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    <title>アトファルナ便り</title>
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    <description>パレスチナ自治区ガザ地区で最初のろう学校，アトファルナろう学校を支援するためのページです。</description>
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    <dc:date>2005-12-27T06:05:56+09:00</dc:date>
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    <title>ジェリー校長からのメッセージ</title>
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イスラエル軍のガザ撤退は完了し，ラファの国境にはエジプト軍が境界線の警備のために配置されました。入植地の存在で苦しんでいた，特に南部の人々の喜びはひとしおです。しかし，西岸のパレスチナ武装組織とイスラエル軍の衝突から端を発して，パレスチナ側からのロケット弾攻撃と，イスラエル軍による市街地や難民キャンプへの空爆も起こりました。一方，ガザの中の状況も，自由の喜びと同時に将来の不安にも包まれています。そのようなガザの様子については，パレスチナ子どものキャンペーンのホームページ

http://www32.ocn.ne...</description>
    <dc:date>2005-09-25T17:16:23+09:00</dc:date>
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    <title>ガザ撤退に寄せて</title>
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    <description>ガザ地区の入植地撤去は、今のところ（８月２１日現在）順調に進んでいるようです。この撤退の経過や、パレスチナ人、イスラエル人の反応などについては既にいろいろなところで報道されていますし、様々な問題点の指摘もされています。パレスチナ子どものキャンペーンでも、この件に関して声明を発しています。

今回の撤退が政治的にどのような意味があるかについては別の場所に譲るとして、ここでは入植地撤廃がガザの一般の人たちの暮らしをどう変えるか、変えないかについて考えたいと思います。

もっとも大きな変化は、少なくと...</description>
    <dc:date>2005-08-21T20:42:58+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://diary.jp.aol.com/wasqwr/19.html">
    <title>あの子は今〓　パン職人イスマイール</title>
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    <description>1992年の開校から13年たったアトファルナろう学校から巣立った卒業生について、パレスチナ子どものキャンペーンのインターンとしてガザに駐在している中村哲也さんからのレポートが届いています。

就職第１号
　「卒業生が作ったのよ」アトファルナろう学校を訪れる来客にパンやお菓子をジェリー校長が誇らしげに差し出す。チーズや野菜が入っているロールパン、アラブ風に香辛料を効かせたもの、クッキー風の生地にジャムを挟んだり巻いたりしているものなど様々だ。アトファルナから車で5分ほどいった所にあるパン屋“No.1”からこ...</description>
    <dc:date>2005-08-14T15:28:48+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://diary.jp.aol.com/wasqwr/18.html">
    <title>ガザ地区の町と村</title>
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    <description>ガザ地区は、海岸に沿って首都圏で言えば東京-横浜の京浜地区、関西で言えば阪神間ほどの広がりのある地域です。しかし、ガザ市以外の町には訪れる外国人も少なく情報はわずかしか入ってきません。今日は、ガザ地区の町を紹介します。

ベイト・ハヌーン
　ガザ地区の北の端にある町です。イスラエル側の呼び名はエレツで、パレスチナ人がガザ地区からイスラエル側に行き来できる唯一のチェックポイント、エレツ検問所はこの町の名から来ています。この町はガザ市から近く、実質的にはガザ市の衛星都市のようになっていて、多くの人が...</description>
    <dc:date>2005-07-09T23:48:04+09:00</dc:date>
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    <title>夏休みの自由研究：ガザに見る人類の足跡</title>
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    <description>アフリカとアジアをつなぐ位置にあるガザ地区は、有史以前から通行路・戦場として重要な位置を占めていました。

現在有力な「出アフリカ」説に従えば、現生人類（新人）の起源はアフリカにあり、そこからユーラシアに広がったと考えられます。そして、アフリカ以外の最も古い新人の化石はイスラエルのカフゼー洞窟から見つかっています。それは約10万年前のものです。アフリカを出た最初の人類が、地形の平坦なシナイ半島の北側からガザを通ってそこに辿り着いたというのは十分ありそうです。しかし、このカフゼーの人々がそのままユ...</description>
    <dc:date>2005-07-03T13:57:45+09:00</dc:date>
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    <title>夏休み</title>
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    <description>&lt;img src=&quot;/wasqwr/img/thumb_1119784036.jpg&quot;&gt;

先週お伝えしたとおり、アトファルナろう学校は８月末まで夏休みに入りました。

ガザの夏は、日本と同様、あるいはそれ以上に蒸し暑く過ごし難い季節です。しかし、同時に開放的な気分にもなれる季節でもあるようです。ガザ市では多くの人が海岸に出かけて一時の涼を求めて海に入ります。女性たちは服を着たまま。海岸の道路では露店が出て飲み物やスナックなどを売っています。

２０００年９月にインティファーダが始まって以来、夏も安心して過ごせる季節ではなく...</description>
    <dc:date>2005-06-26T20:07:18+09:00</dc:date>
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    <title>おもちゃ支援ありがとうございます</title>
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    <description>&lt;img src=&quot;/wasqwr/img/thumb_1119190384.jpg&quot;&gt;

アトファルナろう学校の二学期も終わり、秋からの新しい学年にむけての夏休みが始まりました。多くのアトファルナの生徒たちにとって、夏休みは手話で話せる仲間たちと離れる少し淋しい時期でもあります。そんな中、昨年の夏に皆さんから支援していただいたおもちゃの配布の写真が届きました。子どもとして遊ぶ機会もなかなか得られない子どもたちにとって、自分のおもちゃを手に入れられることは、自分が一人の人間と認められているんだと自覚できるとても大切なこと...</description>
    <dc:date>2005-06-19T23:13:05+09:00</dc:date>
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    <title>子どもたちとその家族のために</title>
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    <description>&lt;img src=&quot;/wasqwr/img/thumb_1118487973.jpg&quot;&gt;
子どもの教育が、家庭と学校が手を携えて行われなければならないものであることは、パレスチナであれ日本であれ、あるいはろうの子どもであれ健聴の子どもであれかわりはありません。しかし、失業率が５３％、一人一日２ドル以下で生活する貧困ライン以下の世帯が６０％、人口の１３．３％が栄養失調の状態にある（サハラ以南のアフリカの最貧国と同水準、世界銀行2003年）というガザ地区では、子どもたちに十分な保護を与えられる家庭の方が少なくなっています。

フセ...</description>
    <dc:date>2005-06-11T20:06:14+09:00</dc:date>
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    <title>最近のアトファルナからの知らせ（２）　　</title>
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    <description>&lt;img src=&quot;/wasqwr/img/thumb_1117883317.jpg&quot;&gt;
特別教室のフセイン君

フセイン君は新しく作られた「年長者教室」の２０名の生徒の一人です。彼には、１６歳、１９歳、２３歳の３人の姉がいて、皆ある程度聞こえに問題があります。また、フセイン君の母親もほとんど聞こえません。母親と姉たちは1992年にアトファルナろう学校が開校してはじめてガザ地区の聴覚障害者への教育が始まったため、まったく学校に行けませんでした。

フセイン君はとても貧しい家で育ちました。フセイン君の母親のニーマは妊娠３ヶ月で、大...</description>
    <dc:date>2005-06-04T20:08:37+09:00</dc:date>
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    <title>最近のアトファルナからの知らせ（１）</title>
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    <description>&lt;img src=&quot;/wasqwr/img/1117456667.jpg&quot;&gt;
最近アトファルナから届いた学校と生徒たちの様子です。

封鎖の下でのアトファルナの教師たち
私はアトファルナろう学校の教師の一人です。二学期の最後の何日間か、ガザ地区の状況は以前よりも悪化しました。イスラエル軍がガザ地区を三つに分断したのです。そのために、ハン・ユニス（ガザ地区南部の町）の子どもたちは学校に来ることができなくなりました。そのため、私と同僚たちは、学校があるのと同じように授業を続けようと、子どもたちの家のそばに臨時の教室を作る...</description>
    <dc:date>2005-05-30T21:37:47+09:00</dc:date>
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