2007/11/13  22:43

nowhere  語り
どんな物事においても、ある一つの固定されかけている傾向や性質を別の何かが侵そうとすることはとても難しいことだ。たとえそれが成功しかけたように見えても、いつかはそれは崩れ去るし、より悪いことになる。

今日、中東の講義を受けてそう思いました。この講義は本当におもしろい。

中東はもともとイスラム教の最高指導者カリフを中心として成り立っていた州のようなものの集合体として、国家が成り立っていた。イスラム信者の一つの共同体、それが国家の役割を成していた。だから、土地で区切った正式に一つの国という分け方が20世紀初頭まではされていなかった。
一方で、西洋では一つの民族が一つの国家を持つネーションステートという理論のもとに国が成り立っている。そして、そういう均衡を常とする体制が戦争を引き起こし、それにより堅固なものになり、排他的なものへと進化していった。色々なものを強要するように、スタンダードを作り上げていった。
独自性によってそれまでの過程において作り上げられてきた中東の体制を、列強は植民地争いの際に、定規で線を引いて分ける様に分割した。その結果、一見すると宗派間の争いのような国際政治的問題や、不毛な戦争が引き起こされた。

こういう類の問題において最も悲劇的な点は、ある種の知識人たちには(少なくとも試してみる価値のある)解決策が分かっているのに、それを実行することができないということにある。この問題に関して言えば、アメリカがイスラエルへの援助を止めさえすれば、イラクやその他の中東の国でも反米運動が少なくなる、という可能性がある。またイラク内の、誰もが不毛に思っている米軍が引き上げさえすれば・・・。

解決策はあるのに実行できない、それは最近読んだ柄谷行人の「日本精神分析」でも感じたことだった。この人の提案は現実的であり俯瞰的で、とてももっともらしくある。しかも、この手のものにしてはわかりやすいものだった。
でも、それは「もっともらしい」という領域で止まってしまっている。現在のような民主政治が続いているのは、他により良い体制が見つからないからだということにも、それを打開するためには選挙+籤引き(詳しくは本を読んでください)を取り入れるべきだということを確信しているけれど、それを広めて現実において試すことができないということに気づいている。だから、今も努力し続けている。

結局ユートピアというのは、語源通りの、どこにもない場所なのか。


今日の音楽:MILES DAVIS/BAGS` GROOVE


多分他の様式を取り入れて、発展し続けて大国の中に入っているのは日本だけだ。その点で、本当に特殊な国だと思う。
「日本精神分析」で、日本は文字だって中国から取り入れたものを使っていて、純粋に日本のものではない。けれども、文字を訓読みした瞬間から、それは日本のものに作り変えられた、という内容の文があった。

訓読み。

他の言語は思い当たる限り音読みしかない。確かにそうだ。
数ある能力の中で、作り変えて自分のものにできる、そういうものはかなり特殊だろう。ある意味で一番強い。(認めた上で、批判されたらどうしようもない。それは文化でも、人間の関係でも同じことだ。)
ずっと前からそうだったのだろう。
それにより、混沌という名前の、一つの整理された形が生まれた。

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