2008/4/29  17:08

小説「NAOTO」−2−(4)  小説「NAOTO」−2−

小説「NAOTO」−2−(4)


ブルーベリーマフィンの焼ける香りがする。
今日は、ちょっと焦げている?
コーヒーの香りも。
朝が来たんだ。

目をさますと、隣にはまだ、ヒロがいた。 
こっちを向いて微笑んでいる。
「ねぇ、マフィン食べに行かない?ねっ」
「ん・・・・」
ヒロについてボクもキッチンに入った。
パパは、もう出かけてしまったようだ。
ハンナさんは?  いない。
キッチンに立っている後姿は? ノゾミだ。
ブルーベリーマフィンを焼いていたのは
ノゾミだったの?
焦げた臭いの理由がわかった。

「おはよう〜ナオちゃん。」
ゲゲっ、ノゾミが明るい声でしゃべっている。
昨日の晩のこと、許してくれたの?
手にもっていたフライパンには、
サニーサイドエッグと、ベーコンが
なぜか、こびりついている。
「はがそうとしたんだけど、上手くできなくて、
このまま食べてくれる?」
「これ、ボクに?」
「そお。 ヒロは、マフィンだけっていうし、
私は、チョコクロワッサン。」
「ナオちゃんは、いつもこういう朝食だったでしょ?
トーストも焼いているのよ」
「あぁ〜、焦げちゃったかも〜」慌てて、
オーブントースターの方へパタパタと
かけていくノゾミの後姿を見て、
思わずヒロと吹きだしてしまった。
なんだか、料理をするのが初めてみたいな感じ。 
ダイジョウブかなあ?
「かろうじて、セーフだったわ」 
にっこり笑ったノゾミの顔に朝日が差し込む。
こんなに明るいノゾミを見たのは初めてだ。 
とてもカワイイ。

「今日は、ハンナさんお休みだから。」 
まだクスクス笑い転げているヒロ。
「だから、ノゾミが朝食を?」 
フライパンをかかえて、ボクが聞く。
「そぉよ。」 
ノゾミは、ぎこちなく、マグカップに
3杯コーヒーを注いでいく。
ボクとヒロは、席についてオレンジジュースを飲み始める。
これだけは、いつもの味、既製品だ。
あとのは、ちょっと心配になってくる。
おそるおそる口に入れたベーコンエッグは、
カリカリで意外と美味しかった。
「ちゃんと塩コショウしたのよ」
得意そうなノゾミ。 
それを見て、クスクス笑うヒロ。 
柔らかな日差しが今は眩しい。
 
今、このキッチンには、朝日が溢れている。 
愛が溢れている。
ボクが求めていたのは、あこがれていたのは、
こんなひと時。

「ずっと二人のお邪魔ムシでいてもいいの?」
ボクは、そう、確かめずにはいられない。 
昨日の夜のことを含め、未来も。
「いつも一緒にいようよ。 
ボクらは、いつも3人で一緒さ」と、ヒロ。
「賛成!!」明るい声ですぐにノゾミが答える。
「わたし、ナオちゃん大好き!」
ノゾミがボクの腕に手をまわす。
「ボクだって、ナオのこと、とっても大事!」
と、反対側の腕にはヒロが。
「なんだか、ボク、2人の子供みたい?」
と、ボク。
「そうみたいだね。」
「きっとそうよ、甘えん坊の子供だわ。」
「パパ、ママ〜!!?」
「調子に乗るな。」ヒロにたしなめられた。
今朝はもうすっかり元気だ。 
ボクは、とっても嬉しかった。 
幸せだった。
だけど、どうしてノゾミは、
ヒロのことは、ヒロなのに、
ボクには、ナオちゃんなの?
ま、そんなことは、いいか。 
やっぱりボクは、お子様に見られているわけだ。

「ナオ、今日はどうするの?」
「別に。」こんなに落ち込んでいるときには、
予定なんかないさ。
「3人で出かけない?」ヒロが提案する。
「ノゾミ先生、外出許可、いいですか?」
あどけなく聞くヒロ。
「もっちろんです。」
「ノゾミ先生が一緒ですからオーケーです」
ノゾミも、明るく答える。
「実は、これ以上ノゾミに食事の支度を
させない方がいいと思って」と、ヒロが耳元でささやく。 
確かにその通り。
「ヒロ、今、何て言ったの?」ノゾミは、
口を尖らせてヒロを軽くにらみつける。
「いや、あの、その、ノゾミが疲れちゃうでしょ、
せっかく3人で一緒だから
どこかで食事でもいいんじゃないかなって。 
どうせパパも今夜当直だし。」
ヒロが、しどろもどろに答えている。

ヒロの車を運転して、ボクら3人は、
海岸沿いをドライブした。 
風が心地よい。
ノゾミとヒロは、後部座席でラブラブだ。 
ボクは、まるで2人の運転手みたい。
でも、そんなことどうでもよかった。 
車内は楽しい雰囲気で溢れていた。

ボクは、この関係に満足していた。 
これ以上何も望まなかった。
今、この瞬間が、ボクには一番大切に思えて、
この時改めて心に決めた。

二人のために、ボクの全てを捧げよう、
そんなふうに大袈裟にすら考えていた。
3人で仲良く幸せでいられるのなら、
ボクは、何でもしようと思った。
リサのことは、もう、忘れようとしていた。 
このクルマの助手席にリサがいる
ということなど、今はもう想像もできなかった。 
ヒロとノゾミ以上に大切なものなど
ボクの中には、もう、存在しなかった。
アルとの間に小さな亀裂がはいってしまったことは、
ボクの心をすこし痛めた。
アルは、ぼくにとって、かけがえの無い親友だから。
いずれ、仲直りしなくちゃ。 ボクから謝って。

海岸沿いにかわいいお店が並ぶ一画があって、
ボクらは、そこを散歩した。
ボクもノゾミも、ヒロに気づかれないように、
そっと、ヒロの呼吸に気をつけていた。
耳を澄ましていた。 
そんなことが自然にできるようになっていた。
ヒロは、屈託無く笑って、久々の外出を楽しんでいた。 
今日は顔色がいい

ロサンゼルスの空の色は、日本の空よりも
青色が濃くて、透明感がある。
市の中心部は大気汚染などの心配もあるけれど、
東京のそれに比べたら、比較に
ならないのではないだろうか。 
それに、ボクたちが住んでいる地域は、もっと自然に
あふれている空気のきれいな場所だった。

気候も穏やかで、風もない、こんなさわやかな日は、
ヒロにとっては、絶好の外出日和なのだ。 
気持ちよさそうに歩くヒロの後姿を追って、
ボクは、小さな幸せのひと時を感じていた。
ヒロが元気だと、ボクもハイになれる。 
きっとノゾミも同じだ。
ボクとノゾミの世界の中心には
いつもヒロがいなくちゃいけないんだ。

ノゾミは、最近、ボクたちの間では
ずいぶんおしゃべりができるようになっていた。
少しずつためらいがちに、微笑むようになっていた。 
だいぶ明るくなってきた。
夜半の突然のすすり泣きと、
怖い夢に怯えて飛び起きることは、
残念ながらまだまだ続いていた。 
でも、ヒロが抱きしめてあげるとすぐに治まった。
ヒロの体の具合の悪いときには、
ボクが代わりに抱きしめてあげた。
最初の頃は、ヒロにしか慰められなかったノゾミも、
今では、すっかりボクにもなついてくれた。 

真っ暗な夜に、
尽きることの無い悲しみに堪えきれないで、
ただただ涙と一緒にそれを流そうとして、
小さく震えるノゾミを抱いていると、
自分の心を抱きしめている錯覚におそわれる。 
ボクの寂しさも、ノゾミの涙と一緒に流して欲しい。

僕らは、寂しさも切なさも悲しさも
分け合いながら生きていたんだ。
いつまでも3人で仲良くいけたなら、
こんなに幸せなことは無い。 
少なくともボクは、そんなふうに信じていた。

その日は、散々遊んで、ヒロが疲れないうちに
ボクらは、家路に着いた。
今日も夕焼けが綺麗だ。 
おおきな真っ赤な太陽が山の向こう側へ
ゆっくりと沈んでいこうとしていた。

家に着いて、リモコンでガレージを開けたとき、
ドアの脇に人影があった。
すらりとしたあのシルエットは・・・
リサだった。
ボクは、驚いて、ガレージにクルマを止めると、
リサのところへ行った。

「リサ、フランスで入院していたんじゃなかったの?」
「ナオト、ごめんなさい」
ヒロとノゾミもクルマから出てきた。 
そして、リサを家の中へ招いた。
ボクは、ここでいいと、言った。

「リサ、なんでもなかったの?」
「そう、あれ、ウソなの。」
「それじゃあ・・・」
「アルに相談して、ウソついてもらったの。 
 ナオトを心配させようとして。」」
「リサ・・・」
「アルから聞いた。 私が勘違いしていたのね。 
 ごめんなさい。」
「・・・・」
「わたし、こんなにナオトが好きだったって、
 気づいたの。 もう、離れたくない。」

今日が始まる前だったら、
ボクとリサは、元に戻れたかもしれない。
だけど、今日一日で、僕ら家族3人の絆は深まった。
今はもう、リサの入る余地はない、と、ボクは思っていた。

それに、ヒロがいるとはいえ、必要ならば
ノゾミと一緒に抱き合って寝るボクを、
泣いているノゾミを夜通し抱きしめているボクを知ったら
たとえノゾミがパニックだとわかっていたって、
抱き合う現実を見たら、
リサが平常心でいられる保証はない。
ボクが反対の立場なら、
間違いなく嫉妬しているだろう。
ヒロとノゾミとボクの三角形のスクラムが、
がっちりと出来上がってしまった以上、
誰も入り込めやしない。 
それほど強力なんだ。
ボクは、全てを捨ててでも、
この関係を大事に守ろうと決意していた。
ヒロとノゾミのために、
そして、何よりも、自分のために。
そんな時に現れるなんて、
なんてタイミングが悪いんだ。
しかも、ウソをついていたなんて。 
騙してぼくのこと確かめていたなんて。
マイナスポイントが加算された。

「リサ、ボクのことは、もう忘れて。」
「ナオト!!!」
「リサのことは、好きだけど、
 ボクは、誰ともステディーになりたくない」
「今までステディーだったじゃないの」
「ごめん。 さっき、決めたんだ。」
「ナオト!冷静になって!」
「なっている」

さすがに、割り込んだ方がいいと判断したのだろう、
ヒロが口をはさんだ。
「ナオ、よく考えないと」
そして、僕ら2人に向って
「また、日を改めて、話し合ったらどうかな?」
「・・・・」
「リサ、今日はこれで帰ったほうがいいかもしれない」
ヒロは、優しくリサに話しかけてくれた。
リサは泣いていた。 
そして、小さく頷くと、帰っていった。 

その夜、ボクは一人で寝た。
ヒロは、きっと何もきかないだろうけれど、
またヒロの腕の中で甘えて
泣き出してしまう弱い自分を見るのがイヤだった。
でも、不思議なことに、
リサと別れた事を気にして眠れないという事態には
ならなかった。 
むしろいつもよりもすぐに眠りにつけた。

ボクの中でリサが完全にデリートされた。 
修復は多分不可能だ。

ボクが、ヒロとノゾミの暖かな輪の中から
飛び出して行ける時まで
一体どれくらいの時間がかかるのかわからなかった。

ボクはまだまだ、お子チャマだったのだ。
あるいは、何が自分にとって
一番大切だったのかわかったのだ。 
それが、ヒロとノゾミの
「おジャマ虫」であったとしても。
リサの心を傷つけた罪を背負って、
ボクはこれから生きてゆこう。
もう、多分、誰も愛さない。
ボクが愛しているのは、ヒロとノゾミだけだ。 
守りたいのはあの二人だ。
心から愛した女性は、
ボクにとって、リサ一人だけと、 決めた。

  to be continue・・・ 
  



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