2008/4/21 1:43
四人囃子 at 後楽園JCBホール 音楽
四人囃子のライヴに6年ぶりに行ってきた(『ROCK LEGENDS』、CREATION とのジョイント、4月19日、於後楽園JCBホール)。四人囃子と頭脳警察とのジョイント、および、頭脳・囃子を新宿厚生年金会館で見て以来である。今回は前回よりもやや長めのライブで、新曲2曲とピンク・フロイドのカヴァー曲のアンコールを含む11曲。唯一無比の四人囃子の世界を存分に堪能出来た。

外国人のロック好きの友人に「日本にもロックなんてあるの」などという素朴な質問をされたときに黙って手渡すのは、四人囃子の『一触即発』か『ゴールデン・ピクニックス』とフリクションの『軋轢』か『ZONE TRIPPER』である。フリクションについては、ここでは改めて触れる必要もないが、(少なくとも森園勝敏期の)四人囃子はその圧倒的なオリジナリティでもっていつも私を魅了してきた。それも、「おまつり」、「カーニバルがやってくるぞ」といった曲名や『ゴールデン・ピクニックス』というアルバム・タイトル、さらにはグループ名が示すように、祭りとの関係を保ちつつも、おまつりそのものというよりは、おまつりの後、ないしはそのさなかにすら感じ取られる空虚な感覚をもち、また、楽曲が進むうちに危機を喚起する混沌へと連れ去っていく、その特異な世界に惹かれ続けている。ジャン・ルノワールの『ピクニック』やジャック・タチの映画がルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』に変転する世界、或いはゴダールの『ウイークエンド』の世界、とでも言ったらいいか。
さらに、これはかなり深読みだが、歌詞の不思議な魅力。湯浅学は「おまつり」の主人公を犬であると指摘した後で、「人によってはこの曲に全共闘の内ゲバを読み取るかもしれない」と述べているが、私は連合赤軍事件の残照を感じる(「なにもすることがなくて/なにもすることがなくて/おろしたてのバラ色のシャツきて/おまつりのある街へ/その街にはいつもおまつりがあるのさ みんな輪になっておどる/みんな輪になっておどる/おれもおどろうとしたけど/誰かの足をふんづけて/しょうがなしにみんなの匂いを/かいでまわったのさ みんなで一つづつ歌を唄うことになって/みんなはもちろん彼女のことを歌ったのさ/おれの番がやってきて/あのこのことを唄おうとしたけど/文句を忘れてフシだけで唄ったのさ/そしたらみんなはおこって/おれの頭をなぐりつけたのさ なにもすることがなくて/なにもすることがなくて/おろしたてのバラ色のシャツも/もうやぶれそう/やっぱりおまつりのある街へいくと/泣いてしまう」)。さらには、こちらはもちろん意図されたわけではないのだが、「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」は、拉致事件を予知しているかのようである。
後半の CREATION のライブは、私には正直言ってかなり辛いものであった。中学生時代に何曲かコピーしたことを途中で思い出したが、そのときから竹田和夫のギターはちょっと苦手だったという記憶も蘇ってきた。ロック・ミュージックをこの国で消化していく際の試行錯誤の一つの形態・サンプルとしては理解できるものの、それ以上の感興はない。まあ、リフ研究の一環として座っていたとも言えるが、それなりに魅力的なリフもそれだけでは力をもつものではない、ということを改めて確認したことが成果といえば成果か。アンコールは、予想通り「Spinning Toe Hold」。もしかして、森園閣下とのダブルギターか、とそれだけを期待していたが、それもなく、こちらはちょっと残念。
聞きに行くつもりはまったくないが、フラワー・トラヴェリン・バンドが再結成したらしいし、5月18日には日比谷の野音で、ブルース・クリエイション、紫、めんたんぴんと共に、再武装した頭脳警察のライヴがある(こちらは義務である)。現在50代後半から60代のミュージシャン、つまりは70年代に活躍したミュージシャンの全てを手放しに称揚するつもりはないし、実際、正直言って聞くに堪えるものは限られている。だが、その中には、とてつもなく変わらずに魅力的なものが多いのも事実である。ノスタルジーはまったくないが、少なくとも、彼らのライブを見る機会は、寂しいことに次第に減っていくことも事実であるから、出来るだけそれを逃さないようにしたい。
昨日(20日)からは、我がアイドルと実は同い年のЯ eck率いるFrictionのツアーが始まったばかりである。4月27日は宮城県での ARABAKI ROCK FES. 08、そして5月21日には渋谷クアトロ。この調子で行くと、今年は二桁の数のライヴだろうか、期待は高まるばかりである(二桁は99まである!)。結成30周年(そして、前身が3/3なの)だから、三枚組のニューアルバム発売などという夢のような事件が生じるといいが。
外国人のロック好きの友人に「日本にもロックなんてあるの」などという素朴な質問をされたときに黙って手渡すのは、四人囃子の『一触即発』か『ゴールデン・ピクニックス』とフリクションの『軋轢』か『ZONE TRIPPER』である。フリクションについては、ここでは改めて触れる必要もないが、(少なくとも森園勝敏期の)四人囃子はその圧倒的なオリジナリティでもっていつも私を魅了してきた。それも、「おまつり」、「カーニバルがやってくるぞ」といった曲名や『ゴールデン・ピクニックス』というアルバム・タイトル、さらにはグループ名が示すように、祭りとの関係を保ちつつも、おまつりそのものというよりは、おまつりの後、ないしはそのさなかにすら感じ取られる空虚な感覚をもち、また、楽曲が進むうちに危機を喚起する混沌へと連れ去っていく、その特異な世界に惹かれ続けている。ジャン・ルノワールの『ピクニック』やジャック・タチの映画がルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』に変転する世界、或いはゴダールの『ウイークエンド』の世界、とでも言ったらいいか。
さらに、これはかなり深読みだが、歌詞の不思議な魅力。湯浅学は「おまつり」の主人公を犬であると指摘した後で、「人によってはこの曲に全共闘の内ゲバを読み取るかもしれない」と述べているが、私は連合赤軍事件の残照を感じる(「なにもすることがなくて/なにもすることがなくて/おろしたてのバラ色のシャツきて/おまつりのある街へ/その街にはいつもおまつりがあるのさ みんな輪になっておどる/みんな輪になっておどる/おれもおどろうとしたけど/誰かの足をふんづけて/しょうがなしにみんなの匂いを/かいでまわったのさ みんなで一つづつ歌を唄うことになって/みんなはもちろん彼女のことを歌ったのさ/おれの番がやってきて/あのこのことを唄おうとしたけど/文句を忘れてフシだけで唄ったのさ/そしたらみんなはおこって/おれの頭をなぐりつけたのさ なにもすることがなくて/なにもすることがなくて/おろしたてのバラ色のシャツも/もうやぶれそう/やっぱりおまつりのある街へいくと/泣いてしまう」)。さらには、こちらはもちろん意図されたわけではないのだが、「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」は、拉致事件を予知しているかのようである。
後半の CREATION のライブは、私には正直言ってかなり辛いものであった。中学生時代に何曲かコピーしたことを途中で思い出したが、そのときから竹田和夫のギターはちょっと苦手だったという記憶も蘇ってきた。ロック・ミュージックをこの国で消化していく際の試行錯誤の一つの形態・サンプルとしては理解できるものの、それ以上の感興はない。まあ、リフ研究の一環として座っていたとも言えるが、それなりに魅力的なリフもそれだけでは力をもつものではない、ということを改めて確認したことが成果といえば成果か。アンコールは、予想通り「Spinning Toe Hold」。もしかして、森園閣下とのダブルギターか、とそれだけを期待していたが、それもなく、こちらはちょっと残念。
聞きに行くつもりはまったくないが、フラワー・トラヴェリン・バンドが再結成したらしいし、5月18日には日比谷の野音で、ブルース・クリエイション、紫、めんたんぴんと共に、再武装した頭脳警察のライヴがある(こちらは義務である)。現在50代後半から60代のミュージシャン、つまりは70年代に活躍したミュージシャンの全てを手放しに称揚するつもりはないし、実際、正直言って聞くに堪えるものは限られている。だが、その中には、とてつもなく変わらずに魅力的なものが多いのも事実である。ノスタルジーはまったくないが、少なくとも、彼らのライブを見る機会は、寂しいことに次第に減っていくことも事実であるから、出来るだけそれを逃さないようにしたい。
昨日(20日)からは、我がアイドルと実は同い年のЯ eck率いるFrictionのツアーが始まったばかりである。4月27日は宮城県での ARABAKI ROCK FES. 08、そして5月21日には渋谷クアトロ。この調子で行くと、今年は二桁の数のライヴだろうか、期待は高まるばかりである(二桁は99まである!)。結成30周年(そして、前身が3/3なの)だから、三枚組のニューアルバム発売などという夢のような事件が生じるといいが。
2008/6/8 19:01
投稿者:IzumiS/Z
2008/5/26 3:10
はじめまして。
検索していたら発見したので、足跡残させていただきます。
私も、父と弟と三人で、ロックレジェンド行ってきました。
全盛期の時代に生まれたかったな。
検索していたら発見したので、足跡残させていただきます。
私も、父と弟と三人で、ロックレジェンド行ってきました。
全盛期の時代に生まれたかったな。

彼らは大体が還暦あたり。後何回ライヴが見られるか、ちょっと寂し
さを感じます。