2008/3/19 22:26
ビバリー昼ズ 3/17-01 JOHNNY (ON AIR)
高田文夫のラジオビバリー昼ズ
http://www.1242.com/takada/

〔高田文夫と乾貴美子のラジオビバリー昼ズ
今日のゲストは、元ロッテの投手、ジョニーこと黒木知宏さんです。
今だから話せる現役時代の秘密から、今季ペナントレースの予想まで
たっぷり伺います。このあとすぐです。〕
「さあ今日も11時半から生放送のビバリー昼ズ、はいお相手は」
〔乾貴美子でございます。〕
「はいもうスタジオの中にはですね、もう真っ黒けに日焼けしてですね、
もうね、爽やかな笑顔でいらっしゃいます。はい。早速参りましょう。」
〔千葉から有楽町へ、ようこそー!〕
・・実況・・
黒木の、いよいよ最後の1球か?バッターは福浦、カウントツースリー、
第6球黒木が・・投げた、空振三振、・・・ジョニーお疲れ様、本当に、ありがとう。
まさに君こそ、記録よりも、記憶にその名を残した、すばらしいピッチャーだったと思います。
・・・
『マリーンズに入団して、13年間、本当に幸せでした。
マリーンでの声援が、僕に、勇気と力を与えてくれました。
マリーンのマウンドが、大好きでした。(スタンドから拍手)
13年間、本当に、ありがとうございました。(拍手)』
・・・
〔本日のゲストは、ジョニーこと黒木知宏さん。〕「はい」
〔宮崎県のご出身で34歳でいらっしゃいます。〕「はい」
〔社会人野球を経て94年21歳の時にドラフト2位でロッテに入団、愛称はジョニー
これは入団時に黒木さん自身が、ジョニーと呼んでくれと、言ったのが
そのまま定着したものでございます。〕「はい」
〔96年に先発ローテーションに入ると97年には、防御率2点台を記録、
ロッテでは小宮山投手とともにダブルエースにのし上がります。
98年には最多勝・最高勝率のタイトルを獲得、ピッチングの際にマウンドで
うなり声をあげるなど、気持ちのこもった投球は、ファンの熱い支持を受け、
魂のエースとも呼ばれました。〕「うんー。」
〔2001年後半から長く右肩の怪我との闘いでマウンドを離れ、
2004年に1軍に戻るまで3年かかりましたが、ファンはジョニーの復活をずっと見守り続けました。〕
〔野球ファンに愛され続けたエース。現役生活13年、元千葉ロッテマリーンズ、〕「はい」
〔そんなかたが今日のゲスト、黒木知宏さんでーす。〕
「はい、よろしくお願いします。」
『はい、よろしくお願いします。』「どうもどうも、お疲れ様でございました。」
『はい、ありがとうございます。』「ほんとにねぇ。」
「最初に聞いてもらったのは、おとついの」『はい』「セレモニーの模様でね?」『はい』
「・・ありがたいですね?ファンは。」
『そうですねー』「ねー」『もう、満員の中で、』「うん」
『投げれたことがほんとに幸せだと思います。』
「やっぱり千葉のファンは特別ですか?」
『やっぱ、アツいですね。』「アツいー?」『はい』
「ロッテファンは。」『はい』
「ここにね?」〔はい〕「号外まであるんだけど。」『はい』
「なんかねぇ?千葉の球場の前で配られたんだって。」『はい』
〔争奪戦だったそうですよー?〕「ありがとう俺達のジョニー、と。」
「そうですねーこれうれしいですよねー?こういうのー。」
『嬉しいですねぇ〜、はい。』「書かれてこれ、新聞社が作ったやつですねー?」
〔こういう号外はご本人の家には何部ぐらい、あったりするんですかー?〕
『いやあの、球場で、戴いたーものだけですね?』
〔1枚だけー!?〕
『・・・恐らく2〜3枚は、あると思いますけど。』〔2〜3枚!(笑)〕
「大事にしとかないと、ね?」『はい。』〔ん〜〜・・・〕
〔球場には3万人近くのかたが、「そうだって。」集まったそうです。〕
〔正確に言うと、2万8926人!〕「ほーーー集まりましたねー?」
「いかがでした?あの、マウンドは?3人投げたんですか?最後は?」
『そうですね?はい』「3人に?」
『はい、本気で投げました。』「本気でー?!」〔うふふ〕
『はい。』「なんか、相当な、スピード、出たらしいじゃないですかー?!」
『あのー自分でも、ちょっとびっくりしましたねー?』「出たー?ピヤーっと。」
『出ましたねー・・・?』「おー。まだいくら出ましたー?何キロー。」
『えー。138ぐらい出てたかなー?』「138?!」『はい』
「出たんですかー。イケますねー?!(笑)へえー?まだまだ・・」
『えー変な意味であのちょっと、自信つけましたねー。』「うっふっふ」〔ふふふ〕
【2】へ続く。

http://www.1242.com/takada/

〔高田文夫と乾貴美子のラジオビバリー昼ズ
今日のゲストは、元ロッテの投手、ジョニーこと黒木知宏さんです。
今だから話せる現役時代の秘密から、今季ペナントレースの予想まで
たっぷり伺います。このあとすぐです。〕
「さあ今日も11時半から生放送のビバリー昼ズ、はいお相手は」
〔乾貴美子でございます。〕
「はいもうスタジオの中にはですね、もう真っ黒けに日焼けしてですね、
もうね、爽やかな笑顔でいらっしゃいます。はい。早速参りましょう。」
〔千葉から有楽町へ、ようこそー!〕
・・実況・・
黒木の、いよいよ最後の1球か?バッターは福浦、カウントツースリー、
第6球黒木が・・投げた、空振三振、・・・ジョニーお疲れ様、本当に、ありがとう。
まさに君こそ、記録よりも、記憶にその名を残した、すばらしいピッチャーだったと思います。
・・・
『マリーンズに入団して、13年間、本当に幸せでした。
マリーンでの声援が、僕に、勇気と力を与えてくれました。
マリーンのマウンドが、大好きでした。(スタンドから拍手)
13年間、本当に、ありがとうございました。(拍手)』
・・・
〔本日のゲストは、ジョニーこと黒木知宏さん。〕「はい」
〔宮崎県のご出身で34歳でいらっしゃいます。〕「はい」
〔社会人野球を経て94年21歳の時にドラフト2位でロッテに入団、愛称はジョニー
これは入団時に黒木さん自身が、ジョニーと呼んでくれと、言ったのが
そのまま定着したものでございます。〕「はい」
〔96年に先発ローテーションに入ると97年には、防御率2点台を記録、
ロッテでは小宮山投手とともにダブルエースにのし上がります。
98年には最多勝・最高勝率のタイトルを獲得、ピッチングの際にマウンドで
うなり声をあげるなど、気持ちのこもった投球は、ファンの熱い支持を受け、
魂のエースとも呼ばれました。〕「うんー。」
〔2001年後半から長く右肩の怪我との闘いでマウンドを離れ、
2004年に1軍に戻るまで3年かかりましたが、ファンはジョニーの復活をずっと見守り続けました。〕
〔野球ファンに愛され続けたエース。現役生活13年、元千葉ロッテマリーンズ、〕「はい」
〔そんなかたが今日のゲスト、黒木知宏さんでーす。〕
「はい、よろしくお願いします。」
『はい、よろしくお願いします。』「どうもどうも、お疲れ様でございました。」
『はい、ありがとうございます。』「ほんとにねぇ。」
「最初に聞いてもらったのは、おとついの」『はい』「セレモニーの模様でね?」『はい』
「・・ありがたいですね?ファンは。」
『そうですねー』「ねー」『もう、満員の中で、』「うん」
『投げれたことがほんとに幸せだと思います。』
「やっぱり千葉のファンは特別ですか?」
『やっぱ、アツいですね。』「アツいー?」『はい』
「ロッテファンは。」『はい』
「ここにね?」〔はい〕「号外まであるんだけど。」『はい』
「なんかねぇ?千葉の球場の前で配られたんだって。」『はい』
〔争奪戦だったそうですよー?〕「ありがとう俺達のジョニー、と。」
「そうですねーこれうれしいですよねー?こういうのー。」
『嬉しいですねぇ〜、はい。』「書かれてこれ、新聞社が作ったやつですねー?」
〔こういう号外はご本人の家には何部ぐらい、あったりするんですかー?〕
『いやあの、球場で、戴いたーものだけですね?』
〔1枚だけー!?〕
『・・・恐らく2〜3枚は、あると思いますけど。』〔2〜3枚!(笑)〕
「大事にしとかないと、ね?」『はい。』〔ん〜〜・・・〕
〔球場には3万人近くのかたが、「そうだって。」集まったそうです。〕
〔正確に言うと、2万8926人!〕「ほーーー集まりましたねー?」
「いかがでした?あの、マウンドは?3人投げたんですか?最後は?」
『そうですね?はい』「3人に?」
『はい、本気で投げました。』「本気でー?!」〔うふふ〕
『はい。』「なんか、相当な、スピード、出たらしいじゃないですかー?!」
『あのー自分でも、ちょっとびっくりしましたねー?』「出たー?ピヤーっと。」
『出ましたねー・・・?』「おー。まだいくら出ましたー?何キロー。」
『えー。138ぐらい出てたかなー?』「138?!」『はい』
「出たんですかー。イケますねー?!(笑)へえー?まだまだ・・」
『えー変な意味であのちょっと、自信つけましたねー。』「うっふっふ」〔ふふふ〕
【2】へ続く。





