2008/5/3 19:16
伊東光介の世界に寄せて 元気ノート
伊東光介の世界に寄せて
この度、昨年の3月に東京藝術大学奏楽堂にて上演させていただいた「《想像作曲法》伊東光介の世界THE即興演奏☆Micro Percent Project☆〜音の光を求めて〜」の再演が決定いたしました。上演委嘱のお話をいただいた時、前回のプログラムの再編とさらにいくつかの発展要素を加え、構成を立てることにしました。まだまだプログラムは未定ですが、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
《空間作曲法》伊東光介の世界2THE即興演奏☆オトノハナタバ☆〜わらじ会20周年に寄せて〜
日時:8月24日(日) 14時開演
会場:田園ホール・エローラ http://www.ellora.jp/
公演プロデュース/伊東光介、公演副代表/大平健介
【前回の公演から】
伊東光介の世界と聞くと、僕の既存の作品を集めた個展のようなものを想像されるかもしれませんが、そうではなくて、即興演奏という瞬間的な創作(Micro Works)による、言い換えるならばそれは、伊東光介の頭の中の世界ということになります。
僕はこれまで、自分の作曲した作品を自分で演奏する場合に、楽譜を書かないということがしばしばありました。ピアノソロに限らず、ピアノを含む編成の曲でも、ピアノの入る位置だけを示して音は即興で演奏するということもあったのです。初めてそうして演奏した時に僕は、自分の鳴らした音ではなく、鳴らさなかった音、つまり聴こえてこない音の存在(Micro Light or Macro Perfume)に気付きました。楽譜に音を書かないことで、客観的に音楽を捉えることが出来た気がしたのです。それ以来、自分で演奏する作品には、楽譜書かない部分が多くなりました。しかしそれらは、即興演奏であることを公にせずに演奏されてきました。ですから、自分でも即興演奏をしているという意識はかなり低いものだったのだろうと思うのです。しかし本日のプログラムがまさにそうであるように、最近になって即興演奏であることを公にして演奏することが多くなってきました。このような経緯にいたった背景には、僕の友人であるオルガン科の大平健介君の存在が大きいことは否めません。彼は僕と出会った当初から、僕の即興演奏にとても興味を持ってくれました。ある日何気なく弾いた練習室での即興演奏、その時たまたま聴いてくれていた彼の反応、そしてその直後に品川バプテスト教会でのコンサートに僕を誘い、即興演奏の枠を与えてくれました。僕の体の中に即興演奏というものが、こんなにも大きく馴染んでいったのはそれからです。彼との出会い、それが僕の即興人生の全ての始まりであるように思います。
《プログラムノート》
■『暗闇音芝居〜楽団一人のための空間〜』 即興ソリストのための
僕の今の言葉と僕の過去の物語。それらを、イマリアルに今、僕の音と共に奏でてみよう。
想像ミニチュアオーケストラの始まり…
■長唄三味線の既存古典曲【五代目杵屋弥十郎作曲〔嘉永六年(1853年)〕「操三番
叟」より“鈴の段”】と即興ピアノによる対話
過去を今奏でるものと、今を今奏でるものが、共に今奏で合う。和と洋、今と過去の二重奏。
「まるでパッサカリアみたいに僕は月に溶け込む。だから君は通奏高音に寄せて手紙を書くんだね。」
■『マミのメモ〜“マミ○メモ”への愛飢えオマージュ〜』 語りと即興ピアノのための
僕は常に君へ気持ちを伝えるのに、新しいカタチを考えている。気弱な野菜でも、常に新鮮に届けたいし、ただ素晴らしいって言うだけじゃ物足りない。でもいろいろな演出をした後できっと、またここに戻ってくる。
■『想像と夢〈五つの“イコウ”による多重物語〉』 二人の日本舞踊と即興ピアノのための
夢の欠片に、想像という空気を入れてふくらませた。ポンポン飛んでって、最後にポツンと残ったよ。
■『ピアノスタディ in 3/17〜未来の子供によせた想像クリスマス〜』 即興ソリストのための
世界のキミは少し傷ついただけ。ごめんね、何もわかってあげられなくて。そうだ、今日はプレゼントがあるよ。キミがもう一人だなんて思わないように、僕は一生懸命奏でるよ。
■尺八の既存古典曲【作曲者不明、琴古流尺八本曲「雲井獅子」】と即興ピアノによる対話
一つの線だけで伝えようとするのは今も昔も同じかな??
※琴古流本曲 雲井獅子は、九州博多一朝軒に伝承されたもの。東京へは明治の中頃に入ったとされる。
■長唄三味線の既存古典曲2曲【十一代目杵屋六左衛門作曲〔文久2年(1862年)〕長唄季の山姥」より虫の合方&十代目杵屋六左衛門作曲〔弘化2年(1845年)〕長唄「秋色種」より虫の合方】と即興ピアノによる対話
世の中はめまぐるしく動き続けて、都会はこんなにも騒がしいのに、なぜ虫の声がうるさく感じるのだろう。
温暖化のせい?外では究極の不協和音と複雑なリズムが響く…。だからもう音楽を創れないのかしら??
■『三つの小曲』 即興ピアノソロのための
T.『想像オルガン』 U.『想像ソルフェージュ』 V.『多重作曲のカタチ』
ノートルダム寺院に、まるで聖徳太子のようなあなたがいた。そんな天才オルガニストとの衝撃的な出会いに高鳴る鼓動、それに素敵な言葉の花束が、敬愛なるテシュネ先生によって飾り付けられ、音楽の歴史と、今僕がここに居ること、それらに感謝と敬意、そして勇気を持って柔軟に表現してみたい。
■『想像の森〜筋書きのない無表情ミニオペラ〜』 ソプラノ、バリトン、オルガンのための
水の流れに身を任せると、風にのって声が聴こえてくる。きっと耳を傾けなければいけない。
どんなに小さな音だとしても、どんなに大きな音よりも深いかもしれない。ただ、そのことを知ることが出来なかったり、わかろうとしなかったり、ましてそれらにさえ気付かなかったりするならば、私のこの想いは偽りになってしまう。少なくとも、あなたを守る力である、かすかな光は見逃してしまうであろう。だから私は耳を大地に埋めて、或いは全身で感じるために土へ還るのである。眠りについて待つ、あなたのくちづけを・・・。
この度、昨年の3月に東京藝術大学奏楽堂にて上演させていただいた「《想像作曲法》伊東光介の世界THE即興演奏☆Micro Percent Project☆〜音の光を求めて〜」の再演が決定いたしました。上演委嘱のお話をいただいた時、前回のプログラムの再編とさらにいくつかの発展要素を加え、構成を立てることにしました。まだまだプログラムは未定ですが、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
《空間作曲法》伊東光介の世界2THE即興演奏☆オトノハナタバ☆〜わらじ会20周年に寄せて〜
日時:8月24日(日) 14時開演
会場:田園ホール・エローラ http://www.ellora.jp/
公演プロデュース/伊東光介、公演副代表/大平健介
【前回の公演から】
伊東光介の世界と聞くと、僕の既存の作品を集めた個展のようなものを想像されるかもしれませんが、そうではなくて、即興演奏という瞬間的な創作(Micro Works)による、言い換えるならばそれは、伊東光介の頭の中の世界ということになります。
僕はこれまで、自分の作曲した作品を自分で演奏する場合に、楽譜を書かないということがしばしばありました。ピアノソロに限らず、ピアノを含む編成の曲でも、ピアノの入る位置だけを示して音は即興で演奏するということもあったのです。初めてそうして演奏した時に僕は、自分の鳴らした音ではなく、鳴らさなかった音、つまり聴こえてこない音の存在(Micro Light or Macro Perfume)に気付きました。楽譜に音を書かないことで、客観的に音楽を捉えることが出来た気がしたのです。それ以来、自分で演奏する作品には、楽譜書かない部分が多くなりました。しかしそれらは、即興演奏であることを公にせずに演奏されてきました。ですから、自分でも即興演奏をしているという意識はかなり低いものだったのだろうと思うのです。しかし本日のプログラムがまさにそうであるように、最近になって即興演奏であることを公にして演奏することが多くなってきました。このような経緯にいたった背景には、僕の友人であるオルガン科の大平健介君の存在が大きいことは否めません。彼は僕と出会った当初から、僕の即興演奏にとても興味を持ってくれました。ある日何気なく弾いた練習室での即興演奏、その時たまたま聴いてくれていた彼の反応、そしてその直後に品川バプテスト教会でのコンサートに僕を誘い、即興演奏の枠を与えてくれました。僕の体の中に即興演奏というものが、こんなにも大きく馴染んでいったのはそれからです。彼との出会い、それが僕の即興人生の全ての始まりであるように思います。
《プログラムノート》
■『暗闇音芝居〜楽団一人のための空間〜』 即興ソリストのための
僕の今の言葉と僕の過去の物語。それらを、イマリアルに今、僕の音と共に奏でてみよう。
想像ミニチュアオーケストラの始まり…
■長唄三味線の既存古典曲【五代目杵屋弥十郎作曲〔嘉永六年(1853年)〕「操三番
叟」より“鈴の段”】と即興ピアノによる対話
過去を今奏でるものと、今を今奏でるものが、共に今奏で合う。和と洋、今と過去の二重奏。
「まるでパッサカリアみたいに僕は月に溶け込む。だから君は通奏高音に寄せて手紙を書くんだね。」
■『マミのメモ〜“マミ○メモ”への愛飢えオマージュ〜』 語りと即興ピアノのための
僕は常に君へ気持ちを伝えるのに、新しいカタチを考えている。気弱な野菜でも、常に新鮮に届けたいし、ただ素晴らしいって言うだけじゃ物足りない。でもいろいろな演出をした後できっと、またここに戻ってくる。
■『想像と夢〈五つの“イコウ”による多重物語〉』 二人の日本舞踊と即興ピアノのための
夢の欠片に、想像という空気を入れてふくらませた。ポンポン飛んでって、最後にポツンと残ったよ。
■『ピアノスタディ in 3/17〜未来の子供によせた想像クリスマス〜』 即興ソリストのための
世界のキミは少し傷ついただけ。ごめんね、何もわかってあげられなくて。そうだ、今日はプレゼントがあるよ。キミがもう一人だなんて思わないように、僕は一生懸命奏でるよ。
■尺八の既存古典曲【作曲者不明、琴古流尺八本曲「雲井獅子」】と即興ピアノによる対話
一つの線だけで伝えようとするのは今も昔も同じかな??
※琴古流本曲 雲井獅子は、九州博多一朝軒に伝承されたもの。東京へは明治の中頃に入ったとされる。
■長唄三味線の既存古典曲2曲【十一代目杵屋六左衛門作曲〔文久2年(1862年)〕長唄季の山姥」より虫の合方&十代目杵屋六左衛門作曲〔弘化2年(1845年)〕長唄「秋色種」より虫の合方】と即興ピアノによる対話
世の中はめまぐるしく動き続けて、都会はこんなにも騒がしいのに、なぜ虫の声がうるさく感じるのだろう。
温暖化のせい?外では究極の不協和音と複雑なリズムが響く…。だからもう音楽を創れないのかしら??
■『三つの小曲』 即興ピアノソロのための
T.『想像オルガン』 U.『想像ソルフェージュ』 V.『多重作曲のカタチ』
ノートルダム寺院に、まるで聖徳太子のようなあなたがいた。そんな天才オルガニストとの衝撃的な出会いに高鳴る鼓動、それに素敵な言葉の花束が、敬愛なるテシュネ先生によって飾り付けられ、音楽の歴史と、今僕がここに居ること、それらに感謝と敬意、そして勇気を持って柔軟に表現してみたい。
■『想像の森〜筋書きのない無表情ミニオペラ〜』 ソプラノ、バリトン、オルガンのための
水の流れに身を任せると、風にのって声が聴こえてくる。きっと耳を傾けなければいけない。
どんなに小さな音だとしても、どんなに大きな音よりも深いかもしれない。ただ、そのことを知ることが出来なかったり、わかろうとしなかったり、ましてそれらにさえ気付かなかったりするならば、私のこの想いは偽りになってしまう。少なくとも、あなたを守る力である、かすかな光は見逃してしまうであろう。だから私は耳を大地に埋めて、或いは全身で感じるために土へ還るのである。眠りについて待つ、あなたのくちづけを・・・。
2008/5/5 21:15
投稿者:光介
はい、松伏にあります!!
そうですね・・・僕の演奏自体は、きっとかなり違うものになってしまいます。。。
ありがとうです☆
よーしっ頑張るぞ!!!!!
そうですね・・・僕の演奏自体は、きっとかなり違うものになってしまいます。。。
ありがとうです☆
よーしっ頑張るぞ!!!!!
2008/5/5 20:16
投稿者:れもん
http://solemon.seesaa.net/
http://solemon.seesaa.net/
あ!エローラって松伏だよね、松伏に友だちが住んでます♪
再演っていっても、全然同じになりそうにないよね、いいなぁ。
その辺は地元に帰っちゃってるかもだけど><
良い演奏会になりますように☆☆
再演っていっても、全然同じになりそうにないよね、いいなぁ。
その辺は地元に帰っちゃってるかもだけど><
良い演奏会になりますように☆☆
