2008/6/30  19:20

Vacaciones en Roma  Italia
昨日はユーロカップの決勝戦でした。スペインがドイツを破り優勝!
44年ぶり、しかも2回目の優勝をその国で見れるなんて、なんだかツイてるなぁ。
今回優勝の鍵となったのはイタリア戦。公式試合では88年ぶりの勝利(にわか豆知識)。今まで決して崩れなかった帝国の壁を乗り越えたことで優勝への道が開けたというわけです。
あっぱれエスパーニャ!

かれこれ2週間前になりますが、ローマへ行ってきました。
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実際に古代の人々が触れたであろうこの建物、この柱、この石像を2008年6月○日△時□分、なんとワタクシも(こっそり)触っています!!
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フォロ・ロマーノ、コロッセオ、カラカラ浴場...二千年近い過去の人々の暮らしを、こうして遺跡から知ることが出来るってすごい。
ローマの人間賛歌的遺物の力強さを目の当たりにしていると、ふと、歴史は「進化」しているんじゃなくて、単に「変化」しながらスパイラルしているのかな、と感じます。
世界史を一つの生命体と考えたら、もしかして現在は壮年期、もしくは中年期か。エネルギー迸る古代ローマは青年期か。
まあ、ホトバシリすぎて剣闘士の殺し合いが娯楽だったりもしたわけですが。それに比べると現在は、スペインでも闘牛大反対の時代、かなりホトバシってナイと言えるでしょう。
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ところで、私は特に闘牛反対もしないしお肉大好きだし、冬には毛皮も着たいかな、というほうなのですが、ローマで食べた牛肉とルッコラのカルパッチョが忘れられません。
他にも、トリュフのゴルゴンゾーラパスタ、カルツォーネ、クリームソースのニョッキ、ボンゴレビアンコ、スプリ(ライスコロッケ、中心にチーズが入っている)、それからジェラートetc忘れられない食べ物がいっぱい。
そういうわけで、バルセロナに帰ってきてからはサンジュゼップ市場に足繁く通い、せっせとイタ飯作りに励んでいます。(二週間で三回ルッコラを、二回ゴルゴンゾーラを買いました。)

「スペイン料理を毎日は無理だけど、イタリアンだったら毎食でも大丈夫だもん!」
というのは友人Cさん(日本人)の名言。
「地理的にも、言語も、国民性もこんなに近いのに、なぜスペイン人の作るパスタはグズグズで味がないのか?」「スペイン人はアル・デンテという言葉を知らないのか?」等はスペインに住む外国人共通の疑問です。
イタリア料理は、そんなに高いお金を出さなくても、店構えや客の入りを見てレストランを選べば、ある程度洗練されたものを口にすることができる。そんな今に残る食文化もやはり、ローマ時代の贅沢のお陰なのでしょう。

7つの丘の上に築かれたローマは起伏の多い街。博物館や美術館は見所がてんこ盛り。
沢山たくさん歩いたり、ダイナミックな彫像に次から次へと目を奪われて、気付くと何時間も経っていたり。だけど、お腹がすいてくるのが妙に嬉しい6日間でした。

トレヴィの泉に後ろ向きでコインを投げ入れたから、再びローマを訪れることは約束されたはず♪ヴァティカンやサンタンジェロ城のテヴェレ川を挟んで東側、ナヴォナ広場やカンポ・デ・フィオリ周辺の雰囲気がとても好きでした。また行きたいな。
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2008/5/22  13:51

Curs de català  España
DELE(スペイン語検定)試験の直前だというのに、残念ながら私の頭の中はカタラン語でいっぱい。最悪のタイミングですが、今月からカタラン語のコースを始めました。

カタラン語とは、ここバルセロナを中心としたカタルーニャ地方の言語、つまりカタルーニャ語。バレンシア地方、バレアレス諸島、南フランス、イタリア・サルデーニャ島西部などでも話されている言語です。

カタルーニャ人を前にして絶対に口にしてはならないこと、
「カタラン語ってスペイン語の方言じゃないの?」
こんなこと言ったら、たちまち「いいえ!カタランはラテン語を起源に持つインド・ヨーロッパ語族イタリック語派のれっきとした言語なんです!」と半ば怒りと抗議に満ちたレクチャーが始まってしまいます。

歴史的・社会的ないきさつもあって民族主義の強いカタルーニャ、公立の義務教育はカタラン語でおこなわれています。バルセロナの街も、全ての情報がカタランだし、カタルーニャ人が2人も集まったら、スペイン語しか分からない私がいようがいまいがお構いなし、早速カタランでの会話が始まります。
さっきまで何の苦も無くスペイン語で話していたのに、とっさにカタラン語に切り替えて嬉しそうに話す彼らを見ると「こっちが本当の母国語なんだなぁ」と実感します。
カタルーニャ出身の友人に「スペイン語のほうがカタラン語を話すより大変?」と質問したら「どちらの言語も全く同じように口から自然に出て、喋るのに苦は無いんだけど、母国語・日常語であるカタルーニャ語には特別の愛情を感じる」んだって。

フランコ時代に弾圧を受けたこのカタラン語ですが、1978年の民主化以降、自治政府による積極的な言語政策を通じて、短期間に再び社会の幅広い層で使われるようになったそうな。現在言語人口は600万ほど。
そして今も尚、カタルーニャ州政府によるカタラン語普及への尽力は続いているのです。
その努力の一端が、自治政府が行うカタラン語コース、なんと無料!私が始めたのはコレです。

タダだから、授業の質はさほど期待していなかったのに、始めてみると先生はとてもプロフェッショナル。それに伴い、クラスのモチベーションもアップ。教科書(これは10ユーロ出して買わなくてはいけません)も良くできている。
カタルーニャよ、どんだけ自分んトコの言葉を広めたいんだ?
でもでも、なんだか... もっと喋れるようになりたーい!

スペイン語ネイティブの人たちと肩を並べて「アナタノ ナマエハ ナンデスカ?」や「ワタシノ イエニハ マドガ ミッツ アリマス」の練習をカタコトでやるのは、
新しくて嬉しい感覚です。(スペイン語はクリアしたぜ、的な。全くもってタダの錯覚ですが。)
おかしくていつも笑っちゃうのは、皆カタラン語で質問したくても何て言っていいか分からないから、結局スペイン語で質問してしまって、先生もそれにスペイン語で答えて、普通にスペイン語の授業になってる時。これじゃ、スペイン語圏の人にとっては、ただの雑談です。
それから、どうしても発音がスペイン語読みになっちゃうスペイン語圏の方数名。
幾らカタランの発音が難しいからといって、テレフォはテレフォじゃないし、ファッヂはファイグじゃないでしょ。まあ、そう読みたい気持ちスゴクわかるけどね。ククク、笑いたーい。
だけど、そんなことで空しい優越感に浸っていられるのも今のうちです。だって、もう少し文法が進んだら、ラテン語圏諸国の皆様は私を引き離し、自由自在にカタラン語を操るようになることは今から目に見えていますからね。(カタランはスペイン語・イタリア語・フランス語の中間みたいな言語です。)
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こんなふうに看板や標記はほとんどカタラン語です。

ところで、カタルーニャの人はケチ!っていうのは有名な話ですが、知れば知るほど(って、まだそんなに知らないんだけど)言語にもそれが表れている気がします。
例えば、スペイン語で「キスをする」と言う表現はdar un beso 直訳すると、キスをあげる。「ハグをする」はdar un brazo ハグをあげる
ところが、カタラン語では fer un petóキスをする、fer un braçハグをする
なるほど、相手に捧げるんじゃなくて、ただするだけなのね。

そして、文字も節約しているカタルーニャ。
というのは、カタラン語の言葉の多くは、お尻の何文字かを取ったりして、スペイン語が短くなっただけのものだからです。
例えば、駅estacionはestació。 血sangreはsanc。 母madreはmare。
近所にPlaça de Pi 広場とesglésia de Pi 教会、というのがあって、「ってなんなんだよ?」と思っていたのですが、それが松(スペイン語ではpino カタランではpi)のことだと分かったときは嬉しかったです。ちゃんと教会の前の広場には松が植わっています。
それにしても、貯金した文字たちは、いったいどこへ行ってしまったのか。

それからもう一つ。これはクラス中がびっくり仰天したことなのですが、時計の読み方がえらく面倒クサイんです。
例えば、2:15 これはスペイン語ではson las dos y cuarto 2時と15分。
英語でもa quarter past two 2時15分過ぎ、当たり前ですよね。
ところがカタラン語ではes un quart de 3... おやおや?
なんと3時の4分の1という表現なのです。

では、2:45はどうでしょう? son tres quarts de 3、つまり 3時の4分の3。
2:35は、となると son dos quarts i cinc de 3、3時の4分の2と5分です。
これにはクラス全員が「異常だ!」と頭を抱えました。
なんだか常に先を急いでいる感じがします。時間も浪費したくないからこうなったのでしょうか。
ただ、最近の若者でこの時間の読み方をする人はまずいないそうで、常識的な読み方が一般的になってきているそうです。ちょっと残念。

ふぅ、こんな感じでどこまでやれるかカタラン語、ちょっと頑張ってみます。
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左>カタラン語で記された「このお店は100年以上の歴史があります」という証明のプレート。 右>カタルーニャ民族主義者が郵便ポストに州旗を描いてしまいました。

2008/4/27  23:32

Maldito dentista  España
一ヶ月ほど前、歯をみがいていたら、なんだか奥歯が痛いことに気づきました。
スペインでぜーったい医者歯医者に行きたくない!と強く思って用心していたのに、滞在も長くなると、それなりの事態が色々と出てくるものです。
嫌だけど、やっぱり早めに歯医者さんに行かなくちゃ。

まずはTちゃん(毎度お世話になります)が以前掛かったことのある大病院付属の歯医者へ。
スペインでは歯の治療に保険が効かないため、最初の検診を無料で行う場合が多く、彼は幸いこの歯医者で、たった80centimo(痛み止め代、約130円)だけで済んだそうなのです。
しかも「痛むんです」と言ったら、即座に診察してくれたそう。これは期待大!

ところが窓口で「歯が痛むんです」と言ってみたところ、受付のお姉さんに「保険証を持っていない人は診察出来ません!」と強く跳ね返されました。
「でもぉー、去年僕が来たときは何も持ってなかった上にタダで診察してくれたんですケド。」とTちゃん。
「じゃあ、システムが変わったんです。もっとキビシくなったんです。」とお姉さん。
「でも、この人すごく痛くて困ってるんですけど。」T。
「そう言われても、私にはどうしてあげることも出来ません。だってそう決まってるんだもん。」お姉さん。
「ケッ!」T&私。
これぞスペイン風です。

気を取り直し、次の週、彼がネットで見つけてくれた、初回診察無料の歯医者へ。
こちらは、予約日の前日に確認の電話を入れてくれる程の丁寧ぶり。
当日。真っ白ピカピカの院内、受付や歯科助手は皆超笑顔ド親切、ドクターは美男子。まあそれは別として、この国で稀に見る対応の良さ。なんだか逆に怪しいなあ。
と疑いつつも、珍しい清潔感と人々の機敏な行動に好印象を抱かざるを得ないのでした。
だがしかし。
点検の結果、小さい虫歯がなんと9本もあり、しかも全部で500ユーロ(約8万円)也、と彼らは言うのです。
んー、幾ら何でも虫歯9本て多すぎるし、値段も高すぎやしないか?
そしてこの笑顔、この親切さ、この清潔感、このゆとり...。やっぱ怪しいわ、ここ。

ということで、また気を取り直し、次の週、カタルーニャ人Mちゃんのご紹介の別の歯医者へ。
こちらは前回のピカピカのとことは打って変わって、シャッターがいつも半分閉まっているし、受付の横の大きな水槽でグッピー飼ってたり、診察台や機材も古い感じだけど、歯科助手や受付の対応は、まあ普通。(これで逆に信頼感を募らせる私もどうなのだろう。)女医さんは手際が良くて明るくて親切。
そして何といっても、点検の結果、虫歯3か所、歯石除去を含む治療3回、165ユーロ。
即こちらの歯医者へ通うことに決めました。
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第一回目の治療。
朝10時、女医さんと明るく挨拶を交わした後、診察台へ上がるやいなや、何の忠告も無しにイキナリ麻酔注射。
あのハサミに似た注射器が私の目に飛び込んでから、注射針が歯ぐきに刺さるまでに1秒もありませんでした。
抵抗することも出来ず、されるがままに...だんだん口がしびれてゆくー。
しかも、麻酔の量がハンパじゃない。時間にすると軽く20秒以上、歯茎に針が刺さったまま。その間、女医さんたら、助手さんとお喋りしたりしちゃうんだからびっくりです。
一方私は気分的に全身麻酔をかけられたような状態になり、治療が済みメトロに乗るとだんだん気分が悪くなってきて目の前が真っ白。やっとの思いで家に辿り着きバタンキュー。夕方目が覚めてもまだ頭痛がしていました。

私は注射が大嫌い。
以前日本で通っていた歯医者さんで「麻酔注射をされるよりも痛みに耐えるほうがマシです。」と言って、麻酔なしで大きな虫歯を治療してもらったこともある。
それに比べたら今回の虫歯は小さいのばかりだから、麻酔なしで余裕だと思うんだけど。ってゆうか、もう二度と麻酔でこんな目に逢いたくない!
そういうわけで、第二回目の治療日、「麻酔しないでください」とお願いしてみました。
するとドクター、「じゃあ半分だけするわ!」と言って、すかさず注射。
今回は特に問題なし。注射時間も、しびれ方も、麻酔の持続時間も日本の歯医者さんと同じくらい。どうやら通常の半分が私の適量だったようです。
スペインも小柄な人が多いから、あの麻酔量で私のように参ってしまう人もきっと少なくないと思うのですが、そんなことを大した問題にもしないのがこの国の大らかさ(大ざっぱさ)でしょう。

そして最終回。
「今日は麻酔するんですか?」
「するわよ。だって、そうじゃないと怖がりながら仕事しなくちゃいけないからね。」
「じゃあ、また半分にしてください。」
「でも、2ヶ所治すから2倍よ。しかも犬歯だから、奥歯のときよりもっと痺れが強く感じるはず。オーケー?」
「はぁ。」
やはり、されるがままの私なのでした。

今回は、上あご全体、鼻から頬骨の辺りまで痺れが4時間ほど続き、コーヒーもスプーンですくって飲まなければならなかったほど。
コンパニェラの彼Raulは「麻酔と偽ってワインを注入されたんだよー」なんて冗談を言ってたけど、まったく笑い事じゃなかったんだから!
だけど、スペインの歯医者さんてどんなだろう、と実のところ興味はありました。だから実際に行って通ってみて、いい経験になった。

ところで、私は子供のときに治した歯に、けっこう銀歯が被せてあります。
スペインでは、もう何年も前から白しか被せないので、私の口内は、まるでお婆さんみたいなんだって!
日本の歯医者さんのほうがずっと丁寧!ということは今回良く分かったけれど、歯科技術、日本とスペイン、いったいどっちが進んでるんだろ?謎です。
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2008/3/29  13:25

Butano  España
日本で桜が咲いているというニュースが入ってきました。
バルセロナは、去年もそうだったけど、春への移り変わりのこの時期がなんだかとても寒いみたい。まだ、ストーブを抱え込んで生活しています。

ところで突然ですが、スペインでストーブなどに使用されているガスには二種類あって、ひとつはGas Natural都市ガス。もう一方はbutanoブタンガス。
スペインに来た当初は、この「ぶたの」、非常にものめずらしい響きだったのですが、ウィキで引いてみたところ100円ライターに使われているガスはナントこれ。実はメタンの次に馴染みの深いガスだったんだ!
「無色不快臭であり、常温・常圧で気体である。可燃性物質であり、圧縮して液化した状態で運搬、利用される。天然には、石油や天然ガスの中に存在する。」ですと。
更に、このボンベ1つ(冬は1個半)で家族3、4人分の一ヶ月の光熱費がだいたい賄えるので、かなり経済的と言えるでしょう。しかし爆発の危険もあるため、家庭での使用は多くの国で既に禁止されているそう。
それを知ると、こんな中心地でどこもかしこもbutanoのスペインてやっぱ発展途上だわー、などとツイあなどりたくなるのですが、そう言えば日本もいまだにプロパンが使われてるんだっけ。

でも確かに一回危険はあった。
日本人4人で我が家でピザを食べようということになり、いざオーブンに着火する段階になって、あれ?
それまで一度もオーブンを使ったことが無かったので、点火の仕方が分からない...
元栓を開けて、ああでもない、こうでもない、とやっているうちに、ん?
「ちょっと頭くらくらしてきた、うわ! ガス臭い、窓開けようマド、マド!」
不快臭だけあって、ガスが漏れて充満してることに気付くまでに少し時間がかかったのでした。
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このbutanoのオレンジ色をしたガスボンベは、膝丈くらいの大きさ、20キロくらいあるのかなあ、私一人では動かすのにも一苦労。ところが、ブタノ売りの男性たち(殆どがパキスタン人)はボンベを肩に担ぎ、ピソの階段を汗だくでのぼって届けに来てくれる。
買い方は、

1.鉄製のボンベをカンカンカンカンと叩きつつ、ブタノ屋さんが家の前の通りで「ブタノォー ブタノォオー(尻上がり調)」と叫んたら...
(私の住むゴシック地区は道幅が非常に狭いため、いくつかカートに乗せて引っ張って来ます。広い通りへはトラックがゆーっくり走って売りに来る。)
2.ベランダに出て「ブタノォー(尻下がり調)」と怒鳴り、何回の何号室かを叫び、15ユーロと使用済みのボンベを用意して待つ。

と、至って簡単。旧式の豆腐屋、竿竹屋、包丁磨ぎ屋etc.式。
しかもほぼ毎日売りに来るので、何日間もお湯無しとか、暖房無しとか、そういう侘しい経験はまだ今のところしたことがありません。

ちなみに、ブタノ売りの仕事はこのように重労働なので、結構いいお金稼ぐんだろーなー、と勝手な想像をしていたのですが、先日とあるドキュメント映画を観てちょっとショックを受けました。
ブタノ売りを生業にしているパキスタン人男性の実生活を追ったショートフィルムだったのですが、彼に報酬は無く、ボンベを届けた際に貰うチップだけで生活し、3人の子供と妻を養っている、という内容。
2002年製作で、撮影された当時はまだペセタ時代。butanoも今の半額近くなので、きっと現在は価格の一部が配達料として彼らに支払われている、と信じたい、のですが実際のところ彼らの労働条件については何も知りません。

私の国にはチップ渡す習慣ないし、なんせ貧乏学生だし、ホント羽振りの悪い自分。今までずっとブタノ屋さんを悲しませてきたのだなーと考えると、胸が痛みます。ちょっと反省。次回から少し気を利かせてみようと思います。
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2008/3/1  20:10

Mafalda  España
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超カワイイ★ オモシロイ♪
今ハマっているもの、それはアルゼンチンの漫画『Mafalda(マファルダ)』(Quino)。

図書館から借りてきた巨大な愛蔵版『todo Mafalda』を、一コマもらさず大切に読んでいます。
もちろん読むのに辞書が手放せないのだけど、辞書に無い言葉もときどき登場したり...アルゼンチンで話されるスペイン語はここで話されているのとずいぶん違うんです。それがまた興味深いのだけど。
アルゼンチン人と出会うと、訛りの強いスペイン語がとても可愛らしく聞こえたり、柔らかい物腰が思慮深そうに見えたり、「同じ言葉を話すけど別の大陸から来た、ここでは外国人なんだー」とか、「ってことは、この人の祖先はスペイン人」とか、ナカナカ色々な印象を受けます。

そこで出合ってしまったこの『Mafalda』更にアルゼンチンへの興味をかき立てる、結構すごい漫画です。
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Mafalda; 夏にスープ!? 誰も夏にスープ作ろうナンテ考えないよ! そんなの思いつくのはママだけ! (彼女はスープが大嫌いなのです)
Mama;ホントぉ? それって私、独創的ってことかしら? 

Mafalda; ...敵に言い分を与えるとは、ウーップ! バカなことした、ウヘェー! ああ答えるとは分からなかった、ウーップ!
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Miguelito; 子供のためのお話は大人によって書かれたものだー!
みんな; それは恥ずべきことだー!!
Miguelito; おもちゃも、お菓子も、洋服だって、ぼくたちのためにあるものはぜーんぶ、ぼくたちではなく大人たちによって作られたものだ!
みんな; ぼくらで商売をしてるんだ!
Miguelito; ぼくらはなぜこれに耐え続けなければならないのか?
みんな; そうだ!それはなぜかー?
Miguelito; だけど、ぼくたちのことも、ぼくらが作ったんじゃなくて、大人たちが作ったんだよな...。
Miguelito; ...指導者になるには、ちょっと率直すぎるんだよなー
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Guille(マファルダの弟); マファァダ。
Guille; お国がボロくなったら、どこに捨てるの?


1964年に連載が始まり、内容もビートルズ、カラーテレビ、経済成長、ベトナム戦争、フェミニズモ、ナドナド。それを子供たちが様々な風刺で切る!
一見、社会に対する大人の意見を、主人公の子供たちに託して言わせているようで、実際そのとおりなんだけど、でも子供の世界って、大人のそれと大差無いんだってことをこれを読むとつくづく感じます。
子供は無意識に大人世界を観察して、それを真似たり、本能で社会の問題を感じとったり、しかも本音でものを言うから、いちばん辛口な批評家だったりする。
それからキャラクター。
人の個性って、子供の頃に殆ど出来上がってるんだ、私も変わらないもんなー...ってほど『Mafalda』の登場人物たちは皆、必ず私の周りの誰かさんです。

スペインではとても人気で、キャラクターグッズなんかもよく見かけます。薀蓄を語るマファルダがプリントされた下着を危うく買いかけた。
昨年『マファルダ』日本語版が出たとのこと。
日本でブームになる日も近い、かな!?
機会があったらぜひ読んでみてください。

2008/2/15  23:14

Marruecos  Marruecos
初のアフリカ大陸上陸、モロッコ10日間の旅。
相変わらずの貧乏旅行のせいと、厳しい気候のせい、それから最後に古物商のじいさんに不衛生なタジンをご馳走になり、お腹ピーピーになってしまったせいで、なかなかハードな旅となりました。
うー、まだオナカイタイ...。

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喧騒のマラケシュ。
バブーシュ、宝石みたいなランプ、アクセサリー、革のバッグ、ベルベル人のショール、ドレス...ふぬぅー!スークには大好きなもの、買いたいものがいーっぱい!
だけど、店の前でしばし立ち止まろうものなら、たちまち「ジャパニーズ?コニチハ、グッドプライース」「エスパーニャ?アミーゴアミーゴ。Precio democratico」と店員が近寄ってきて、goodどころかデモクラティコどころか、超びっくりするような値段をふっかけてくる。とにかく疲れる。
もぉー、何が欲しいか、何が食べたいか、ゆっくり考えさせてくれよー!
それだけじゃなくて、元々の物価が考えていたよりずっと高い。食事やミントティーも意外に高い。イ、インフレ。
そんなわけで、ぐっと物欲を押し殺して砂漠へと歩を進めることに。

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最高峰4167mを誇るオート・アトラスを越えて、ワルザザートへ。
雪を被ったアトラスの山間にはベルベル人の集落が点在している。
羊を追う少年や、のどかに遊ぶ子供たち、道端にしゃがんでただバスを見送る男たち、ロバは睫毛を伏せて、静かに、よく働く。そのカワイそうな感じが、かわいい。
どんなに自然の厳しいところでも、人間は生活をしている。
ちょうど季節はアーモンドの花が満開。桜と梅の中間のような、この真っ白な花は、この土地にとって春の訪れを告げるものなのかも。

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更にバスで4時間ほど南下して、ザゴラという町へ。
ここまで来ると、景色も、気候も、いよいよ砂漠らしくなってくる。
ターバンを巻いて、jellabaというフード付きの長い上着を着ている男性がほとんど。我らも触発され、来たるサハラに備えることにした。
やたら繁盛してそうな店の主人の口車に乗せられて、半信半疑のまま、ターバンとベルベルの女性が身につけるショールを105DH(約1600円、こう書くと高いな)で購入...。
果たしていい買い物だったのだろうか、まあいいや。
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ザゴラから最果ての村Mhamidまでは、地元民30人(幼児含む)と共にヴァンにぎゅうぎゅう詰めにされて、ニワトリみたいな状態で夜20時到着。
この村は、アルジェリアの国境まで45km地点、もうサハラの一部。
ヴァンを降りた場所から、十数軒ホテルや商店が続いて、そこから先はもう、完全な闇だった!
足元が砂利道からただの砂に変わったことと、満天の星だけしか知覚できない。
幸い、ザゴラで知り合った親切なサハラウィー(サハラ民は自身をこう呼ぶ)Jamalに連れられて、砂漠の中のオーベルジュ、キャンプLa Boussole du Saharaへ直接行くことができました。向こうは商売とはいえ、超感謝。
だって、ザゴラでタクシーに置き忘れた買い物バッグを、彼が取り戻してくれたのがきっかけで、ここまで来れたんだからね。(最後まで彼は私のことを「ジャパン」と呼んでいましたが。)

さてこのオーベルジュ、砂漠ツアーも斡旋しているとあって、さっそく着いた夜に宿の大将Abdouのレクチャーを受け、翌日ラクダに乗って砂漠ツアーに出かけることになりました。
私を乗せて砂漠をゆくのはレシャエル君8歳。
朝はご機嫌ナナメで歯をガチガチ言わせてたけど、キャンプに着く頃にはすっかりお利口さんに。
私のほうも、出だしはラクダの背中がこんなに揺れるとは!と一苦労でしたが、30分も経つとコツを得て、すっかり乗馬気分に。

我々を引率するのは、ちょっとニヒルなサハラウィー、chef兼chamelierのHibrahim。
キャンプで出迎えてくれたのは、砂漠のど真ん中で化石や宝石を売るデカダンAli。
どうも、サハラ民と称する人々は、自由で個性があって、雰囲気がある。厳しい自然と砂漠を愛する男たちなのだ、かっちょいい!

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だけど砂漠では本当に自然の厳しさを肌で感じました。
ツアー当日は風が強く、目鼻口にひっきりなしに砂。カメラも直ちにふたが閉まらなくなり、テントの中にいながら一瞬にして、本や食べ物、服や全てが砂に隠されていくのに呆然としました。
泊まったテントは、穴だらけのボロ布を木の棒で支えた驚くべき代物で、外にいるのとほぼ同じ状態!
ロウソクの明かりで手紙を書き、毛布5枚の下敷きになって寝ました。

一番大きくて長い流れ星。夕日に照らされた黄金色の砂丘。砂に磨かれた石ころたち。
寒さに震えても、目をこじ開けてでも見たいものが、自然の中にはたくさんある。
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砂漠から一気に西北に上って、大西洋岸の港町エッサウィラへ。
この町は18世紀半ばからモロッコ各地の文人、芸術家が集う交流の場であったそう。
ギャラリーや楽器屋さん、カフェなんかが沢山あって、毎年6月にビーチで音楽の祭典が開かれる、ちょっとおしゃれな町です。
買い物をしても、他の町と違って、交渉がすんなり成立することが多くて楽しい。
ついつい色々な店を覗くうちに出会ってしまったのが、例の古物商のじいさん、というワケなのです。

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ファティマの手とトゥアレグ族の方位磁針を彼から買って、しばし話し込むうちに「今晩ここ(店)で一緒にタジンを食べよう」ということに。
もちろん興味があったので、「そんなら」という軽い気分で参加したのが大間違い!(または大当たり!)
ひゃー!
じいさんの前時代的(あるいは原始的)な料理テクと食べ方に、唖然。

鍋は前回のタジンを洗ってない状態で料理開始。
薄汚れたちゃぶ台の上で野菜を切り、床に置いてあった材料をそのまま放り込む。
足りないものがあると、そのつど外で待機している息子を買いに遣らせる。息子、かなり嫌そう。
いよいよ食べる段階になると、突然イモを投げつけるように配給。
ちょっとちょっとー!せめてちゃぶ台ではなく、パンの上に...

モロッコの人々は、道具を使わず、右手で食べる。
左手はご存知のとおり不浄の手。
私も左利きだけど右手で頑張る。
じいさんも、パンを匙代わりに上手に食べていたけど、たまに鍋を一気にぐちゃぐちゃと掻き回すのには閉口。
最後に肉をジュッパジュッパすすり、むさぼり食い、その手で私たちに再び配給...
「あ、もうこれ、お腹ダメだな」
その時、そう頭によぎったのでした。

翌日は早朝から胃腸が???
腹痛と果敢に戦いながら、3時間バスに揺られてマラケシュ。
そんな破れかぶれでも、スークで最後の買い物。球形の可愛いランプを値切って値切って、70DHで手に入れることができ、とても満足。
今バルセロナで、モロッコで買ってきたものをルンルンで部屋に飾っては、腹痛に顔をしかめています。


ところで、この国を旅して、都会の女性と田舎の女性のギャップが激しいのに驚かされた。
イスラム国の男性社会。マラケシュやその他の比較的大きな町では、派手でベールを被ってない女性、社会で働く女性も多いけれど、田舎では皆ベールを被り、昼間に外出している女性さえも殆どいない。
いったい彼女たちはどんな風に生活してるんだろ?
Mhamidでお会いした超旅人Tちゃん(日本人女子)によると、彼女が滞在していた民家では、女たちは家の中でせっせと家事をするというよりは、日がな一日だら〜りとテレビを爆音で見て、親戚の女衆を訪問してはミントティーを飲み飲み、だそう。
未だ保守的な家庭では、赤の他人の男性に自分の家の女たちを見られることさえ嫌うため、彼女たちは狭い人間関係の中、あまり太陽も浴びず暮らしているらしい。

そっか、それにしても、都会の女たちは色々な意味でベールを脱ぎつつある。
服装や社会進出もそうだけど、マラケシュからエッサウィラ行きのバスの中では、女子4人グループと運転手、乗客を巻き込んだ大喧嘩が繰り広げら、結果的に彼女たちの圧勝。
空港の出国審査では、女警官が腹痛の私をなかなか解放してくれず...きぃー!
モロッコの女性たちは強かった!

こうして女性が立場を確立し、国は発展する。
国を出る最後の瞬間に、情けなくモロッコ女に負けて悔しかったけど、同時に、彼女たちがとても頼もしく思えた。
じゃ、色々な思い出をありがとう、また訪れる日まで!
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2008/1/11  18:01

Navidades en Galicia  España
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クリスマスの休暇を、ガリシア地方Vigoの、とあるファミリーと過ごしてきました。
スペイン最大の漁港とあって、カニ、エビ、タコ、とっても美味しかったー♪
しかし「君は痩せ過ぎだからもっと食べなきゃだめだ!」とお父さん。食後に「くるしーよー」と言えば「“食べる”のがここのクリスマスだから、食べ過ぎたって構わないのよ。」とお母さん(3つ目のケーキをパクつきながら)。
それで、調子に乗って5日間食べ続けていたら案の定、最後のランチ後に胃痛でダウン。
胃弱気味のワタクシにはprimero, segundo, postre, primero, segundo, postre… の連続は
ちょっと重すぎたみたい。
なんだか変わったお家でビックリすることも多かったけど、優しくしてくれてありがとう、お世話になりました。

お父さんがポルトガルのマーケットで買ってくれた毛糸のあったかい靴下。バルセロナでは必要無いことを考えると、やっぱりガリシアは寒かったんだなぁ。
でもその寒さのせいか、空気が澄んでいて、たくさん降る雨のせいか、自然が豊富で、都会なんだけど、のどかで、高台から見る海の景色は何かを考えさせられるようで...
うーーーんVigo!実にいいところだった!
街をもっとゆっくり散策したり、カフェで手紙を書いたり、夜barに行ったり、そんな余裕が持てなかったのが残念です。

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クリスマスの日は、雨のサンティアゴ・デ・コンポステーラへ。
どしゃ降りだろうが、店が全部閉まっていようが、ガリシアに来たならここだけは。と思ったんだけど、つま先がしびれる程の大雨と寒さ。
銀色の霧にかすむ燻し銀のカテドラルにため息をつきながらもchocolate con churrosで暖を取り、敢え無く退散。
こんな感じで今回の旅は、どうも「次回に持ち越し」的展開が多かった。きっとまた行くってことかしら。

ガリシアは、カタルーニャやバスクに負けず劣らず、独立意識の高い地方。
最後の夜に行ったサッカーのガリシアナショナルvsカメルーン戦では、政治意識も相まって
gallegoたちが大盛り上がりでした。
ギャラ交渉とかで、カメルーンがホテルに立てこもり...試合が開始されたのはナント23時。極寒の中2時間の遅延。
それでもブーイングとかじゃなくて、選手のなかなか現れないフィールドに向かってひたすら激しく声援を送り続ける彼ら、熱いな!
そんなregionistaたちを横目に、バルセロナの2倍の大きさのクロワッサンをほおばる私。ちなみに結果は1−1引き分けでした。

また行きたいな、ガリシア。
今度はもっと、大西洋の呼び声に答えられるような気持ちで!
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2007/12/19  18:30

Navidad de Cataluña  España
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これは、カタルーニャのクリスマスに欠かせない(ほとんど主役級)「カガネ(ウン○をする人)」です。個人的には大好き。ナハハ。
同居人のカタランによると、「非常にカタルーニャらしい」ものだそうで、これが実際にどのように使われるかというと...
日本でもときどき目にする、キリスト誕生を模ったジオラマBelén―
馬小屋、聖家族、東方の三博士、羊飼い、動物たちetc. その風景の中、草陰にひっそり佇み用を足す約一名...。
排出物が土壌を肥やすことから、豊穣を祈る意味が込められているなど、その由来については様々に言われていますが、私的には、Belénの片隅にカガネがいることによって、その風景がよりリアルに感じられる、聖家族の存在にグンと真実味が加わる気がします。

12月に入ると、毎日カテドラル前の広場でクリスマスのデコレーショングッズの市が出ます。私のこの寝ボケたカガネも昨年この市場で購入。
市場を覗いて歩くと、色々な顔のカガネロに出会えます。ロナウジーニョ、ライカールト監督、サパテロ、ブッシュ、ローマ法王まで!
もうすぐNavidades(クリスマスの休暇)、自分にもう一つカガネをプレゼント!

お次はコレ。カガティオ。
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似たような響きでお気付きでしょうか?
そう、やはりウ○コ系。どうしてカタルーニャは、こうも人間的なんでしょう?
でも、このカガティオがお尻から出すのはナント、子供たちへのプレゼント!

子どもたちは、これを部屋の隅に置いて布のテントで覆い隠し、11月の終わりころからクリスマスまで、おやつを与えて「太らせ」ます。クリスマスの日に「カガティオ、カガティオ」と拍子をつけて名前を呼びながら棒で地面を叩いて回り、カガティオに「カガール(○ンチ)」をさせる。そのお宝がプレゼント、というわけ。悪い子には、罰としてプレゼントではなく、石炭の塊が渡されます。

「プレゼントよこせ、よこせ!」と叩いてねだるとは、なんか強欲だな。
すやすや眠っている間にサンタさんがそぉーっと来て、翌朝くつ下のプレゼントに気づいて大喜び、という純真なイメージとはかなりかけ離れているので、なかなか理解に苦しみますが、子供たちが満足することに変わりは無い、か。

バルセロナの街は、電飾に彩られてクリスマスムード一色。
私にも誰か、お尻からプレゼント出してくれー!

2007/12/5  13:25

Montserrat  España
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モンセラット。カタルーニャ語で「のこぎり山」。
切り立った岩々は、かつて湖だった土地が地殻変動で隆起したものだそう。
その名の通りのおかしな姿でしょ。

標高1235mの中腹にはベネディクト会修道院があり、豪華な大聖堂と黒いマリア像はかなりの見所なので、観光で行かれた方も多いはず。
私も過去に二度訪れていたのですが、今回は修道院を取り囲むモコモコの山々へのトレッキング。おにぎり持って、久しぶりのハイキングです。

ほとんどが常緑樹なので紅葉は楽しめませんが、青空とひこうき雲、それぞれに個性豊かな岩山が絵になる。どんぐり、どんぐり!
ロッククライミングをしているスパイダーマンたちも大勢いました。
崖から深い谷を見下ろすと、地に足を付けているにもかかわらずブルッとくるのに、ロープ一本で宙吊りになったり、ほぼ垂直の壁をよじ登るとは!
カタルーニャはもちろん、スペイン全土から巡礼者が集まる聖地だけあって、山道には数々のermita(礼拝堂、小教会)が点在します。
これを道標に歩くのがなかなか面白く、自然洞穴を利用したような祠もあれば、小さいけどちゃんと教会の形をしたのもある。
それらは山小屋、避難小屋として使われていて、山好きたちがおしゃべりしたり、飲んだり食べたり、寝ころんだり、クライミングの練習をしたり、思い思いに時間を過ごしていました。

それから、どう見てもただの岩だよなー・・・というermitaもありました。
もともとは山岳信仰だったのが、キリスト教と結びついたのかな。
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「なぜ人は山に登るのか?それはそこに山があるからだ。」と言ったのはどなたでしたっけ?
私はいつも、自然が呼んでるような気がして山に行くけど、自分の中にこそ自然があることを認識して帰ってきます。人間の中を散歩してきたような感覚。
だけど、乾いた木々、硬い葉、岩がちな地面・・・ここカタルーニャでの山歩きは、慣れた日本の山と少し違って、他人の中を歩いてきたような感じがしました。
自然を満喫したことには変わりないのですが。

最後に、山を楽しむために欠かせない重要なものを一つ思い出しました。
コーヒーとスウィーツ・・・。
次回はぜったいに持っていかなくちゃ!
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2007/11/13  20:16

Hablar de usted  España
しばしば「vs」で語られるバルセロナとマドリッド、こちらは行く前に聞いていたマドリッドの様々な風評。
―街が大きすぎて終わりが無い。バルセロナのほうが好き。
―超危険、首絞め強盗もあるし。
―メトロでサイフ盗られた! ―メトロで囲まれた!
―マドリレーニョたちはバルセロナの人々に比べてオープンで、人なつこくて親切。
―幾つかの重要な美術館の他は見るとこナシ、二日の滞在で十分。

首都のわりに小さいなあ、地方都市みたい。思い描いていたより、人もまばら。バルセロナのほうがよっぽど危険が多そう。
うん、確かに人は優しい。
プラド美術館とソフィア王妃芸術センターと、Juana狂女王が余生を送ったデスカルサス・レアレス修道院の観光はどれも充実。スペインの財産だなーと感動。
美術館でスペインの学生ビザを提示しても割引の対象にならないのには憤りを感じましたが...。
というのが、実際マドリッドへ行った感想。
そして、バルセロナとの違いを特に感じた一番の発見は...
「usted」で話しかけられることの多さ!

スペイン語には「tú(親しいあなた)」と「usted(敬称のあなた)」があり、時と場合によって使い分けます。もちろん、主語にともない動詞の活用もそのつど変化する。

だけど、バルセロナでは殆ど「usted」の会話を耳にしません。
先日行った大学の講演会、講師に向かって学生たちがtutearで質問するのにはちょっと閉口しました。
「さっきinmaterial(非物質的な)って言ったじゃない?その意味がよく理解できないんだけどー」とか。
私の住む街では、礼儀とか、敬いとか、立場とか、そういうのが欠落してきているのでしょうか?
バルセロナでカフェに入ると「¿Qué quieres tía?」(姉ちゃん何ほしいの?)ナンテ店員に聞かれます。
この街では私はただの「客」なんだけど、気品漂うカスティーリャ地方へ行くと、コーヒー一杯飲むだけでも「お客様」になったのです。

マドリッドでお昼に入ったバルでは、年配のウェイターが若いウェイターの携帯番号を私に渡して「彼氏になるから電話してやってくれ、まぁまぁ念のため持っといて」と言うんだけど、それでもHablar de ustedを決して忘れずにいたし、トレドのHostalでは受付嬢が(直訳すると)「もし、貴方様方夜お出掛けになって踊ったり、飲んで騒いだり、酔っ払っちゃったりなさりたいんでしたらー」と、丁寧に元気よく説明してくれました。
なんだか笑えたけど、気分が良かった。
サービスする側も、こういう線引きが多少あったほうが、仕事に張り合いが出ると思うんだけど。
そして何よりも、敬語や状況に応じた使い分け、言語そのものにとっても非常に重要だと思うんです。そう思いませんか?

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