2008/2/13 11:08
シックハウス・シンドローム(化学物質過敏症)。 分類なし
ぎっくり腰から「おだやかな回復」を始めている貞子です。
シックハウス・シンドロームというものに生まれて初めてなっていたようです。
「どうやら私はシックハウス・シンドロームなのじゃないかしら?・・・」と、ようやく気がついたのは、先週の金曜日。
新居は1989年築。リビング・ダイニング以外はすべて改装されていました。特に、寝室は床から壁から収納までピカピカに全面改装されていた。
新建材からホルムアルデヒドなどの化学物質がジワジワにじみ出ているとは露知らず・・・・おりしも東京は寒波に襲われ、室内の換気も最小限に留めていた。
二週間前あたりから、原因不明の吐き気と全身の倦怠感とシビレが日に日に強くなり始める。
寝るときは当然寝室で寝るわけですから、朝起きるたびに倦怠感で顔面蒼白、血の気がどんどん引い行って、日に日に幽霊みたいになってゆく私・・・。
先週の木曜日の夜などは、娘の前で、「名古屋に戻りたくなっちゃったぁ〜〜〜!!!ホームシックかもしれなぁ〜〜〜い!名古屋に戻るぅ〜〜〜〜。お家に帰るぅう〜〜〜。ママは膝から下がアルゼンチン人(=鳥取県人)だから、しょせん動物よりも人間の数のほうが多い東京の生活は無理だったのよぉ〜〜〜〜。うぇ〜〜ん!!!」と、号泣していました。
それでも、わが娘は、「私は東京で暮らしたいも〜〜〜〜ん!!♪ママが一人で名古屋に帰ってね!」と私を冷たくあしらっていましたが・・・・・。
私はオカルトっぽいことはほとんど全く信じないほうなのですが、それでも今回は、夫の前でも、どっぷり暗くなって深刻そのもの。「ねねね、この家、なんか変なの・・・。この家、呪われていない???この家、祟りでもあるんじゃない???」などとおいおい泣きじゃくってしまったりして、わが夫を呆然とさせていました。
近所の医者に行っても、「引っ越しの蓄積疲労だから、とにかくゆっくり休んでください」とのアドバイスを受けだけの日々。家でおとなしく休んでいればいるほど、原因不明の状態が悪化してゆく。
最後には、風邪でもないのに気管支炎になり、目までしょぼしょぼ、口の中は腫れて、ハモハモ・モニョモニョとしかしゃべれないのに、やたら怒りっぽくなる。
元来体は頑強な私ですが、玄関先で20分も立ち話しをしようものなら、めまいがして来て倒れそうになる。
今まで経験したことのないような症状なので、なんというか、中国産の餃子も食べていないのに、「メタビドホス中毒症状って、こんな感じがひどくなった状態じゃないしら???」などと思ったり・・・。「地下鉄サリン事件の被害者って辛かったんだろうな・・・」などと思いをはせたり・・・。
夜中に何度も目が覚めるので、最後には、「私って、もしかしたら引っ越しうつ病かになってしまったのかも???」などと思い詰めるほど・・・。
そんな最悪の状態がおよそ一週間近く続きました・・・。
夕飯も作れそうもないので、一週間近く、中華とお寿司と高級なピザの出前を順ぐりに頼んでいたら、わが娘は「東京ってすっごいね〜〜〜。ピザまでおいしいね!!!」とウハウハ大喜び・・・。
ふらふらと散歩に出かけてふと、「あ!あああ!!!これってもしかしたらシックハウス症候群かもしれない!!!」と、やっと、はたと気がついたのが、先週の金曜日の朝。
それから急いで、ほうほうのていで金物屋へ出かけて、備長炭をしこたま買い込んで、家中に置きました。
以前より、主婦仲間から、シックハウス症候群の辛さとその対応策(軽い症状だったら備長炭で症状が改善される場合が多いらしいのだ・・・)を聞かされていたので、とにかく藁をもすがる気持ちで備長炭を10キロ、家中、十ヵ所くらい、てんこ盛り皿にして置きまくりました。
もちろん喚起にも充分気をつけています。
その翌日から、私のシックハウス・シンドロームは急速に改善に向かっています。
備長炭って脱臭だけではなく、空気中の化学物質をも吸収してくれるのですね・・・。
今は、日に日に血の気が戻って、全身の倦怠感もシビレも吐き気もほとんどありません。今朝も朝日を浴びながら、「失いそうになって初めてわかる健康の有難味とは、まさにこういうことを言うのだな〜〜〜」と、しみじみしておりました。
しかしながら、妻の私がシックハウスシンドロームで寝込む寸前まで行きそうになっても、「そう言えば、おれも、夜中に幾度も目が覚めてちょっと寝苦しかったなぁ〜〜〜。」などと平然としているわが夫って・・・・かなりタフ・・・・。
ちなみに、備長炭を仕入れた同じ日に、すっかり思い詰めていた私は用心のために再び病院へも出かけて行きました。医師から「原因はよくわからないけど、もしかしたら引っ越しうつ病かもしれないから・・・ちょっと飲んでみてください」とのことで、軽いこう鬱剤(?)のようなものを頂きました。
ものは試しにその薬を朝夕飲んでみたのですが・・・・・。
シックハウスが急速に改善に向かう中、翌日の夕方あたりからやたら気力がみなぎる!!!夜中の12時過ぎても気力がみなぎってみなぎって、みなぎるなんてものじゃない!!!
その夜は、まだまだ不本意だった新居のリビング・ダイニングの模様替えを深夜からごそごそ始めてしまったのでした! 何故か腰の痛みも全く感じない!!!
夜中の丑三つ時に、大きな仏壇でも軽々と動かせる自分に自分でうっとりとしていました。
そういったわけで、その謎の薬を飲むのはすぐに止めたのですが、いま振り返っても、実に不思議な体験でした。
今でも、すっかり理想の空間に模様替えできたリビング・ダイニングを眺めながら、「どうして、こんな重い家具を夜中に一人で動かせたのかしら????」と未だに不思議。
尾崎豊やブルースリーの気持ちがちょっとだけわかったような気がした貞子からの報告でした。
化学物質にはご用心♪
シックハウス・シンドロームというものに生まれて初めてなっていたようです。
「どうやら私はシックハウス・シンドロームなのじゃないかしら?・・・」と、ようやく気がついたのは、先週の金曜日。
新居は1989年築。リビング・ダイニング以外はすべて改装されていました。特に、寝室は床から壁から収納までピカピカに全面改装されていた。
新建材からホルムアルデヒドなどの化学物質がジワジワにじみ出ているとは露知らず・・・・おりしも東京は寒波に襲われ、室内の換気も最小限に留めていた。
二週間前あたりから、原因不明の吐き気と全身の倦怠感とシビレが日に日に強くなり始める。
寝るときは当然寝室で寝るわけですから、朝起きるたびに倦怠感で顔面蒼白、血の気がどんどん引い行って、日に日に幽霊みたいになってゆく私・・・。
先週の木曜日の夜などは、娘の前で、「名古屋に戻りたくなっちゃったぁ〜〜〜!!!ホームシックかもしれなぁ〜〜〜い!名古屋に戻るぅ〜〜〜〜。お家に帰るぅう〜〜〜。ママは膝から下がアルゼンチン人(=鳥取県人)だから、しょせん動物よりも人間の数のほうが多い東京の生活は無理だったのよぉ〜〜〜〜。うぇ〜〜ん!!!」と、号泣していました。
それでも、わが娘は、「私は東京で暮らしたいも〜〜〜〜ん!!♪ママが一人で名古屋に帰ってね!」と私を冷たくあしらっていましたが・・・・・。
私はオカルトっぽいことはほとんど全く信じないほうなのですが、それでも今回は、夫の前でも、どっぷり暗くなって深刻そのもの。「ねねね、この家、なんか変なの・・・。この家、呪われていない???この家、祟りでもあるんじゃない???」などとおいおい泣きじゃくってしまったりして、わが夫を呆然とさせていました。
近所の医者に行っても、「引っ越しの蓄積疲労だから、とにかくゆっくり休んでください」とのアドバイスを受けだけの日々。家でおとなしく休んでいればいるほど、原因不明の状態が悪化してゆく。
最後には、風邪でもないのに気管支炎になり、目までしょぼしょぼ、口の中は腫れて、ハモハモ・モニョモニョとしかしゃべれないのに、やたら怒りっぽくなる。
元来体は頑強な私ですが、玄関先で20分も立ち話しをしようものなら、めまいがして来て倒れそうになる。
今まで経験したことのないような症状なので、なんというか、中国産の餃子も食べていないのに、「メタビドホス中毒症状って、こんな感じがひどくなった状態じゃないしら???」などと思ったり・・・。「地下鉄サリン事件の被害者って辛かったんだろうな・・・」などと思いをはせたり・・・。
夜中に何度も目が覚めるので、最後には、「私って、もしかしたら引っ越しうつ病かになってしまったのかも???」などと思い詰めるほど・・・。
そんな最悪の状態がおよそ一週間近く続きました・・・。
夕飯も作れそうもないので、一週間近く、中華とお寿司と高級なピザの出前を順ぐりに頼んでいたら、わが娘は「東京ってすっごいね〜〜〜。ピザまでおいしいね!!!」とウハウハ大喜び・・・。
ふらふらと散歩に出かけてふと、「あ!あああ!!!これってもしかしたらシックハウス症候群かもしれない!!!」と、やっと、はたと気がついたのが、先週の金曜日の朝。
それから急いで、ほうほうのていで金物屋へ出かけて、備長炭をしこたま買い込んで、家中に置きました。
以前より、主婦仲間から、シックハウス症候群の辛さとその対応策(軽い症状だったら備長炭で症状が改善される場合が多いらしいのだ・・・)を聞かされていたので、とにかく藁をもすがる気持ちで備長炭を10キロ、家中、十ヵ所くらい、てんこ盛り皿にして置きまくりました。
もちろん喚起にも充分気をつけています。
その翌日から、私のシックハウス・シンドロームは急速に改善に向かっています。
備長炭って脱臭だけではなく、空気中の化学物質をも吸収してくれるのですね・・・。
今は、日に日に血の気が戻って、全身の倦怠感もシビレも吐き気もほとんどありません。今朝も朝日を浴びながら、「失いそうになって初めてわかる健康の有難味とは、まさにこういうことを言うのだな〜〜〜」と、しみじみしておりました。
しかしながら、妻の私がシックハウスシンドロームで寝込む寸前まで行きそうになっても、「そう言えば、おれも、夜中に幾度も目が覚めてちょっと寝苦しかったなぁ〜〜〜。」などと平然としているわが夫って・・・・かなりタフ・・・・。
ちなみに、備長炭を仕入れた同じ日に、すっかり思い詰めていた私は用心のために再び病院へも出かけて行きました。医師から「原因はよくわからないけど、もしかしたら引っ越しうつ病かもしれないから・・・ちょっと飲んでみてください」とのことで、軽いこう鬱剤(?)のようなものを頂きました。
ものは試しにその薬を朝夕飲んでみたのですが・・・・・。
シックハウスが急速に改善に向かう中、翌日の夕方あたりからやたら気力がみなぎる!!!夜中の12時過ぎても気力がみなぎってみなぎって、みなぎるなんてものじゃない!!!
その夜は、まだまだ不本意だった新居のリビング・ダイニングの模様替えを深夜からごそごそ始めてしまったのでした! 何故か腰の痛みも全く感じない!!!
夜中の丑三つ時に、大きな仏壇でも軽々と動かせる自分に自分でうっとりとしていました。
そういったわけで、その謎の薬を飲むのはすぐに止めたのですが、いま振り返っても、実に不思議な体験でした。
今でも、すっかり理想の空間に模様替えできたリビング・ダイニングを眺めながら、「どうして、こんな重い家具を夜中に一人で動かせたのかしら????」と未だに不思議。
尾崎豊やブルースリーの気持ちがちょっとだけわかったような気がした貞子からの報告でした。
化学物質にはご用心♪
2008/2/14 10:13
投稿者:みやこきらい
2008/2/13 20:37
投稿者:みやこきらい
お薬のお話(2)
どんな良い薬でも投薬の匙加減が大事だと言う事ですね、
結局「薬で治ります」と医者に何遍も言われていた通り、五年程かかり完治したのですが、坑鬱剤が効きすぎると、行動が過度の躁状態になり、考えられない行動をするものだと言う事は、その時の彼女の病態によって、今も認識させられています。
さてこの話は貴ブログを読まして戴き、何かの参考になるかもと思い、申し上げさして戴きました・・。
なお念の為、鬱病は自己中心的な人しか罹りませんので、世の為に尽くそうとされる、啓蒙的ブロガーの方々には、起こり得ない病だと、申し上げておきます。
終わりに、これからも骨太な御考察を御披見下さいますよう心からお願い致します。くれぐれもお体を大切に・・・。
どんな良い薬でも投薬の匙加減が大事だと言う事ですね、
結局「薬で治ります」と医者に何遍も言われていた通り、五年程かかり完治したのですが、坑鬱剤が効きすぎると、行動が過度の躁状態になり、考えられない行動をするものだと言う事は、その時の彼女の病態によって、今も認識させられています。
さてこの話は貴ブログを読まして戴き、何かの参考になるかもと思い、申し上げさして戴きました・・。
なお念の為、鬱病は自己中心的な人しか罹りませんので、世の為に尽くそうとされる、啓蒙的ブロガーの方々には、起こり得ない病だと、申し上げておきます。
終わりに、これからも骨太な御考察を御披見下さいますよう心からお願い致します。くれぐれもお体を大切に・・・。














実は、妻が二十年程前、鬱病に罹り数年間病院に入院しましたが、その時の彼女は、定期的に無気力状態に襲われ、その度に坑鬱剤の点滴を二週間程受け、回復すると言う繰り返しでした。
しかし、たまに薬が効きすぎて、いつも十分な小遣いを持たしてあったのに、「近所の商店街で買いたい服があったので、売れるといけないので手付けを打って来たから、金を持ってきて欲しい」などとせっかちな電話を掛けてくる事があり、無駄遣いしない彼女にしては、おかしいなと判断し、すぐ医者に連絡すると、
「点滴を止めるのを、うっかり指示し遅れていた・・、すぐ停めます。」と言う返事であった。
通い医者であつたから、看護士との連絡不行き届きで、こういう行き違いが、其の後何遍となくあり、医者に注意しては、謝られ、投薬を中止して貰い、彼女に治まって貰うと言う経験を何度も致しました。