2008/5/19  1:22

友好って何?  日本を考える

朝から仕事の論文を読んだ。この週末のノルマは親分に審査依頼のきたグラントを読む事、もう一つは総説の査読だ。前者はレターサイズに英語でびっしり書かれた文章30ページである(うんざりする)。行間スペースが少なくつい同じ行を読んでしまう。内容はシンプルで分かりやすかった。

総説の方は専門分野なので楽勝。途中、疑問点などを書き入れながら1時間ほどで読了。これでこの週末のノルマは一応終わった、ので今日の午後は『秋山真之』についての本を読みふける。この金曜、土曜で『ナルニア国物語カスピアン王子の角笛』と『沖縄に死す』の2冊を読了。後者は沖縄戦の牛島司令官の物語。いずれまた沖縄戦と合わせて感想したい。

さて、ふと思ったのだが、世の中には『世界の人はみんな仲良くできる』となんとなく思っている人がいるらしい。勿論、これは理想であり誰もがそう思うのである。私もそう思うし異論はない。

しかしである。なんとなく仲良くとか友好とかいう言葉を勘違いしているケースもあるのでは?と思った。例えば、店でお金を払って洋服を買う。そうすると店員さんは笑顔で素晴らしいですね、よく似合っています。と最大級の笑顔を送ってくれる。こういうのを『人はみんな仲良くできる』と勘違いしていることはないか?あくまでこれは利害関係であって真の友好関係ではない。

噂では”見せかけ”日中友好の一環として上野動物園にパンダが来るとかなんとか。しかし日本は1億円もシナに払わないといけないらしい。これって友好?友好なら無償ちゃうのか?要するにこれはただのビジネスちゃうのか?石原知事もかなりシラーッとしているがこんなことやる日本のソーリはかなりのアホである。つまり店員さんのシナとお客の日本という関係、これは私の感性では友好とは言わない。しかしビジネスなら問題ない。日本は金儲けのためにパンダをシナから金を払って(しかも税金で)レンタルしました。と言うべきであるし、日本人もそう認識すべきでは?

さらになんの知識認識もなく単純に友好といっても世界の現実がそれを許さない。なら何故、全世界が平和にならないのか?とある種の人々は考えているのだろうか?
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以前から民族/宗教紛争は興味あり様々な著書を読んだ。ルワンダ、ボスニア、コソボ、チェチェン、ソマリア、クルド、パレスチナ 言い出せばキリが無い。最近ではチベットもそう。私なりに細々といくつかこれまで読んでみた。
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みんな同じニンゲンだから仲良くできる!とニ言目に言う人もいるが、その歴史的背景、文化、慣習が正反対の国と国(例えば約束を守らないことが普通の国とか)、人と人、真の意味で利害のない友好などということは可能なのだろうか?多分、そこで人と人という小さな局面で一見仲良くできることがあっても、どうにもそれは本質的なものでなく利害(ビジネスetc)というピンポイントな部分で仲良くしている風(本質的な部分違いからは目を背けて。もしくは無知すぎてその本質的対立点、違い、すら気がついていないか。)ではないのか?とふと思うようになった。

『それでも世界中の人は仲良くできる』と言い切れるなら、とりあえず3000年もめているパレスチナの問題を解決してくれたら私も納得いく。
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あくまである種の"妥協の産物"にすぎないのが現在の"友好"とかいう響きのいい言葉のような気がする。そして何かと言うとその言葉の前に思考が止まり無条件で受け入れる。ように見える。

平凡な無教養日本人の独り言です。



2008/5/20  8:10

投稿者:Patriotsファンの”わし”。

ヌマンタさんへ;コメント有難うございます。『繰り返すけんかの結果
としての、ナワバリの相互承認という形での緊張緩和』というのはまる
で近代という時代そのもののように思えました。帝国主義全盛の時期、
そして現代のうかれたよく解らん平和風の時期。まださほどぼ知恵知識
のない子供の世界での人間関係もそれに似ていることをみれば、この繰
り返しが歴史とか時代の本質かも知れませんね。こういうものなのかも
知れません。前者は国への帰属意識が強まり、後者はその逆。日本が明
治維新以降近代国家になってから”このよく解らん平和風の時期”というも
のを現代、始めて経験しているのかも、と近頃思うようになりました。

2008/5/20  7:12

投稿者:ヌマンタ

コメントありがとうございます。私は米軍基地の隣町で一時期を過ごしたので、「話せば分る」はまったく信じていません。小さな遊び場を巡って、基地勤務の米兵の子供達とよくケンカしたものです。

互いに言葉がわからない(悪口だけはわかる)ので、話し合いによる友好はありえません。ですが、繰り返すケンカの結果としての、互いの縄張りの相互承認といった形での緊張緩和は存在しました。この状態を平和だと私は認識していました。特に仲良くなることはありませんでしたが、これで十分でしたね。

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