2008/9/12 7:54
大過なく過ぎた終戦 63周年 分類なし
月が変わってしまっており、しかも福田首相は既に辞任を表明しており(>"福田首相の辞任")、いささか旬を過ぎた話題ですが、今年は多くの閣僚が 8/15日の靖国神社参拝を見送りました。
>"保岡法相らが靖国参拝へ 14閣僚は見送りの方向"
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福田首相は15日午前、東京都千代田区の千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れ、献花する。首相は靖国神社に参拝しない方針を表明しているが、17閣僚のうち保岡法相、太田農相、野田消費者行政担当相の3人が参拝する予定。
町村官房長官ら12閣僚は靖国参拝を見送る意向を示しており、舛添厚生労働相と谷垣国土交通相も参拝しない見通し。小泉元首相は 06年、現職首相としては 21年ぶりに終戦記念日に参拝した。
見送り自体は、福田首相は就任直後から「お友達の嫌がる事をする必要はない」と中華帝国や韓国が反発する靖国参拝を行う考えのないことを表明していた事もあり、特に驚きではありません。
ただ、小泉首相(当時)があれだけ努力した、所謂"特定アジア諸国(中華帝国 & 南北小中華)"との外交関係の"正常化"の成果がご破算となり、"土下座外交"などという異常な状況がほぼ復活してしまった事が残念です(>"5/6日、中華帝国胡錦濤国家主席来日")。
戦後日本人は"土下座外交"に慣れきって当然と思い込み、偏向メディアによる摺込みもあってそれを"良好な外交関係"と勘違いさせられていますね。
しかし、外交の本質とは"言葉による戦争"であり、国益と国益、国家の威信と威信の激突なのです。
建前としての"友好"などという物を真に受けるのは庶民だけで充分であり、国家を背負う為政者達がそのような事では困るのですが。とはいえ民主主義ですから(笑)。
勿論、これは福田首相だけの責任ではなく、就任早々に靖国参拝について明言しない「あいまい戦術」をとり逃げる事で小泉元首相の成果をブチ壊し、あまつさえ従軍慰安婦問題で日本を裏切った売国奴、安倍前首相にも多いに責任があります(>"安倍首相辞任")。
その2人の元首相は、8/15日午前、靖国神社をそれぞれ参拝しています。小泉元首相は在任中の一昨年から3年連続での 8/15日の参拝。安倍前首相は相在任中の昨年を除き、1993年の初当選以来、毎年の参拝です。
安倍前首相があれほどまでに無能で役立たずのボンクラでなければ・・・・・・
ところで、小泉元首相の時代には特定アジア諸国や日本国内の反日左翼が大騒ぎしていたのと違い、多くの閣僚が参拝を避けた今年にはほとんど世間の注目を集めなかったものの、1つ注目すべき報道がありました。
>"東条元首相、終戦目前に手記 ポツダム宣言受諾を批判"
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太平洋戦争開戦時の首相で A級戦犯となった東条英機元首相が、終戦目前の1945年 8/10日から14日の間に、ポツダム宣言の受諾に批判的な心情などを、手記に書き残していたことが12日、分かった。
手記は国立公文書館(東京)に所蔵。東条元首相は手記で、ポツダム宣言受諾当時の政府の姿勢を「新爆弾に脅え、ソ連の参戦に腰をぬかし」などと批判。手記は軍人としての立場に固執する考えがうかがえる。
>"東条元首相、終戦直前の手記みつかる 責任転嫁の言葉も"
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太平洋戦争開戦時の首相、東条英機陸軍大将が終戦直前の1945年8月10日から14日の間に書き残した手記が国立公文書館(東京・千代田)に所蔵されていることが分かった。手記では終戦に反発し、ポツダム宣言受諾に至る背景として「国政指導者及び国民の無気魂」を挙げるなど責任を転嫁、軍人の論理に固執する考えが見られた。
東条元首相の手記は A級戦犯被告として巣鴨拘置所で書かれたものがあったが、終戦間際の手記の存在が明らかになったのは初めて。
小泉首相の時には、昭和天皇の言葉がメモされたという(>"富田メモと分祀論")という物が出てきました。
何をどう言おうと、これは天皇の権威を政治的に利用する政治的意図を持った意図的なリークでしょう(>"いわゆる冨田メモについて")。
日本経済新聞社によるスクープという点がミソであり、中華帝国の経済成長の波に乗る事で経済的メリットを享受したい勢力の、対中関係を改善したいという意図に後押しされた物と考えられます。
東条英機メモも、このタイミングで報道された事は恐らく偶然ではありますまい。まず問題無いとは思いつつ、念には念を入れて閣僚達による参拝を牽制したいという意図を持った者による意図的なリークと判断するのが妥当です。
無論、経済的利害関係ゆえに中華帝国との良好な関係を望む者の意図を反映していると考えられます。
付け加えるなら、北京オリンピックの真っ最中ですから、世界中から人が集まりかつ注目されている中、大規模な反日騒動が発生する事を避けたかった、という事もあるかもしれません。
無論、経済的な実利は重要であり、それを損なう事は国益に反しますから、歴史的事実ではないという虚偽も、国益のため受入れるという選択肢もありでしょう。
実際、私は"様々な理不尽や属国として扱われる事での屈辱はあっても、対米追従は日本の国益"がモットーのポチです。
ここで問題は、中華帝国こそが良好な対日関係を必須としているという状況で、土下座外交が本当に日本の国益のためになるのか、そして、ただでさえ経済的に日本より格下の中華帝国の経済成長が、果たして持続可能であるのか、でしょう。
ところで、反日左翼の宣伝とは異なり、大正デモクラシーを経た日本は当時の基準で判断すれば、立派な議会制民主主義国であり、従って、昭和の時代に戦争の泥沼へと嵌り込んでいったのは、本当の権力者たる国民の総意、つまり"和"です(>"言霊信仰" & "KY")。
軍部による2つのテロを経て、政党政治は機能不全に陥るわけですが、しかし軍部の台頭とは国民の支持、もしくは国民による"弱腰軍部"という突き上げや"イケイケドンドン"という後押しがあっての事なのだと理解する必要があります。
私はマスコミや教育界で今より遥かに左翼の強かった頃に幼少時を過ごしていますが、私の習った歴史が真実とは程遠いモノであろう事は容易に推測できます。「日本絶対悪論」は勿論、「軍部が軍部が史観」もウソでしょう。
私の言う「和によって統一された国論」に納得いかないという人は、未だ擦込みされた洗脳が解けていないわけですが、現在の南小中華を観察してみたら良いのです。
「身の程を度外視したナショナリズムの暴走」、「政治の衆愚化」という点において、「まるで、祖国のかつての愚行の再放送を見せられているよう」と思います。
南小中華においては「反日」は絶対の国論であり、つまり「和」が形成されています。日本も米国も、南小中華より圧倒的に強大ですが、米国産牛肉の輸入反対暴動と言い、竹島問題暴動といい、国民こそが「政府の弱腰」を非難し突き上げているではありませんか(笑)。
対米/対日関係を改善して経済成長につなげたい政権にしてみれば、困っているでしょう。
ある程度、歴史を勉強した者であれば、「身の程を度外視したナショナリズムの暴走」、「政治の衆愚化」という点において「当時の日本人もあんな感じだったのではないか」と容易に想像できます。
実際に国民全体で狂騒状態となり暴走している実例を見る事ができるのですから、それでも「国民がより強大な国を相手に無謀な戦争を望んだわけがない」としか考えられない人は、未だ洗脳されたままなのです。
自虐史観派の語る、「大日本帝国は帝国主義国家としてアジアの近隣諸国を侵略するという国家犯罪を犯し、最後には原爆まで落とされることになった」という歴史観は、基本的には間違いではないと思うのですが、ただ帝国主義国家として世界分割に精を出していたのは「日本だけではない」、「日本を含めて、力のある国であれば、どこでもやっていた事」を失念してはいけません。
あの時代は、列強による世界分割の時代であり、つまり「そうゆう時代であった、それが当然の事として容認されていた時代であった」という事なのです。
小中華とて、日本に併合されていなければロシアの植民地にされたでしょうし、その場合、日本による支配とは比較にならない程過酷な目にあったはずです。第2次世界大戦とは、単純化して言えば、そうした帝国主義諸国が2つの陣営に別れて戦った物です。
勝った側は自分達の悪行を全て隠蔽し、否、自分達の悪行を相手に押し付ける事までして、自らを「絶対正義」、相手を「絶対悪」にしたわけです。つまり、日本は所謂「自虐史観」を押付けられてしまったわけです。
どうゆうわけか、今や戦勝国以上に自虐史観を熱烈に信奉している者達が日本人の中に存在しますが(笑。
ちなみに、世界分割の時代とは「弱肉強食」の世界ですから、米国がハルノートをつきつけたからと言って、日本が被害者という事にはなりません。マキャベリが当時の日本政府にいれば「例えどんなに嫌な国であれ、相手が自国より強大である限り、その国と仲良くしなければならない」と言った事でしょう。
自虐史観が馬鹿げているのと同じ位、過剰な日本正当化史観も馬鹿げています(>"終戦 62周年の今日")。
日本が日本より弱い国を相手にしていた事を(そりゃ、満州事変など、言い逃れのしようもなく侵略です。しかし、列強による世界分割の時代の出来事を現在の価値観で判断すると認識を誤まる事も事実です)、日本より強大な米国にやられてしまったというだけの事です。
東條英樹など、A級戦犯の筆頭格として、スケープゴートにされたという面があると同時に、在職中に相当にエグい事をしている事もまた事実です(>"ただの一例、真偽はしらぬ")。
日本が真に反省すべきは、侵略うんぬんよりも、「日清日露と連勝し、世界5大国の一角を占める程度にまで強大となった結果、現実感を喪失して身の程を忘れ、思い上がり傲慢になった事」、「それも、国民の総意(和)によって」というのが私の意見です。
ところで、日経新聞朝刊にて↓の詳細記事を読みましたが、東京裁判では日華事変における華人犠牲者の数は130万と書いてありました。この先の連載が楽しみです。
ちなみに、現在、共産党政権は"3500万"という数字を主張していますが、これはまさに文化大革命や大躍進における犠牲者の数を日本に責任転嫁してるでしょう。まあ、130万のうち1/3が南京での犠牲者というのも不自然な話です。
相当の虐殺があったのは間違いないとしても、中華帝国の主張より小規模でしょう。(>"現代の華夷秩序と日本(3")。
>"亡国の戦争、歩み克明 公文書館の東京裁判記録"
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東京裁判では3915件の書証が記録されている。このほか論告や最終弁論、判決文を加えると文書類は6000件を超える。軍国日本を裁くための文書は亡国の戦争に突入したこの国の歩みを克明に描写している。一方で、裁いた側の論理矛盾も露呈しており、激動の時代の世界を活写した壮大な歴史文書ともいえる。
東京裁判は被告数(28人)、公判期間(2年半)ともに、ナチス・ドイツを裁いたニュルンベルク裁判を上回る20世紀最大の戦争裁判である。
>"東京裁判、全記録明らかに 国立公文書館が整理完了"
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日中戦争、太平洋戦争の政府、軍指導者を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)判決から今年11月で60年を迎えるにあたり、国立公文書館(東京・千代田)は所蔵する裁判記録(和文)の整理とマイクロフィルム化を完了した。
同裁判全文書のマイクロ化は初めて。法廷に提出された被告尋問書や軍の機密文書などの書証の閲覧や検索、複写が可能になった。
>"保岡法相らが靖国参拝へ 14閣僚は見送りの方向"
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福田首相は15日午前、東京都千代田区の千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れ、献花する。首相は靖国神社に参拝しない方針を表明しているが、17閣僚のうち保岡法相、太田農相、野田消費者行政担当相の3人が参拝する予定。
町村官房長官ら12閣僚は靖国参拝を見送る意向を示しており、舛添厚生労働相と谷垣国土交通相も参拝しない見通し。小泉元首相は 06年、現職首相としては 21年ぶりに終戦記念日に参拝した。
見送り自体は、福田首相は就任直後から「お友達の嫌がる事をする必要はない」と中華帝国や韓国が反発する靖国参拝を行う考えのないことを表明していた事もあり、特に驚きではありません。
ただ、小泉首相(当時)があれだけ努力した、所謂"特定アジア諸国(中華帝国 & 南北小中華)"との外交関係の"正常化"の成果がご破算となり、"土下座外交"などという異常な状況がほぼ復活してしまった事が残念です(>"5/6日、中華帝国胡錦濤国家主席来日")。
戦後日本人は"土下座外交"に慣れきって当然と思い込み、偏向メディアによる摺込みもあってそれを"良好な外交関係"と勘違いさせられていますね。
しかし、外交の本質とは"言葉による戦争"であり、国益と国益、国家の威信と威信の激突なのです。
建前としての"友好"などという物を真に受けるのは庶民だけで充分であり、国家を背負う為政者達がそのような事では困るのですが。とはいえ民主主義ですから(笑)。
勿論、これは福田首相だけの責任ではなく、就任早々に靖国参拝について明言しない「あいまい戦術」をとり逃げる事で小泉元首相の成果をブチ壊し、あまつさえ従軍慰安婦問題で日本を裏切った売国奴、安倍前首相にも多いに責任があります(>"安倍首相辞任")。
その2人の元首相は、8/15日午前、靖国神社をそれぞれ参拝しています。小泉元首相は在任中の一昨年から3年連続での 8/15日の参拝。安倍前首相は相在任中の昨年を除き、1993年の初当選以来、毎年の参拝です。
安倍前首相があれほどまでに無能で役立たずのボンクラでなければ・・・・・・
ところで、小泉元首相の時代には特定アジア諸国や日本国内の反日左翼が大騒ぎしていたのと違い、多くの閣僚が参拝を避けた今年にはほとんど世間の注目を集めなかったものの、1つ注目すべき報道がありました。
>"東条元首相、終戦目前に手記 ポツダム宣言受諾を批判"
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太平洋戦争開戦時の首相で A級戦犯となった東条英機元首相が、終戦目前の1945年 8/10日から14日の間に、ポツダム宣言の受諾に批判的な心情などを、手記に書き残していたことが12日、分かった。
手記は国立公文書館(東京)に所蔵。東条元首相は手記で、ポツダム宣言受諾当時の政府の姿勢を「新爆弾に脅え、ソ連の参戦に腰をぬかし」などと批判。手記は軍人としての立場に固執する考えがうかがえる。
>"東条元首相、終戦直前の手記みつかる 責任転嫁の言葉も"
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太平洋戦争開戦時の首相、東条英機陸軍大将が終戦直前の1945年8月10日から14日の間に書き残した手記が国立公文書館(東京・千代田)に所蔵されていることが分かった。手記では終戦に反発し、ポツダム宣言受諾に至る背景として「国政指導者及び国民の無気魂」を挙げるなど責任を転嫁、軍人の論理に固執する考えが見られた。
東条元首相の手記は A級戦犯被告として巣鴨拘置所で書かれたものがあったが、終戦間際の手記の存在が明らかになったのは初めて。
小泉首相の時には、昭和天皇の言葉がメモされたという(>"富田メモと分祀論")という物が出てきました。
何をどう言おうと、これは天皇の権威を政治的に利用する政治的意図を持った意図的なリークでしょう(>"いわゆる冨田メモについて")。
日本経済新聞社によるスクープという点がミソであり、中華帝国の経済成長の波に乗る事で経済的メリットを享受したい勢力の、対中関係を改善したいという意図に後押しされた物と考えられます。
東条英機メモも、このタイミングで報道された事は恐らく偶然ではありますまい。まず問題無いとは思いつつ、念には念を入れて閣僚達による参拝を牽制したいという意図を持った者による意図的なリークと判断するのが妥当です。
無論、経済的利害関係ゆえに中華帝国との良好な関係を望む者の意図を反映していると考えられます。
付け加えるなら、北京オリンピックの真っ最中ですから、世界中から人が集まりかつ注目されている中、大規模な反日騒動が発生する事を避けたかった、という事もあるかもしれません。
無論、経済的な実利は重要であり、それを損なう事は国益に反しますから、歴史的事実ではないという虚偽も、国益のため受入れるという選択肢もありでしょう。
実際、私は"様々な理不尽や属国として扱われる事での屈辱はあっても、対米追従は日本の国益"がモットーのポチです。
ここで問題は、中華帝国こそが良好な対日関係を必須としているという状況で、土下座外交が本当に日本の国益のためになるのか、そして、ただでさえ経済的に日本より格下の中華帝国の経済成長が、果たして持続可能であるのか、でしょう。
ところで、反日左翼の宣伝とは異なり、大正デモクラシーを経た日本は当時の基準で判断すれば、立派な議会制民主主義国であり、従って、昭和の時代に戦争の泥沼へと嵌り込んでいったのは、本当の権力者たる国民の総意、つまり"和"です(>"言霊信仰" & "KY")。
軍部による2つのテロを経て、政党政治は機能不全に陥るわけですが、しかし軍部の台頭とは国民の支持、もしくは国民による"弱腰軍部"という突き上げや"イケイケドンドン"という後押しがあっての事なのだと理解する必要があります。
私はマスコミや教育界で今より遥かに左翼の強かった頃に幼少時を過ごしていますが、私の習った歴史が真実とは程遠いモノであろう事は容易に推測できます。「日本絶対悪論」は勿論、「軍部が軍部が史観」もウソでしょう。
私の言う「和によって統一された国論」に納得いかないという人は、未だ擦込みされた洗脳が解けていないわけですが、現在の南小中華を観察してみたら良いのです。
「身の程を度外視したナショナリズムの暴走」、「政治の衆愚化」という点において、「まるで、祖国のかつての愚行の再放送を見せられているよう」と思います。
南小中華においては「反日」は絶対の国論であり、つまり「和」が形成されています。日本も米国も、南小中華より圧倒的に強大ですが、米国産牛肉の輸入反対暴動と言い、竹島問題暴動といい、国民こそが「政府の弱腰」を非難し突き上げているではありませんか(笑)。
対米/対日関係を改善して経済成長につなげたい政権にしてみれば、困っているでしょう。
ある程度、歴史を勉強した者であれば、「身の程を度外視したナショナリズムの暴走」、「政治の衆愚化」という点において「当時の日本人もあんな感じだったのではないか」と容易に想像できます。
実際に国民全体で狂騒状態となり暴走している実例を見る事ができるのですから、それでも「国民がより強大な国を相手に無謀な戦争を望んだわけがない」としか考えられない人は、未だ洗脳されたままなのです。
自虐史観派の語る、「大日本帝国は帝国主義国家としてアジアの近隣諸国を侵略するという国家犯罪を犯し、最後には原爆まで落とされることになった」という歴史観は、基本的には間違いではないと思うのですが、ただ帝国主義国家として世界分割に精を出していたのは「日本だけではない」、「日本を含めて、力のある国であれば、どこでもやっていた事」を失念してはいけません。
あの時代は、列強による世界分割の時代であり、つまり「そうゆう時代であった、それが当然の事として容認されていた時代であった」という事なのです。
小中華とて、日本に併合されていなければロシアの植民地にされたでしょうし、その場合、日本による支配とは比較にならない程過酷な目にあったはずです。第2次世界大戦とは、単純化して言えば、そうした帝国主義諸国が2つの陣営に別れて戦った物です。
勝った側は自分達の悪行を全て隠蔽し、否、自分達の悪行を相手に押し付ける事までして、自らを「絶対正義」、相手を「絶対悪」にしたわけです。つまり、日本は所謂「自虐史観」を押付けられてしまったわけです。
どうゆうわけか、今や戦勝国以上に自虐史観を熱烈に信奉している者達が日本人の中に存在しますが(笑。
ちなみに、世界分割の時代とは「弱肉強食」の世界ですから、米国がハルノートをつきつけたからと言って、日本が被害者という事にはなりません。マキャベリが当時の日本政府にいれば「例えどんなに嫌な国であれ、相手が自国より強大である限り、その国と仲良くしなければならない」と言った事でしょう。
自虐史観が馬鹿げているのと同じ位、過剰な日本正当化史観も馬鹿げています(>"終戦 62周年の今日")。
日本が日本より弱い国を相手にしていた事を(そりゃ、満州事変など、言い逃れのしようもなく侵略です。しかし、列強による世界分割の時代の出来事を現在の価値観で判断すると認識を誤まる事も事実です)、日本より強大な米国にやられてしまったというだけの事です。
東條英樹など、A級戦犯の筆頭格として、スケープゴートにされたという面があると同時に、在職中に相当にエグい事をしている事もまた事実です(>"ただの一例、真偽はしらぬ")。
日本が真に反省すべきは、侵略うんぬんよりも、「日清日露と連勝し、世界5大国の一角を占める程度にまで強大となった結果、現実感を喪失して身の程を忘れ、思い上がり傲慢になった事」、「それも、国民の総意(和)によって」というのが私の意見です。
ところで、日経新聞朝刊にて↓の詳細記事を読みましたが、東京裁判では日華事変における華人犠牲者の数は130万と書いてありました。この先の連載が楽しみです。
ちなみに、現在、共産党政権は"3500万"という数字を主張していますが、これはまさに文化大革命や大躍進における犠牲者の数を日本に責任転嫁してるでしょう。まあ、130万のうち1/3が南京での犠牲者というのも不自然な話です。
相当の虐殺があったのは間違いないとしても、中華帝国の主張より小規模でしょう。(>"現代の華夷秩序と日本(3")。
>"亡国の戦争、歩み克明 公文書館の東京裁判記録"
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東京裁判では3915件の書証が記録されている。このほか論告や最終弁論、判決文を加えると文書類は6000件を超える。軍国日本を裁くための文書は亡国の戦争に突入したこの国の歩みを克明に描写している。一方で、裁いた側の論理矛盾も露呈しており、激動の時代の世界を活写した壮大な歴史文書ともいえる。
東京裁判は被告数(28人)、公判期間(2年半)ともに、ナチス・ドイツを裁いたニュルンベルク裁判を上回る20世紀最大の戦争裁判である。
>"東京裁判、全記録明らかに 国立公文書館が整理完了"
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日中戦争、太平洋戦争の政府、軍指導者を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)判決から今年11月で60年を迎えるにあたり、国立公文書館(東京・千代田)は所蔵する裁判記録(和文)の整理とマイクロフィルム化を完了した。
同裁判全文書のマイクロ化は初めて。法廷に提出された被告尋問書や軍の機密文書などの書証の閲覧や検索、複写が可能になった。
