2008/5/11  0:55

PERSONA第19話を見た。  テレビ
終息に向けての布石的なものが徐々に用意されつつあるような気がするものの。

話としてはほとんど動きがなく、それでも面白いと感じてしまうから困るんだよな。物語の全体像をさっさと見せろやコラと言いたい気持ちもあるが、ひとつの「エピソード」をここまで掘り下げて丁寧に見せてくれることに、ものすごく満足してしまう。

だっから、マジで、エンディングがグダグダにならんのかと無駄に心配になるんじゃ!

ともあれ、本編。
相変わらず海上での失踪事件は後を絶たないが、そんな中、事件を調査している明彦たちにおかしな報告が入る。
肉体と精神が一致しない状態で、失踪者たちが姿を見せ始めたのだ。
そんなことを知るよしもなく、ダンス部の活動に区切りをつけためぐみが慎やタクローたちと海辺でまったりしている中、一片の羽と共に現れた1人の男。
その男に強く反応したのはタクロー。
彼の姿かたちは、10数年前に失踪したタクローの父親に、酷似していたのだ。

うーん、しかしホントに、「エピソード」だなぁ。
今日のお話で判明したのは、タクローの家族関係と、その髪型の由来と、また、「洵」が限りなく「結祈(ユキ)」である、ということだ。

洵は先週のアヤネとのやり取りの中、本来の人格である「洵」を、ペルソナごと持っていかれているらしい。
全編通して「お兄ちゃん」だし、女声だし、あぁ、でも「人の思考を読み取る」能力はもともと洵の中にある結祈の得意分野だから、役割的な部分ではさほど変化なし、と思っていいのかもしれないな。

ただ、気になるのはアヤネ。
先週は念話のような、思考だけで洵と会話をしているような表現をされていたが、今日はちゃんと唇が動いていたものね。
これも洵のペルソナを引き込んだ恩恵なのか……?

アヤネは言う。「くじらは怖がっている」(ウロ)と。

10年前の同時多発事故の際に、富山湾と「くじら」は繋がった。「くじら」はおそらく、普遍的無意識の象徴。人間が本来意識してはいけない領域を感じることができるようになった、ってことなんだろう。
その最たるものが、ペルソナ能力の発現なのに違いない。

それにしても、物語の終盤にまで来て個人のトラウマエピソードを堪能できるとは思わなんだ。

タクローと父ちゃんの、なんか甘酸っぱいっつう表現がしっくりくるような不器用なやりとりとか(まぁ父ちゃんの外見がアレだからアレなんだけど)(苦笑)、これ結構ツボってうっかり涙腺が……って、んなことはどうでもよく、タクローの課題でもあるペルソナ制御について、このエピソードのみで劇的に上手になっちゃったりなんかしたら問題ありな気がしまくるんだけど。

希望として、タクローにはもういっこ何か壁を越えて欲しいなぁ、みたいな親心が。(親心?)


つか、今週そっちのけで来週が楽しみで仕方ないんだが! 諒兄! 

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