2008/8/12  23:25

そーなんですよ葦の葉くんU  テレビ番組・コマーシャル/スポーツ観戦

 そうですよねー、思い出しますよ葦の葉くん!(→7/29付コメントをごらん下さい)その91年、近鉄が息の根を止められたのは、何ちゅうても9/23, 西武球場で山崎慎太郎が鈴木健に打たれた同点2ランやと思う。その後その試合は引き分けて、ペナントレースはライオンズ有利に完全に傾いていくという、そういう「カギになる1本」やったわけやね。バファローズはこの年、球団史上最高勝率.616を記録するも、ライオンズがその上を行って優勝を逃すんです。
 さて、今のバファローズにそんなドラマを生む選手がいるかどうか? 僕は実は、坂口智隆、下山真二の両選手あたりに期待していますが。


 ところで、喜ぶべきか悲しむべきか、あなたの言うとおり、ウチのチームは誰も北京へ行っていません……加藤大輔が代表候補に挙がってたりしたんやけど、最終選考には乗りませんでした。でも確かに、その間に「飛車角落ち」の各チームを撃破し続けて、3位浮上が狙えるかも? 今日まで2連敗してしまいましたが、大ちゃんの肩書きから「代行」が取れて(正式に「監督」になって)、また僕はバファローズを応援する気持ちがビミョーに盛り上がりつつあります。
 ただ、今のプレー・オフ制度−−いわゆる「クライマックス・シリーズ」制−−にはいろいろ言いたいことがあります。それはまた別の機会に。

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 監督就任会見の、大石さんです。

2008/8/9  17:44

頼もしき仲間たち  サルサ/キューバン・ダンス

 「とても素敵になった」ていう話やから、敢えてこない書いてしまいますけど。

 「アダジオ商会」で一緒やった頃の彼は、ヘタレでした。正確に言うと、一介のアマチュアである僕なんかと同じノリやという意味でヘタレでした。1つ1つの舞台に賭ける気持ちが真剣なのは確かやったけど。だから、2006年の秋、彼が東京・国立に「スタジオ・ブエノ!」を開こうというとき、実は結構心配しました。ホンマにやっていけるんか、と。
 でも、それ以降の「彼」ことKitaとその相方のAya……それぞれ昔から僕はまーくん、あやちゃんと呼びならわしているが……の活躍はサルセーラス/サルセーロスなら誰でもご存じの通りだろうし、先日彼らや彼らの生徒さんとゆっくり話してみて、スタジオ開設から2年、もうすっかり2人が「頼りにされるセンセ」になっていることに気がついたのだった。

 8月3日の日曜日、第1回の「エビサル」(於・スタジオG-Box/東京・恵比寿)。

 Aya & Kitaが、東京都心での足がかりの1つとして今月から月一で始めるサルサ・パーティーだ。実は、僕はひと月後の同じ催しでパフォーマンスをさせてもらうので、そのためのご挨拶+軽い打合せのために足を運んだのだが、お客さまの入りが気になったのも確かである。しかし、おっさんのいらん心配をよそにフロアは盛況。

 9月のエビサルでやはりペアのショウを演る、同じくアダ商の仲間のFちゃんも来ていた。セリア・クルースの調子のいいナンバーがかかったので、彼女とゼエゼエ言うくらい踊ってしまったら、そのあと曲は急遽アルゼンチン・タンゴに変わったのだ! タンゴのレッスンを間に挟むことは知っていたので、こういう展開はあり得るとは思っていたが、何もセリアのあんな激しい曲のあとにせんでも……。あやちゃんと1曲踊ったが、意識が朦朧とする中でサリーダ、ヒーロの左回り・右回りだけとりあえずやったという感じ。

 サルサ・パーティーの中でタンゴのレッスンをやるというのは、僕はあまり経験がない。タンゴもやっちゃう僕には、この初心者用のインストラクションがどうだったのかは判断できない。ただ、パーティー後に食事したときにアヤキタの生徒さんたちの何人かに聴いたら、結構面白かったと言った人が何人かいたのは幸いだ。


 さて、このパーティーと、同じく彼らが主催するもう1週間前の「タチサル」で、僕らはパフォーマンスの機会が与えられている。先日の2回の出番から、いかに前へ進めることができるのか。一部振りの変更も含め、明日ぐらいから、再始動する。


8/31・日 6-10pm (Pf 8:50) 立川サルサナイト バー&レストラン "Sheep"(立川駅徒歩6分)
9/7・日 2-5pm (Pf 4pm) エビサル スタジオG-Box(恵比寿駅徒歩2分)クリックすると元のサイズで表示します
 共にお問い合わせは、上記フライヤーに記載の電話番号か、右上 "Mail" まで。

2008/7/28  23:37


 そーなんですよ葦の葉くん!1つ前の書き込みにコメントくれた人)。あの頃は、近鉄・西武戦が「新・伝統の一戦」なんて呼ばれ始めてた。あの、あと1勝でバファローズが優勝をを逃した、いや、あと1点さえ取れば日本シリーズに進出していた1988年から、優勝した89年を経て92年ぐらいまで、毎年シーズン終わり頃になると、毎日毎日骨身を削るような日々が続いていた(選手が、ではありません。ファンでしかない僕が、です)。それほど、ペナントレース終盤の西武・近鉄の優勝争いは年中行事だったのだ。
 その、近鉄バファローズ最後の黄金時代の、不動の1番打者だったのが、今回監督代行に指名された、大石大二郎ヘッドコーチだ。だから……
 
 僕にとっては特別な思いがあります。と言うか、代行とは言え、監督になってみて初めて、「特別な思い」があることに気付いた……(08.6.2付当ブログから)


 1989年の日本プロ野球パシフィック・リーグは、ペナントレース半ば頃から、西武ライオンズ、オリックス・ブレーブス、そして我が近鉄バファローズの3強が首位を争う、まれに見る大激戦になった。
 リーグ戦も終盤にさしかかり、西武が頭1つ抜け出した10月12日、ライオンズは自軍の球場に近鉄を迎え、運命のダブルヘッダーを行う。そこで当時のバファローズの中心打者、ラルフ・ブライアントは、5-1とリードされた6回に郭泰源から放ったグランドスラムを含め、伝説の4打数連続アーチを放つのである。
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 この日の奇跡的な連勝を経て、翌々日の藤井寺での福岡ダイエーホークス戦に5-2で勝利した近鉄は、前年の「あの日」の雪辱を果たし、劇的な9年ぶりのリーグ優勝を手にする。更に半月後、僕は帰省ついでに藤井寺での日本シリーズ第2戦を観戦しているのだが、大石・新井・ブライアント・リベラ・淡口・鈴木・金村・山下・真喜志という当時のバッティング・オーダーは今でもそらで言える。


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 「89年戦士」の中から初めて、大ちゃんが(代行やけど)監督になった。一緒に学校を出た、出世頭の同窓生を見る気分で、何だか冷静には応援できない。あの時代と同じようなドラマは期待しないけど、彼なら何かやってくれそうな気がするのは、なぜなんだろう。

2008/7/25  23:26


 1990年6月、まだ屋根がなかった頃の西武ライオンズ球場。僕は、西武ファンの友だちと2人で、西武ライオンズ対近鉄バファローズの試合を観ていた。
 マウンド上には、当時確かエースだった、現ライオンズ監督の渡辺久信。そして前年度の新人選択会議で8球団の指名を受けて、鳴り物入りで近鉄入りしたばかりの野茂英雄がいた。

 1回表のバファローズの攻撃は無得点。1回裏、立ち上がりのコントロールの悪さで知られていた野茂は、いきなり3つ連続の四球を出す。無死満塁。続く打者は、当時黄金時代だったライオンズが誇る強力打線だ。「こらあかん……」近鉄ファンが大量失点を覚悟したその直後、野茂は別の「野茂らしさ」を見せるのだ。
 なんと、彼は自ら作ったこの絶体絶命のピンチの中で、清原和博(現オリックス)、オレステス・デストラーデを連続三振に仕留め、続く伊東勤(後に西武監督)を内野ゴロに切って取り、この回を無得点で切り抜ける。このあと両エースの息詰まる投げ合いは続き、延長10回表、ジム・トレイバーの右翼席へのホームランが熱戦に終止符を打つ。


 それから4年後の1994年、同じ西武球場(この試合は、自分で観に行ったわけではない。展開などの詳細についての記憶が少し曖昧だが、大筋は合っているので、ご容赦いただきたい)。開幕戦の先発に野茂を起用した新人監督の鈴木啓示は、8回まで相手打線を完璧に抑えきっていたにも拘わらず9回裏突如崩れたエースに代え、満塁の場面で赤堀元之をマウンドに送った。リードは、石井浩郎のホームランによる1点のみ。
 この起用にはその後、様々な議論があった。「あそこは野茂と心中でしょう」「いや、パ・リーグno. 1ファイアマンへの信頼が優先するんとちゃうのん」なぜ賛否が相半ばしたか。このあと赤堀が、こともあろうにホームランを打たれてサヨナラ負けを喫してしまったからだ。しかも、長距離打者とは言えない、伊東勤に。

 交替を命じられたときの野茂が、4年前の同じ場所の、似たような場面の同じ打者との対決について、思い出したかどうかはわからない。ただ、もしも彼が、「いえ監督、いけます、前も同じような場面で抑えました」と主張したのに代えられたのだとしたら……。当時のバファローズは彼にとって力を発揮しきれない環境だったことが、翌年の彼の渡米につながった1つの理由だと言われているが、その説が正しいとすれば、これはそれを裏付ける出来事なのかも知れない。
 余談だが、次の日、同じカードを観戦するため西武球場の外野芝生席にいた僕は、試合前に文化放送のアナウンサー(おそらく、水谷加奈さん)に前日の感想を求められ「いやー、ドーハの悲劇のような、リレハンメルの原田の失敗ジャンプのような気分でした」と答えたことを憶えている。

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 ロサンジェルスへ移った後の彼の活躍は、誰もが知るとおりである。そのきっかけは、部分的にとは言え、意外と「ヤケッパチ」と言っても差し支えないものだった。しかし、僕にとってはあくまでも彼は「日本プロ野球を数々の名勝負で盛り上げた男」としての印象が強い選手なのである。
 野茂、お疲れさま。素敵な思い出をたくさん、どうもありがとう。

2008/7/19  17:57

エロタンゴ  タンゴ

 日本大通り「ザイム」、ここは以前井上ゆかりさん (Pf.) がライヴを演られたときに(僕は行けなかったけれど)とても素敵な門構えの場所だと聞いていて、僕にとって憧れの場所の1つになっていた。
 ここでこの日(7/13)ユージン&アリサのお2人が主催するのミロンガがあるとぎゅうから聞いて、ちょうど横浜での出番のあとだし、行くことにした。


 DJタイムは、オーソドックスなタンゴ・今風タンゴ・ワルツ・ミロンガと分野ごとに数曲かけていって、その切れ目切れ目に、タンゴと全く関係ない曲を短く挟んで合図代わりにするという、分かりやすい組み立てだった。そうか、全然タンゴとちゃう曲を間に挟むミロンガは経験したことあるけど、ホンマはこういうふうに使うのか。

 ショウは、間にミロンガ・タイムを入れつつ、ホスト/ホステスのユージン&アリサ、ゲストのぎゅう&マイ、そして主催者の師匠、シンゴ&アスカのお2人のパフォーマンスが、それぞれ30分ごとに繰り広げられた。
 シンゴさんとアスカさん、デモンストレイションを拝見したのは久々でした。(一応これは褒め言葉のつもりですが)はっきり言うてエロいです、やらしいです。アリサさんもとても色っぽかったけど、アスカさんとシンゴさんとの間に通い合っているのは、一言で言えば「まとわりつくような、ねとーっとした色気のような風格」とでもなるだろうか(全然「一言」とちゃうやんけ)。2人のアブラソを観るだけでゾクゾクッとくる感じ。

 会場では東京の西の方から来られたSさんから声をかけられ、曰く「13年前の日比谷野音の『カリビアン・カーニバル』でお会いして以来なんですよ」「その後サルサ、そしてタンゴも始めちゃいました」というすっごいご縁。ミロンガ終了後も、お店(「ザイム・カフェー」)の前、星空の下のテーブルで、彼のお連れのMさんも交え4人でビールを酌み交わしつつ、ダンスのリーディング/ファローイング談義などに花を咲かせてしまったのだった。

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 その「店の前」で、なぜかコルンビア風のポーズを決める僕です。

2008/7/14  23:05

Anywhere, at any condition  サルサ/キューバン・ダンス

 僕たちの自宅に近い大和や、僕の勤め先に近い藤沢でサルサのレッスンをかつてしておられたからだっただろうか。「キューバ好き」という共通項があったからなのか。
 僕にとってとかく「このひととなんで仲良くさしてもらうようになってんやろ、でも、ま、ええわ」の多いダンス界にあって、Reinaさんは一番この疑問が強いうちの1人だ。誰かのクラスに共に出た間柄でもなし、同じようなイヴェントでたて続けにご一緒したわけでなし(たぶん)、まして彼女のレッスンを受けたというのでもないのに、いつの間にか彼女の出番には何度も足を運ぶようになり、そして今回。

 ダンサーとしてはフラ、タンゴ、ボールルーム・ダンスなどもこなされると聞いていた彼女が、なんと絵の初個展をするというのです。場所はいつも彼女がレッスンに使っている横浜のクラブ「ダイアモニア」。
 ここは一見単なるアパートかなんかのような入口で、クリックすると元のサイズで表示します階段を上がると、途中の別のテナントの入口から、成田三樹夫さんが「クドーちゃーん」と言いながら出てきそうな雰囲気、それが僕は大好き。だから逆に「こんなとこでクラブなんかやってええんかいな」と思わせる感じが、ワクワク感を引き立てます。

 その個展は6/15から。その日のオープニング・パーティーのお誘いメールをもらった僕は、彼女のサイトに「7/13のクロージング・パーティーを盛り上げてくれる人募集中!」と書いてあるのを見逃さず、しっかりとお祝いと売り込みに出かけました。日頃からのマメなお付き合いの甲斐あってか、2つ返事でOKをいただいた。彼女が描いた絵をデザインしたTシャツも買って帰ったし。



 そしてその「クロージング」が昨日だった。オープニングでは、全然世代違いなのに「あの、素晴らしい、あーいーを……」と歌って座を盛り上げたギター弾き語りのユウジさん、あの "Moliendo Cafe" の、なんとインドネシア語版まで披露してしまったピアニストのユキーラさん、そしてこの日のために山を下りてきた「Machakoさんことオチュン」という、そうそうたるメンバーに混じって踊らせていただいたのである。

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 集中力が欠けたと言って反省しきりの友子さんでしたが、俺は結構気持ちよかったぜい(左端には、友子の友だちが写っているのでとりあえずカットしました)。直前に確認した踊りの改善点、反映でけへんでごめんね。


 今回のパーティーでは、まずReinaさんの交友関係の幅広さに改めて驚いてしまった。自分の催しに、これだけ多くの分野のアーティストたちを呼べるダンサーって、あまりいないと思う。
 そして、ダンサーの1人として痛感したのは、基本的にどんな広さでも、どんな床でも踊れなければいけないことだ。今回のように、お客さんが余りに間近にいても、床がコンクリートでも(漁港でも演ったことあるしな)、スペースがやや小さくても、程よい緊張感を保って、集中して、演る! 今回は幸いにそれがうまくいったが、今後継続しての課題である。



 パーティーが終わったのは夕方5時、まだ明るい横浜の街を後にして、僕らは次に日本大通り "Zaim" ---ユージン&アリサ主催のミロンガへと移動したのだった。

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2008/7/7  23:29


 様々な踊りの本番の機会があるが、この「グラン・フィエスタ」ほど、踊り以外のことにも気をたくさん配らねばならない催しは他にはない。チラシの製作に始まり、続いて同じようなデザインとは言え入場券の製作。当日近くになれば「受付」「出演者控え室」等の掲示物の製作、そして当日は場合によっては友子と2人で料理の運搬、会場に着けば机や椅子を並べたり、ゲストの皆さんのお世話などのホストとしての役割をしたりと、枚挙にいとまがない。
 自分たちのリハーサルは、その合間にやると言っても過言ではない。でも……タンゴは普段のグループ練習以外に、一番踊れていなかった相手であるKちゃんと水曜日にG-Boxに集まってのしばしの稽古。サルサは月曜恵比寿、金曜茅ヶ崎、土曜再び恵比寿と3回のブラッシュ・アップ……と、「直前1週間」で何とかしたのをダンスの神様が認めてくれたか、いくつか小さいミステイクはあったが、2曲ともしっかりすっきり踊りきりました!

 打ち上げの後、青山一丁目から中央林間まで約45分、ほとんど爆睡。今回来る予定やったけど来られへんかったRちゃんが、会場のドイツ文化会館に花と共に直送してくれた贈り物と、電車を降りしなに撮ったツーショット写真です。
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 次の日曜日7/13は、ダンサー/インストラクターReinaさんの絵画展「舞(まい)・Baila!」のクロージング・パーティーバー・ダイアモニア〔横浜西口〕にて、2-5 p.m., \1,500 w/ 1 drink。僕たちの出番は3時頃の予定)で踊らせていただくことになっているので、休む間もなく今日も、自宅近くのスタジオを借りて練習を重ねた。また僕たちは、ゆっくりと進化を始めているのだ。

2008/7/5  23:21

3分の1の法則  サルサ/キューバン・ダンス

 本番前にいくらスタジオでたくさん練習を重ねて、「おお、かなりイケてるやーん。僕らの踊りて、めちゃウケするんとちゃうけ?」と思ったとしても、実際の舞台ではその3分の1ぐらいしか発揮できない、それが「せんべの3分の1の法則」(2008年発表。特許出願中……嘘)である。つまり、実は「イケてるやん」と思う状態の3倍できていないと「イケてる」と感じてはいけないのだ。
 理由を求めるとすれば、本番の緊張や、フロアの状態などシチュエイションの違いなどだろう。もっとも、練習を積んだり、本番慣れしたりすればこの「3分の1」は「2分の1」や「6割」「7割」になったりするんやろけど。ともあれ、先日の日曜日、品川のクラブ・エックスの舞台で踊ったときは「あかん、練習の3分の1しかできてない!」と感じたのは事実である。

 連続テレビ小説「瞳」の、ヒップホップ・チーム「ローズマリー」の3人(瞳−−榮倉奈々、由香−−田野アサミ、純子−−満島ひかり)は先週末が「本番」の放送やった(「夏のダンス・コンテスト」という設定。僕はまた、朝のクソ忙しい時間やっちゅうのにテレビの前にしっかりおっちんして観てしまいました)。彼女たちもかなり練習したと思うけど、バッチリ踊れたんかなあ、それとも、やっぱし2分の1とか6割とか、そんな感じやったんかなあ。
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 そんな「同時進行・連帯感感じてまうでードラマ」があるという初めての体験。実に4年ぶりのサルサ・パフォーマンス。様々な思いを抱いた僕を、明日ドイツ文化会館の舞台は迎えます。「3分の1」という比率を増やすか或いは減らしてしまうか、それは昨日と今日の練習で、実はもう決まってしまったのかも知れません。



7/6(日)16:30-20:30 於・ドイツ文化会館
(東京メトロ銀座線・半蔵門線、東京都営地下鉄大江戸線青山一丁目駅徒歩10分、
草月ホール裏手)
【催しの名前】Gran Fiesta de Verano '08
【催しの種類】ジョルジュ&リタ主催、アマチュア・プロそれぞれのデモンストレイションを交えたタンゴ・パーティー
【僕の出番】 "Tango Beleza" と、友子とのサルサのペア・ダンス。


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2008/7/2  23:30

Rica cha, rica cha, rica cha  タンゴ

 夜の仕事が多い芸人さんは、早起きが不得意なので、どうしても朝早く起きねばならないときは、前の晩から眠らずに飲み倒して朝を迎えると聞いたことがある。それぐらい早い、ひっさびさの、9時入り(6/29, スタジオ・オーシャンローズ17周年記念夢の大舞踏会、東京品川・クラブex)。

 舞台側にある男性更衣室からプロが場当たり中のダンス・フロアを撮った写真である。群舞には最適、でも位置取りが大変。
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 リハは朝10時頃から、開場は13時という、何と健康的なパーティー。「タンゴ・ベレーザ」で練習してきた "Lo que vendrá" を、僕らはアマチュア・デモンストレイション第2部のアタマ(15時頃)で踊った。
 うーん、手応えはまあまあでしたね。前半のともとのペア・ダンス、 cadena がうまいこと回りきられへんかったんが気にかかる。


 翌週の「グラン・フィエスタ」に来てくれるはずやってんけど都合で来られへんようになった友だちに、印刷して送ったのと同じ写真です。
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 実はこのパーティー、フロアではずっとボールルーム・ダンスの曲がかかっとったんやけど、こいつらはチャチャチャが流れたら、1組だけキューバ風のステップで踊って周りにメーワクをかけていた異色のカップルです。


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2008/6/27  22:38

大船誘惑通り  タンゴ

 シンゴ&アスカのお2人のレッスンに通い始めてもう8か月。実際は、あいだが抜けまくりでまだ20回も行っていないが、やっと楽しさがわかるようになってきた。フロアで使える本当のリードと本当のフォロー、本当のアブラソ。


 大船ダンスプラザからJR大船駅の笠間口に戻る道は、僕が思わず「誘惑通り」と名付けてしまったような場所だ。たくさんの「見えない誘い」を振り切って帰るので毎回精一杯。今日は、レッスンとは別の機会に写した写真と共にこれらを紹介しよう。

 まずレッスン場に一番近いところから、ダンスプラザと同じビルに入っている洋食屋さん「はあべえ」。カレーやハンバーグがいつも美味しそうな匂いをさせている。
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 更に撮影所通り沿いに駅に近づくと、通りの左手にビールの一杯飲み屋、 "Kirin City" がある。ここのビールの入れ方は絶品。
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 その向かいには、「餃子の王将」大船笠間口店。言わずと知れた、京都に本店を持つ餃子の老舗である。
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 もう一丁先には、カツ丼屋の豚夢創家(トムソーヤ)、
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 そして道を駅の側に渡ったら、芋焼酎「佐藤」のラベルも鮮やかな立ち呑み屋もある。思わずお預け食ろうてるおぢさんは指をくわえてしまいます。
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 実は先日のレッスンの帰り、駅へ向かって僕が歩いていると、このうちの1つに、シンゴさんが入っていらっしゃるのを拝見しました。さて、どのお店でしょう? お知りになりたい方は、ぜひ僕とご一緒に火曜夜のレッスンへ!

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