ブログをはじめます 日記
ふとブログをはじめようと考えました。
日頃、周囲の人に言えない事とか
ニュースについて思った事とかを書いていこうと思います。
自分は普段からよく物思いにふけって色々な事を考えるのですが
考えたことを文章にして書くということがほとんどなくて
すぐに忘れたり、コロッと考えが変わったりしています。
そういう自分の考えたことを何かに残してみるのもいいかなと思ったわけです。
時事ネタに評論家気どりでえらそうなことを書いてみたいなぁと思ったりもします。
特に誰に対して書こうというつもりもないのですがいろいろ書きたいと思っています。
・・・・・・続けられるかどうかは疑問ですが。
日頃、周囲の人に言えない事とか
ニュースについて思った事とかを書いていこうと思います。
自分は普段からよく物思いにふけって色々な事を考えるのですが
考えたことを文章にして書くということがほとんどなくて
すぐに忘れたり、コロッと考えが変わったりしています。
そういう自分の考えたことを何かに残してみるのもいいかなと思ったわけです。
時事ネタに評論家気どりでえらそうなことを書いてみたいなぁと思ったりもします。
特に誰に対して書こうというつもりもないのですがいろいろ書きたいと思っています。
・・・・・・続けられるかどうかは疑問ですが。
2007/1/10 23:41
教育基本法改正で思うこと・・・9 ニュース
またいっぱい頂いたコメントに対して
きちんと返事を書かなければいけないと思っていますが、
一日遅れてしまいましたので
とりあえず前回書こうと思っていたことを先に書いてしまおうと思います。
自分は政府の言うこと全てを間に受けているわけではありません。
例えば、残業代0円法案などは、経営者側に有利な法案を通すことによって
自民党政府はその支持を得たいのだ、
という裏の本音があると言うのは自分もわかります。
医療改革がなかなか進まないのも、自民党が医師会やらの支援を受けているから
手をつけられない、ということならなるほどなと思います。
そういう自民党政府にも良からぬ裏の本音がある、と言うことはわかります。
ですが、必ずあると言うわけでもありません。
教育基本法の改正については裏の本音というものを考えてみても
これといったものが自分には思い浮かびません。
改正することによって、特定の支援団体からより多くの政治資金が集まるとか
自民党や政治家に対して何か直接的なメリットがあるわけではないですよね。
第一、そういう利権がらみのことがあれば新聞が書かないはずがありません。
それとよく言われるのが、戦前のような日本が戻ってくるかのような言い回しです。
ですが、国の批判が一切認められない、そんな言論統制が今の日本では
法律上出来ないことはちょっと考えればわかります。
例え自民党政府が本当にそんなことを企んでいたとしても、
憲法改正という手順を踏まないことには出来ません。
自民党は憲法改正の草案で「思想信条の自由」や「言論の自由」を
削除なんて言っていないわけです。
つまり、自民党政府はそんな良からぬことは考えていないということです。
そもそも、それを見逃すほど日本の有権者はバカじゃありません。
選挙が怖くて、消費税の引き上げについてすら今の政府は言及できないのに
言論統制みたいな、民主主義の根本を否定するような法案が、
今の日本で通ってしまうと本当に思っているのでしょうか?
そんな法案が成立するのを有権者は黙って見過ごすでしょうか?
ですから、結局、今回の教育基本法が、
国旗・国歌を強要されるようなものではない、
と大半の有権者はちゃんと判断してるんだな、と自分は思います。
きちんと返事を書かなければいけないと思っていますが、
一日遅れてしまいましたので
とりあえず前回書こうと思っていたことを先に書いてしまおうと思います。
自分は政府の言うこと全てを間に受けているわけではありません。
例えば、残業代0円法案などは、経営者側に有利な法案を通すことによって
自民党政府はその支持を得たいのだ、
という裏の本音があると言うのは自分もわかります。
医療改革がなかなか進まないのも、自民党が医師会やらの支援を受けているから
手をつけられない、ということならなるほどなと思います。
そういう自民党政府にも良からぬ裏の本音がある、と言うことはわかります。
ですが、必ずあると言うわけでもありません。
教育基本法の改正については裏の本音というものを考えてみても
これといったものが自分には思い浮かびません。
改正することによって、特定の支援団体からより多くの政治資金が集まるとか
自民党や政治家に対して何か直接的なメリットがあるわけではないですよね。
第一、そういう利権がらみのことがあれば新聞が書かないはずがありません。
それとよく言われるのが、戦前のような日本が戻ってくるかのような言い回しです。
ですが、国の批判が一切認められない、そんな言論統制が今の日本では
法律上出来ないことはちょっと考えればわかります。
例え自民党政府が本当にそんなことを企んでいたとしても、
憲法改正という手順を踏まないことには出来ません。
自民党は憲法改正の草案で「思想信条の自由」や「言論の自由」を
削除なんて言っていないわけです。
つまり、自民党政府はそんな良からぬことは考えていないということです。
そもそも、それを見逃すほど日本の有権者はバカじゃありません。
選挙が怖くて、消費税の引き上げについてすら今の政府は言及できないのに
言論統制みたいな、民主主義の根本を否定するような法案が、
今の日本で通ってしまうと本当に思っているのでしょうか?
そんな法案が成立するのを有権者は黙って見過ごすでしょうか?
ですから、結局、今回の教育基本法が、
国旗・国歌を強要されるようなものではない、
と大半の有権者はちゃんと判断してるんだな、と自分は思います。
2007/1/9 3:48
教育基本法改正で思うこと・・・8 ニュース
・・・を書こうとしたのですが、とりあえずコメントに返事をつけるので
精一杯になってしまいました。
たいした事を書こうとした訳ではないのですが、また明日書きます。
コメントを頂いた順に、コメントの返事をつけましたので
読みづらいかもしれませんがご勘弁ください。
コメント欄が長くなってしまいましたので
以後のコメントはこの記事につけてもらえると助かります。
精一杯になってしまいました。
たいした事を書こうとした訳ではないのですが、また明日書きます。
コメントを頂いた順に、コメントの返事をつけましたので
読みづらいかもしれませんがご勘弁ください。
コメント欄が長くなってしまいましたので
以後のコメントはこの記事につけてもらえると助かります。
2007/1/6 3:25
教育基本法改正で思うこと・・・7 ニュース
「教育基本法改正で思うこと・・・6」の続きです。
そもそも、なぜこの「強制力」の話になったのかと言えば、
半兵衛さんの「その2」の文中に
「たとえば、人を殺したいとか、人の物を盗りたいとか思っても、
思っただけでは処罰されない。
現代はどこの国家も、心の中まで法律で処罰するようなことはしていないのだ。
信仰の自由が認められているのも、同様に心の問題だからである。」
とあって、それに対して、今回の教育基本法改正案は
「何か罰則とか処分があるわけではありませんよね」
「これって国が子供達に心の内面を強制してることになるのでしょうか」
と自分は言ったわけです。
「強制ということを
罰金や懲役等のペナルティのみの観点から捉えるのはどうかと思う」
と、半兵衛さんはあたかも自分のほうが言い出したかのようですが、
「処罰(罰則)をもって強制」という見解は
最初から半兵衛さんも同じだったのではないでしょうか。
結局、半兵衛さんは「強制力」という言葉を
法律の持つ「拘束力」や「効力」といった意味でも使っていて、
それを実質的な強制力と一緒にして、
全ていけないことだとしているからおかしくなるのではないでしょうか。
そう考えれば、
前回半兵衛さんが意味がわからなかった文章も、理解してもらえると思います。
つまり、
国の方針として法律を定めること自体には意味があり、効力があります。
ですが、法律上は「拘束力、効力」があっても、
それだけでは違反しても処罰されることがありませんから、
事実上、その法律の効力は発揮されません。
ですから、それを実質的な強制力として発揮するには、
「罰則」や「民事手続きによる強制執行」など
色々なアプローチの手段がある、ということなのではないでしょうか。
つまり、
法律自体の「効力」というものと、罰則などによる「実質的な強制力」というのは
明確に区別しなければいけないことではないでしょうか。
そう考えると、半兵衛さんの言うように
「罰則は下部法で制定されるので、そのときに反対すればいいなどと思っていても、
上部法で認められた事項が、下部法で認められない理由はなく、
少々の反対では阻止できないことになってしまう。」
ということは、教育基本法については当てはまらないわけです。
なぜなら、教育基本法というのは、
罰則などで、違反者を取り締まるのが目的ではないからです。
ですから自分には、どうしてこの基本法改正が
国民を罰則をもって取り締まる「強制」につながるのかがわからないわけです。
そこのところの論理を是非、
具体的に半兵衛さんに説明していただきたいな、と思うわけです。
そして、「そうだとすると、憲法で・・・〜・・・その意図を読まねばなるまい。」
も自分は賛成できない文章です。以前、半兵衛さんは、
自分に対して議会制民主主義を否定している、と非難されましたが、
この発言こそ議会制民主主義の否定ではないでしょうか。
細かい法案までいちいち国民全員の意見を聞くことが出来ないから、
選挙で有権者の意見を反映した代表者を選んで政治を任せているわけです。
徴兵制だろうが核保有だろうが、
国民が選んだ政治家が多数を以って可決すれば成立します。
だからこそ内容の良し悪しを議論するのが大切なのではないでしょうか。
良くも悪くも議会制民主主義とはそういうものではないですか?
第一、教育基本法改正に対して
「反対する国民も、賛成者と同数以上にいるのである」というのは
何を根拠として言っているのか自分にはわかりません。
そんな統計学的に信用できる世論調査の結果があったのでしょうか。
少なくとも自分はそういう結果を知りません。
賛成のほうが多数だったように思います。→世論調査の結果例
半兵衛さんのように、政府の裏の意図を探って反対するのは別に構いませんが、
「自民党政府は悪い事を企む」→「基本法改正案は自民党政府が考えたものだ」
→「だから基本法改正は悪いことだ」
という、それこそ単純な三段論法は成り立たないのではないでしょうか。
論理的な基本法に対する「内容への批判」が無ければいけないと思います。
そもそも、なぜこの「強制力」の話になったのかと言えば、
半兵衛さんの「その2」の文中に
「たとえば、人を殺したいとか、人の物を盗りたいとか思っても、
思っただけでは処罰されない。
現代はどこの国家も、心の中まで法律で処罰するようなことはしていないのだ。
信仰の自由が認められているのも、同様に心の問題だからである。」
とあって、それに対して、今回の教育基本法改正案は
「何か罰則とか処分があるわけではありませんよね」
「これって国が子供達に心の内面を強制してることになるのでしょうか」
と自分は言ったわけです。
「強制ということを
罰金や懲役等のペナルティのみの観点から捉えるのはどうかと思う」
と、半兵衛さんはあたかも自分のほうが言い出したかのようですが、
「処罰(罰則)をもって強制」という見解は
最初から半兵衛さんも同じだったのではないでしょうか。
結局、半兵衛さんは「強制力」という言葉を
法律の持つ「拘束力」や「効力」といった意味でも使っていて、
それを実質的な強制力と一緒にして、
全ていけないことだとしているからおかしくなるのではないでしょうか。
そう考えれば、
前回半兵衛さんが意味がわからなかった文章も、理解してもらえると思います。
つまり、
国の方針として法律を定めること自体には意味があり、効力があります。
ですが、法律上は「拘束力、効力」があっても、
それだけでは違反しても処罰されることがありませんから、
事実上、その法律の効力は発揮されません。
ですから、それを実質的な強制力として発揮するには、
「罰則」や「民事手続きによる強制執行」など
色々なアプローチの手段がある、ということなのではないでしょうか。
つまり、
法律自体の「効力」というものと、罰則などによる「実質的な強制力」というのは
明確に区別しなければいけないことではないでしょうか。
そう考えると、半兵衛さんの言うように
「罰則は下部法で制定されるので、そのときに反対すればいいなどと思っていても、
上部法で認められた事項が、下部法で認められない理由はなく、
少々の反対では阻止できないことになってしまう。」
ということは、教育基本法については当てはまらないわけです。
なぜなら、教育基本法というのは、
罰則などで、違反者を取り締まるのが目的ではないからです。
ですから自分には、どうしてこの基本法改正が
国民を罰則をもって取り締まる「強制」につながるのかがわからないわけです。
そこのところの論理を是非、
具体的に半兵衛さんに説明していただきたいな、と思うわけです。
そして、「そうだとすると、憲法で・・・〜・・・その意図を読まねばなるまい。」
も自分は賛成できない文章です。以前、半兵衛さんは、
自分に対して議会制民主主義を否定している、と非難されましたが、
この発言こそ議会制民主主義の否定ではないでしょうか。
細かい法案までいちいち国民全員の意見を聞くことが出来ないから、
選挙で有権者の意見を反映した代表者を選んで政治を任せているわけです。
徴兵制だろうが核保有だろうが、
国民が選んだ政治家が多数を以って可決すれば成立します。
だからこそ内容の良し悪しを議論するのが大切なのではないでしょうか。
良くも悪くも議会制民主主義とはそういうものではないですか?
第一、教育基本法改正に対して
「反対する国民も、賛成者と同数以上にいるのである」というのは
何を根拠として言っているのか自分にはわかりません。
そんな統計学的に信用できる世論調査の結果があったのでしょうか。
少なくとも自分はそういう結果を知りません。
賛成のほうが多数だったように思います。→世論調査の結果例
半兵衛さんのように、政府の裏の意図を探って反対するのは別に構いませんが、
「自民党政府は悪い事を企む」→「基本法改正案は自民党政府が考えたものだ」
→「だから基本法改正は悪いことだ」
という、それこそ単純な三段論法は成り立たないのではないでしょうか。
論理的な基本法に対する「内容への批判」が無ければいけないと思います。
2007/1/5 23:27
教育基本法改正で思うこと・・・6 ニュース
去年からの引き続き、と言っては何ですが
半兵衛さんから意見を頂きましたので→こちら
今回もまたそれに対応するかたちで書きたいと思います。
お正月もはさんで時間がたってしまいましたが、
やっぱり問題の核心をはっきりさせたいと思います。
「法律に罰則がなければ強制ではないか否かという議論より、
罰則がないから強制ではないという理屈で、
安易に法律の制定を認めることが重要な問題なのである。」
「条文の文言が美しいから法律を作っただけだと思いますと、
ひろさんは考えるのだろうか。」
と半兵衛さんは書かれていましたが、
何も自分は「罰則がなければ法律の制定を安易に認めてもよい」
などとは言っていませんし、
罰則のない法律を定めることに何の効果も無い、とも言っていません。
自分は、「思うこと・・・3」の文中でも
「法律はもともと国民の行動や権利を、守ったり保証したり、
あるいは逆に制限したり、拘束したり、強制するためのものだと思います。
そして、その個々の物事の良し悪しを判断して定めるものだと思うのです。」
と書きました。
それに、自分は最初から一貫して今回の教育基本法改正の内容は
理念として正当なものだ、と言うことを書いてきたつもりでしたが
半兵衛さんには理解してもらえていないのでしょうか。
自分の考えではあくまで、
基本法改正は内容が正当なものだと言うのが前提にあって、
「国民に押し付けることにはならないから賛成」なのです。
例えば運転中の携帯電話。以前は罰則がありませんでした。
運転中の携帯電話は常識で考えて良くないことです。
ですから、法律で「運転中の携帯電話を禁止すること」は正当なことですよね。
この「正当なこと」を「国民に押し付けることになるから反対」とは普通言いません。
それと同じ事で、それぐらい教育基本法の内容は正当なものだ、
と自分は言っているわけです。
それに対して、「法律の強制力」についての反論はあっても、
「基本法の内容」について、半兵衛さんからの反論が途中からありません。
そのあたりについては是非、半兵衛さんからまた反論を頂きたいと思っています。
また、「現実に法律を守らない者がいる事実のみを取り上げて、
それは罰則がないからその法律は強制力がないという単純なものでもない」
というところで半兵衛さんが挙げた事例は奇妙ではないでしょうか?
交通違反や刑罰違反は罰則によって取り締まっていますが、
現実としての警察の取り締まり方の問題であり、
その取締りをはるかに上回る違反者がいるから蔓延しているだけであって
実質的な強制力がないわけではありません。
NHKの受信料未払いのように事実上取り締まる事が出来ないこととは
全く事情が違うのではないでしょうか。
第一、前回示したように、同義的にも法律的にも
受信料を払わなければいけないとする根拠があるのに
それでも払わない人が存在するのは、
半兵衛さんは何が原因だと考えるのでしょうか?
「モラルの低下」というのもあるでしょうが、
罰則がないことが全く影響していないとは自分には思えません。
結局、半兵衛さんの上げる事例はどれも変だと思う部分があって
それをいちいち指摘しなければならないので話がずれてしまうわけです。
「教育基本法改正で思うこと・・・7」に続きます。
半兵衛さんから意見を頂きましたので→こちら
今回もまたそれに対応するかたちで書きたいと思います。
お正月もはさんで時間がたってしまいましたが、
やっぱり問題の核心をはっきりさせたいと思います。
「法律に罰則がなければ強制ではないか否かという議論より、
罰則がないから強制ではないという理屈で、
安易に法律の制定を認めることが重要な問題なのである。」
「条文の文言が美しいから法律を作っただけだと思いますと、
ひろさんは考えるのだろうか。」
と半兵衛さんは書かれていましたが、
何も自分は「罰則がなければ法律の制定を安易に認めてもよい」
などとは言っていませんし、
罰則のない法律を定めることに何の効果も無い、とも言っていません。
自分は、「思うこと・・・3」の文中でも
「法律はもともと国民の行動や権利を、守ったり保証したり、
あるいは逆に制限したり、拘束したり、強制するためのものだと思います。
そして、その個々の物事の良し悪しを判断して定めるものだと思うのです。」
と書きました。
それに、自分は最初から一貫して今回の教育基本法改正の内容は
理念として正当なものだ、と言うことを書いてきたつもりでしたが
半兵衛さんには理解してもらえていないのでしょうか。
自分の考えではあくまで、
基本法改正は内容が正当なものだと言うのが前提にあって、
「国民に押し付けることにはならないから賛成」なのです。
例えば運転中の携帯電話。以前は罰則がありませんでした。
運転中の携帯電話は常識で考えて良くないことです。
ですから、法律で「運転中の携帯電話を禁止すること」は正当なことですよね。
この「正当なこと」を「国民に押し付けることになるから反対」とは普通言いません。
それと同じ事で、それぐらい教育基本法の内容は正当なものだ、
と自分は言っているわけです。
それに対して、「法律の強制力」についての反論はあっても、
「基本法の内容」について、半兵衛さんからの反論が途中からありません。
そのあたりについては是非、半兵衛さんからまた反論を頂きたいと思っています。
また、「現実に法律を守らない者がいる事実のみを取り上げて、
それは罰則がないからその法律は強制力がないという単純なものでもない」
というところで半兵衛さんが挙げた事例は奇妙ではないでしょうか?
交通違反や刑罰違反は罰則によって取り締まっていますが、
現実としての警察の取り締まり方の問題であり、
その取締りをはるかに上回る違反者がいるから蔓延しているだけであって
実質的な強制力がないわけではありません。
NHKの受信料未払いのように事実上取り締まる事が出来ないこととは
全く事情が違うのではないでしょうか。
第一、前回示したように、同義的にも法律的にも
受信料を払わなければいけないとする根拠があるのに
それでも払わない人が存在するのは、
半兵衛さんは何が原因だと考えるのでしょうか?
「モラルの低下」というのもあるでしょうが、
罰則がないことが全く影響していないとは自分には思えません。
結局、半兵衛さんの上げる事例はどれも変だと思う部分があって
それをいちいち指摘しなければならないので話がずれてしまうわけです。
「教育基本法改正で思うこと・・・7」に続きます。
2007/1/4 23:40
あけましておめでとうございます 日記
残念なことに、あっという間に三が日も過ぎてしまいましたが
未だにお正月気分が抜けません。
楽しい時間ほどあっという間に過ぎていってしまいますよね。
今年も色々と思ったことを書いていこうと思いますので
よろしくお願いいたします。
未だにお正月気分が抜けません。
楽しい時間ほどあっという間に過ぎていってしまいますよね。
今年も色々と思ったことを書いていこうと思いますので
よろしくお願いいたします。
2006/12/31 2:04
あっという間に大晦日 日記
もう2006年も終わりですね。
今年は色々なスポーツが盛り上がった年でしたが、
なんだか今年は例年以上にあっという間だったような気がします。
荒川選手が金メダルを獲ったのが、ついこの間のことのようです。
最初は何の気なしにはじめたこのブログですが、
途中中断もあったにせよ、三日坊主のくせに
なかなか良く続いてるなと思います。
来年は、もっと、読んでいた本の感想や、
その他の趣味とか、いろいろ書こうと思います。
とりあえず大雑把ですが大掃除も大体片付いて、
何とか新年を迎える体制は整ったと思います。
今年はあんまり良い年ではなかったと感じるので、
来年は良い年になってもらいたいなと思います。
それではよいお年を。
今年は色々なスポーツが盛り上がった年でしたが、
なんだか今年は例年以上にあっという間だったような気がします。
荒川選手が金メダルを獲ったのが、ついこの間のことのようです。
最初は何の気なしにはじめたこのブログですが、
途中中断もあったにせよ、三日坊主のくせに
なかなか良く続いてるなと思います。
来年は、もっと、読んでいた本の感想や、
その他の趣味とか、いろいろ書こうと思います。
とりあえず大雑把ですが大掃除も大体片付いて、
何とか新年を迎える体制は整ったと思います。
今年はあんまり良い年ではなかったと感じるので、
来年は良い年になってもらいたいなと思います。
それではよいお年を。
2006/12/30 23:36
教育基本法改正で思うこと・・・5 ニュース
前回の教育基本法改正で思うこと・・・3,4の内容について
再度、半兵衛さんから意見を頂きましたので→こちら
今回もまたそれに対応するかたちで書きたいと思います。
1.愛国心教育の是非に関して
前回の自分の書いた内容が、なぜ「結果オーライを是認する発言」で、
「議会制民主主義は根底から崩壊する」のかが自分には分かりません。
日本における議会の場というのは国会ですよね。
TMはあくまで政府が国民の生の声を聞くという意見交換の場であって、
国会で法案を成立させるために、
必ずやらなければいけないものではないですよね。
ですからTMでのやらせ行為自体はいけないこととして処分が必要ですが、
それが教育基本法改正そのものを否定する根拠とはならないと思います。
教育基本法改正の法案は議会制民主主義において
国会の場で正しい手続きを踏んで成立したわけです。
ですから自分は、決して結果オーライで手続きを無視してよい、
と言っていたわけではありませんし、議会制民主主義を否定もしていません。
2.愛国心の強制に関して
前回は上手く説明できていないために、言いたかったことを
半兵衛さんには理解していただけなかったので
もう一度整理しながら書いてみようと思います。
NHKは国営放送ではないですから
もちろん税金で運営しているわけではありませんよね。
民間企業でもありませんが、結局商売をして
運営資金を調達しなければいけないわけです。
その点は一般の民間企業と同じですよね。
でも、NHKは民放のようにCMで広告収入を得ることが出来ませんから、
視聴者から直接、受信料という名目で徴収して、
運営をする仕組みになっているわけです。
ですから、NHKが受信料を徴収するという事は、
普通のお店で品物を買ったり、サービスを受けたときに対して
お金を払うことと一緒だと自分は思うのです。
ですが、公園や、救急車などの役所等が行う公共サービスは、
税金というかたちでちゃんと国民全員で費用を負担しているわけです。
NHKとは事情が根本的に違うのではないでしょうか。
ですから、常識的に考えても、受信料を払うこと自体がおかしな事ではない、
と自分は言いたかったわけです。
そして、どんな理由があろうとも、
受信料を払わない人はやっぱり非常識だと思います。
自分だってNHKの在り方や、受信料徴収のやり方に疑問は感じます。
ですが、いくらNHKの金の無駄使いが納得できなくても、
全くNHKを見てないから払う必要がないと思っても、
それが現行のルールに逆らって払わなくて良い理由にはなりません。
納得していなくても、NHKを全く見ていなくても、
決まっていることだから、と渋々払っている人なんていくらでもいます。
ルールを守っている人が損をして、破っている人が得をしている現状に
自分はやっぱり違和感を感じます。
そこまで払いたくないのなら、払いたくない人は払わなくて良いように
ルールを変えてから、堂々と受信料支払いを拒否すればいいと思います。
今現在、受信料未払いの人というのは
物事の順序というものが逆なのではないか、と自分は思ってしまうわけです。
それでも、受信料未払いはかなりの割合で存在しているわけで、
これはやっぱり罰則のない法律は実質的な強制力が無い、
ということではないでしょうか。
自分は、「法律はもともと国民の行動や権利を、守ったり保証したり、
あるいは逆に制限したり、拘束したり、強制するためのものだと思います」が、
罰則がなければ「実質的」な強制力が無い、と自分は考えています。
だからこそ、今回の教育基本法は罰則がないから
「国が子供達に心の内面を強制してること」にならない、
ということを前回言いたかったわけです。
半兵衛さんの、
「憲法には罰則規定がない。しかしだからといって、
憲法に強制力はないなどと考える者は1人もいないだろう。
憲法に罰則規定はなくても、強制力はあるから、
それに適う形で罰則規定を盛り込んだ下部法が制定されるのだ。」
というのはまったくもってそのとおりだと思います。
日本国憲法は法律上は一番強制力があるわけですが、
罰則が無いため、憲法のみでは違反しても処罰されることがありませんから、
事実上、強制力は発揮されませんよね。
ですから、下部法で罰則を設けて、
憲法の強制力を事実上でも発揮させるわけですよね。
これは結局、法律というのは罰則がなければ、
実質的な強制力を発揮できないという証明ではないでしょうか。
自分は詳しくは知りませんが、憲法第16条の請願法についても、
結局、法律で規定されているのに罰則が無いから
それに違反している公務員に対して、実質的な強制力が無いわけで、
だからこそ半兵衛さんも苦労されたのではないでしょうか。
やはり、法律というのは法文と罰則がセットになって
初めて実質的な強制力が生まれるということなのではないでしょうか。
そこで、今回改正された教育基本法を考えてみると、
やっぱり罰則はないわけです。
そして、教育基本法に違反したからといって
一般の大人や生徒達が処罰されるような罰則は、他の法律にもありませんよね。
ですから、
この教育基本法が国民に対して実質的な強制力がない、と自分は思うわけです。
再度、半兵衛さんから意見を頂きましたので→こちら
今回もまたそれに対応するかたちで書きたいと思います。
1.愛国心教育の是非に関して
前回の自分の書いた内容が、なぜ「結果オーライを是認する発言」で、
「議会制民主主義は根底から崩壊する」のかが自分には分かりません。
日本における議会の場というのは国会ですよね。
TMはあくまで政府が国民の生の声を聞くという意見交換の場であって、
国会で法案を成立させるために、
必ずやらなければいけないものではないですよね。
ですからTMでのやらせ行為自体はいけないこととして処分が必要ですが、
それが教育基本法改正そのものを否定する根拠とはならないと思います。
教育基本法改正の法案は議会制民主主義において
国会の場で正しい手続きを踏んで成立したわけです。
ですから自分は、決して結果オーライで手続きを無視してよい、
と言っていたわけではありませんし、議会制民主主義を否定もしていません。
2.愛国心の強制に関して
前回は上手く説明できていないために、言いたかったことを
半兵衛さんには理解していただけなかったので
もう一度整理しながら書いてみようと思います。
NHKは国営放送ではないですから
もちろん税金で運営しているわけではありませんよね。
民間企業でもありませんが、結局商売をして
運営資金を調達しなければいけないわけです。
その点は一般の民間企業と同じですよね。
でも、NHKは民放のようにCMで広告収入を得ることが出来ませんから、
視聴者から直接、受信料という名目で徴収して、
運営をする仕組みになっているわけです。
ですから、NHKが受信料を徴収するという事は、
普通のお店で品物を買ったり、サービスを受けたときに対して
お金を払うことと一緒だと自分は思うのです。
ですが、公園や、救急車などの役所等が行う公共サービスは、
税金というかたちでちゃんと国民全員で費用を負担しているわけです。
NHKとは事情が根本的に違うのではないでしょうか。
ですから、常識的に考えても、受信料を払うこと自体がおかしな事ではない、
と自分は言いたかったわけです。
そして、どんな理由があろうとも、
受信料を払わない人はやっぱり非常識だと思います。
自分だってNHKの在り方や、受信料徴収のやり方に疑問は感じます。
ですが、いくらNHKの金の無駄使いが納得できなくても、
全くNHKを見てないから払う必要がないと思っても、
それが現行のルールに逆らって払わなくて良い理由にはなりません。
納得していなくても、NHKを全く見ていなくても、
決まっていることだから、と渋々払っている人なんていくらでもいます。
ルールを守っている人が損をして、破っている人が得をしている現状に
自分はやっぱり違和感を感じます。
そこまで払いたくないのなら、払いたくない人は払わなくて良いように
ルールを変えてから、堂々と受信料支払いを拒否すればいいと思います。
今現在、受信料未払いの人というのは
物事の順序というものが逆なのではないか、と自分は思ってしまうわけです。
それでも、受信料未払いはかなりの割合で存在しているわけで、
これはやっぱり罰則のない法律は実質的な強制力が無い、
ということではないでしょうか。
自分は、「法律はもともと国民の行動や権利を、守ったり保証したり、
あるいは逆に制限したり、拘束したり、強制するためのものだと思います」が、
罰則がなければ「実質的」な強制力が無い、と自分は考えています。
だからこそ、今回の教育基本法は罰則がないから
「国が子供達に心の内面を強制してること」にならない、
ということを前回言いたかったわけです。
半兵衛さんの、
「憲法には罰則規定がない。しかしだからといって、
憲法に強制力はないなどと考える者は1人もいないだろう。
憲法に罰則規定はなくても、強制力はあるから、
それに適う形で罰則規定を盛り込んだ下部法が制定されるのだ。」
というのはまったくもってそのとおりだと思います。
日本国憲法は法律上は一番強制力があるわけですが、
罰則が無いため、憲法のみでは違反しても処罰されることがありませんから、
事実上、強制力は発揮されませんよね。
ですから、下部法で罰則を設けて、
憲法の強制力を事実上でも発揮させるわけですよね。
これは結局、法律というのは罰則がなければ、
実質的な強制力を発揮できないという証明ではないでしょうか。
自分は詳しくは知りませんが、憲法第16条の請願法についても、
結局、法律で規定されているのに罰則が無いから
それに違反している公務員に対して、実質的な強制力が無いわけで、
だからこそ半兵衛さんも苦労されたのではないでしょうか。
やはり、法律というのは法文と罰則がセットになって
初めて実質的な強制力が生まれるということなのではないでしょうか。
そこで、今回改正された教育基本法を考えてみると、
やっぱり罰則はないわけです。
そして、教育基本法に違反したからといって
一般の大人や生徒達が処罰されるような罰則は、他の法律にもありませんよね。
ですから、
この教育基本法が国民に対して実質的な強制力がない、と自分は思うわけです。
2006/12/28 23:57
採点基準 テレビ
先日のM−1はチュートリアルが見事優勝しましたね。
決勝戦は客席の歓声でほぼ結果が見えてましたね。
プラン9は残念でしたが、結果としてはほぼ順当だったような気がします。
番組前半はいまいち笑えないコンビが多かったですが、
後半は笑えたので満足です。でも、前に見たことのあるネタがちらほらあって、
それはちょっと残念だったかな、と思いました。
M−1は新作ネタじゃないと駄目なのかなと思ってたのですが、違うのでしょうか?
あと、これは毎年思うのですが審査員との判断のギャップがあるなと思いました。
変ホ長調なんか、シュールで意外と面白かった気がしたんですが
得点がすごく低かったので、ちょっとびっくりしました。
そこら辺の喫茶店でありそうな、変なOLの会話みたいなネタでしたが、
観客も少しはウケていたように思ったんですけどね。
多分、審査員全員が芸人なので、純粋に面白いか面白くないかだけでなく、
どうしても間合いとか、話術とか、
技術的なものが審査基準に入ってくるんだろうな、と思ってしまいました。
審査員が「採点の仕様がない」みたいな事を言ってたと思うんですが
でも、素人にプロ並みの技術を審査基準として要求されてしまうと
元々勝ち目はないですが、さらに無くなりますね。
それに、毎日笑いを仕事としている芸人と、一般人とでは笑える基準も違うだろうし
一人くらい笑いに素人の審査員も含めてもいいのでは、と思ったりもしました。
今日も女子フィギュアスケートを見ていたのですが、
綺麗に決まったな、と思う選手の得点が思ったより伸びなかったりして、
やっぱり採点基準が分からなかったので、
何事にも素人にはわからない部分があるんだろうなぁ、と思いました。
決勝戦は客席の歓声でほぼ結果が見えてましたね。
プラン9は残念でしたが、結果としてはほぼ順当だったような気がします。
番組前半はいまいち笑えないコンビが多かったですが、
後半は笑えたので満足です。でも、前に見たことのあるネタがちらほらあって、
それはちょっと残念だったかな、と思いました。
M−1は新作ネタじゃないと駄目なのかなと思ってたのですが、違うのでしょうか?
あと、これは毎年思うのですが審査員との判断のギャップがあるなと思いました。
変ホ長調なんか、シュールで意外と面白かった気がしたんですが
得点がすごく低かったので、ちょっとびっくりしました。
そこら辺の喫茶店でありそうな、変なOLの会話みたいなネタでしたが、
観客も少しはウケていたように思ったんですけどね。
多分、審査員全員が芸人なので、純粋に面白いか面白くないかだけでなく、
どうしても間合いとか、話術とか、
技術的なものが審査基準に入ってくるんだろうな、と思ってしまいました。
審査員が「採点の仕様がない」みたいな事を言ってたと思うんですが
でも、素人にプロ並みの技術を審査基準として要求されてしまうと
元々勝ち目はないですが、さらに無くなりますね。
それに、毎日笑いを仕事としている芸人と、一般人とでは笑える基準も違うだろうし
一人くらい笑いに素人の審査員も含めてもいいのでは、と思ったりもしました。
今日も女子フィギュアスケートを見ていたのですが、
綺麗に決まったな、と思う選手の得点が思ったより伸びなかったりして、
やっぱり採点基準が分からなかったので、
何事にも素人にはわからない部分があるんだろうなぁ、と思いました。
2006/12/27 0:05
教育基本法改正で思うこと・・・4 ニュース
「教育基本法改正で思うこと・・・3」のつづきです。
3.愛国心の評価
半兵衛さんは「愛国心が理科の実験のような
課題授業の取り組み等と同様に論ずることができないのは、
達成しようとする目的がはっきりしないからである。」
とされていますが、目的ははっきりしているのではないでしょうか。
それは、社会人としての常識を身につけさせるためだと思います。
「課題授業の取り組み等における『関心・意欲・態度』等の評価は、
あくまでも、理科の実験のように、
ある目的を達成する過程において現れた外面の現象を評価しているのであって、
心の内面そのものを評価しているわけではない。」
この半兵衛さんの文章に当てはめてみるならば、
愛国心における「関心・意欲・態度」等の評価は、あくまでも、
「社会人として常識・礼儀を備えた大人になる」という
「目的を達成する過程」において
「国旗掲揚・国歌斉唱」という「現れた外面の現象」を評価しているのであって、
心の内面そのものを評価しているわけではない。
・・・ということではないでしょうか。
ですから、嫌々ながらでも国歌斉唱をきちんとやらせる、ということと
嫌々ながらでも理科の実験をやらせる、ということに
目的や過程はちがっても、教育の本質的な違いがあるとは思えません。
国旗掲揚・国歌斉唱が「生活態度等の常識の問題」と言うことは、
全くそのとおりだと思います。
では、なぜこれが常識なのかという事が大事だと思います。
それは、日本人として国の恩恵を受けて暮らしている以上
日本のトレードマークである国旗・国歌に敬意を払い、
行動に表すことは当たり前だからです。
これは以前にも自分はブログ内に書いていることです。
「国に愛着や感謝の気持ち(=愛国心)」があるから
「国旗・国歌に敬意を払う」ことが出来るのであって
国民であるならその気持ち持つことはみな同じであろう、だから「常識」なのです。
ですから、感謝の気持ちがあっても国歌斉唱ができない、ということは
いかに愛国心があろうとも
「敬意を払うに値しない国だ」と言っているのと同じ事です。
国の恩恵を受けて暮らしているのに無礼だ、
非常識だ、と見られても仕方が無いわけです。
何かをしてもらったら、ありがとうと御礼を言うことと全く同じです。
ですから、ありがとうと御礼を言うことと同様に、
国旗掲揚・国歌斉唱を学校で教えることは当然であって、
これがすなわち愛国心教育なのではないでしょうか。
ですから、国旗・国歌問題は、愛国心教育という問題にも直結していることで、
同時に道徳や常識の問題でもあるのではないでしょうか。
愛国心教育も道徳教育と一緒で、「外面に現れる現象」との関係で、
「内面である心の持ち方」を教育するものではないでしょうか。
4.愛国心の欠如
なぜ、自分が一部の日本人に愛国心がないと断言できるかと言うと、
愛国心が無い行動をしている人がいるからです。
少なくとも傍から見て、そう思われても仕方が無い行動を
(無自覚に)やっている人がいるということです。
その根拠は、前項ですでに示しました。
「国旗掲揚等を拒否するのは、思想的な問題にこだわる一部の教師だけであり、
そういった報道の一部の例をことさら大げさに取り上げて、
愛国心教育に結びつけているだけではないか。」
自分はその様には思いません。
一部の非常識な教師の言うことを大げさに取り上げているのは、
政府ではなくてむしろ報道機関だと思います。
しかも、肯定的に、大々的に報道する新聞もあって、
その非常識を堂々と主張して裁判にまでなって、勝訴して、正当化されて、
まかり通ってしまっている現状に、自分は違和感を感じてしまいます。
いくら少数であろうとも既に大きな社会問題になっているのが現状です。
だから国としても対策を講じなければならなくなったのだと思います。
少なくとも、国旗・国歌問題のように社会問題化してしまったことを
「ごく少数、一部の問題だから」ということで済ませるわけにはいかないと思います。
第一、半兵衛さんの言う事がもし本当ならば、国旗・国歌問題の全ては、
国の愛国心教育のための策略だということになりますよね。
ということは報道機関は、その国の「策略」のために、一部の小さな事を
わざと大きく取り上げているということでしょうか。つまり報道機関もグルだと。
いくらなんでも、自分はそんなことは無いと思います。
「報道・言論の自由」を訴えている報道機関が、
国の策略に加担をするとは思えません。
5.愛国心の比較
これも以前に書いたことなのですが、あくまで「愛国心」と言うのは
読んで字の如く「国を愛する心」であって
「国への忠誠心」ではない、と自分は思うのです。
国を愛するからこそ国を批判することもあるわけです。
戦前の日本ように、国を批判することも許されない社会ならば、
それは結局「愛国心=国への忠誠心」になってしまいますが、
国を批判することが認められている今の日本では、
戦前の愛国心教育と同じ道を歩むことにはならないのではないでしょうか。
6.結論
ですから、今回の教育基本法改正が、どうして
「国の都合のよいように解釈した身勝手な理屈を国民に強制してくる」事態に
「つながる」のか、自分にはよくわからないのです。
もし、そんな法案がでてきたら、その時に反対し、論理をもって批判して
民主主義において廃案にするべきであって、
少なくとも、今回の教育基本法改正そのものが
「国の都合のよいように解釈した身勝手な理屈を国民に強制」
する法案ではないことは確かなのではないでしょうか。
ですので、今回の教育基本法改正は良いことだったのではないかと思います。
おそらく、半兵衛さんには「教育基本法改正で思うこと・・・2」
だけしか読んでいただけなかったのではないかと思います。
もしよろしかったら、それ以前に書いた
「教育基本法改正で思うこと・・・1」
「今更ながら国旗・国歌問題・・・2」
「今更ながら国旗・国歌問題」
も読んで頂きたいなと思います。
3.愛国心の評価
半兵衛さんは「愛国心が理科の実験のような
課題授業の取り組み等と同様に論ずることができないのは、
達成しようとする目的がはっきりしないからである。」
とされていますが、目的ははっきりしているのではないでしょうか。
それは、社会人としての常識を身につけさせるためだと思います。
「課題授業の取り組み等における『関心・意欲・態度』等の評価は、
あくまでも、理科の実験のように、
ある目的を達成する過程において現れた外面の現象を評価しているのであって、
心の内面そのものを評価しているわけではない。」
この半兵衛さんの文章に当てはめてみるならば、
愛国心における「関心・意欲・態度」等の評価は、あくまでも、
「社会人として常識・礼儀を備えた大人になる」という
「目的を達成する過程」において
「国旗掲揚・国歌斉唱」という「現れた外面の現象」を評価しているのであって、
心の内面そのものを評価しているわけではない。
・・・ということではないでしょうか。
ですから、嫌々ながらでも国歌斉唱をきちんとやらせる、ということと
嫌々ながらでも理科の実験をやらせる、ということに
目的や過程はちがっても、教育の本質的な違いがあるとは思えません。
国旗掲揚・国歌斉唱が「生活態度等の常識の問題」と言うことは、
全くそのとおりだと思います。
では、なぜこれが常識なのかという事が大事だと思います。
それは、日本人として国の恩恵を受けて暮らしている以上
日本のトレードマークである国旗・国歌に敬意を払い、
行動に表すことは当たり前だからです。
これは以前にも自分はブログ内に書いていることです。
「国に愛着や感謝の気持ち(=愛国心)」があるから
「国旗・国歌に敬意を払う」ことが出来るのであって
国民であるならその気持ち持つことはみな同じであろう、だから「常識」なのです。
ですから、感謝の気持ちがあっても国歌斉唱ができない、ということは
いかに愛国心があろうとも
「敬意を払うに値しない国だ」と言っているのと同じ事です。
国の恩恵を受けて暮らしているのに無礼だ、
非常識だ、と見られても仕方が無いわけです。
何かをしてもらったら、ありがとうと御礼を言うことと全く同じです。
ですから、ありがとうと御礼を言うことと同様に、
国旗掲揚・国歌斉唱を学校で教えることは当然であって、
これがすなわち愛国心教育なのではないでしょうか。
ですから、国旗・国歌問題は、愛国心教育という問題にも直結していることで、
同時に道徳や常識の問題でもあるのではないでしょうか。
愛国心教育も道徳教育と一緒で、「外面に現れる現象」との関係で、
「内面である心の持ち方」を教育するものではないでしょうか。
4.愛国心の欠如
なぜ、自分が一部の日本人に愛国心がないと断言できるかと言うと、
愛国心が無い行動をしている人がいるからです。
少なくとも傍から見て、そう思われても仕方が無い行動を
(無自覚に)やっている人がいるということです。
その根拠は、前項ですでに示しました。
「国旗掲揚等を拒否するのは、思想的な問題にこだわる一部の教師だけであり、
そういった報道の一部の例をことさら大げさに取り上げて、
愛国心教育に結びつけているだけではないか。」
自分はその様には思いません。
一部の非常識な教師の言うことを大げさに取り上げているのは、
政府ではなくてむしろ報道機関だと思います。
しかも、肯定的に、大々的に報道する新聞もあって、
その非常識を堂々と主張して裁判にまでなって、勝訴して、正当化されて、
まかり通ってしまっている現状に、自分は違和感を感じてしまいます。
いくら少数であろうとも既に大きな社会問題になっているのが現状です。
だから国としても対策を講じなければならなくなったのだと思います。
少なくとも、国旗・国歌問題のように社会問題化してしまったことを
「ごく少数、一部の問題だから」ということで済ませるわけにはいかないと思います。
第一、半兵衛さんの言う事がもし本当ならば、国旗・国歌問題の全ては、
国の愛国心教育のための策略だということになりますよね。
ということは報道機関は、その国の「策略」のために、一部の小さな事を
わざと大きく取り上げているということでしょうか。つまり報道機関もグルだと。
いくらなんでも、自分はそんなことは無いと思います。
「報道・言論の自由」を訴えている報道機関が、
国の策略に加担をするとは思えません。
5.愛国心の比較
これも以前に書いたことなのですが、あくまで「愛国心」と言うのは
読んで字の如く「国を愛する心」であって
「国への忠誠心」ではない、と自分は思うのです。
国を愛するからこそ国を批判することもあるわけです。
戦前の日本ように、国を批判することも許されない社会ならば、
それは結局「愛国心=国への忠誠心」になってしまいますが、
国を批判することが認められている今の日本では、
戦前の愛国心教育と同じ道を歩むことにはならないのではないでしょうか。
6.結論
ですから、今回の教育基本法改正が、どうして
「国の都合のよいように解釈した身勝手な理屈を国民に強制してくる」事態に
「つながる」のか、自分にはよくわからないのです。
もし、そんな法案がでてきたら、その時に反対し、論理をもって批判して
民主主義において廃案にするべきであって、
少なくとも、今回の教育基本法改正そのものが
「国の都合のよいように解釈した身勝手な理屈を国民に強制」
する法案ではないことは確かなのではないでしょうか。
ですので、今回の教育基本法改正は良いことだったのではないかと思います。
おそらく、半兵衛さんには「教育基本法改正で思うこと・・・2」
だけしか読んでいただけなかったのではないかと思います。
もしよろしかったら、それ以前に書いた
「教育基本法改正で思うこと・・・1」
「今更ながら国旗・国歌問題・・・2」
「今更ながら国旗・国歌問題」
も読んで頂きたいなと思います。
