2008/5/14  1:57

ロラン・バルトも何だかいろいろ大変だ  『トンデモ一行知識の世界』間違い探し編

『トンデモ一行知識の世界』 P.138
 そういえば、我われも、マンガなどの中の美少年のイメージばかりを追って
いると、毛ズネもニキビもある現実の美少年にちょっと違和感を感じる。しかし、
そこから一歩進むと、今度は、そういう、いかにも人間らしい部分を美少年な
のに持っている、ということが、むちゃくちゃなセックス・アピールになったり
する。バルトはグローデン男爵のモデルの少年たちに、そのような感触を感
じたのではあるまいか。

ガセ、そして、他人様の翻訳のパクリ劣化コピーとで綴る、グローデン男爵の美少年
写真集についての話だったが、 一番トンデモないのは、このまとめの文章かもしれない。

マンガなどの中の美少年のイメージ」を追うのも、現実の美少年の「毛ズネもニキビ
が「むちゃくちゃなセックス・アピール」と主張するのも勝手だが、それを「我われも」を
主語として語るのは、かなり間違っているとしか。

同性愛はマイノリティな指向だからというだけの理由で、「我われも」は変だと批判したい
というのではない。

グラビアの写真などならまだしも、マンガの絵を現実と地続きに扱って、あげく「毛ズネも
ニキビもある現実の美少年にちょっと違和感を感じる
」までにいたるというのは、なかなか
想像しにくい。それも 10 代の少年少女が主語ではなく、当時 40 歳くらいの唐沢俊一が
我われ」を主語に、あくまで現在形で語る。

40 歳の中年男性が、通常は 18 歳未満をさすであろう「美少年」に対して「むちゃくちゃな
セックス・アピール
」を感じることへの表明に、何で「我われ」が付き合わされなければいけ
ないんだろう――ということである。

参考:
http://www.tobunken.com/diary/diary20080411111906.html
>表現の自由は守られるべきである。
>これは何があっても守らねばならない。
>しかし、それがロリ趣味というものを正当化はしない。
>その趣味のない人間にとり、それが二次元であれ三次元であれ、
>忌避される表現であることは認識しておかねばならない。



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