2005/8/21 20:45
ガザ撤退に寄せて 分類なし
ガザ地区の入植地撤去は、今のところ(8月21日現在)順調に進んでいるようです。この撤退の経過や、パレスチナ人、イスラエル人の反応などについては既にいろいろなところで報道されていますし、様々な問題点の指摘もされています。パレスチナ子どものキャンペーンでも、この件に関して声明を発しています。
今回の撤退が政治的にどのような意味があるかについては別の場所に譲るとして、ここでは入植地撤廃がガザの一般の人たちの暮らしをどう変えるか、変えないかについて考えたいと思います。
もっとも大きな変化は、少なくとも入植地と隣接していた場所はこれまでよりもずっと安全になるだろうということです。入植地とパレスチナ人の街が隣接するところでは、これまで衝突が相次いでいました。入植地に不用意に近づいた人たちはたとえ子どもであっても銃撃を受けて死傷してきましたが、ハン・ユニス周辺では入植地に近づかないと家に帰ることもできない人がたくさんいました。入植地周辺だけでなく、入植地とイスラエルを結ぶ入植地道路が街道と交わるところも危険な場所でした。このような危険な場所は確実に少なくなります。
しかし、イスラエル側からの攻撃が全くなくなるかというと、それはわかりません。和平が全体的に進まなければ、パレスチナの武装勢力幹部を暗殺するなどの目的でガザ地区の奥深くまで攻撃される事態も考えられます。これまでも、そのような攻撃で多くの一般市民が巻き添えになってきました。また、元々壁に囲まれていたガザ地区から自爆攻撃が行われることはほとんどなかったのですが、パレスチナ人武装組織が手製ロケット弾をイスラエル側に撃ち込むという事件が多発し、それに対する報復攻撃が行われています。これらの粗雑なロケット弾の多くはパレスチナ側に落ちて人々を傷つけてもいます。
イスラエルとの境界地帯は今後も緊張が続くでしょうし、ガザが軍事的に包囲された紛争地帯の只中だという事実は変わりません。特にラファ市のエジプト国境の状況はこれまでとそれほどかわりません。
入植地が分断していたガザ地区は一つに統合されます。このことの経済的な意味は大きいですが、より以上に心理的な意味は大きいのです。ラファの人はすぐそばにある海にようやくたどり着くことができます。ガザ市の病院や、アトファルナのような学校に出かけることもできるようになります。このことは人々の生活と心理を大きく改善すると思われます。
しかし、ガザが包囲され周辺から隔離された状況はこれまでと変わりません。ガザの人々がエルサレムやヨルダン川西岸地区、あるいはヨルダンやエジプトのような隣国、さらにヨーロッパや日本に出かけていくことの大変さはこれまでと変わりません。地区からの出入りの管理は依然イスラエル側に残されるので、イスラエルからの許可がないと境界を越えられないためです。ガザ空港の将来も不明確です。このことは、ガザの今後の経済状況を不確実にしています。
入植地が占めていた広い土地がパレスチナ側に引き渡されたことは、人口密集したガザ地区の人にとっては大変うれしいことです。5年間の紛争で多くの人が住む家を無くしました。しかし、これらの土地が多くの人に役立つように有効に使われるのか、あるいは一部の自治政府幹部などに独占されてしまうかは、今後パレスチナがどんな国となるかを見守る上で重要な点です。
資源と土地の管理、特に水の管理は重要な問題です。多くの井戸が破壊され、入植地の水の汲み上げで水質が悪化していました。しかし、ガザの水資源はイスラエル側とつながっているので、水の管理は双方で協力しあわない限りうまくいきません。そのようになるかどうかも、今後の和平の進展、それもただ撃ち合わないというだけでなくて、双方の生存のために協力し合うというかたちの和平の進展がなければ達成できないことです。これは長期的な課題であり、またこれからの「和平」がどんな形になるかに関わる重要な点です。
経済がこれで上向くかもまだ不明確です。短期的には、治安が良くなるというプラス面があると同時に、イスラエル側への出稼ぎが確実に減っていますのでマイナスに向かっている部分もあります。ガザの人たちは少しでも雇用が増えて、金銭的な収入だけでなくて、自立して生活しているという誇りを取り戻したいと考えています。
このことは、ガザ地区の出入りがどれくらい自由になるかということとともに、外部からの援助や投資、そして自治政府の統治能力も試されます。今、人々はとりあえずの喜びをかみしめていますが、それが長く続くものとなるには、パレスチナ人自身の努力、イスラエルがどれくらい共存に真剣か、そして日本を含む外国がどのように有効な支援をできるかといった多くのことにかかっています。

今回の撤退が政治的にどのような意味があるかについては別の場所に譲るとして、ここでは入植地撤廃がガザの一般の人たちの暮らしをどう変えるか、変えないかについて考えたいと思います。
もっとも大きな変化は、少なくとも入植地と隣接していた場所はこれまでよりもずっと安全になるだろうということです。入植地とパレスチナ人の街が隣接するところでは、これまで衝突が相次いでいました。入植地に不用意に近づいた人たちはたとえ子どもであっても銃撃を受けて死傷してきましたが、ハン・ユニス周辺では入植地に近づかないと家に帰ることもできない人がたくさんいました。入植地周辺だけでなく、入植地とイスラエルを結ぶ入植地道路が街道と交わるところも危険な場所でした。このような危険な場所は確実に少なくなります。
しかし、イスラエル側からの攻撃が全くなくなるかというと、それはわかりません。和平が全体的に進まなければ、パレスチナの武装勢力幹部を暗殺するなどの目的でガザ地区の奥深くまで攻撃される事態も考えられます。これまでも、そのような攻撃で多くの一般市民が巻き添えになってきました。また、元々壁に囲まれていたガザ地区から自爆攻撃が行われることはほとんどなかったのですが、パレスチナ人武装組織が手製ロケット弾をイスラエル側に撃ち込むという事件が多発し、それに対する報復攻撃が行われています。これらの粗雑なロケット弾の多くはパレスチナ側に落ちて人々を傷つけてもいます。
イスラエルとの境界地帯は今後も緊張が続くでしょうし、ガザが軍事的に包囲された紛争地帯の只中だという事実は変わりません。特にラファ市のエジプト国境の状況はこれまでとそれほどかわりません。
入植地が分断していたガザ地区は一つに統合されます。このことの経済的な意味は大きいですが、より以上に心理的な意味は大きいのです。ラファの人はすぐそばにある海にようやくたどり着くことができます。ガザ市の病院や、アトファルナのような学校に出かけることもできるようになります。このことは人々の生活と心理を大きく改善すると思われます。
しかし、ガザが包囲され周辺から隔離された状況はこれまでと変わりません。ガザの人々がエルサレムやヨルダン川西岸地区、あるいはヨルダンやエジプトのような隣国、さらにヨーロッパや日本に出かけていくことの大変さはこれまでと変わりません。地区からの出入りの管理は依然イスラエル側に残されるので、イスラエルからの許可がないと境界を越えられないためです。ガザ空港の将来も不明確です。このことは、ガザの今後の経済状況を不確実にしています。
入植地が占めていた広い土地がパレスチナ側に引き渡されたことは、人口密集したガザ地区の人にとっては大変うれしいことです。5年間の紛争で多くの人が住む家を無くしました。しかし、これらの土地が多くの人に役立つように有効に使われるのか、あるいは一部の自治政府幹部などに独占されてしまうかは、今後パレスチナがどんな国となるかを見守る上で重要な点です。
資源と土地の管理、特に水の管理は重要な問題です。多くの井戸が破壊され、入植地の水の汲み上げで水質が悪化していました。しかし、ガザの水資源はイスラエル側とつながっているので、水の管理は双方で協力しあわない限りうまくいきません。そのようになるかどうかも、今後の和平の進展、それもただ撃ち合わないというだけでなくて、双方の生存のために協力し合うというかたちの和平の進展がなければ達成できないことです。これは長期的な課題であり、またこれからの「和平」がどんな形になるかに関わる重要な点です。
経済がこれで上向くかもまだ不明確です。短期的には、治安が良くなるというプラス面があると同時に、イスラエル側への出稼ぎが確実に減っていますのでマイナスに向かっている部分もあります。ガザの人たちは少しでも雇用が増えて、金銭的な収入だけでなくて、自立して生活しているという誇りを取り戻したいと考えています。
このことは、ガザ地区の出入りがどれくらい自由になるかということとともに、外部からの援助や投資、そして自治政府の統治能力も試されます。今、人々はとりあえずの喜びをかみしめていますが、それが長く続くものとなるには、パレスチナ人自身の努力、イスラエルがどれくらい共存に真剣か、そして日本を含む外国がどのように有効な支援をできるかといった多くのことにかかっています。
