく、世間的に見て大往生と言われる年齢まで長生きできるレスラーはほとんどいません。
近年でもテリー・ゴディやゲーリー・オブライト、エディ・ゲレロ、ジャンボ鶴田らがまだまだ現役を続けられるような年齢でありながら天国へと旅立っていきました。あのジャイアント馬場でさえ享年61ですからとても大往生とは言えません。
そんな中、ゴッチが82歳まで生きたというのは奇跡に近いものあがあると思います。
これは単なる推測に過ぎませんが、その主な原因は近年のレスラーに見られる薬を徹底的に嫌ったことにあるのではないかと思います。なにしろナチュラルであることにこだわったゴッチは薬どころかダンベルやバーベルすら否定し自然石を持ち上げろと言ったぐらいですからね。80過ぎて普通にスパーリングやってたらしいですし。
レスラーとしては一流半。しかし日本のプロレス〜総合格闘技に与えた影響は並大抵のものではありません。何しろゴッチがいなければ新日はなかったわけですし、そうなればその後のUWFもないしプライドもないわけですから。まさに巨星墜つ。
僕自身はゴッチの試合を生で見たことはないのですが、僕にとってのゴッチの思い出といったらやっぱり伝説のプロレス漫画、プロレススーパースター列伝・猪木編の新日旗揚げ時の猪木とゴッチとのエピソード。日プロを飛び出して新日を旗揚げした猪木は海外レスラーのブックをゴッチに頼んだのですが、旗揚げ戦を前にしてアメリカのゴッチに電話をかけたのです。
猪「ハロー、ゴッチさん! で、どんな顔ぶれの大物レスラーをよこしてくれますか?」
ゴ「それが……。」
ゴ「いいかイノキ、冷静に聞けよ。誰一人、君の新日本プロレスに参加するのをオーケー しない。」
猪「!?」
ゴ「テレビ中継もない新団体では不安だ。それに新日本プロレスにあがったら最後、もう 二度と日本プロレスによんでもらえんと言う。」
猪「ウ〜〜〜ヌ。日本プロレスのワル幹部共がアメリカのレスラー達に手を回し、圧力を かけたな!」
ゴ「どうやら、そのようだが感情的になったら負けだぞ、イノキ。新日本プロレスの旗揚 げ興行は立派にやれるッ!一人の超大物レスラーが日本へ行き、君と戦うからな!」
猪「エッ……。そ、その、超大物とは!?」
ゴ「私だよ。それとも、カール・ゴッチは超大物ではないかな?」
猪「ゴ……ゴッチさん!」
もう、最高。カール・ゴッチ最高。プロレスの神様は伊達じゃない。自分を超大物とか一度でいいから言ってみたい。
その後新団体の旗揚げ戦で団体のエースである猪木にピンフォール勝ちとか、普通じゃありえないというか、そりゃアメリカで干されるわけですが、そういう所が日プロとの差別化を図りたかった新日=猪木の意向にうまくマッチしたんでしょう。
その後の新日〜UWFに与えた影響を考えればゴッチこそが日本の総合格闘技界の草分けであることは間違いがありません。UWFがなければプライド―正確に言えば高田‐ヒクソン戦もなかったわけですから。もっともゴッチ自身は総合格闘技に対し否定的で、ロックアップを基本とするゴッチスタイルでは現在のテイクダウンを取り合う総合格闘技には対応できないというのは皮肉以外の何物でもないのですが。ま、ゴッチスタイルの根本にあるのはヨーロピアンスタイルのキャッチでありグレコローマンスタイルなのですから、何でもありを標榜する総合とはまた別物ですしね。
なんかとりとめのない日記になってしまいましたがあまりに突然の事で何をどう言っていいのかわかりません。いつ逝ってもおかしくない年齢だったのは確かですが、メディアで度々流される映像を見る限りそんな急には、と思っていただけに残念でなりません。これでまた、僕が憧れた昭和のプロレスが遠ざかっていくことになってしまいました。
昨今の過度にエンタメに走ったプロレスではなく、血なまぐさい総合でもなく、皆さんも機会があれば「世界一美しいジャーマン・スープレックス」を是非一度見てください。研鑽に研鑽を重ねた珠玉の技術。アメリカでは受け入れられなかったそのスタイルが技術や精神を重んじる日本で持て囃された理由が見て取れると思います。
昭和のプロレスに想いを馳せながら
合掌。
は、選挙?そんなのどうでもいいです。
2008/2/10 8:38
人妻さんの優しい肌が…http://www.69117.com/
2008/1/25 19:47
アダルトな一日を過ごせるアダルトサイトhttp://www.all-about-lifeyou.com/
