2008/5/7  0:10

引き際の美学  人生論

 桜は美しく咲いて、潔く散ります。その花の美しさと共に散り際の美しさも昔から日本人に愛されてきた所以です。今も企業などのトップが業績不振や不祥事の責任を取って潔く辞任するという習慣も残っています。しかし、問題の本質を掘り下げることもなく、事件を有耶無耶にするという側面もあるようです。問題がマスコミなどにより顕在化するまでは隠し通し、それが世間の知る所となりトカゲの尻尾を切るだけでは済まされなくなった時に、トカゲの頭(?)を摩り替える手法では、見かけの引き際の美学にすぎません。  
これが政治の世界となると、最近は引き際の美学どころか、醜態を晒すことが多いような気がします。政権を投げ出した元首相、国民からの支持が1割代に落ち込んだ首相、美学とは程遠い世界です。独裁政治の時代なら兎も角、民主主義の時代、政治は社会との共同行為の筈です。世論に耳を傾ける能力の無い人達は引き際も分からないということでしょうか。



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