2008/5/8  11:07

書評「母が重くてたまらないー墓守娘の嘆きー」  分類なし

GW中に読んだ中で、一番衝撃的だった本。私個人は、一番あっけにとられて、愕然とした本だった。

男性の団塊ジュニアたちの苦しみについては、ネット上では、よく表現されている。けれども、団塊ジュニアの女性たちの苦しみについてネット上で語られることが少ないような気がするけど、それは、私の気のせいだろうか?
団塊ジュニアの女性たちの多くをカウンセリングしている信田さよ子女史による母が重くてたまらないー墓守娘の嘆きー

私にとっては、あまりに衝撃的な内容なので、以下、目次だけでも、全文抜粋引用。

1、母が重くてたまらないー様々な事例からー

@ママのための中学受験
   ゴールインしたのは私ではない
   どこまでもついてくる
A母と娘の「運命共同体」
   アルコール依存症の父
   孤独願望
   男になりたい
   スミレから妖怪へ  
   母のお墓を
B息子を見上げ、娘を見下ろす母  
   変わらない母親像
   母と息子と口紅
   反面教師としての父
   母の使い分け
C気がつけば、落とし穴
   母が選んだマンション、そして合鍵
   体力満点の母
   未来の設計図
D自分の不幸をふたにして
   恨みと怒りのオーラ
   「娘は鬱じゃないでしょうか」
   結婚して家を出て、出産して戻ってほしい
   「娘を心配する母」という安全地帯
E団塊母の苦しみ
   ロマンティック・ラブイデオロギー
   娘だけが希望
   理解の断念
F傷つけ合うことで強まる絆
   「光抱く友よ」に見る母親関係
   見てはいけない光景
   親子の役割逆転
G父の存在はどこに?
   父になることへのためらい
   やっぱり母親の責任か?
   薔薇の花を美しいと思わない
   期待をしなければいい
H無邪気な独裁者
   この10年間の変化
   無邪気に見えて滑稽
   娘との一体感にひびを入れる

2、母とは一体誰なのか?

@独裁者としての母ー従者としての娘
A殉教者としての母ー永遠の罪悪感にさいなまれる娘
B同志としての母ー絆から離脱不能な娘
C騎手としての母ー代理走者としての娘
D嫉妬する母ー芽を摘まれる娘
Eスポンサーとしての母ー自立を奪われる娘

3、迷宮からの脱出

@母に対する処方箋
  母がカウンセリングにやってくるのは?
  まず教育プログラムから
  グループカウンセリングの効果
  隠されたテーマ
A父に対する処方箋
  空虚な中心としての父
  登場した父親のパターン
  パパズグループのねらい
B墓守娘に対する処方箋
  怒りを自覚しよう
  罪悪感は必要経費
  仲間を作ろう
  カウンセリングに行ってみよう
  No!は、母へのサービスだ
  距離をもった母との関係は可能か


本書はあくまでも先端の心理学を踏まえた「科学書」(実証研究書)である。
著者は 団塊世代の女性である。
そして、団塊世代の女性による「団塊世代」の批判書も兼ねている。

この本を斜め読みでも読み終えて、最初の読後感は、「あれ???あぁ〜〜〜!私って、けっこういい母親だったんだ・・・知らなかった!」だった。
ちょっと、ほっとした。
この本の中で、世に言う「団塊の母親たち」が自分たちの娘にさりげに投げているマインドコントロールのような呪文のような言葉を、私は、一度も自分の娘には投げかけていなかったので、ちょっと、ほっとした。

私は家の中では、けっこうグウタラしているし、家の中では、半分「上の空」のようなところのある母親なのだが(性格は変えられないのだ!)、それが結果として、自分の娘には「今のところ」幸いしているのかもしれない。(あくまで、「今のところ」だが・・・・)

実は、私は東京都内に戻って来てから、信田さよ子女史には二度実際に会っている。
信田先生とは実に15年ぶりくらいの再会だった。
この女性は、ほんとうに「団塊臭くない」女性なのである。珍しいくらい団塊臭くない女性なのだ。

私のブログの男性読者が、このブログの目次だけで、信田さよ子女史が、がちがちの急進的なフェミニストであるような錯覚を感じたのなら、それは、間違いだ。
彼女は、人権主義者なのだ。
組織の中で苦しみもがいている男性への深いシンパシーをも兼ね備えている女傑でもある。
組織とは、「資本主義の中では、一種の軍隊に近いような形式をとらざるを得ない」ということも、彼女はよく理解している人である。
その人が あえて、一部苦しんでいる団塊ジュニアの女性たちの苦しみを代弁しているのが本書だ。

この本は売れているようである。
一部のネット書店では売り切れが続出しているようなのだ。

信田先生は、先日お会いした時も、こういったご自分の近著の内容については、(少なくとも私には)ほとんど語ったりしなかったので、こんな重い内容の書籍を書きあげられる人だとは、私自身もこの書籍を手に取ってみるまでは、ほとんど気がつかなかった。会って話をしても気がつかなかったのだ。

私は、ただ、私の死んだ母親が最後の最後まで残した呪縛(女性は結婚したら、家に入ること、外で働かないこと)を「再び破ってみよう」と自分で決めたとき、なんとなく、信田先生だったら私の背中を押して下さるような気がしたので、私は彼女の元を訪ねたような気がしないではない。
他の用事で近所まで寄ったので、何も考えないで、懐かしさの余り、軽いノリで彼女のオフィスに寄ったような気もするのだが・・・・。どっちなんだろうか・・・

GW前にお会いした時も、ちょっとだけわが娘の最近の様子などを話したとき、「●●ちゃんて、よく育っているのねぇ〜〜〜」と信田先生がおっしゃって下さったのだが、私は「社交辞令でも嬉しいなぁ〜〜〜、でへへ」、「へ???そんなものかなぁ〜〜〜?」と、たいして気にも留めなかったのだが・・・・。

本書を手にとって読んでみたら、その内容に、本当に驚いたのだ。

世代に関係なく、地域に関係なく、こういった本書に登場するような「病的な」お母さんは、いつの世も存在している。
ドメスティックな国内だけの中学受験競争の過熱というナンセンスなものが、大流行し始めている中で、そういった母親が増えているような気もしないではない。そして、そういった「病的な」母親の陰には、彼女がどうしても孤独を感じてしまうような父親が存在していて、彼女を「孤立無援」のような感覚に落とし込んでいる。そして、彼女は、自分の孤立無援をぬぐい去るために、巧みに我が子を利用する妖怪へと変化(へんげ)するとの話なのである。。

目次の最後の「距離をもった母との関係は可能か」については、素人ながら私見としては、「不可能だ」と私個人は思う。
素人ながら、相手が父親でも不可能だと思う。
私の場合は、(参考になるかどうか全く分からないが)逃げて逃げて逃げまくるしか方法がなかったような気がする。
逃げるというのは、私の場合は、地理的に距離を保つということだった。
進学や就職を巧みに利用して「逃げた」ような気がする。
変化の激しい時代では、世代が違えば、たとえ親と子でも、お互いがお互いを理解するなんてことは、まず不可能だ。
話し合っても、まず分かりあえない。(けれども、たいていは、母親というのは、自分だけは我が子を深く理解しているという「幻想」「錯覚」を持ちたがるのである。)

私の場合は、ある程度成人したら、家を出て、そう簡単に気軽に親が追いかけて来れない「遠くへ逃げる」のが、一番楽チンだった。
「心理的な親殺しの作業をする」ときは、別居して、他の遠くの土地へ「逃亡」するのが一番だった。
比較的リベラルな家庭で育った私でも、母親は重かった。
私はパワフルな母親から一時的に「逃げた」のだと思う。
私の場合は、「捨てた」のではないが、「他県へ逃げた」のだ。
私の場合、700キロ以上逃げたのである。
700キロ逃げれば、年に数回会うだけで なんとか切り抜けられる。
ただ、「逃げる」と、パワフルな相手は倍返し以上の報復をしてきたような記憶があう。
報復に会うたびにかなりへ込んだ。へ込んでも、また立ち直るのだ。
へ込んだら 同世代の仲間と連帯して、相手のいないところで相手をののしって、仲間に共感してもらって立ち直っていたような気もする。
相手(年老いた母親)を一瞬たりとも「可哀そうだ」なんて思ったら、飲み込まれてしまいそうだった。
相手はとてもしぶといのだ。
ある意味「非情」ともいえる母と娘の戦いだったかもしれない。
そうこうして周期的に私は「表向き負けたふり」をしながらでも遠距離戦争をしているうちに、母親がボケ始めてくれたのである。
私は、母がボケたとき、再び「戻った」のだ。
ちなみに私の母親は友人も多く、自然態で気さくで趣味も多く働き者で、「世間」で言うところの「非の打ちどころのない母」だった。
それでも、昭和一桁生まれのパワフルかつ天真爛漫な母は、家の中ではファシズムしていて、若いころの私にとっては、かなり重かったような気がする。
(正確には、上の40行で記した行動は、若いころの私が無意識のうちにやってのけていたことなのだが、この本を読んでみて、今になって振り返って思い返せば、「理屈」の上では、「そういう行動だったんだなぁ〜〜〜」と改めて思い当たってみたりする訳である・・・。)

もし、あなたの相手(親)が万が一「強大な謎の妖怪」にまで変化(へんげ)していたら、死んでくれるまで、さっさとトコトン逃げても良いと思う。
はっきり言えることは、一般には、どんなに「謎の昭和の妖怪」に見えても、人間である限り、あなたより親のほうが必ず早く死んでくれるという事実なのだ。
「親不孝者」「薄情者」と罵られても、相手が「巨大で老獪な妖怪」ならば、「早目に、とことん、とっとと逃げる」という手も、あっても良いと思う。

とことん逃げてもあなたは我がままでは決してない。
身勝手でも、自己中心でもない。
同性の親子とは、本来、「食うか食われるか」の、そういった危険な関係に陥りやすいものなのだ。同情は禁物だ。
そして、「親という家庭内で絶大な権力をもつ妖怪に食われ続ける限り」、あなたは「自分らしい判断力」さえ身につかないまま、親になってしまうかもしれない。
あなたが、たとえ逃げたとしても、それは正当防衛なのだ。


さて、この本の目次を改めて記しなおして、自分で読み返してみると、「母が重くてたまらないー墓守娘の嘆きー」は、「父が重くてたまらないー団塊ジュニア男の嘆きー」に置き換えても、話が通じるのではないかと思えてしまう。

「墓守」という言葉は、もう守る意味さえ無くなっている「家の中の日本の古い伝統」に置き換えられる。
つまり「敬老の精神」「家父長制度」「日本が全体主義に走っていた戦前のファシズム(集団主義)を受け継いでいる人々が若者に家の中でさえも一斉に押しつけてくる不快な文化」などがそれなのかもしれない。
その不快な文化を「守れ」と若者に言うのは、少子高齢化の進む21世紀では、あまりにもむごい。むご過ぎるのだ。

さらに、「母が重くてたまらない」とは、「高齢者が重くてたまらない」「国家が重くてたまらない」「形骸化した制度や伝統や慣習や慣例が重くてたまらない」と置き換えても、意味が通じてしまうのだ。「母」を「父」「国家」と置き換えても、「娘」を「息子」「国民」と置き換えても意味が通じてしまうのだ。

自虐でも他罰でもない、お互いの違いを認め合って、多様性を容認する日本型個人主義がまだまだ根付いていないから、こういった「置き換え」ができてしまうのだろう。

日本型の個人主義が根付かなければ、日本型の資本主義も、なかなか根付かないのではないかと思ったりする。

【追記】1980年代に日本型の構造改革を終えないまま、21世紀を迎えてしまって、日本経済が大きく減速する前に、社会文化のほうが先に、ちょっとずつおかしくなり始めているのかもしれない。
まぁ、ちょっとずつ可笑しくなっているのはアメリカでもカナダでも欧州でもそうなのだし、高齢化が進む先進国共通の課題なのかもしれない。







2008/5/11  14:38

投稿者:まえやま
http://ameblo.jp/45998877/

こんにちは、はじめまして

わたしは、この記事で紹介されている本は読んだことはありませんが

親との心理的な距離を作るためには

アフリカ製の立派な仮面でも自室やドアに飾って、母親除けにでもすればどうでしょうかね

それから親が不得手な分野の語学を勉強して心理的な距離を作るというのもあるかどうか

あるいは楽器などもピアノやヴァイオリンではなく、シタールやタブラやシンギングボウルなどにすれば距離が作れるのではないか

母親がインド人やチベット出身という日本人は滅多にいないのでどうか

しかし上のような発想が出来る娘さんが親子の問題で悩むことはないかも知れませんが。


2008/5/8  23:40

投稿者:貞子ちゃん

はんぺんさん おひさしぶりです!(^^

おお!逃亡派の女性にネットでも会えるとは、なんとも嬉しい限りです♪

家の中でくつろいでいる私の姿を見たら、あまりにいい加減なので 呆れるかも知れませんよぉ〜〜(^。^

私は信田先生の本は 今度が2冊目ですが、すごい才媛でいらっしゃいますよね〜。
女性が読むと、ましく、目からウロコですよね〜。

親から授かってしまった呪縛というか呪文って、本当に結構効きますよね。(ーー);
そのつど不快に感じたら、家庭にではどんどん破って行ってしまってもよいと思います。
確かに勇気は必要ですが・・・(^^;

こんな私も15年前には、信田先生に向かって、「先生のセミナーの題名って、なんか変ですって!」とか、「そうかなぁ〜〜〜?先生が言うみたいに、そんなに世の中 病的な人って多いかなぁ〜〜?」なんて、生意気な口を叩いていました(^^;汗汗←自分の母親がちょと病的なところがあるとは、思いもよらなかったおバカな若者でしt。

2008/5/8  21:30

投稿者:はんぺん

信田さよ子先生の本は一時むさぼるように何冊もよみました。
ちなみに私は東京の山の手線を挟んで東から西に逃亡したクチであります。
実家まで帰るのに2時間かかります。

ブログを読んだだけで言うのもなんですが、貞子さんのような母親に私もなりたいです。
間違っても自分の母親のようには・・・。

母親の呪文って恐ろしく効きますよね。
当の本人(母)がいなくても、かかってる自分(自縄自縛?)がいます。

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