2008/7/22  18:39

日本書紀の「書」と言う不思議な題名  日本文化史

中国の史書は二十五史有って、最初に書かれたのが司馬遷の史記で、紀元前92年に完成したと言う。倭国の国史(日本書記)これより遅れる事814年(712年完成)ばかり後の事で有った。

中国人史家によれば、この日本書記と言う題名の「書」と言う文字が気に入らないらしい。要するに「書」と言うので有れば、漢書、唐書、宋書とかの様に「紀伝体」に書かねばならないらしい。この紀伝体と言うのは司馬遷の史記に始まるもので、紀と志と列伝から成っていて、これが揃ってこそ史書と呼べるのだと言う。いま司馬遷の史記を見ると確かに「本紀」、「年表」、「八書」、「世家」、「列伝」から成り立っている。

日本書記には「紀」の部分は有るが、志とか列伝が無いと言う。これでは史書とは言え難いのだそうです。つまり中国側から見ると日本書記の題名は、始めは「日本紀」では無かったのかと言うのです。つまり「書」は余計だと言うのです。(日本から見れば、それこそ余計なお世話だとは言わなかったが)

確かに日本書紀に続くものは「続日本紀」と有って、これで有れば史書としての体裁は一応有る事になるそうです。

しかしながら私だって中国史書については、多少知っています。例えば、司馬遷の史記には後人の追記が見られる様なのです。全巻が、司馬遷の手に成ったとは言え難いので有ります。



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