2008/3/3 9:34
マクロの目とミクロの目 世の中
マクロの目とミクロの目ということを考える。
これには最近私自身に降りかかった出来事も関係しているのだけれど。
マクロの目、ミクロの目というのはある事柄に対する視線のあり方。
物事を客観的・全体的・巨視的に捉える視線がマクロの目。
主観的・感情的・部分的に捉える視点がミクロの目。
人間が本来持っているのはおそらくミクロの目なのだろう。
幼児なんかまさしくそうだ。何事も自分を中心にして部分的・主観的に捉える。
「うちのパパ」「うちの犬」と何事にも「うちの」という枕詞が付くといった具合だ。
だが、そこからやがて成長していく中でマクロの目を獲得し、
物事を全体的・客観的に見ていくことができるようになる。
物事の全体を見通すマクロの目は合理にも通じる。
だから私たちは、マクロの目をミクロの目よりも上位に置きがちだ。
主観よりも客観を重んじ、感情論は程度の低いものとして取り扱われがちだ。
けれども、それは正しいことなのだろうか?
マクロの目は全体を見通す。
だから、「大の虫を生かすために小の虫を殺す」という発想を慣習化しがちだ。
むろん問題の対処法としてマクロの目の合理が正しいことも多いだろう。
しかしその合理が、
「小の虫」をためらいなしに切り捨てる「合理」に行き着かないとは限らない。
さまざまな公害も「痛みを伴う改革」もそれを支えたのはそうした「合理」だ。
一部の人間に痛みがあったとしても大多数の幸福のためには許される、という発想だ。
かつての大蔵省では、
国民に負担を強いる政策を打ち出す人間ほど評価されたという。
そこには、マクロの目偏重に根ざした無邪気な発想というか思いこみがある。
個々の痛みを慮るよりも「天下国家百年の計」を考える人間の方がエラい、という。
そうした、大多数の幸福のために一部の人間が痛みを甘受すべきだ、
という「合理」的な発想をする人間は、痛みを受ける側には自分を置いていない。
「痛みを伴う改革」を絶叫していたライオン丸首相も、
消費税を導入した大蔵官僚も、公害をまき散らした企業の社長も。
みんな被害を受ける側にはいない、否いないと思いこんでいる。
人間、エラくなるとマクロの目ばかり発達してミクロの目はなおざりにされる。
それはエラくなれば痛みを受ける側に回る可能性がグンと低くなるからだろう。
そちらに回る現実味がないから、
痛みを受ける側の痛みを想像することもできないし、
ミクロの目からの痛みについての申し立てを真摯に受け止めることもできない。
そして自分が痛みを受ける側にはいないからどこまでも冷酷になれる。
それは組織の規模の大小や地位のスケールを問わずにどのような場でも起こりうる。
かつては思いやりや人間味に溢れていた人間が、
出世して血も涙もない「合理」主義者に変貌してしまう例など枚挙に暇がない。
実際、私もそんな事例をいくつも目にしているし。
だからこそミクロの目を持ち続けている人に心惹かれるのだ。
それは本田宗一郎や『安土往還記』の尾張の大殿のような大人物である必要はない。
例えば漫画『へうげもの』で現在注目を集めている古田織部。
千利休が秀吉の勘気を蒙って堺での蟄居を命じられたとき、
彼は京を去りゆく師匠・利休との別れを惜しみ、悠然と見送りに行ったという。
利休と親交のあった大名の多くが天下人の目を憚って見送らなかったにもかかわらず。
「合理」的な思考からすれば天下人の勘気を蒙った人間を見送るなど言語道断だろう。
自分にもその勘気が降りかかってくる可能性もないわけではないのだから。
古田織部は茶人としての方が名は高いが、織豊時代を生き抜いた戦国武将。
複雑に入り込んだ時代を生き抜いたのだから、
当然時代の流れを見抜く目はそれなりに持っていたであろう。
そしてまた、一介の小大名に過ぎない己の立場もわかっていたであろう。
それでも、彼は太閤の勘気を蒙る危険性をわかりつつもあえて師匠を見送った。
そこに私は彼の意地と温かい心根を強く感じる。
彼は時代を見通すマクロの目を持ちつつ情というミクロの目も持ち続けていたわけだ。
あるいは、伊坂幸太郎が『魔王』の中で取り上げていた、
処刑されたムッソリーニの愛人クラレッタ・ぺタッチのスカートを直してやった男。
彼は別段ファシストだったわけではないのだろう。
ただ、スカートが捲れ上がった状態で吊され、そのことで嘲笑されているペタッチに、
哀れみを感じ、辱めからなんとか守ってやりたいと思っただけなのだろう。
古田織部やこの男のような、
ささやかだけれど勇気を持ったミクロの目に私は共感する。
「合理」的な観点からは決して得をすることはないのかもしれないけれど、
それでも自分もそうしたミクロの目は大切にしていきたいと思う。
これには最近私自身に降りかかった出来事も関係しているのだけれど。
マクロの目、ミクロの目というのはある事柄に対する視線のあり方。
物事を客観的・全体的・巨視的に捉える視線がマクロの目。
主観的・感情的・部分的に捉える視点がミクロの目。
人間が本来持っているのはおそらくミクロの目なのだろう。
幼児なんかまさしくそうだ。何事も自分を中心にして部分的・主観的に捉える。
「うちのパパ」「うちの犬」と何事にも「うちの」という枕詞が付くといった具合だ。
だが、そこからやがて成長していく中でマクロの目を獲得し、
物事を全体的・客観的に見ていくことができるようになる。
物事の全体を見通すマクロの目は合理にも通じる。
だから私たちは、マクロの目をミクロの目よりも上位に置きがちだ。
主観よりも客観を重んじ、感情論は程度の低いものとして取り扱われがちだ。
けれども、それは正しいことなのだろうか?
マクロの目は全体を見通す。
だから、「大の虫を生かすために小の虫を殺す」という発想を慣習化しがちだ。
むろん問題の対処法としてマクロの目の合理が正しいことも多いだろう。
しかしその合理が、
「小の虫」をためらいなしに切り捨てる「合理」に行き着かないとは限らない。
さまざまな公害も「痛みを伴う改革」もそれを支えたのはそうした「合理」だ。
一部の人間に痛みがあったとしても大多数の幸福のためには許される、という発想だ。
かつての大蔵省では、
国民に負担を強いる政策を打ち出す人間ほど評価されたという。
そこには、マクロの目偏重に根ざした無邪気な発想というか思いこみがある。
個々の痛みを慮るよりも「天下国家百年の計」を考える人間の方がエラい、という。
そうした、大多数の幸福のために一部の人間が痛みを甘受すべきだ、
という「合理」的な発想をする人間は、痛みを受ける側には自分を置いていない。
「痛みを伴う改革」を絶叫していたライオン丸首相も、
消費税を導入した大蔵官僚も、公害をまき散らした企業の社長も。
みんな被害を受ける側にはいない、否いないと思いこんでいる。
人間、エラくなるとマクロの目ばかり発達してミクロの目はなおざりにされる。
それはエラくなれば痛みを受ける側に回る可能性がグンと低くなるからだろう。
そちらに回る現実味がないから、
痛みを受ける側の痛みを想像することもできないし、
ミクロの目からの痛みについての申し立てを真摯に受け止めることもできない。
そして自分が痛みを受ける側にはいないからどこまでも冷酷になれる。
それは組織の規模の大小や地位のスケールを問わずにどのような場でも起こりうる。
かつては思いやりや人間味に溢れていた人間が、
出世して血も涙もない「合理」主義者に変貌してしまう例など枚挙に暇がない。
実際、私もそんな事例をいくつも目にしているし。
だからこそミクロの目を持ち続けている人に心惹かれるのだ。
それは本田宗一郎や『安土往還記』の尾張の大殿のような大人物である必要はない。
例えば漫画『へうげもの』で現在注目を集めている古田織部。
千利休が秀吉の勘気を蒙って堺での蟄居を命じられたとき、
彼は京を去りゆく師匠・利休との別れを惜しみ、悠然と見送りに行ったという。
利休と親交のあった大名の多くが天下人の目を憚って見送らなかったにもかかわらず。
「合理」的な思考からすれば天下人の勘気を蒙った人間を見送るなど言語道断だろう。
自分にもその勘気が降りかかってくる可能性もないわけではないのだから。
古田織部は茶人としての方が名は高いが、織豊時代を生き抜いた戦国武将。
複雑に入り込んだ時代を生き抜いたのだから、
当然時代の流れを見抜く目はそれなりに持っていたであろう。
そしてまた、一介の小大名に過ぎない己の立場もわかっていたであろう。
それでも、彼は太閤の勘気を蒙る危険性をわかりつつもあえて師匠を見送った。
そこに私は彼の意地と温かい心根を強く感じる。
彼は時代を見通すマクロの目を持ちつつ情というミクロの目も持ち続けていたわけだ。
あるいは、伊坂幸太郎が『魔王』の中で取り上げていた、
処刑されたムッソリーニの愛人クラレッタ・ぺタッチのスカートを直してやった男。
彼は別段ファシストだったわけではないのだろう。
ただ、スカートが捲れ上がった状態で吊され、そのことで嘲笑されているペタッチに、
哀れみを感じ、辱めからなんとか守ってやりたいと思っただけなのだろう。
古田織部やこの男のような、
ささやかだけれど勇気を持ったミクロの目に私は共感する。
「合理」的な観点からは決して得をすることはないのかもしれないけれど、
それでも自分もそうしたミクロの目は大切にしていきたいと思う。
