2006/12/19  23:23

教育基本法改正で思うこと・・・1  ニュース

先日、教育基本法が可決されました。
テレビでニュースを見ましたが色々ごたごたがあったみたいです。
ウチは朝日新聞をとっているのですが、その翌日は
一面、二面、社会面と全て否定的な見出しが躍っていました。→記事
そこで、まず今回は朝日新聞や、ぶいっちゃんさんのブログ記事を見て
自分が思ったことを書いてみようと思います。→こちら

自分がぷいちゃんさんのブログを読んで思ったことは
教育基本法改正は日本を戦争のできる国にするための布石なのか、
ということです。

自分としては可決されたことは良かったことだと思います。
確かに、タウンミーティングのやらせ問題のように
手続きにおいて、政府にはいけなかった部分はあると思います。
こういうことはしっかりと処分をして改善してもらわなくては困ります。
ですが教育基本法の中身については
そんなにおかしなものであるとは思いません。
教育基本法は約60年もの間何も変わらずそのままだったわけで
当時、教育基本法を制定するに至った理念というものがあるのでしょうが、
その理念が、今の時代にそぐわなかった部分もあると思います。
ですから今の時代に合ったものにする必要はあったのではないかと思います。
戦前の反省から、戦後教育は個人の「信条の自由」に重きを置いてきた結果、
信条の自由を履き違える人が多くなって、公共の場でのモラルの低下や
自分勝手が目立つようになってしまった。
その反省から、これからの教育方針は過剰な個人主義を修正しよう、と。
そういうことなのではないでしょうか。

例えば愛国心などもそうです。
確かに本来なら、愛国心は強制されるものではありません。
強制されなくても、自分の国に対して
愛情や感謝する気持ちを持つのはごく自然なことだと思います。
しかし、日本では非常識な行為がまかり通っているのが
現状ではないでしょうか。

「愛国心」という言葉は、どうしても戦前のイメージから
軍国主義的なダークなイメージがしてしまう部分もありますが
「愛国心を持ってはいけない」なんて言う人はまずいないでしょう。
以前にも書いたことと部分的に重なりますが
自国に感謝したり、敬意を払うということが愛国心であって、
べつに国に忠誠を誓うことが愛国心ではないわけです。
国を想うからこそ、国を批判する事だってあるわけです。
ここのあたりの違いをはっきり認識しなければいけないと思います。

愛国心を持つことが「心の問題」であるならば、
その「行動」「態度」に当たるものが
国歌斉唱であり、国旗掲揚であると自分は思うのです。
そして国旗・国歌に敬意を払うということは世界各国どこでも当たり前の行為です。
それなのに、国歌斉唱を「儀礼の場で出来ない」ことを、
「信条の自由」を根拠として主張する大人が大勢いて、
それがまかり通ってしまうのが今の日本の現状だと思うわけです。
それは「日本という国は感謝・敬意を払うに値しない国だ」
と侮辱しているのと同じ行為にしか自分には見えません。
ですが、そう言う人たちが本当にそう思っているとは思いません。
ちゃんと愛国心を持っていると思います。
おそらく、以前の自分もそうだったので分かるのですが、
戦前のような軍国主義の「愛国心=国への忠誠心」のようなイメージがあって、
それを否定したいがために、
そのような行動を無自覚にしているのではないでしょうか。
ですが、常識的に考えて、いかに立派な思想があろうとも、決まっていることを
「やりたくないことだからやらなくていい」と言う理屈は、
社会において通用しないと思います。

儀礼において決められている国歌斉唱、国旗掲揚をやらなくてもいいと
非常識なことを通そうとする大人が多いから。
愛国心が無いと思われても仕方がない行為を無自覚にする大人が多くなったから。
公共の場において「個人の自由」を履き違えて、
私的なエゴを通そうとする大人が多くなったから。
家庭教育がおろそかにされてしまっているから。
列挙したそれらによる弊害や悪影響が大きくなってきたから。
だから、これからの子供がそんな大人にならないように
しっかり学校で教えましょう、国も方針として法文化しましょう・・・・・・・。

今回の教育基本法改正は、要はそういうことなのではないかと思います。
ですから自分は今回の改正はいいことだ、と考えています。
少なくとも「教育改革の一歩」であって
「戦争のできる国への一歩」ではないと思います。



コメントを書く


名前
メールアドレス
URL
コメント本文(1000文字まで)


RSS1.0