2008/6/5  16:39

コンプライアンス不況と消えたジャパニーズ・ドリーム  分類なし

私個人も、日本の株式市場インフレが去年の8月を境に急速に弾けたのは、アメリカ発サブプライム危機が引き金になったことは認めますが、それが原因ではないとする立場です。

身銭を切って新興企業を応援する国内の個人投資家の方々も、新興企業の経営者たちや新興企業の経営者の妻たちも、ライブドア事件、村上ファンド事件、さらにはコムソン事件と、新興企業の経営者が続々と逮捕されたことで、かなり気弱になりました。
私も、気弱になることが相手の狙いであると気がついても、やはり人間だから気弱になってしまった。
どんなに悪いことをしていない経営者やその妻でも、「李下に冠を正さず」(梨かなにかの果物の木の下で、頭にかぶっている冠(帽子)の位置が気になっても、帽子の位置を直すと、遠くから見たら、まるで梨の実を盗もうとしているように勘違いされるかも知れないから、人の上に立つ人間は、そういったことにも気を付けて、「李下では、冠を正さないようにしなければならない」という中国の古来の戒めであり、元はと言えば、古来の中国では官僚などに多用されていた諺)を教訓に、21世紀の日本の民間人は日々の仕事と暮らしをとても神経質に異常な慎重さで重ねていた。
妻の私は一時的にせよ本当にくたくただった。
よくよく考えたら、「おかしいじゃないか?まともな民間人がのびのびと生産活動に携われるようにするのが国家じゃないのか???」と気がつくのだが、そんな風潮は当時はほとんど失われていた。

ライブドアの場合、確かに堀江氏のストレートかつ強烈な個性が光って、多くの賛同者(個人投資家)が集まって、ライブドアをあっという間に、時価総額一兆円企業へと押し上げました。
当時のライブドアの実態は、およそ7,000億円程度であったという試算があります。(私の過去ブログでも幾度か記しました。興味のある方は、このブログ内の検索を使って調べてください。)
ライブドアがバブルだったと認めるとしても、たかだか4割増し程度のバブルでした。
バブルであれば、いつかは自然と修正が起きただろうし、バブルであったとしても、検察さえ乗り込まなければ、あの当時のライブドアの勢いならば、経済学でいう「信用の梃(てこ)」を利用して、あっという間に、ライブドアの実態をライブドア・バブルに近づけたかも知れない。こんなことは神のみぞ知ることである。
詳しくは、「ライブドア事件とMixiの9月14日上場に思う。Part1」を参照されたし。
ライブドア・バブルというよりも、あれは単純にライブドア・インフレだったかも知れない。

東京地検特捜部が、日本証券取引委員会(日本のSEC)を素通りして、何の前触れもなく直接ライブドアに乗り込むことで、ライブドアへ投資していた多くの個人投資家の資産を、検察が何の前触れもなく、あっという間に大きく棄損させて踏みにじってしまったのである。
同じことが村上ファンド事件にも、コムソン事件にも指摘できる。

日本の検察は神をも恐れぬ神様になられたのであろうか・・・。

あの日から日本から「ジャパニーズドリーム」のシンボルが消えたのである。特に10代の非モテ系の勉強の好きな若者から「元気」の「気」が消えたのである。

アメリカ・ナスダック市場は堅調なのに、日本の新興企業の株価は、その後マザーズもジャスダックも弱含みに推移した。

これに追い打ちをかけたのが、現場を知らない行政の人々の、建設基準法の改悪、上限金利法の改悪、新金融商品取引法の実施、日本版SOX法の実施である。
2007年初頭には、日本国内の企業がこれら国内的な要因で混乱を極めて、日本の景気はジリジリじりじり減速し始めたのである。
アメリカ発のサブプライム危機は「トリガー(引き金)」ではあったが、直接の原因ではない。

大前研一のいうところの「官製不況」、木村剛の指摘するところの「コンプライアンス不況」が2007年には起き始めていたし、今も起きているのである。

本来、2006年から2007年にかけて、司法と行政が何もしないでいてくれたなら、言い換えたら、ライブドア事件も村上ファンド事件もコムソン事件も起きずに、さらに、建設基準法や上限金利法や金融商品取引法が改悪されなかったら、サブプライム危機をきっかけにして、世界の余剰資金160兆ドルの一部は、2007年後半から日本株式市場や債券市場や不動産市場に怒涛のように押し寄せて、日本経済は好景気に沸いていたかもしれなかったのだ。

日本は痩せても枯れても法整備の整った先進国であり、遅かれ早かれ中国に抜かれるにしろ、未だに世界第二位のGDP大国である。日本は、痩せても枯れても、憲法でも私有財産制を認めている資本主義国家である。
日本は、コンプライアンス(法令遵守)が徹底していない新興国である中国やロシアとは全く違うのである。
日本企業は国内同士で熾烈な競争を繰り広げている企業も多いし、日本人は高齢になればなるほど、国内の身内には特に厳しい目を向ける傾向がある。日本人は、欠点ばかりに注目して荒さがしばかりする傾向が強く、長所に目を向けてその長所を伸ばそうとする傾向が少ない。
外国を全く知らない日本人には、日本国内の企業はたいしたことのない企業ばかりのように思いがちだ。けれどもそれは間違っている。外国の企業はとてもアバウトなのだ。
一方、日本企業は、製造業かサービ業かを問わず、世界に通用する技術やサービスを持っている企業もまだまだ沢山ある。
(スティールパートナーズやイギリスTCIなどが持ち株比率を高めてから、「あ!こんな良い企業が国内にもまだあったんだぁ〜〜〜」などと感心したりしている。)
国内では、自信喪失している企業が多過ぎること、自分の長所に気がついていない企業が多いこと、アピール下手の企業が多いことが当面の課題であると言えば課題である。


繰り返すが、2006年から2007年にかけて、司法と行政が何もしないでいてくれたなら、言い換えたら、ライブドア事件も村上ファンド事件もコムソン事件も起きずに、さらに、建設基準法や上限金利法や金融商品取引法が改悪されなかったら、サブプライム危機によるアメリカ株式市場の急落をきっかけにして、世界の余剰資金160兆ドルの一部は、2007年後半から日本の株式市場や債券市場や不動産市場に怒涛のように押し寄せて、日本経済は好景気に沸いていたかもしれなかったのだ。

とにかく、霞が関さえ、何もしないでいてくれたら、今より日本の景気が良かったことだけは確かなのだ。
霞が関が何もしなければ、日本の景気は今よりは良くなっていたのは確かだなのだ。
だからこそ、「大きな政府」は良くないのだ。「大きな政府」が仕事をし続けるということは、経済学上は民間人の活力を削ぐ「ファシズムへと通じる悪」なのである。


下の図は、この10年間の伸び悩む日経平均株価である。

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日本は今もう既に高齢社会になってしまっている。
今の日本に残された最強かつ最後の資源は個人金融資産1,500兆円(およそ15兆ドル!!!)の有効利用である。
中東のSWFでさえ、数兆ドル規模である。
中東のSWF真っ青の金融資産が、日本の眠れる獅子:個人金融資産1,500兆円だ。

もはや年金制度は当てにならない。
「不実の不作為」という憲法違反を続けている厚生労働省を未だに信じている人は、よほどのお人好しである。
続々と退職し始めた団塊世代とて、「長生きするかもしれないリスク」を抱えながら、退職している。
彼らも含めて日本の個人は資産形成にはそれなりに熱心になりつつある。
本当は日本国内の株式市場や債券市場が活発なら、わざわざ為替リスクまでを背負ってまで、個人は国際分散投資を始めたりしない。
けれども、日本経済がOECD諸国の中でも一番縮んでいっているのである。
日本の一人あたりのGDPは、1993年には世界第一位だったのに、いまや21世紀では、世界第20位あたりのOECD最貧国の位置をウロウロしているのである。
詳しくは、「OECD:20カ国の一人当たりのGDP(名目)」「縮んでゆく『日本経済』と目減りする『日本円』」
日本経済がどんどん縮んでいっているのに、海外の景気が良いから、日本国内の個人とて、自ら慎重に為替リスクを取って、国際分散投資に励んでいるのである。
これを「マネーゲーム」と呼びたい頭の古くて固い愚かな人々は、そう呼べばいい。
ただ、この手法は、イギリスやアメリカの金融先進国の401Kや教育基金などなどの福祉制度が、制度ごと実施している地道な「マネーゲーム」である。
福祉国家ノルウェーやスェーデンでも使っている「マネーゲーム」である。
世界の福祉先進国や年金先進国や教育先進国は、経済成長のハイブリッドエンジンの一つとして、福祉政策に、市場メカニズムを取り入れているのである。市場メカニズムとは、株式市場や債券市場や不動産市場、さらには金融派生商品としてのコモディティー市場である。
市場メカニズムを好きか嫌いかではなく、一番大切なことは、「実際にどれだけ多くの普通の人々が物心ともに豊かに快適に幸せに暮らせるようになるか」なのである。
地道な「マネーゲーム」はバブルを利用していない。
地道な「マネーゲーム」である国際分散投資は、経済学でいうところの「信用の梃(てこ)」の利用である。

日本経済や日本の個人金融資産1,500兆円を、経済学に疎い霞が関が周期的に棄損し続けきたし、今も棄損し続けているのである。

【追記1】10代のころから、私はどうしても法学部の男性とは意見が一致しないことが多かったのです。わたし達経済学部出身者は、法学も経済学も会計学も、学問である限り、「どれだけ多くの普通の人々を実際に幸せにするか、豊にするか、快適な暮らしにするか」が一番大切だといつも思って生きてきたし、これからも生きてゆくと思います。
この点に関する限り、今持って、経済学部出身者と法学部出身者とは、なかなか意見がかみ合わないことが今持って実際に多いと常々痛感しています。

【追記2】一夜明けて読みやすいように、加筆し、題名と文章の一部を手直ししました。



2008/6/15  0:05

投稿者:貞子ちゃん

かくせいVさん こんばんは!(^^
コメントありがとうございます。

こちらのブログも炎上寸前だったので、当方も少しばかり持病の後遺症が悪化しております。
そのニュースまではキャッチできていませんでした。お知らせいただいて、ありがとうございます。感謝です。

日本の裁判所がおかしくなっています。
とうか、ず〜〜〜っと前からおかしいのですが・・・。もっともっとおかしくなっています。
なんか、情けなくって、腹が立つというよりも、泣けてきますね。

でも、へこんだら、また立ち直りしかないですね。

2008/6/14  9:15

投稿者:かくせいV

裁判所も凄い判決を出しますね。

ライブドアに株の下落の責任を認めて賠償命令だそうです。

放火犯は無罪で、燃えやすいものを軒下においておいたことは有罪だそうです。

本当に、誰か放火犯の検察を損害賠償で告訴してよ!!

2008/6/9  15:55

投稿者:貞子ちゃん

リオ・マリーニさん、同じことを一週間以内に幾度も記すのは私は苦手です。
6月4日のブログ記事を読んでいただいたり、フィナンシャル・ジャパン6月号を読んでいただけたら、村上ファンドの「冤罪性」は理解いただけると思います。みなが有罪じゃないかと勘違いできそうな状態だったからといって、ムードや多数決で有罪と決め付けてはいけません。民主主義は多数決ではないという事実は、確かに地方都市へ行けば行くほど、認識されていません。高度の専門性が問われる分野ほど、この傾向は強いです。

介護制度そのものに設計上の不備はありまうs。地方都市においては、公共事業がしずらくなったので、介護産業という「ばらまき」が公共事業に取って代わられました。
不正請求やみずまし請求そのものがしやすくなっているのが、今の介護制度です。(興味がおありなら、このブログ内の検索コーナーを使って、私の去年の夏ごろのブログ記事を読んでください。)
水増し請求や不正請求は、介護産業関連の会社なら、たいていの事業所がしていました。「なぜ、コムソンだけが狙い撃ちされたか?」というそぼくな疑問を抱く必要はあります。
有罪の状況証拠が一番整っていたのかもしれませんが、状況証拠であり、証拠ではない。

貴殿が善意の人であることはよく理解できます。地方へ行けば行くほど、医療関係者は制度全体の不備については無関心になります。そして、噂だけを便りの物事を判断しがちです。
「証券会社の社員が全然取引はしてないのに顧客に手数料を請求してたみたいな感じです。」も、単純に噂話ではないですか?漠然としたイメージだけの噂話ではないですか?
あるいは、
こういった話はもっと具体的な内容(どこの会社のどんな人が、具体的にどういった時期に何をしてか?)に基づいて話せなければ、けっこう、まずいのではないですか?





2008/6/9  12:09

投稿者:リオ・マリーニ

私は、地方に住んでいる医療関係の自営業で個人投資家です。

>ライブドア事件も村上ファンド事件もコムソン事件も起きずに

ライブドアの件に関しては、国策捜査の匂いがプンプンしますね。「サッカーで言えば、コートに唾をはいた理由で、いきなりのレッドカードが出たようなものだ。」ってのは言いえて妙だと思います。もっとも個人的にはよくこんないかがわしい会社の株を買うやつがいるなって思ってましたが。

でも村上ファンドの件の本質はインサイダー取引だと認識してるのですが・・・違いますかね?やられて当然では?

コムスンにいたっては、これは私の専門分野ですが、その事業の実態のひどさといったら・・・レセプトの不正請求は半端なかったようですよ。業務停止になって当然。証券会社の社員が全然取引はしてないのに顧客に手数料を請求してたみたいな感じです。

2008/6/7  12:26

投稿者:BAN

SUB:天下り擁護

 生体においては”とにかく作って使えないものを排除してゆく”というのは至極普通に行われる戦略である。

 比較的大きなスケールでは種の保全・展開(進化という言葉を使うから分からなくなる)は不適者淘汰(適者生存という言葉を使うから分からなくなる)によって生み出される。
 もう少し小さなスケールでは免疫T細胞の成熟に於ける無能の排斥阿呆の淘汰(正の選択負の選択というから分からなくなる)等がある。

 視点をもう少し引いて人間社会における組織に転じたとき、使えない人材を組織の外へ放り出すことはきわめて健全な戦略である。

 捨扶持で放り出して何が悪い!。

 王侯貴族のような待遇で「出ていって頂く」のがいかん。
 いったい誰の金や!



 形質は環境中でのみ意味を持ちます。

霞ヶ関、永田町という環境に特殊な形で適応した官僚という種が世間という環境に適応できないから受け皿を作ってという理屈がまかり通るのが問題なのです。


 昭和で20年代、灰燼の中から国を復興させなければならないという志を持った(民間企業なんかに実質的に職が無かったということも大きい)極めて優秀な人材がに集まり知恵を絞った結果が高度経済成長期を作り、バブルという繁栄の極を演出した。
 そしてバブルの時期、国中が浮かれ、優秀な人材は悉く民間に流れ、かなりの××でも役人になりやすかった時代を迎えます。
 他人(会社や自治体)の金で遊ぶことが仕事だと勘違いした人間が世間にあふれそれが当たり前の「社会常識」とと刷り込まれた若者が・・・・

 現在の課長・局長・次官だということです。

 これを何とかしなければならない。

 そして 標記

 問題はこういった「常識」が非常識だと感じている者が最初に組織からはじき出されるであろう懸念でしょうか。



 それはさておき

 どのような組織でも働く・組織を引っ張るのは全体の二割です。その二割を集めて仕事をさせても全員は働きません。やはり二割です。
 この二割が15%なのか24%なのかが大事で、もっと大事なのが残りの8割のうち何割がニュートラルで、何割が足を引っ張るかということです。
 ニュートラルは人手であり、猫の手程度になるでしょうが、足を引っ張る者は積極的に「天下って」貰わないといけません。

 勿論捨扶持で。

2008/6/5  22:33

投稿者:貞子ちゃん

尻毛抜太さん はじめまして!(^^
ご指摘の点、激しく同意します。
確かに、今後どっちへ転ぶか楽観はできません。
ご指摘の通り、近い将来どちらへ日本国家が舵取りをしたとしても、私たちが生き延びられるように、私たちは長期国際分散投資に徹するのは、必須です。

2008/6/5  22:29

投稿者:貞子ちゃん

たくさん 二つ目のコメント、ありがとうございます。

今は微妙なラインにまで来ていると思います。
霞が関もかつてほど力を持たなくなっており、検察も人々の指示を少しずつ失いつつあります。
公務員制度改革法も成立しました。官僚の中には、忠実な公僕としてすこぶる優秀な人もマイナーですが実際に存在します。彼ら優秀な人材は忠実な公僕として使わないのは、もったいないです。そのための公務員改革法案です。
この法案成立で、立法府(国会)が法的にやっと霞が関(行政)の上に立てたのです。

あとは、自民党と民主党の若手議員が離党して結集すれば、次の選挙では、守旧派VS改革派のはっきりした対立軸で選挙が実施されるかもしれません。
今は、公務員改革法案が通ったあと、自民党と民主党の若手議員が離党して結集するか否かが大きなカギを握り始めたように思います。

2008/6/5  22:25

投稿者:尻毛抜太

 今の日本を俯瞰しても明るい将来は見えませんね。
 改正建築基準法、金商法、貸金業法などに続き、なんといっても消費者庁が不安です。消費者保護の錦の旗の下、お役人様によるメーカー、小売店の指導はものすごいことが行われるんじゃないかと危惧しております。
 消費者庁の指導を恐れ、食品、電気、自動車などの業種を問わず、体力のあるメーカーはさりげなく日本から徐々にフェードアウトし、海外事業に軸足を移していくのではないでしょうか。
 1500兆円の個人資産について、政府は国債を購入させるような罠を仕掛けそうですね。昨今の資本主義を否定するような論調が政治家から出てくるのを見るとそう勘繰りたくなります。そして、残念ながら資本主義の否定は「市場原理主義の否定」として、広く国民の意識に刷り込むことに成功してしまったようです。
 こうしてみると、今後、日本の経済成長率は世界の平均に比べ劣後する可能性が高いと思います。日本株の株式投資は突っ込み買い戻り売りの短期スタンスで望み、外国株を長期投資の対象にするのが最も賢明な考え方なのではないでしょうか。

2008/6/5  22:10

投稿者:貞子ちゃん

かくせいVさん ご賛同頂き、とてもとても嬉しいです。
検察を告発すべきとは、私個人はこのブログでかつて記しております。
さらに、私は最高裁についても、高速増殖炉建設にGoサインを出した直後、既に同じような話をこのブログ内で繰り返して記しております。

2008/6/5  22:00

投稿者:たく

昔、司馬遼太郎の本の一節だったか、確かこんなことが書かれていました。
「清が滅びたのは、その官僚の汚職にあった。強国に備えるために、軍艦を建造しようとしても、官僚が寄ってたかって、私腹を肥やすために軍備を使ってしまっては・・・こういう所からは、近代国家は生まれませんね・・・。」
著者は、その後、日本の明治の官僚が潔白でいてくれたからこそ、急激な近代化を実現できたというようなことを書いておりました。

これが正しいとは言いませんが、ここから考えると、今の日本はどうでしょう?

法律が出来るたびに、天下り先が、わらわらと増える。何か事件があると、「それ消費者保護だ。コンプライアンスだ。ルール作りだ。」とマスコミが騒ぐのに乗じて、法律を作り、天下り先をいつの間にか増やす。

そして、退職すれば、あま〜い期間が待っていて、週一勤務を数年続け、数千万円の退職金を受け取り、次から次へと天下り先を転々とする・・・。

汗水たらして税金を払っても、こんなことに使われていたんじゃ・・そりゃ、ねえ・・・。水没するのみでは無いでしょうか。

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