2008/7/23  20:42

風力・太陽電池などの代替エネルギー技術が次世代技術の主役?  分類なし

資本主義が大きく拡大再生産するためには、人々の生活形態をひっくり返すようなイノベーションの誕生が不可欠だ。

1990年代半ばにはインターネットが誕生して、ITが私たちの産業や生活をものすごい勢いで変えて行った。(ITの中にはもちろん携帯電話も含まれている。)

21世紀の世界経済の拡大というか、資本主義の拡大を考えるとき、「インターネットのような革新的なイノベーションはもう起きないのではないか?」といった「悲観論」が必ず登場する。それが「資本主義の終焉論」のようなものと結びつくと、けっこう「やっかい」だったりする。

多くの人々の心を捉えて、しかも、みながびっくりするような革新的な新技術はもう登場しないのか・・・。
最近ではIPODなどがそれだったかもしれないけど、インターネットほどの大きな旋風を巻き起こしているというわけではない。


私も含めて、生活の様々な面で技術が進み過ぎて、これ以上の便利な生活を望んでいなかったり、望んではいけないような気がしたり、あるいは、一瞬だけ懐古趣味的な生活にあこがれそうになったり、もっともっとシンプルかつ簡素な生活を望んでいたりする。もうモノが溢れかえる生活には飽き飽きなのだ。

生活の中にあらゆる物質が氾濫していている、消費は既に煮詰まっている。もうこれ以上の消費生活には自分でもうんざりしていることもある。それよりも、もっともっとシンプルかつ簡素な生活を望みたくなっている。

クーラーの効いた部屋の中で、思いっきり電気に依存した生活をしながらも、一瞬だけでも、「田舎生活」みたいなものに「甘い幻想」を夢見たり・・・。

人間とはかくも矛盾した生きのもなのだ。

今現在の「エコブーム」は、こういった先進国の高度に文明化されてしまった世界で暮らしている人々の中の「素直かつ本能的な贅沢病」なのだ。

けれども、私たちの中に「本能」が残る限り、この「素直な本能的な贅沢病」は絶えることはないだろう。
たとえ自己満足の域を出ていなくても、消費が飽和状態になれば、こういった「贅沢」へと人々はお金を使い始めるのだ。

私もわざわざ高いお金を払ってでも、ベランダ園芸に余念がない。特別CO2を削減しようとする気負はないが、消費生活とは切り離しても、自宅のリビングダイニングからの「景観」には、お金を使いたい。
筋肉痛になることが分かっていても、泳いだり、サイクリングをしたくなってしまう。
高い旅行費を払ってでも、木曾山へ登山に出かける。
自分の子供にも、子供が小さなころから、わざわざキャンプに出掛けさせてまで、(言い換えたら、お金を払ってまで)、敢えて「不便で不衛生な生活」を楽まさせたりした。

そう、わたし達はたまには森へ帰りたいのだ。
いや、平素は文明化された生活をしているからこそ、時折、森へ帰りたくなるのだ。


話は元に戻るが、ダイナミックなイノベーションがじり貧になれば、当然、資本主義の拡大再生産の勢いは低下する。

21世紀の資本主義経済は、ITバブルが弾けたあと、住宅バブルを形成させてしまった。住宅バブルは、他のイノベーション型のバブルに比べると、弾けた後の後始末には、かなりの長い時間と多くの悲劇と労力が必要だ。

一方、21世紀の世界経済は、住宅バブルがはじけた後、余剰マネーが向かう矛先を上手に作ってあげることが出来なかった。そのために世界の余剰マネーは、その向う矛先を、資源コモディティーへと変えてしまった。
資源コモディティー価格が急騰して、やっと私たちは深く深く再び理解し始めた。
高度に文明化された今の生活を維持してゆこうとすれば、化石燃料の価格が急騰してしまうということを・・・再び深く理解した。
21世紀になって、温暖化防止とかCO2削減とは全く関係ないところでも、人類の共存共栄のためには、「省エネルギーは必要」で「代替エネルギー開発は必要」で、「脱化石燃料へ向けての環境問題への取り組みは大切である」ということを、再びわたし達は痛感したのである。

21世紀では、「次のイノベーションは何が火付け役になるんだろうな〜?」「やっぱり風力とか太陽エネルギーや太陽電池って大切だったんだな〜〜〜」と思っていたら、
溜池通信http://tameike.net/pdfs8/tame394.PDF、で下記のようなエコノミストの論評の紹介を見つけたので、以下、私のブログでもご紹介。
ものすごく面白いです!!!

<今週の”The Economist”誌から>
"The future of energy” Cover story
「エネルギーの未来」 June 21st 2008
資源価格の高騰で世界経済の先行きが暗く思える昨今ですが、エネルギー技術の進化は意外と早いのかもしれません。The Economist 誌は強気です。
<要約>
産業革命からこの方、人類は化石燃料に依存してきた。良心は咎めるものの、今やエア
コンなき生活を想像するのは不可能だ。経済成長を止めない限り、エネルギー消費は減ら
ないだろう。省エネも気休めにしかならない。石油価格が高騰する中で、環境主義者たち
の恐怖の予言が正しく見え始める。この世の終わりは近いのだろうか。
科学者たちには違う景色が見えている。化石燃料経済の終わりを恐れることはない。エ
ネルギー技術の未来は、われわれの想像以上に物事が変わっていく世界を約束している。
代替エネルギーの風力発電や太陽電池は、現在の火力発電所の代わりにはならないよう
に見える。だが開発しているのは環境のためではなく、金儲けを目的とする人たちだ。だからアイデアに投資している。代替手段はより安く、使いやすくなければならない。
石油の代替物となるバイオ燃料や電池が普及すれば、今日の石油価格が下がってしまう
かもしれない。だが、技術革新が進めばバイオ燃料の値段も下がるだろう。電気自動車の充電は、将来は今の給油と同じくらい手軽になる。今週、ホンダが発表した水素燃料電池カーと違い、特殊なパイプは不要。既存の施設を使ってインフラにできる。
問題は発電所の中身だが、そこにも代替物はある。風力発電のコストは石炭価格に近づきつつある。それを2〜3 年遅れで太陽電池が追っている。どちらも供給にボトルネックがあるので値段は高くなるが、石炭に炭素税をかければ採算は合ってくる。仮に税制がなくても、野心的な起業家たちがすでに石炭より安い代替物の可能性を探っている。

懐疑的な向きもあるだろう。かつて1970 年代初頭にも同様な時期があった。資源の限
界は近いとされ、太陽発電や核融合、燃料電池や水素発電の記事が溢れたものだ。もちろん石油の限界説は政治的なまやかしであった。今回も似たようなものだろう。が、当時と違う点が2 つある。(1)価格上昇が需要主導であること。(2)35 年の間に技術が進歩したことだ。核融合や水素発電は進まなかったが、風力と太陽光、電池の技術は磨かれた。
代替物の普及により、資源高は持続不可能になる。規模の経済が働き、技術者が物事を
改善する。代替エネルギーのブームはIT 以上になるという意見もある。
ブームのお陰で温暖化が止まるかどうかは疑わしい。ただしそれがなければ危機は確実
に到来する。先進国は炭素税導入で代替エネルギーを奨励し、化石燃料への補助を打ち切るべきだ。後は競争原理の出番である。百花繚乱となれば中国もついて来るだろう。エネルギー産業のみならず、地球という惑星にとってもそれが最良の希望となる


このThe Economistの"The future of energy” の指摘していることは、とってもとっても面白い!!!
京都議定書がどうのこうのとか、地球温暖化がどうのこうのとかいった議論は聞き飽きてしまっていた私にとっては、「新産業としての代替エネルギー開発」「イノベーションとしての代替エネルギー開発」といったThe Economistの視点は、まさしく「目から鱗」で、とてもとても新鮮だった。




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