2008/7/25  15:23

山陰 1964・春 はじめての一人旅  ☆その23  旅行

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またも続いて上天気。
出雲市で大社線で十数分、出雲大社駅につく。 縁結びの神とか。 昔小さいとき十月になると 「神様が一人もいなくなるから、気をつけなければいけないよ。怪我でもしたらなおらないから」 とオフクロによく言われた。 その十月(神無月)に神様が集まって大会議が開かれるところという出雲大社。 その神々の宿も本殿の左右に建っていた。 八百万の神といわれて、神様は数え切れないほどいるだろうに、その神様が全部この二つの建物(御旅社・十九社という)に入って、泊ることができるのだろうか。
大社本殿、予想していたよりも小さいな、という気がした。 団体を案内していた人は、附近に比べるものがないから大きさが実感としてわかないのですよ、と説明していたけれども。
本殿そのものを比べたら浅草の観音様のほうが大きいのじゃないかな。 境内の広さも、附近の山や森も境内とみれば大きいのだろう。 でも本殿の附近、拝殿とかその他のものを含んだまわりだけでみれば、大きいとも思われない。 だが古さは感じられる。 あの独特の屋根。
絵葉書によると、この出雲大社は 「その創建は、記録によると、大国主命の功績を讃えられて天照大神の御指示により造営されたものである。・・・・」 本当か嘘かなど せんさく する必要はない。 この建物をみていると、まさになるほどナ、という気がしてくる。 大国主命というとかの「イナバの白兎」しか思い出せないが。
瑞垣を巡らした内にはふつうの人は入れてくれない。 「今中へ入っていく人はどうして入れるの」 と拝殿の裏でお札を売っている巫女さんに聞いたら、「あの人たちは御祈祷をあげてもらうのです」 という返事。 神様も金には弱いらしい。



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