2007/12/24  15:03

新潟県は相撲で県名が決まったわけじゃないと思う  『トンデモ一行知識の世界』間違い探し編

『トンデモ一行知識の世界』 P.21
 旧「新潟県」と「柏崎県」が統一されて現在の新潟県になるとき、
どちらの名前を残すかでもめて、結局、両県知事が相撲をとって決めた。

明治4年11月に明治政府がもうけた府県序列「第7位新潟県」相手では、柏崎県は
実質的に吸収合併、相撲で決めるという対等の関係とは考えにくい。

相撲エピソード自体、実際にあったかどうか怪しいし、実話だとしても酒宴での話。

http://kids.tokyo-shoseki.co.jp/kidsap/downloadfr1/htm/jsd38775.htm
>明治5年に新潟県令に就任した楠本正隆(くすもとまさたか)は,一国一県の
>持論をもち,明治6年には柏崎県を新潟県に合併しました。この合併の前に
>両県の関係者が集まった酒宴で,楠本県令が「合併するとしても,吸収される
>側は不服であろうから,相撲(すもう)で勝負を決めようではないか。」と発言し,
>酔いも手伝って衆議一決,県令自らが行司役となって対戦し,新潟側に軍配が
>上がったとのエピソードも残っています。


→ 派生トリビア : 府県序列なんてあったことすら知らなかったわ



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