2007/2/2  23:23

この国が間違え始めたのは1993年。(よい週末を♪)  分類なし

1980年代 とある都市銀行内の融資関連部門の産業調査で働いていた貞子です。
当時は『粉飾決算』という言葉は使っていませんでした。
しかしながら、どうやら自分達が働いている銀行は、『バランスシート(B/S)から資産を取り崩して、全く儲かっていないのに(実際はかなりの赤字なのに)損益計算書を水増しして「黒字」に見せかけているようだ』ということは、気骨ある20代の若手行員の一部の中では固く信じられていました。

融資関連の行内の自称エリートの団塊の世代の人々は、表向きは融資判断のための会議でも、長〜〜〜い長〜〜〜い儀式のような方向性の無い小田原評定の第一の目的は、『社内だけなら、僕は馬鹿なじゃいぞ!』会議でした。

信じられないことかも知れませんが、融資関連の長い長〜〜〜い会議では、最後に必ずに出る言葉は たいてい決まっていました。
長い長〜〜〜い儀式会議(小田原評定)の最後に『ところでこの案件は興●銀行さん(産業金融では当時は一応民間第一位だった)も融資するのかえ?』(興●銀行の融資基準こそが当時の護送船団企業の内横並び基準絶対値!)というささやくような小声で ほとんどの会議はそそくさと終了していたのでした。
まるでTVでときどき見かけるお公家さん達の会話のシーンのようでした。

そして その絶対値であると産業金融専門銀行のどこの上層部もが信じ込んでいた興●銀行の上層部のていたらくぶりは 占い師風情のお茶目な大阪の女将:尾上ぬいちゃん事件で鮮明に露呈するのであった。(私自身は お茶目な尾上ぬいちゃん事件には あまり驚かなかった。『あ・・・やっぱり・・・』みたいな感覚だった・・・。というか あまりに起こりうる感じで しみじみしみじみ笑えてしまった・・・。)

池田ブログで『成長力を回復するにはバブルの「戦後処理」が必要だ』が紹介されています。
私は意気地がないので、池田氏が池田Blogであえて『バブルの最大の戦犯』の実名を記されていますが、私のブログ内での抜粋引用では 伏字にしました。ご興味のある方は 実際に池田Blogへ是非とも飛んで行ってみてください。
(以下抜粋引用始まり)
<不良債権処理のコストは、初期には大したことはなかった。私が1992年にNHKスペシャル「追跡・不良債権12兆円」という番組をつくったときは、まだこの程度の額であり、三和銀行は日住金を破綻処理しようとしていた。しかし大蔵省の寺●銀行局長はそれを止め、農水省と取引して信連の債権を保全する密約を93年に交わした。
これが日本の不良債権処理を迷走させる決定的な分水嶺となった。彼は、いわば最大のバブルの戦犯だが、国家公務員共済組合連合会理事長に天下りし、現在は大学教授として優雅な老後を送っている。

こうした戦犯のうち、刑事訴追されたのは長銀・日債銀など破綻した銀行の経営者だけで、特に「主犯」である大蔵省(現在の金融庁)は免罪されてしまった。長銀・日債銀事件の判決にいうように、不良債権を当期にすべて引き当てないで「分割償却」するのは商法違反(有価証券報告書の虚偽記載)であり、この意味で日本の銀行はライブドアの1万倍以上の粉飾決算を行ってきたのである。


私にとっては この国の金融政策の失策の始まりは、1998年に突如 私の目の前に現れた『住専への資本注入』からでした。。
今回の池田Blog
では、住専問題が露見した1998年の5年も前から 国家規模での粉飾決算の伏線(導火線への発火)は始まっていたことが 紹介されています。
伏線の始まりは、1993年の日住金の破たん処理での、(当時の)大蔵省銀行局と農林省の政治的取引だったのだ。。。。。

私は 昔を振り返るのは嫌いですが、
過去の経緯『失われた15年』をより正確に把握することは、とてもとても大切なことだと思います。
前向きに生きていても、時々道(方向性)に迷うそうになるときがあります。そういうときは、より正確な『失われた15年』への検証は、より信頼すべき21世紀の経済・経営・金融政策の羅針盤として とてもとても大切だと思います。
私たちが今後より良い選択を選び取るためには、過去の『失敗の研究』は、とてもとても大切です。


みなさま よい週末を♪
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【追記】話は変わりますが、1998年当時(住専処理のとき)の大蔵省銀●局長西●政府委員の予算委員会での発言が ネットでも載っていました。この人の答弁だけを読んでみても ある意味で とても面白いです。何を突っ込まれても だたひたすら 同じ答弁を繰り返すだけ鉄面皮(?)には、頭が下がります。まるで官僚の答弁みたいです、辛かったでしょうね・・・って 西●さんは押しも押されぬ官僚だったんだ・・(−−;。
住専処理のときの予算委員会での会話の記録を 参考までにリンクを張っておきますので、興味のある方でかなり暇な人は 実際に飛んで行ってみてください。(1993年当時の大蔵省寺●銀行局長と農水省との話も出ているようです。)
第136回国会 予算委員会 第2号 平成八年一月三十日(火曜日)





2007/2/3  17:14

投稿者:貞子ちゃん

ヌマンタさん はじめまして!

ご指摘の点は とてもとても理解できます。

『粉飾は大罪』『粉飾も56億よりも56兆円のほうが大罪』『斜陽産業が一回小さな粉飾に手を染めると どんどん粉飾が大きくなる』『新興企業の場合は56億の粉飾があっても(あってはならないことだけど)・・・相対的には、より適切な労働市場の移動という点では ・・・』という機軸で 池田氏もブログをアップされたのだと思います。
少なくとも私は粉飾は大罪という機軸でこの記事を記しました。
これ以上過去を遡ると、昭和天皇の戦争責任まで話が遡ってしまいそうで(^^;小田原表情は好きじゃないんですよね〜。

2007/2/3  15:22

投稿者:ヌマンタ
http://diary.jp.aol.com/zsf4wxzva7/

こんにちは。記事、興味深く拝読させていただきました。バブルの事後処理については、そのバブル崩壊の原因であった総量規制の言い出しっぺ、土○銀行局長(当時)こそ最大の戦犯だと考えています。住専を潰せなかったのは、自民党の支持団体である農協と監督官庁の影響もあったので、それを隠した銀行局長一人に押し付けるのには、少し疑問を感じます。責任がないとは申しませんが・・・。

でも、バブル崩壊とその事後処理の失敗の反省は絶対に必要でしょうね。ただ、日本のキャリア官僚たちは、日露戦争以来、失敗責任をとらないことを死守しています。それを容認している国民にも問題ありだと想います。

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