2008/7/23 5:38
『エンブリオ』を読んで 雑感/読書/その他Sports
日本では少子化が進んでいる。すでに十分に高齢化社会だが今後さらにこの状態が進む。

日本の生殖医療は制度的には結構ええ加減だそうだ。この本によると日本ではおそらく年間100万件くらいの堕胎手術が行われているという。100万人の命が人工的にdeleteされているともいえる。となるとこれは100万人の殺人ではないのか?という話になるのだが、日本ではそうはならないらしい。法律的には少なくとも胎生12週までは人としてみなされない。よって3ヶ月あたりの堕胎された胎児は医療廃棄物扱いとなるそうだ。
さて、この物語ではこの堕胎された胎児をうまく利用して医療に役立てようという岸川という医師を中心に展開する、結論からいえばこの医師、本当に困った人々、カップルを救うためにあえてタブーとされる医療に挑戦する。
いきなり衝撃的なエピソードから始まる。パーキンソン病の男性、投薬では効果が見られなくなった。パーキンソン病は脳のある場所でドーパミンというものが産生されなくなり手が震えるなどの症状を引き起こす。そこで岸川が考えた治療とは、驚愕すべきものであった。まず患者のパートナーに自分の子供を妊娠してもらう。そしてある程度の期間が経つとその胎児を堕胎させる。そしてその脳からドーパミンを産生する部分を取り出し患者の脳に移植させるというものだ。自分の子供なので免疫拒絶反応などによるトラブルは低い。かなりショッキングだが一応法律的には問題ないらしい。
さらにびっくりするエピソードとは、男性に妊娠させるというもの。正確には受精卵を男性の腹部に移植しある程度成長するのを待つ。そして一定期間、男性の体内で大きくなった後、岸川の病院の研究施設にある人工子宮に移動させ成長させるという話。
こういう事例を見せながら物語は展開する。岸川は商売っ気が全くないが、やがてそこにアメリカ生殖産業があの手この手でその業を盗もうとしてくる。医療に採算とか行き過ぎたコスト感覚が入ると間違いなく本来の医療は医療から遠ざかる。物語は全体として最初からある程度展開が予想できるが、それをどう対処するのか?うまく立ち回るのか?そこらへんはおもしろい。後半1/3は若干、下世話になるがかなり興味深い。
この物語はFictionであるとはいえ日本の生殖医療の問題点を痛烈に批判している。日本では堕胎に関してはかなりルールが緩いのに産まれる方を促進する技術には極端に規制が厳しい。アメリカとは全く逆だそうだ。必然的に少子化へ進む一因にもなる。
私的に、さらにマクロ的にとらえれば生とは何か?生命とはどれほどの価値があるのか?そういう次元にまで思考が及んでしまった。上述したが堕胎には目をつぶっている(らしい)日本の現状。その一方で命は何モノにも変えがたい大事なものというのが当たり前の風潮、確かにそうだと思うが、それに対し、死については、死とは何か?について考えることは少ないように思う。いやほとんどないのでは?堕胎から目を背けている生殖医療の現状と符合しているように感じる。
ある本で読んだが命は大事だ!と言っても多くの場合、その意味を深く考えることは少ないらしい。その一方で、死を意識すると人は間違いなく生命の意義や理由を深く考えるという。私がやたら神風特別攻撃隊の若者の物語に興味を持つ理由はここにある。
死とは何か?今、自問しても全く分からない。となれば『必死』の状況におかれた人々、しかもまだまだ将来のあるはずであろう若者の最後の時間、彼らがどう思い、どう最後の日々を過ごしたのか?知りたいと思った。知覧特攻基地は訪れたことはないが靖国神社や遊就館は何度か訪れた。
エンブリオ、文庫本上下巻あるが数時間で読み終えた。文章は平易である。上巻で岸川が言った言葉が印象に残る。『日本人は抽象的思考ができない』。確かにそうかも知れない。国家とは何か?歴史とは伝統とは?そんなこと言われてもどういうことか分からない。死とは何か?と言われてもよく分からんし考えることもない。想像力がないのか?モノごとの認識力、判断力が低下しているのか?
この本を読み終えて、いろいろなことに思いを馳せてみた。著者のメッセージは生殖医療のみに限定したものでない。昨今、生きる事はどうこうという話は多い。しかし逆に死ぬとはどういうことなのか?逆のベクトルで生命というよく解らん概念を考えれば日々、生きている事の意味とか意義とか少しは見えてくるのではないか?などとふと思った。
日本の生殖医療は制度的には結構ええ加減だそうだ。この本によると日本ではおそらく年間100万件くらいの堕胎手術が行われているという。100万人の命が人工的にdeleteされているともいえる。となるとこれは100万人の殺人ではないのか?という話になるのだが、日本ではそうはならないらしい。法律的には少なくとも胎生12週までは人としてみなされない。よって3ヶ月あたりの堕胎された胎児は医療廃棄物扱いとなるそうだ。
さて、この物語ではこの堕胎された胎児をうまく利用して医療に役立てようという岸川という医師を中心に展開する、結論からいえばこの医師、本当に困った人々、カップルを救うためにあえてタブーとされる医療に挑戦する。
いきなり衝撃的なエピソードから始まる。パーキンソン病の男性、投薬では効果が見られなくなった。パーキンソン病は脳のある場所でドーパミンというものが産生されなくなり手が震えるなどの症状を引き起こす。そこで岸川が考えた治療とは、驚愕すべきものであった。まず患者のパートナーに自分の子供を妊娠してもらう。そしてある程度の期間が経つとその胎児を堕胎させる。そしてその脳からドーパミンを産生する部分を取り出し患者の脳に移植させるというものだ。自分の子供なので免疫拒絶反応などによるトラブルは低い。かなりショッキングだが一応法律的には問題ないらしい。
さらにびっくりするエピソードとは、男性に妊娠させるというもの。正確には受精卵を男性の腹部に移植しある程度成長するのを待つ。そして一定期間、男性の体内で大きくなった後、岸川の病院の研究施設にある人工子宮に移動させ成長させるという話。
こういう事例を見せながら物語は展開する。岸川は商売っ気が全くないが、やがてそこにアメリカ生殖産業があの手この手でその業を盗もうとしてくる。医療に採算とか行き過ぎたコスト感覚が入ると間違いなく本来の医療は医療から遠ざかる。物語は全体として最初からある程度展開が予想できるが、それをどう対処するのか?うまく立ち回るのか?そこらへんはおもしろい。後半1/3は若干、下世話になるがかなり興味深い。
この物語はFictionであるとはいえ日本の生殖医療の問題点を痛烈に批判している。日本では堕胎に関してはかなりルールが緩いのに産まれる方を促進する技術には極端に規制が厳しい。アメリカとは全く逆だそうだ。必然的に少子化へ進む一因にもなる。
私的に、さらにマクロ的にとらえれば生とは何か?生命とはどれほどの価値があるのか?そういう次元にまで思考が及んでしまった。上述したが堕胎には目をつぶっている(らしい)日本の現状。その一方で命は何モノにも変えがたい大事なものというのが当たり前の風潮、確かにそうだと思うが、それに対し、死については、死とは何か?について考えることは少ないように思う。いやほとんどないのでは?堕胎から目を背けている生殖医療の現状と符合しているように感じる。
ある本で読んだが命は大事だ!と言っても多くの場合、その意味を深く考えることは少ないらしい。その一方で、死を意識すると人は間違いなく生命の意義や理由を深く考えるという。私がやたら神風特別攻撃隊の若者の物語に興味を持つ理由はここにある。
死とは何か?今、自問しても全く分からない。となれば『必死』の状況におかれた人々、しかもまだまだ将来のあるはずであろう若者の最後の時間、彼らがどう思い、どう最後の日々を過ごしたのか?知りたいと思った。知覧特攻基地は訪れたことはないが靖国神社や遊就館は何度か訪れた。
エンブリオ、文庫本上下巻あるが数時間で読み終えた。文章は平易である。上巻で岸川が言った言葉が印象に残る。『日本人は抽象的思考ができない』。確かにそうかも知れない。国家とは何か?歴史とは伝統とは?そんなこと言われてもどういうことか分からない。死とは何か?と言われてもよく分からんし考えることもない。想像力がないのか?モノごとの認識力、判断力が低下しているのか?
この本を読み終えて、いろいろなことに思いを馳せてみた。著者のメッセージは生殖医療のみに限定したものでない。昨今、生きる事はどうこうという話は多い。しかし逆に死ぬとはどういうことなのか?逆のベクトルで生命というよく解らん概念を考えれば日々、生きている事の意味とか意義とか少しは見えてくるのではないか?などとふと思った。
2008/7/24 0:34
投稿者:Patriotsファンのわし
2008/7/23 23:51
投稿者:USI
さっそくの書評ありがとうございました。興味深く読ませていただきました。
特に、「日本では堕胎に関してはかなりルールが緩いのに産まれる方を促進する技術には極端に規制が厳しい。アメリカとは全く逆だそうだ。必然的に少子化へ進む一因にもなる。」には納得です。
出産にも、不妊治療にも保険が利かないってどういうことなんでしょう。仮に生んだとしても、働く子持ち女性の環境は決して恵まれたものではありません。私の周りを見ても、よほどpowerfulで才能ある人だけが、仕事&子育ての両立が出来ている状態です。
そんなに努力しないと、両方って手に入らないの??て
不思議にすら思ってしまう環境です。
あ、ちょっと本の趣旨とは外れてしまいましたが、東京に帰ってきて働く子持ち女性の環境があまりにもUSAと違っていたので、思わず熱く愚痴ってしまいました。
次回の書評も楽しみにしていま〜す。
特に、「日本では堕胎に関してはかなりルールが緩いのに産まれる方を促進する技術には極端に規制が厳しい。アメリカとは全く逆だそうだ。必然的に少子化へ進む一因にもなる。」には納得です。
出産にも、不妊治療にも保険が利かないってどういうことなんでしょう。仮に生んだとしても、働く子持ち女性の環境は決して恵まれたものではありません。私の周りを見ても、よほどpowerfulで才能ある人だけが、仕事&子育ての両立が出来ている状態です。
そんなに努力しないと、両方って手に入らないの??て
不思議にすら思ってしまう環境です。
あ、ちょっと本の趣旨とは外れてしまいましたが、東京に帰ってきて働く子持ち女性の環境があまりにもUSAと違っていたので、思わず熱く愚痴ってしまいました。
次回の書評も楽しみにしていま〜す。

<。について。世間では様々な社会制度とか環境にその問題の根を探
しているようです。が、私はどうにもその根源は根深く別の次元にあ
るように感じております。両方手に入れるためにそんなに努力しない
といけない理由を考えてみる必要があると思います。私なりにはそれ
なりの回答を持っておりますが、若干微妙な理論になりますので、ま
たそのうち本文ででも書きたいと思います。
>出産にも、不妊治療にも保険が利かないってどういうことなんで
しょう。<これも難しい問題です。これは今までの健康保険の成り立
ちにも一因があると思いますし、政治的(選挙的)側面もあるかも知
れませんし、お金の問題もあるかも知れませんし、医療サイドの問題
(収入の観点から)、etc 複雑だと思います。とにかく予算の問題な
のでどこかに保険がきけばどこかがなくなる。さあ〜どこをカットす
るか、という官、医、民のせめぎあいの結果かも知れません。