2008/5/11 1:41
アゴ姫の波瀾万丈伝 「悪女」 映画
2004年 英/米 ミーラー・ナーイル監督

これは日本未公開作品でまったく知らなかったのだけど、昨年CSで放映していて、出演者をみると、ガブリエル・バーンやらボブ・ホスキンスやらジョナサン・リース・マイヤーズまで出ているので、主演がリース・ウィザースプーンというのはどうなのか?とも思ったけれど、捕獲だけはしておいた。そのまま忘れて放ったらかしてあったのだけど、ふと思い出して観てみたら、案外な面白さで楽しめた。「悪女」なんてしょうもない邦題がついているが、サッカレーの「虚栄の市」の映画化作品。
いまどき「虚栄の市」でも重たいので、邦題も原題のまま「ヴァニティ・フェア」とでもすれば良かったんじゃないの?とも思うけれど、これもタイトルのせいで損をしている映画のようにも思う。別に悪女って程のこともないのだし。劇場未公開だがDVDレンタルあり。
19世紀イギリスのお話にアゴ姫が主演なんて大丈夫?と思っていたけど、懸念は無用だった。
貧しい画家の娘に生まれ、いくばくもなくして孤児になったヒロインが持ち前の美貌と才覚を生かして上流社会への進出をギラギラと狙うというお話なので、実にもうピッタンコだった。この人の身上はバイタリティ。小さくてぎゅっとエネルギーの詰まっている感じ、生き物電気をビュービューと放電して、転んでもただは起きないヒロインのありようが、まさしくリースに持ってこいなのである。顔はまるきり美人ではないが、エネルギーに満ちていて、表情が豊かなのがいわゆるチャームポイントということになるのだろうか。それに加えて当意即妙の会話術で人をそらさない、という雰囲気がよく出ていた。
また、ところどころでピアノをバックに歌を披露するシーンがあるのだが、高音が綺麗でそこそこ聴かせる。(吹き替えかもしれないけれど、リース本人の歌声のような感じがした)
ユーモラスなボブさん
田舎貴族の娘の家庭教師を振り出しに、愛嬌と機智で人生を切り開いていくベッキー(リース)。田舎の粗野な准男爵クローリー卿でボブ・ホスキンス登場。ボブさん的にはほぼタイプキャスト。ガサガサとガサツで粗野な田舎貴族を演じていた。
妻に先立たれるとベッキーを後妻にしようとロンドンまでやってくるシーンはユーモラス。まるまっちい体で一応膝まづいたのに、「お前を妻にする」と一方的に宣言する。このクローリー卿の義理の姉である大富豪のマチルダ夫人に気に入られた事で、いわゆる話し相手として夫人のロンドンのタウンハウスに同行することになるベッキー。下働きをしながら寄宿学校を出て田舎で家庭教師になった彼女が、ロンドンの上流家庭に住み、きつい労働はせず、女主人の機嫌だけとっていればおもしろおかしく暮らせるところまで来たわけだ。そこで、田舎のクローリー卿の次男で遊び人の色男、職業軍人のロードン(ジェームズ・ピュアフォイ)と接近する。この甥を女主人がとても気に入っていた為、ご勘気をこうむったレベッカは屋敷を叩き出されてロードンと同棲を始める。
うまく行ったと思っているとドーンと落ち、落ちたところからまたポーンと飛躍し、という事を繰り返していく野心に満ちた女の一代記。とにかく一敗地にまみれても「私は平気よ」と凹まないのがヒロインの、ひいてはリースの身上なのだろう。このヒロイン、ベッキーの唯一の女友達アメリアが邪険にされても蔑ろにされてもひたすらに愛し続ける軍人の夫にジョナサン・リース・マイヤーズ。富裕な商人の家に生まれて、上流社会への父の野望の道具にされることに反発してアメリアと結婚したものの、妻を全く愛さない(自分だけを愛している)男にピッタリだった。自分大好きの身勝手男をやらせると右に出る人はいないかもしれないな。マイヤーズ。
自分だけを愛する男 ジョナサン適役
身分など気にしないと言っている富豪の女主人マチルダが、実際に自分の周囲に起きる事柄にはガチガチの保守主義者で身分違いなどを容認しない性格であるとか、「上流社会に生まれた事の利点は、この社会が「虚栄の市」であることを早いうちに知ることができる点だ」というステイン侯爵(G・バーン)の言葉など、全編に皮肉な風刺と諧謔がちりばめられている。上流社会とはこんなにも下らない退屈な社会なのに、それでも憧れてそこに加わりたがる人間のオロカシサ、滑稽さというものが諧謔をまぶして浮き彫りになっている。
また、時代背景としてナポレオン戦争という大イベントも彩りを添える。
ヒロインがほぼ臨月の大きなお腹を抱えて戦場に程近いブリュッセルで開かれるパーティに出席するシーンも見所か。その頃にはすっかりベッキーはInfamousなクローリー夫人として名前が売れている存在になっている。
向こう見ずで奔放な「噂の女」であるわけだ。
当初、貧しい画家であるヒロインの父から絵を買い、後にヒロインと再会し、一種のパトロンになるステイン侯爵にガブさんことガブリエル・バーン。いやもう、ハマリ役。リッチで権力もある侯爵サマなのだけど、どこかに悪魔的な翳りを漂わせる。深い紫の長い上着が似合っていた。色男なだけで金も力もない男と結婚しているベッキーに金を貸し、上流社会に食い入りたい彼女の野望を見抜いて、自分の家に招いてあげよう、しかし、周囲の女どもは誰も君を容認はしないから針の筵だよ、と言う。
ここで見事に周囲の無視もモノカワ、自慢の喉を披露して満座をうならせるベッキーに、侯爵は「扉を潜り抜けたな」とニヤリと笑う。彼女に気があることは見え見えなのだが、徐々に欲望をあらわにしていく侯爵は退屈しきった日常をついにパッションが埋めようとするのをじっくりと楽しんでいるかのようだ。
ガブさん。19世紀の衣装がなかなか似合ってます。彼の衣装は深いブルーやパープルが印象的に使われていて、侯爵のキャラにもガブさんにもよく似合っていた。彼の衣装のみならずこの作品は色彩が非常に綺麗で、衣装も色合いが見事だ。
ガブさん 紫の男
ロケも、19世紀らしいリアル感があちこちに出ていて、田舎の埃っぽさや、戦場の阿鼻叫喚(兵士の死体が折り重なっているシーンは生々しかった)、郊外の貧しいコテージ、ロンドンの貴族の邸宅、土ぼこりの舞う町中の大通りなど臨場感があった。町並みなどはどこでロケをしたのだろうか。
この侯爵が演出したペルシャ舞踊をベッキーを含む上流夫人たちが踊り、それを国王が観るという栄誉に浴するが、一転して侯爵との危うい関係は夫に感づかれ、夫との仲も終焉を迎え、息子も夫の実家に渡して一人になった彼女は12年後、ドイツのカジノでホステスをして生計をたてる日々に。またしても頂点から奈落へ。しかし、もちろんメゲてはいないのだ。
ベッキーは夫のことは愛しているようだが、その夫との間に出来た子供には全く関心がなさそうである。子供をかわいがっているのは夫の方で、彼女はほぼ子供を生みっぱなし。手放しても別段悲しそうでもなく、会わない方がいい、と割り切っている。サバサバしたものである。しかし、有為転変を経て一人異国で水商売の彼女に果たして運がまた巡ってくるのか…というところで、まぁ、この女、勿論転んでもただは起きません。
色男だけが取り柄な夫と
ヒロインの友達アメリアの兄が住まうのはインドで、それを筆頭にちらほらとインドが物語に登場する。なぜかしらん、と思ったら、監督がインドの人だからなのだ。19世紀イギリスの話を観てきて締めくくりはインド。
それもいかにも19世紀イギリスらしいのかもしれない。
観ていて、リースの顔(どうもこの系統のアゴが強力に張り出している顔はちと苦手。メラニー・グリフィスとか)は毎度なんだかなぁと思いつつも、それなりに役柄に合って見える。それも彼女の持つパワーなのだろう。とにかく元気でめげない。やはり不景気な表情の美人よりも、元気で明るいファニー・フェイスの方が運を呼び込むのだな、と妙なところに関心したワタシなのであった。
これは日本未公開作品でまったく知らなかったのだけど、昨年CSで放映していて、出演者をみると、ガブリエル・バーンやらボブ・ホスキンスやらジョナサン・リース・マイヤーズまで出ているので、主演がリース・ウィザースプーンというのはどうなのか?とも思ったけれど、捕獲だけはしておいた。そのまま忘れて放ったらかしてあったのだけど、ふと思い出して観てみたら、案外な面白さで楽しめた。「悪女」なんてしょうもない邦題がついているが、サッカレーの「虚栄の市」の映画化作品。
いまどき「虚栄の市」でも重たいので、邦題も原題のまま「ヴァニティ・フェア」とでもすれば良かったんじゃないの?とも思うけれど、これもタイトルのせいで損をしている映画のようにも思う。別に悪女って程のこともないのだし。劇場未公開だがDVDレンタルあり。
19世紀イギリスのお話にアゴ姫が主演なんて大丈夫?と思っていたけど、懸念は無用だった。
貧しい画家の娘に生まれ、いくばくもなくして孤児になったヒロインが持ち前の美貌と才覚を生かして上流社会への進出をギラギラと狙うというお話なので、実にもうピッタンコだった。この人の身上はバイタリティ。小さくてぎゅっとエネルギーの詰まっている感じ、生き物電気をビュービューと放電して、転んでもただは起きないヒロインのありようが、まさしくリースに持ってこいなのである。顔はまるきり美人ではないが、エネルギーに満ちていて、表情が豊かなのがいわゆるチャームポイントということになるのだろうか。それに加えて当意即妙の会話術で人をそらさない、という雰囲気がよく出ていた。
また、ところどころでピアノをバックに歌を披露するシーンがあるのだが、高音が綺麗でそこそこ聴かせる。(吹き替えかもしれないけれど、リース本人の歌声のような感じがした)
田舎貴族の娘の家庭教師を振り出しに、愛嬌と機智で人生を切り開いていくベッキー(リース)。田舎の粗野な准男爵クローリー卿でボブ・ホスキンス登場。ボブさん的にはほぼタイプキャスト。ガサガサとガサツで粗野な田舎貴族を演じていた。
妻に先立たれるとベッキーを後妻にしようとロンドンまでやってくるシーンはユーモラス。まるまっちい体で一応膝まづいたのに、「お前を妻にする」と一方的に宣言する。このクローリー卿の義理の姉である大富豪のマチルダ夫人に気に入られた事で、いわゆる話し相手として夫人のロンドンのタウンハウスに同行することになるベッキー。下働きをしながら寄宿学校を出て田舎で家庭教師になった彼女が、ロンドンの上流家庭に住み、きつい労働はせず、女主人の機嫌だけとっていればおもしろおかしく暮らせるところまで来たわけだ。そこで、田舎のクローリー卿の次男で遊び人の色男、職業軍人のロードン(ジェームズ・ピュアフォイ)と接近する。この甥を女主人がとても気に入っていた為、ご勘気をこうむったレベッカは屋敷を叩き出されてロードンと同棲を始める。
うまく行ったと思っているとドーンと落ち、落ちたところからまたポーンと飛躍し、という事を繰り返していく野心に満ちた女の一代記。とにかく一敗地にまみれても「私は平気よ」と凹まないのがヒロインの、ひいてはリースの身上なのだろう。このヒロイン、ベッキーの唯一の女友達アメリアが邪険にされても蔑ろにされてもひたすらに愛し続ける軍人の夫にジョナサン・リース・マイヤーズ。富裕な商人の家に生まれて、上流社会への父の野望の道具にされることに反発してアメリアと結婚したものの、妻を全く愛さない(自分だけを愛している)男にピッタリだった。自分大好きの身勝手男をやらせると右に出る人はいないかもしれないな。マイヤーズ。
身分など気にしないと言っている富豪の女主人マチルダが、実際に自分の周囲に起きる事柄にはガチガチの保守主義者で身分違いなどを容認しない性格であるとか、「上流社会に生まれた事の利点は、この社会が「虚栄の市」であることを早いうちに知ることができる点だ」というステイン侯爵(G・バーン)の言葉など、全編に皮肉な風刺と諧謔がちりばめられている。上流社会とはこんなにも下らない退屈な社会なのに、それでも憧れてそこに加わりたがる人間のオロカシサ、滑稽さというものが諧謔をまぶして浮き彫りになっている。
また、時代背景としてナポレオン戦争という大イベントも彩りを添える。
ヒロインがほぼ臨月の大きなお腹を抱えて戦場に程近いブリュッセルで開かれるパーティに出席するシーンも見所か。その頃にはすっかりベッキーはInfamousなクローリー夫人として名前が売れている存在になっている。
向こう見ずで奔放な「噂の女」であるわけだ。
当初、貧しい画家であるヒロインの父から絵を買い、後にヒロインと再会し、一種のパトロンになるステイン侯爵にガブさんことガブリエル・バーン。いやもう、ハマリ役。リッチで権力もある侯爵サマなのだけど、どこかに悪魔的な翳りを漂わせる。深い紫の長い上着が似合っていた。色男なだけで金も力もない男と結婚しているベッキーに金を貸し、上流社会に食い入りたい彼女の野望を見抜いて、自分の家に招いてあげよう、しかし、周囲の女どもは誰も君を容認はしないから針の筵だよ、と言う。
ここで見事に周囲の無視もモノカワ、自慢の喉を披露して満座をうならせるベッキーに、侯爵は「扉を潜り抜けたな」とニヤリと笑う。彼女に気があることは見え見えなのだが、徐々に欲望をあらわにしていく侯爵は退屈しきった日常をついにパッションが埋めようとするのをじっくりと楽しんでいるかのようだ。
ガブさん。19世紀の衣装がなかなか似合ってます。彼の衣装は深いブルーやパープルが印象的に使われていて、侯爵のキャラにもガブさんにもよく似合っていた。彼の衣装のみならずこの作品は色彩が非常に綺麗で、衣装も色合いが見事だ。
ロケも、19世紀らしいリアル感があちこちに出ていて、田舎の埃っぽさや、戦場の阿鼻叫喚(兵士の死体が折り重なっているシーンは生々しかった)、郊外の貧しいコテージ、ロンドンの貴族の邸宅、土ぼこりの舞う町中の大通りなど臨場感があった。町並みなどはどこでロケをしたのだろうか。
この侯爵が演出したペルシャ舞踊をベッキーを含む上流夫人たちが踊り、それを国王が観るという栄誉に浴するが、一転して侯爵との危うい関係は夫に感づかれ、夫との仲も終焉を迎え、息子も夫の実家に渡して一人になった彼女は12年後、ドイツのカジノでホステスをして生計をたてる日々に。またしても頂点から奈落へ。しかし、もちろんメゲてはいないのだ。
ベッキーは夫のことは愛しているようだが、その夫との間に出来た子供には全く関心がなさそうである。子供をかわいがっているのは夫の方で、彼女はほぼ子供を生みっぱなし。手放しても別段悲しそうでもなく、会わない方がいい、と割り切っている。サバサバしたものである。しかし、有為転変を経て一人異国で水商売の彼女に果たして運がまた巡ってくるのか…というところで、まぁ、この女、勿論転んでもただは起きません。
ヒロインの友達アメリアの兄が住まうのはインドで、それを筆頭にちらほらとインドが物語に登場する。なぜかしらん、と思ったら、監督がインドの人だからなのだ。19世紀イギリスの話を観てきて締めくくりはインド。
それもいかにも19世紀イギリスらしいのかもしれない。
観ていて、リースの顔(どうもこの系統のアゴが強力に張り出している顔はちと苦手。メラニー・グリフィスとか)は毎度なんだかなぁと思いつつも、それなりに役柄に合って見える。それも彼女の持つパワーなのだろう。とにかく元気でめげない。やはり不景気な表情の美人よりも、元気で明るいファニー・フェイスの方が運を呼び込むのだな、と妙なところに関心したワタシなのであった。
