2008/5/9  2:49

聴くということ。  日記

先日、知人と呑みながら、私が話した言葉、

「人って、話しを聞いていないよね」に、相手が反応した。



だったら、もっと話せばいいじゃないか、と。





先日、フィンランドメソッドの話を聞いていて、
「本来、人は人を分かり合えない」というベースがあると知り、
なぜか ものすごーーく安心感を覚えた。


「人って、話しを聞いていないよね」
こう言った人間の真意は何ぞやと、思いを馳せてくれる人が一人いたら
もうそれだけで満足なのだ。


だったらもっと話せ、ということが、如何に聞いていないか、すでに物語っている。



いや、それは私の傲慢だ。



「もっと話せよ」と、怒ったように言うその知人の奥を見る。



いろいろ端折って、最後に出る言葉は、





ありがとう。

それほどまでに、思ってくれて、ありがとう。



2008/5/15  11:11

投稿者:まま

聞いて語ることが生業のわが職場
新人研修や、スキルアップ研修で思うのが
聞いてはいるが聴いていない。
言語を音としてしか捕らえておらず、そこに隠されている真意や心を聴くことができない。
本来であれば聴いている内容が効いて来なきゃ意味がないんだがね。
日々奮闘ですよ。

2008/5/11  1:48

投稿者:めぐっち

◇ベティさん
おお。ベティさん。
人は絶対に自分と違う、という前提に立つからこそ、知ろうと意識を立てるちゅーことですな。
 自分の聴き方できいちゃってる。それを知っていたら、ねー。

2008/5/10  22:10

投稿者:ベティ

今日も、もっと聴いてくれたらよかったのに

という出来事がありました。

組織のおかしなことって聴く耳もたないことから始まりそうですね。

そう、もともと分かり合えないという性悪説には基本賛成です。

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