2008/10/11 23:43
ソウルドレッシング 日記
先週、やっとHEYTAの店、ソウルドレッシングに行く事ができました。
その日、HEYTA は店にいないことが当日になって判明したのですが、
わたしも今や勤め人。スケジュールを動かすのが難しく、
前々から約束していたFとSと相談して結果、やっぱり行く事に決定!
恵比寿のヘブンカフェのすぐ近くにあります。
ちょっと路地を入るのでわかりにくいかもしれませんが、
逆にそのロケーションが良いかも。
ランチタイムでわたしが頼んだのはアボガドバーガー、
すんごくおいしかったです!
こんなにおいしいハンバーガーを食べたのはいつぶりだろうか?ってくらい。
お値段も1200円という安さ。驚きですわ。
写真でもおいしそうに撮れているでしょ?
だけどボリュームもすごいんです。もうお腹いっぱい。
その後DJ NORIも起き抜けに合流。
楽しいひとときを過ごさせてもらいました。
途中でテラス席に移りました。
すごくいい天気だったんですよ。
その後、代官山をぶらぶらしながら渋谷経由で帰りました。
SとFは馬場ちゃんの@六本木ヒルズ
50THバースデイパーティに行きました。
NORIもDJで参加。
わたしも行きたかったなあ、けど、あえなくパス。
とにかく1ヶ月半もペンディングだった、ソウルドレッシングへ行けて
とてもハッピーな週末でした。
2008/10/4 0:35
DS新機種発売 日記
カメラ付きだってさ。
で、白と黒しか出さない。
あとからいろんな色出すいつものパターン。
いやだねー。任天堂。
購買意欲あおる感じが。
2008/9/30 18:22
初出勤 日記
さて、話は前後しますが、
明日初出勤です。
緊張するなあ。
日本に戻ってから、3年半、
この間にそれはそれはいろいろな仕事を経験させて
もらいましたが、
今回は本格的に仕事復帰です。
予め、あまりカジュアルな服装で出勤しては
いけないというお達しがあったので、
服、靴、カバン、すべて新調しました。
そんなの持ってないし。
なんなんだろう。
この感じ。
高校入学式の朝とか、そういう感じ?
わたしに務まるのでしょーか?
全くの未知の世界。未知の人々。
とにかく、けっこうな年齢になってしまったわたしだけど、
また一から学ばせてもらうつもりで
頑張るつもりです。
これから、いろいろなことを吸収できそうな予感はします。
今夜は眠れるのかな?
ドキドキ。
天気予報は雨。
そして、どのくらいぶりの満員電車だろう?
明日初出勤です。
緊張するなあ。
日本に戻ってから、3年半、
この間にそれはそれはいろいろな仕事を経験させて
もらいましたが、
今回は本格的に仕事復帰です。
予め、あまりカジュアルな服装で出勤しては
いけないというお達しがあったので、
服、靴、カバン、すべて新調しました。
そんなの持ってないし。
なんなんだろう。
この感じ。
高校入学式の朝とか、そういう感じ?
わたしに務まるのでしょーか?
全くの未知の世界。未知の人々。
とにかく、けっこうな年齢になってしまったわたしだけど、
また一から学ばせてもらうつもりで
頑張るつもりです。
これから、いろいろなことを吸収できそうな予感はします。
今夜は眠れるのかな?
ドキドキ。
天気予報は雨。
そして、どのくらいぶりの満員電車だろう?
2008/9/29 0:50
臨界点 日記
いろいろ悩む夏だった。
考え込む夏だった。
それでも、わたしは大丈夫、
自分にいつもいつも言い聞かせていた。
そう、いつもと変わらない台北の夏、
そんなふうに思い込ませようとしていた事自体が
無理があったのかもしれない。
アクシデントは続いた。まるで連鎖するかのように。
自ら連鎖させてしまったのが正解なんだろうけど。
よくある台北の夜、
そんな夜の筈だったーーー。
永康街でごはんを食べて、
いろいろ買い物をして
信義路の松青スーパーにも寄った。
けっこうな荷物になった。
タクシーで帰ろうと思ったのだけど、
閉じこもり気味だったので、よくないなあと思い、
大安公園に寄ってベンチに座った。
考えまいとしても押し寄せる不安な思い。
一緒にご飯を食べに行ったEちゃんがわたしを呼ぶが
いつまでもわたしは気づかない。
完全に心ここにあらずな状態。
翌日の午後になってようやくわたしは気づく。
公園のベンチに大事なものが入ったバッグを忘れたことを・・・。
パニックになってしまった。
無駄だとわかっていても、一応公園に戻ってみる。
すべては戻らなくてもせめてその一部だけでも、
と思ったのだ。
気がつくとAちゃんとの約束の時間が迫っている。
今日はAちゃんとMちゃんと食事の約束をしていたのだった。
とてもじゃないけど、楽しくご飯を食べる気分ではない。
申し訳ないけど、事情を話してキャンセルさせてもらった。
だけど、もう何も変わらない。
失ったものはもどらない。
ただ、こんな気分で家にひとりいてもどうにもならないことも
よくわかっていた。
しばらくして、またAちゃんに電話した。
やっぱり行くよ、って。
Aちゃんはこう言った。
「そうそう、何があってもごはんは食べなきゃいけないんだから」
と。
Aちゃん、Mちゃんと合流して、
タクシーに乗り込む。
Aちゃんが心配そうにわたしの顔色を伺う。
そのAちゃんの顔を見ていたら、
涙がボロボロこぼれてきてしまった。
わたしの中の何かが臨界点を超えてしまった瞬間だった。
はりつめていた糸がぷつんと切れた。
Aちゃんには今までどんなことも相談してきた。
台北一豪傑な女友達でもあり、
人生の先輩でもあり、
おいしい料理でもてなしてくれる最高のホステスでもあり、
そんな人。
悲しい時、辛い時、
いつもAちゃんの前では安心して泣かせてもらった。
そんなAちゃんだから、
Aちゃんの顔を見ているだけで涙が出てきてしまったのかもしれない。
AちゃんとMちゃんにすっかりごちそうになってしまったけど、
その夜、味は何もわからなかった。
ただ、AちゃんにもMちゃんにも本当に大変な時期があったことを
わたしは知っている。
そんなふたりがわたしにいろいろかけてくれる言葉は身にしみた。
AちゃんもMちゃんも
それまでわたしが出会ったことのないタイプの友人だった。
特にAちゃんからは本当に人間としていろいろなことを
台北時代に学ばさせてもらったと思っている
こういう友と出会えたこと、
その意味の重さを再びわたしは感じていて。
そしてまたひとつ、Aちゃんはわたしに何かを教えてくれた・・・。
考え込む夏だった。
それでも、わたしは大丈夫、
自分にいつもいつも言い聞かせていた。
そう、いつもと変わらない台北の夏、
そんなふうに思い込ませようとしていた事自体が
無理があったのかもしれない。
アクシデントは続いた。まるで連鎖するかのように。
自ら連鎖させてしまったのが正解なんだろうけど。
よくある台北の夜、
そんな夜の筈だったーーー。
永康街でごはんを食べて、
いろいろ買い物をして
信義路の松青スーパーにも寄った。
けっこうな荷物になった。
タクシーで帰ろうと思ったのだけど、
閉じこもり気味だったので、よくないなあと思い、
大安公園に寄ってベンチに座った。
考えまいとしても押し寄せる不安な思い。
一緒にご飯を食べに行ったEちゃんがわたしを呼ぶが
いつまでもわたしは気づかない。
完全に心ここにあらずな状態。
翌日の午後になってようやくわたしは気づく。
公園のベンチに大事なものが入ったバッグを忘れたことを・・・。
パニックになってしまった。
無駄だとわかっていても、一応公園に戻ってみる。
すべては戻らなくてもせめてその一部だけでも、
と思ったのだ。
気がつくとAちゃんとの約束の時間が迫っている。
今日はAちゃんとMちゃんと食事の約束をしていたのだった。
とてもじゃないけど、楽しくご飯を食べる気分ではない。
申し訳ないけど、事情を話してキャンセルさせてもらった。
だけど、もう何も変わらない。
失ったものはもどらない。
ただ、こんな気分で家にひとりいてもどうにもならないことも
よくわかっていた。
しばらくして、またAちゃんに電話した。
やっぱり行くよ、って。
Aちゃんはこう言った。
「そうそう、何があってもごはんは食べなきゃいけないんだから」
と。
Aちゃん、Mちゃんと合流して、
タクシーに乗り込む。
Aちゃんが心配そうにわたしの顔色を伺う。
そのAちゃんの顔を見ていたら、
涙がボロボロこぼれてきてしまった。
わたしの中の何かが臨界点を超えてしまった瞬間だった。
はりつめていた糸がぷつんと切れた。
Aちゃんには今までどんなことも相談してきた。
台北一豪傑な女友達でもあり、
人生の先輩でもあり、
おいしい料理でもてなしてくれる最高のホステスでもあり、
そんな人。
悲しい時、辛い時、
いつもAちゃんの前では安心して泣かせてもらった。
そんなAちゃんだから、
Aちゃんの顔を見ているだけで涙が出てきてしまったのかもしれない。
AちゃんとMちゃんにすっかりごちそうになってしまったけど、
その夜、味は何もわからなかった。
ただ、AちゃんにもMちゃんにも本当に大変な時期があったことを
わたしは知っている。
そんなふたりがわたしにいろいろかけてくれる言葉は身にしみた。
AちゃんもMちゃんも
それまでわたしが出会ったことのないタイプの友人だった。
特にAちゃんからは本当に人間としていろいろなことを
台北時代に学ばさせてもらったと思っている
こういう友と出会えたこと、
その意味の重さを再びわたしは感じていて。
そしてまたひとつ、Aちゃんはわたしに何かを教えてくれた・・・。
2008/9/24 23:34
台北で占いに行く。 日記
迷った時の占い、
ということで、この10年の間で
3度目の占いに行ってきました。
行く前にいろいろリサーチ。
値段や、場所や、実際に当たっていたかどうか。
で、わたしには強力な味方がおりまして。
それはAちゃん。その方の趣味は占い、
ではなく占ってもらうこと。
いろいろ話を聞いたあげく
刀占い、という聞いたことのない
種類の占いを初体験。
かなり当たるらしい。
どうやって占うの?
と聞くと、刀をトントンとやりながら占う、
というAちゃんの説明をきいて、思わず吹き出すわたし。
「あやしすぎ〜!」
いやいや、なんかその先生、額に眼があって
そこから映像が見えてくるらしいよ。
料金も激安で、ボランティアという形でやっているということだ。
さっそくある夜、R街をAちゃんとともに訪ねる。
ところがAちゃんが見てもらった先生は
なんか偉くなってしまって、
今では会員しかみないらしい。
場所は道教と関係ある事務所ぽく、
かなり広い半地下。
はっきり言ってかなり怪しげ。
だけど、ほかにみてもらってる人もちゃんといた。
何人かの占い師が常に待機している様子。
その当たるという評判の先生にみてもらえないとわかって、
がっかりしたけど、せっかく来たので別の占い師にみてもらった。
「前の仕事は何をしていたのか?」
と聞かれたので、相手を試す意味で
何も言わなかった。
だってよくある誘導尋問じゃ意味ないから。
わたしは言う必要がないとつっぱねると
気を悪くした様子。
で、ぶつぶつ言いながら呪文を唱えて
確かに風水の盤の上で刀をトントンやりながら
質問を聞く。
その時に刀が止まった盤上の場所で答えを探すみたい。
まあ言えば、こっくりさんの進化版のような感じ?
ほんと怪しげ。
で、なんかぼろくそ言われました。
とにかく今年はよくないと。
5分もかからず終了。
え? これだけ?
みたいな。
紙に助手みたいな人が質問と答えを書いてくれるのですが、
これは当たってない、信じるもんか!
と思い、すぐに家に帰って捨てました。
結局その占いは大ハズレだったことが、
日本に帰ってわかりました。
つまりわたしが心配して尋ねていたことが解決しないと言ったのですが、
先週すべて解決しました。
今まで占った中で一番いい加減な占い師だったので
その時は不完全燃焼だったわたしは
別の友人に連れられて
行天宮のある占い師のところへ。
ところが、言われた事はだいたい
刀占いの人と一緒。
その時点で1ヶ月先の類末を知らないわたしは
かなりのショックを受けました。
で、別の友人は占いなんか信じないけど、
行天宮のおみくじは当たる!!!!
とすすめられ、その占い師にみてもらった後、
帰りがけにおみくじをひいてきました。
中吉。
ある言葉が綴られていたのですが、
今にして思えばこの行天宮の
おみくじがまさに当たっていました。
ちなみに2回目の占い師に言わせると、
わたしは絶対海外の方が向いているそうです。
仕事に関してはスペシャリストというよりも
ジェネラリストで、
意外とどんなことでも、やればこなしてしまうらしいです。
悪く言えば器用貧乏!?
Sにもそう言われたことがありましたっけ。
2004年にみてもらった紫微斗数(しびとすう)は
一部、かなりあたった事実が実際に起りましたが、
あとはそんなに当たらなかったです。
やっぱり占いがなんとかしてくれるわけじゃないけど、
せっかく台湾にいるんだから、ということで
行ってしまったけど、最後は自分よね。 やっぱ。
ということで、この10年の間で
3度目の占いに行ってきました。
行く前にいろいろリサーチ。
値段や、場所や、実際に当たっていたかどうか。
で、わたしには強力な味方がおりまして。
それはAちゃん。その方の趣味は占い、
ではなく占ってもらうこと。
いろいろ話を聞いたあげく
刀占い、という聞いたことのない
種類の占いを初体験。
かなり当たるらしい。
どうやって占うの?
と聞くと、刀をトントンとやりながら占う、
というAちゃんの説明をきいて、思わず吹き出すわたし。
「あやしすぎ〜!」
いやいや、なんかその先生、額に眼があって
そこから映像が見えてくるらしいよ。
料金も激安で、ボランティアという形でやっているということだ。
さっそくある夜、R街をAちゃんとともに訪ねる。
ところがAちゃんが見てもらった先生は
なんか偉くなってしまって、
今では会員しかみないらしい。
場所は道教と関係ある事務所ぽく、
かなり広い半地下。
はっきり言ってかなり怪しげ。
だけど、ほかにみてもらってる人もちゃんといた。
何人かの占い師が常に待機している様子。
その当たるという評判の先生にみてもらえないとわかって、
がっかりしたけど、せっかく来たので別の占い師にみてもらった。
「前の仕事は何をしていたのか?」
と聞かれたので、相手を試す意味で
何も言わなかった。
だってよくある誘導尋問じゃ意味ないから。
わたしは言う必要がないとつっぱねると
気を悪くした様子。
で、ぶつぶつ言いながら呪文を唱えて
確かに風水の盤の上で刀をトントンやりながら
質問を聞く。
その時に刀が止まった盤上の場所で答えを探すみたい。
まあ言えば、こっくりさんの進化版のような感じ?
ほんと怪しげ。
で、なんかぼろくそ言われました。
とにかく今年はよくないと。
5分もかからず終了。
え? これだけ?
みたいな。
紙に助手みたいな人が質問と答えを書いてくれるのですが、
これは当たってない、信じるもんか!
と思い、すぐに家に帰って捨てました。
結局その占いは大ハズレだったことが、
日本に帰ってわかりました。
つまりわたしが心配して尋ねていたことが解決しないと言ったのですが、
先週すべて解決しました。
今まで占った中で一番いい加減な占い師だったので
その時は不完全燃焼だったわたしは
別の友人に連れられて
行天宮のある占い師のところへ。
ところが、言われた事はだいたい
刀占いの人と一緒。
その時点で1ヶ月先の類末を知らないわたしは
かなりのショックを受けました。
で、別の友人は占いなんか信じないけど、
行天宮のおみくじは当たる!!!!
とすすめられ、その占い師にみてもらった後、
帰りがけにおみくじをひいてきました。
中吉。
ある言葉が綴られていたのですが、
今にして思えばこの行天宮の
おみくじがまさに当たっていました。
ちなみに2回目の占い師に言わせると、
わたしは絶対海外の方が向いているそうです。
仕事に関してはスペシャリストというよりも
ジェネラリストで、
意外とどんなことでも、やればこなしてしまうらしいです。
悪く言えば器用貧乏!?
Sにもそう言われたことがありましたっけ。
2004年にみてもらった紫微斗数(しびとすう)は
一部、かなりあたった事実が実際に起りましたが、
あとはそんなに当たらなかったです。
やっぱり占いがなんとかしてくれるわけじゃないけど、
せっかく台湾にいるんだから、ということで
行ってしまったけど、最後は自分よね。 やっぱ。
2008/9/22 23:29
上海ドリーム 日記
馬総統に変わって数ヶ月。
台湾に何か明るい兆しが見えるわけではない。
だけどこの国のスピードを感じることがある。
国内線松山飛行場にはすでに
中国大陸直行便が何便も飛んでいた。
長年の友人Kは今年、自分の店のうち
一軒をクローズしていた。
彼と初めて会ったのはもう10年も前のことだけど、
彼は若いながらも自分のビジネスを軌道に乗せ、
同年代の若者より何倍も多い収入を誇っていた。
そのKもすっかり気落ちしている。
Lも同じくこの夏、彼の事業を余儀なくして半分に縮小。
まあ、倒産を避けられただけマシだったのかもしれない。
そのふたりを誘う男、F。
Fは2年前離婚した。
じつは結婚してまだ日が浅かったのだが、
思わぬ裏切りに遭い、
傷心のまますべてを捨てて
大陸へ飛んだ。その地、それは上海。
かれは小さな資本でビジネスを始めたが、
現地の強力なパートナーに恵まれ、
あれよあれよという間に
大成功をおさめてしまった。
Fはふたりに上海行きをすすめている。
石橋を叩いて渡るタイプのKは
悩みはしたものの、このまま台湾に残ることを決めた。
もう古き良き時代は戻らないことを
十分理解しながらも・・・。
一方Lは上海行きを決めたようだ。
時期を見てはいるようだが・・・。
このふたりが代表的な台湾人の姿。
上海ドリームを掴むごく少数の人、
一方失敗したり、騙されたりで
夢破れる人も少なくない。
どんな時でも前向きだったF。
淋しがりやの彼が全てを捨てて、たったひとりで
上海に旅立ったことを聞いて、わたしは驚いたけど、
彼が成功をおさめたことに、
わたしはは驚かなかった・・・。
台湾に何か明るい兆しが見えるわけではない。
だけどこの国のスピードを感じることがある。
国内線松山飛行場にはすでに
中国大陸直行便が何便も飛んでいた。
長年の友人Kは今年、自分の店のうち
一軒をクローズしていた。
彼と初めて会ったのはもう10年も前のことだけど、
彼は若いながらも自分のビジネスを軌道に乗せ、
同年代の若者より何倍も多い収入を誇っていた。
そのKもすっかり気落ちしている。
Lも同じくこの夏、彼の事業を余儀なくして半分に縮小。
まあ、倒産を避けられただけマシだったのかもしれない。
そのふたりを誘う男、F。
Fは2年前離婚した。
じつは結婚してまだ日が浅かったのだが、
思わぬ裏切りに遭い、
傷心のまますべてを捨てて
大陸へ飛んだ。その地、それは上海。
かれは小さな資本でビジネスを始めたが、
現地の強力なパートナーに恵まれ、
あれよあれよという間に
大成功をおさめてしまった。
Fはふたりに上海行きをすすめている。
石橋を叩いて渡るタイプのKは
悩みはしたものの、このまま台湾に残ることを決めた。
もう古き良き時代は戻らないことを
十分理解しながらも・・・。
一方Lは上海行きを決めたようだ。
時期を見てはいるようだが・・・。
このふたりが代表的な台湾人の姿。
上海ドリームを掴むごく少数の人、
一方失敗したり、騙されたりで
夢破れる人も少なくない。
どんな時でも前向きだったF。
淋しがりやの彼が全てを捨てて、たったひとりで
上海に旅立ったことを聞いて、わたしは驚いたけど、
彼が成功をおさめたことに、
わたしはは驚かなかった・・・。
2008/9/20 23:29
堕ちた台湾の仔 日記
本当にこんなタイトルを書かなければ
ならないなんて残念です、
台湾の政治に詳しい人なら
まあ説明の余地もないですが、
陳水扁のかつての著書から由来しています。
2008年夏、個人的にも辛酸を舐めた日々でしたが、
本当に民進党に失望させられた、
つまりは台湾に失望した夏でもありました。
前総統陳水扁の汚職大スキャンダルにが日々ニュースを
賑わしていました。
まあ、こんなことは国民党時代には
日常茶飯事で、単にそれがメディアに
露出するかしないかという違い、それだけ。
でも、だからこそ民進党にはあってはならないことだったのです。
前々からこのブログで繰り返しているように
国民党がメディアがにぎっている以上、
連日この問題は嫌というほど露出しました。
ビジネスの都合上、隠れ民進党でありの第2世代のR氏は
もうテレビは見たくないと苦笑した。
彼とそのまわりの政治関係者によると
この大スキャンダルで今後12年間、
総統在職3期分の民進党復権は困難だと予測されているらしい。
R氏は言った。
このスキャンダルで世界中に散っている
民進党支援者は多額の寄付をしており、
相当怒っているらしい。
まあ、そりゃそうだろう。
そしてR氏は続けた。
それよりも何も一番可哀想なのは
貧しさの中から身銭をきった南部の農民たちだという。
わたしと同じ日本人で台湾で長年仕事しているYさんは言った。
「ねえ、覚えてる? あの8年前の総統選挙の時のこと?」
忘れられるはずもない。
路上に爆竹が鳴り響き、
悪政から解放されたと信じた民衆の歓喜が
ストリートから溢れたあの日ことを。
Yさんは続けた。
「あの時、これから台湾は素晴らしい国になる、
希望に溢れていたよね・・・」
わたしは黙って頷いた。
今となっては夢の光景のようだ。
台湾の民衆が初めて直接選挙によって、
自らの国のリーダーを選んだ歴史的な夜だった。
台湾を去る前、わたしとR氏一家は
中世記念堂の中で開催された台湾民主を記念する
絵画展を訪れた。
多くのアーティスト達が百合をモチーフにした作品を描いている。
台湾の民主化を訴える学生達の非暴力抗議
百合の花を持って学生達は集結した。
日本がバブルで湧く87年のことだ。
そんな昔のことではない。
ともかくその年、戒厳令は解かれた。
そして民主化へのアクセルを踏みながら台湾は走ったのだ。
こんな時期にこんな絵をわたしが観ているなんて
それもなにかの啓示にも思えた。
そしてわたしが台北から東京にまた
ベースを移す事にも。
わたしもまた意思を強く持っていてさえも
流れ流されていく小さな砂粒のひとつなのだ。
民進党が力を失った。
それは間違いなく、
巨大な何かに吸い込まれる前兆であることを
残念ながら感じぜずにはいられない。
5年後、たぶん2013年、
台湾はまったく別のステージに立っているだろう。
ならないなんて残念です、
台湾の政治に詳しい人なら
まあ説明の余地もないですが、
陳水扁のかつての著書から由来しています。
2008年夏、個人的にも辛酸を舐めた日々でしたが、
本当に民進党に失望させられた、
つまりは台湾に失望した夏でもありました。
前総統陳水扁の汚職大スキャンダルにが日々ニュースを
賑わしていました。
まあ、こんなことは国民党時代には
日常茶飯事で、単にそれがメディアに
露出するかしないかという違い、それだけ。
でも、だからこそ民進党にはあってはならないことだったのです。
前々からこのブログで繰り返しているように
国民党がメディアがにぎっている以上、
連日この問題は嫌というほど露出しました。
ビジネスの都合上、隠れ民進党でありの第2世代のR氏は
もうテレビは見たくないと苦笑した。
彼とそのまわりの政治関係者によると
この大スキャンダルで今後12年間、
総統在職3期分の民進党復権は困難だと予測されているらしい。
R氏は言った。
このスキャンダルで世界中に散っている
民進党支援者は多額の寄付をしており、
相当怒っているらしい。
まあ、そりゃそうだろう。
そしてR氏は続けた。
それよりも何も一番可哀想なのは
貧しさの中から身銭をきった南部の農民たちだという。
わたしと同じ日本人で台湾で長年仕事しているYさんは言った。
「ねえ、覚えてる? あの8年前の総統選挙の時のこと?」
忘れられるはずもない。
路上に爆竹が鳴り響き、
悪政から解放されたと信じた民衆の歓喜が
ストリートから溢れたあの日ことを。
Yさんは続けた。
「あの時、これから台湾は素晴らしい国になる、
希望に溢れていたよね・・・」
わたしは黙って頷いた。
今となっては夢の光景のようだ。
台湾の民衆が初めて直接選挙によって、
自らの国のリーダーを選んだ歴史的な夜だった。
台湾を去る前、わたしとR氏一家は
中世記念堂の中で開催された台湾民主を記念する
絵画展を訪れた。
多くのアーティスト達が百合をモチーフにした作品を描いている。
台湾の民主化を訴える学生達の非暴力抗議
百合の花を持って学生達は集結した。
日本がバブルで湧く87年のことだ。
そんな昔のことではない。
ともかくその年、戒厳令は解かれた。
そして民主化へのアクセルを踏みながら台湾は走ったのだ。
こんな時期にこんな絵をわたしが観ているなんて
それもなにかの啓示にも思えた。
そしてわたしが台北から東京にまた
ベースを移す事にも。
わたしもまた意思を強く持っていてさえも
流れ流されていく小さな砂粒のひとつなのだ。
民進党が力を失った。
それは間違いなく、
巨大な何かに吸い込まれる前兆であることを
残念ながら感じぜずにはいられない。
5年後、たぶん2013年、
台湾はまったく別のステージに立っているだろう。
2008/9/14 23:01
この夏 日記
この夏は引っ越しの片付けがメインだった。
1年のうちの数ヶ月だけ使う部屋をいつかは
貸し出さなければならないなあと思っていた。
わたしの中ではそれは来年に入ってからと思っていたのだけれど、
諸事情で半年繰り上げて貸し出すことにした。
ネットに情報を載せると、
ありえない数のオファーが殺到し悲鳴をあげた。
オープンハウスの1日は8組もの人々が短い時間にやってきた。
理由はたぶん相場に比べ、格安の家賃だからだ。
ともかくその中から単純な理由、
あるいは何かの縁なのか、
とても明確な目的を持った若い人が
部屋を借りることになった。
この10年で4回すみかが変わった。
そのうちの2回は自らの足で探し出した場所。
でも土地や、家は何か縁あって辿りつくような気がしてならない。
思えば、引っ越してばかりの頃、
1階のおばさんのクレームという洗礼をうけたわたし。
なんとかクレームの内容は理解できたものの、
あたしにそんなこと言われても困るんだけど、という
台湾人にしては恐ろしく神経質な内容だった。
絶対、このおばさんとは仲良くなれない、
そう思ったけど、
なんだかんだ言ってすごく仲良くなってしまって、
いつも助けてくれる頼もしい人に変わった。
おばさんはわたしの引っ越しを残念がってくれて、
またいつか近所に戻ろうと言ってくれた。
「今度台湾に来る時はどこに泊まるの?」
「ホテルか、友達の家になると思うけど」
おばさんは心配そうな顔をする。
「大丈夫、大丈夫、戻ってきたら、こっちにも顔を出すから」
わたしは笑顔を取り繕う。
どこに行っても、
すぐに情にまみれてしまうのが、
わたしらしいというか、わたしの欠点とでもいうのか・・・・。
ほとんどの荷物はもう日本の実家に少しづつ持ち帰って
いたと思ったけど、
あらためて荷物を整理してみると、
まだまだ残っていて、
もう持って帰りたいけど、あきらめたものもたくさんあった。
たいしたもんじゃないけどね。
そういうものはなるだけ親しい人に
使ってもらえるようにという形で処分した。
引っ越しの度に
考えさせることがある。
それはモノとのかかわりかた。
ここでいうモノとは形あるモノのこと。
いろんな執着からいつも自由になりたいと思っていて、
わたしの所有しているものなんてほとんどないも同然だけど、
やはり写真とかレコードとか
たくさんあって、そういうものは未だ捨てることができない。
台湾にいた8年間で増えたモノも
なんだかんだでけっこうあった。
で、ありがちなんだけど、
久しぶりにクロゼットに押し込まれたブツを見ながら
忘れていたエピソードを思い出したり、
短いようで、長い8年だったかもしれない・・・・。
1年のうちの数ヶ月だけ使う部屋をいつかは
貸し出さなければならないなあと思っていた。
わたしの中ではそれは来年に入ってからと思っていたのだけれど、
諸事情で半年繰り上げて貸し出すことにした。
ネットに情報を載せると、
ありえない数のオファーが殺到し悲鳴をあげた。
オープンハウスの1日は8組もの人々が短い時間にやってきた。
理由はたぶん相場に比べ、格安の家賃だからだ。
ともかくその中から単純な理由、
あるいは何かの縁なのか、
とても明確な目的を持った若い人が
部屋を借りることになった。
この10年で4回すみかが変わった。
そのうちの2回は自らの足で探し出した場所。
でも土地や、家は何か縁あって辿りつくような気がしてならない。
思えば、引っ越してばかりの頃、
1階のおばさんのクレームという洗礼をうけたわたし。
なんとかクレームの内容は理解できたものの、
あたしにそんなこと言われても困るんだけど、という
台湾人にしては恐ろしく神経質な内容だった。
絶対、このおばさんとは仲良くなれない、
そう思ったけど、
なんだかんだ言ってすごく仲良くなってしまって、
いつも助けてくれる頼もしい人に変わった。
おばさんはわたしの引っ越しを残念がってくれて、
またいつか近所に戻ろうと言ってくれた。
「今度台湾に来る時はどこに泊まるの?」
「ホテルか、友達の家になると思うけど」
おばさんは心配そうな顔をする。
「大丈夫、大丈夫、戻ってきたら、こっちにも顔を出すから」
わたしは笑顔を取り繕う。
どこに行っても、
すぐに情にまみれてしまうのが、
わたしらしいというか、わたしの欠点とでもいうのか・・・・。
ほとんどの荷物はもう日本の実家に少しづつ持ち帰って
いたと思ったけど、
あらためて荷物を整理してみると、
まだまだ残っていて、
もう持って帰りたいけど、あきらめたものもたくさんあった。
たいしたもんじゃないけどね。
そういうものはなるだけ親しい人に
使ってもらえるようにという形で処分した。
引っ越しの度に
考えさせることがある。
それはモノとのかかわりかた。
ここでいうモノとは形あるモノのこと。
いろんな執着からいつも自由になりたいと思っていて、
わたしの所有しているものなんてほとんどないも同然だけど、
やはり写真とかレコードとか
たくさんあって、そういうものは未だ捨てることができない。
台湾にいた8年間で増えたモノも
なんだかんだでけっこうあった。
で、ありがちなんだけど、
久しぶりにクロゼットに押し込まれたブツを見ながら
忘れていたエピソードを思い出したり、
短いようで、長い8年だったかもしれない・・・・。
2008/9/1 22:45
帰国しました。 日記
昨夜、帰国しました。
飛行機は3時間半の遅れ。
入国審査の後なので、
乗客は全員ラウンジで食事をとる(機内食をですよ!)
という貴重な体験(汗)をしました。
でもって、調整のための遅れだったのにもかかわらず、
なぜかわたしの席の天井、そして他数カ所でひどい水漏れが
飛行中にあって、機内でちょっとしたパニックがおこったのです。
特にわたしの席はびしょびしょ。
満席で席もかわれず。
最後の最後までトラブル続きの旅でした。
いろいろあって、
ブログもやめようかなとも思ったけど、
何かこのまま終わるのではあまりにも淋しい終わり方になって
しまうと思い直し、
続けることにしました。
ただネットのない1ヶ月、
自分の生活やネットの関わり方を考えて、
そんなに頻繁には更新はできないと思います。
少しづつこの夏のこと、更新していきます。
飛行機は3時間半の遅れ。
入国審査の後なので、
乗客は全員ラウンジで食事をとる(機内食をですよ!)
という貴重な体験(汗)をしました。
でもって、調整のための遅れだったのにもかかわらず、
なぜかわたしの席の天井、そして他数カ所でひどい水漏れが
飛行中にあって、機内でちょっとしたパニックがおこったのです。
特にわたしの席はびしょびしょ。
満席で席もかわれず。
最後の最後までトラブル続きの旅でした。
いろいろあって、
ブログもやめようかなとも思ったけど、
何かこのまま終わるのではあまりにも淋しい終わり方になって
しまうと思い直し、
続けることにしました。
ただネットのない1ヶ月、
自分の生活やネットの関わり方を考えて、
そんなに頻繁には更新はできないと思います。
少しづつこの夏のこと、更新していきます。
2008/8/14 18:04
台北から 日記
ひさしぶりの更新です。
今、友人の家からちょい書いてます。
ネットが今は家からは繋がらないんです。
最後のロングバケーションを楽しむつもりでいますが、
トラブル続出で
なんかテンション低いんですよね(ションボリ)
こんなへこみようは久しぶりかも。
友人のいろいろ語り合いながら、
もっと自分を見つめ直す時期かなと思っています。
そんなわけでメールの返事もままなりませんが、
ご勘弁を。
次の更新わかりません。
あしからず!
いつも心配して覗いてくださる方、
ありがとうね。
今、友人の家からちょい書いてます。
ネットが今は家からは繋がらないんです。
最後のロングバケーションを楽しむつもりでいますが、
トラブル続出で
なんかテンション低いんですよね(ションボリ)
こんなへこみようは久しぶりかも。
友人のいろいろ語り合いながら、
もっと自分を見つめ直す時期かなと思っています。
そんなわけでメールの返事もままなりませんが、
ご勘弁を。
次の更新わかりません。
あしからず!
いつも心配して覗いてくださる方、
ありがとうね。
















