2008/5/25 4:55
我が師匠 岩崎洸先生 世界のKo Iwasaki 音楽・要のチェロ道
先日アメリカでの師匠、岩崎洸先生の無伴奏リサイタルを聴いてきました。

素晴らしかったです。感動しました。
というだけでは、なんの学習にもなっていないと思うので、少し自分の言葉で表してみたいと思います。
相変わらず腹から揺さぶるような、きらびやかなゴールデンサウンド。技術の難儀を軽々と超越した、立体的で何か映像が浮かんでくるような、滞りなく実に剛健でかつ自然に流れる音楽。
ソムリエや小説家のように僕は言葉の表現は上手くないですが、楽器を操作する難しさを感じさせない、芸術のための音です。
僕がダラスで岩崎師匠の元で学んだ想い出から。
まず、最初の時期に集中したのはいかに楽に楽器を操作し、より効果的な音を作り出すか、ということ。
右手も左手も随分研究しました。師匠に言われたことを持ち帰り、改善してまた持っていくと、いや、そうじゃなくて・・・ということの連続でした。何とか・・・『随分いいんだけどね』と言われるようになったのは留学期間も終わりになったころでした。
でも常々言われたのは、『これはあくまで技術論だからね』『僕も日頃から研究していて変わるんだよ』『今の僕にも限界はあるしね』・・・なんと真の求道者であり、芸術家たらんことでしょう。時間をへても尚、師匠の偉大さを感じます。リサイタルの度にきらきらと輝いて見えるのです。
ここで僕の感じたり学んだりしたことを上手くまとめるのは難しいですが、理屈のみでなく、音楽に芸術たらんとするなにかを命吹き込むにはどうしたらよいか、ということをよく学ばされた、かけがえのない経験であり、一生の宝になっています。
また、常々、『本当の教育とはどういうことか』と探求しておられたようです。
世代は異なっても同じ時代に生き、楽器で何かをつかもうとしている僕たちのような若者に真正面から向かい合い、惜しまず助言を与え、道を照らしてくださいました。
また、いろいろな人格を相手にするわけで、個々を知りつつ、それぞれにあった指導をしてくださいました。あくまで人間対人間であって、中にはウマの合わないことが不幸になることもありますが、先生は良く生徒の内面を察して柔軟にご自分から歩み寄り、生徒が次に希望の湧くようなレッスンをして下さいました。
これ以上感謝することはありません。
井口愛子先生の言葉『毎回のレッスンには何か一つでもお土産を持たせてやらねばならない』
学校の仲間もよくわかっていて、最後には学生による記念の盾が贈られました。
世界的なチェロの巨匠、ヤーノシュ・シュタルケルの言葉
『教えることなしに演奏はできない、演奏なしに教えることはできない』
そのフィンガリング、いいね、とっときな! (ものすごい目力!)
。
やあ、どうしてる? アイツさぁ、傑作なんだよね!
演奏会は最初の一音から最後の一音まで、釘付けになりました。誰にも媚びない師匠ならではのサウンド、しかし我の虜にならず、皆を引き込み賛同させる、実に魅力的な音楽。ここまでできる演奏家は世界でも多くないです。
文楽の始まる一瞬、師匠が『よし!』とご自分に気合いを掛けるところに気がつきました。感動的でした。
師匠の元を離れ、自分の音を建てるべく旅立った自分。音楽の都で本物に接した経験。今後どうやって恩返しをしたものでしょうか。頑張りますよ。
いやぁ、銀座以来だねぇ!
とっても懐の深い、人間の大きな方です。(お座り一発、何本でしたっけ?)
素晴らしかったです。感動しました。
というだけでは、なんの学習にもなっていないと思うので、少し自分の言葉で表してみたいと思います。
相変わらず腹から揺さぶるような、きらびやかなゴールデンサウンド。技術の難儀を軽々と超越した、立体的で何か映像が浮かんでくるような、滞りなく実に剛健でかつ自然に流れる音楽。
ソムリエや小説家のように僕は言葉の表現は上手くないですが、楽器を操作する難しさを感じさせない、芸術のための音です。
僕がダラスで岩崎師匠の元で学んだ想い出から。
まず、最初の時期に集中したのはいかに楽に楽器を操作し、より効果的な音を作り出すか、ということ。
右手も左手も随分研究しました。師匠に言われたことを持ち帰り、改善してまた持っていくと、いや、そうじゃなくて・・・ということの連続でした。何とか・・・『随分いいんだけどね』と言われるようになったのは留学期間も終わりになったころでした。
でも常々言われたのは、『これはあくまで技術論だからね』『僕も日頃から研究していて変わるんだよ』『今の僕にも限界はあるしね』・・・なんと真の求道者であり、芸術家たらんことでしょう。時間をへても尚、師匠の偉大さを感じます。リサイタルの度にきらきらと輝いて見えるのです。
ここで僕の感じたり学んだりしたことを上手くまとめるのは難しいですが、理屈のみでなく、音楽に芸術たらんとするなにかを命吹き込むにはどうしたらよいか、ということをよく学ばされた、かけがえのない経験であり、一生の宝になっています。
また、常々、『本当の教育とはどういうことか』と探求しておられたようです。
世代は異なっても同じ時代に生き、楽器で何かをつかもうとしている僕たちのような若者に真正面から向かい合い、惜しまず助言を与え、道を照らしてくださいました。
また、いろいろな人格を相手にするわけで、個々を知りつつ、それぞれにあった指導をしてくださいました。あくまで人間対人間であって、中にはウマの合わないことが不幸になることもありますが、先生は良く生徒の内面を察して柔軟にご自分から歩み寄り、生徒が次に希望の湧くようなレッスンをして下さいました。
これ以上感謝することはありません。
井口愛子先生の言葉『毎回のレッスンには何か一つでもお土産を持たせてやらねばならない』
学校の仲間もよくわかっていて、最後には学生による記念の盾が贈られました。
世界的なチェロの巨匠、ヤーノシュ・シュタルケルの言葉
『教えることなしに演奏はできない、演奏なしに教えることはできない』
。
演奏会は最初の一音から最後の一音まで、釘付けになりました。誰にも媚びない師匠ならではのサウンド、しかし我の虜にならず、皆を引き込み賛同させる、実に魅力的な音楽。ここまでできる演奏家は世界でも多くないです。
文楽の始まる一瞬、師匠が『よし!』とご自分に気合いを掛けるところに気がつきました。感動的でした。
師匠の元を離れ、自分の音を建てるべく旅立った自分。音楽の都で本物に接した経験。今後どうやって恩返しをしたものでしょうか。頑張りますよ。
とっても懐の深い、人間の大きな方です。(お座り一発、何本でしたっけ?)







